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本編
10 猫団
しおりを挟む「ふぉおおお……」
「もふもふ…………」
猫ちゃんたちは、僕の隣に来たジキル先輩にも遠慮なく突っ込んで行った。つまり、ここに大きな猫団子が二つ。
「これは……とても……癒される……ね……」
「はい……ジキル先輩も、お好きなのですね、猫ちゃん」
「……はぁ……猫は、大好きだよ。猫はね」
語気だけは強めなのが良く分からないけれど、ジキル先輩のクールな御尊顔は、あられもないことになっている。幸せそうで何より。
「僕も、好きです。柔らかくて、優しくて」
「猫のことを、そう評価するのは珍しいね?」
「そうでしょうか」
ふわふわともこもこの中に埋まって、じっと静かにしている。動いたら、僕に乗っている子たちが危ないからね。
にゃごぉぉ……と伸びをする猫ちゃんに、足元で寝だす猫ちゃんたちも。ジキル先輩はとろけるような甘さを含んだ視線を投げかけていて、思わずドキドキしてしまう。まるで、恋人を見つめているみたい。
「ぼくはね。自由で、時に迷惑で、でも憎めないところがいい。ただそこに存在するだけで愛される」
ほんの一瞬、透き通っていた翡翠の瞳に暗い陰が落ちた。しかしぱちくりと瞬きをした次には、いつものジキル先輩がいた。
「名残惜しいけれど、そろそろ時間だね」
ジキル先輩は懐から瓶を取り出した。中にはフワフワの塊……なんだろう?地面に向かってぽいぽいと投げる。猫ちゃんたちはその茶色い塊を目掛けて一目散で、僕たちはようやく解放された。
「ありがとうございます、ジキル先輩。動けないまま陽が暮れるところでした」
「いや、いつも常備していたのに使う機会は少なかったから、良かった」
「そう、なんですね」
「君といればまた使えるかもね。サカナ節玉」
「そんなものを常備していたんですか」
ジキル先輩はコホンと咳払いをしてキリリとした顔に戻したけど、お耳が赤い。それを見て、ちょっと可愛いなんて、思ってしまう。
ほっこりとした気分だったのに、ジキル先輩は目を細めて、
「でも、ロロくん、ぼくと仲良くなるより、婚約者と仲直りしなね」
「え……」
「じゃあ」
そう言って、すたすたと歩き去って行ったのだった。
……たしかに、それはその通りなのだけど、今、言われたくはないことだった。しょぼん。
前世であまり出歩くことなく短い生を過ごしたせいか、美しくて綺麗なものが好き。それから、『生』を感じるのも好き。
浄化の旅も、もちろん国民たちを救うためでもあるけれど、各地の美しい景色や珍しい地方の植物や花を見ることも楽しい。それから、弱った人に治癒を施して元気になる様子を見守るのも、魔物との戦いで神経をすり減らすことも。
そういった過程で、僕は神聖属性魔術の中でも最高難易度の一つである、【聖域】を獲得している。どの属性を持っていても同じなのだけど、初等魔術を使い続けて鍛錬を積むと、『啓示』を受けて、使える魔術が増えていく。その進度は本当に人それぞれ。
最初は生活に使える威力の弱い、小さなものなのだけど、神聖属性魔術だけは、初めから【浄化】が使える。まあそんなに強力じゃあないんだけど、使えるっちゃ使える。だから、過去の聖者や聖女は、あまり鍛錬をせずとも浄化の旅へ行けたみたい。
けれど浄化だけじゃ満足できない僕は、鍛錬に鍛錬を重ね、たくさんの魔術を獲得してきた。
【聖域】を広げれば、魔物も人も入れない、僕だけの安全安心空間が広がる。寝ている時も広げられるため、このおかげで一人旅も安全に出来た。もちろん魔物をコツコツ倒し続けた経験もあり、それなりのレベルだと自負している。まあ、魔族やら龍とか出てこられると逃げるしかないけれど。
その聖域を寮の自室に広げた。淡い光で包まれると、ようやくホッと息を付ける。
ここ最近。部屋に入ってしばらくすると、扉をカリカリと探る音がするんだ。
『なんであかねーんだよ、こんなぼろっちいくせに』
『おかしいな。さっきは開錠した音がしたと思ったけど……』
『三日も手こずっているなんて報告できねーよ』
僕はこっそりと【聖なる耳】を発動させ、外の声を拾う。明らかに生徒ではない男たちが三人、扉の前にいる。こんな酒焼けしたダミ声の人なんて、いないはずだもの。地声だったらごめんなさいだけど……。
