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本編
4 精霊
しおりを挟む今日だけで体が半分薄くなるくらいに、萎びれたんじゃなかろうか。
僕、何もしてないのに、いきなりあんなこと言われることって……人生でもそうそう無いんじゃない?
籠絡って。籠絡って。傾国の美女でもなんでもない僕に、何故出来ると思った……?どこからどう見ても、人畜無害なモヤシっ子である。そこらのハエよりもよほど環境に優しい、クリーンで有名な聖者だよ。使える権力もアテに出来る権力もない。
これから先、きっと一生言われることのない台詞だと思えば、何かの記念になるかも……ならないか。
げんなりしたままとぼとぼと寮へ帰る。結局、婚約者は見つけられなかった。久しぶりに会いたかったけれど、向こうも入学初日で疲れただろうし、仕方ないよね。明日からも、チャンスはたっぷりとある!
少しでも節約したかった僕は、端っこの端、格安の寮部屋を確保していた。
長いこと歩いたけど体力作りにはいいだろう。ぎぃ、と扉を開ける音が軋むのも、防犯に良さそう。中は……うん。埃っぽいのは神聖属性の魔術で綺麗に出来るし、脚の多い虫さんとも仲良くなれ……無理無理無理!それは無理!
「【清浄】と【聖なる導き】でいいかな」
神聖属性魔術を鍛え上げた僕に、この程度は簡単なこと。
鱗粉のような光の粒子がぶわりと広がって、部屋がピカピカに掃除される。
【聖なる導き】で『君らのお家はお外がいいと思うよ』と誘導すれば、僕の部屋に我が物顔で居座っていたあらゆる虫さんたちは、本来いるべき場所へゾロゾロと去っていった。
「ありがとう、精霊さん」
魔術を行使する際には、必ず精霊さんの力を借りることとなる。神聖属性の精霊さんは主張が激しく、きらきらと瞬いて余分にご褒美を要求するため、魔力が余っている時は自分の魔力を金平糖みたいに固めてばら撒くと、いそいそと消えていく。彼らの喜んでいるのが分かってほっこりするのはいいのだけど。
この精霊の祝福って、結構厄介なんだ。
どの属性の魔力を持っていても、その属性の精霊の力を借りるのだが、神聖属性の精霊さんは一癖ある。適合する人間が少なく、久しぶりだからだと思う。
小さい頃はこんな風ではなく、瞳もただの群青だった。何も知らずに魔術をバカスカ使っているうちに変化していったけれど、自分の目なんて早々見ないし気づかなかった。だって便利なんだもん。
そのおかげで精霊さんと仲良くなれた。マブダチだとも言える。ただし、仲良