ーーーーちなみに、【聖なる耳】は、よくない言葉をシャットアウトする機能付き。神様は過保護なようだ。それは置いておいて。
どうしてこんな人たちが堂々と寮へ来ているのか分からない。他の人たちの安全のために、捕まえた方がいいのかな。
でも、僕一人で大の男三人を拘束出来るとは思えなかった。魔物だとひとおもいに殺しても大丈夫だけど、さすがに人はね。それに、被害は今の所なにもない。僕の精神的苦痛というだけ。あえて被害を受ける気にもならない。どうしようかな。
三人は暫く内緒話をした後、いっそ、堂々と入れてもらう作戦に出たらしい。
「こんばんはぁー、ロローツィアさま」
「ボクたち、相談があって来たんですけどぉ」
「ちょっと入れてくれませんかぁ?他の人には知られたくなくてぇ」
そんな妙に高い声で、ダミ声を誤魔化そうとする生徒なんているかいっ!と突っ込みたくなるような声。今何時だと思っているのっ!夜更けも夜更け、消灯時間も大きく過ぎて、お月様の支配する時間だよ。
「聖者様のお力を借りたいんですぅぅ」
むむっ。聖者の名前を出すなんて、ズルい。
声を出しかけたけど、その時、廊下の奥の方から『うるせーぞ!消灯時間過ぎてっぞ!』と怒鳴る誰かの声が聞こえて、男たち三人は慌てて散っていった。
「どうしてくれるかな……ムムム……」
学園生活は前途多難だ。
なんだかみんなから嫌われているし、殿下やショーン様からは警戒されているのに、同じく側近のジキル先輩には助けてもらったりとよく分からないし、もっとよく分からないのはオーランドのことだけど、人の気持ちなんて考えたって仕方ないとも分かっている。
僕だってうじうじと考えたくない。それなら本人に聞けばいいんじゃないかって思うけれど、『好き好き』と言ってくるオーランドに『僕のこと、好き?』と聞いたって『好きだよ』と返ってきそうだし、その答えを信用しきれないのだから、結局解決はしないのだ。
朝の走り込みをやったって、もやもやが残る。あの鬱蒼とした温室を探してまた中を覗いても、人影なんてなくて、ホッとするけれど、もやもやもやもや。
僕はオーランドの口付けから逃げてから、気まずくなって、逃げ続けている。このままじゃ良くないと思うけれど、何というか、どうしたらいいのか分からない。あんなオーランド、知らなかったもの。
あの時思ったのは、オーランドは、欲求不満なんじゃないか、ということ。
アルファはその、アノ欲求が強いと聞く。オーランドはもしや、僕とそういうことができなくて不満に思っているんじゃなかろうか。
それで、エカテリーナ様と……ああいうことを、していたのかな、と。
そう考えて自分を納得させようとしたが、やっぱり釈然としない。不満ならそうと僕に言ってくれればいい。たしかに入学前はお互い忙しかったけれど、今はただ単なる学生なだけ。むしろ、オーランドの方が社交やらなんやらで忙しいはずだ。
まぁ、あの、言ってくれたとしても……僕、オーランドと口付けなんて、想像出来ないや。だって幼馴染だし、ね?
それに、エカテリーナ様が何を考えているのかが分からない。見当もつかない。でも、オーランドのことを好き……な感じは無い、と思う。だって、アレキウス殿下の婚約者なんだから、当然のこと。
「どうして……」
ぶち、ぶち、と雑草を抜く。広い庭園では、手の行き届かない所もある。庭師の負担の軽減にもなるし、僕のストレス解消にもなる。
ぶち、ぶち。
抜いていると、にゃお、とか弱い声がした。
「猫ちゃん」
どこから?と探すと、木の上に子猫がいた。降りられなくなっちゃったんだね?
木登りは大得意な僕は、するすると登る。手のひらサイズの子猫を掬い上げると、安心したように甘噛みしてくれた。
お腹に子猫を乗せたところで、この大木はなかなか居心地がいいと気付く。ちょうどお尻にフィットする曲がりもあり、しばらく子猫を撫でながら、そよ風が髪を掻き混ぜていくのを楽しんでいた。
そのそよ風は、余計な音まで運んできた。
『……だから、あれは指示された通りにやっただけで』
『本当に?わたくしのこと、忘れてしまったんじゃないかって……不安で』
『オレが愛しているのは、エカテリーナ様だけだっ!』
眼下に見えたのは、オーランドと、エカテリーナ様だった。
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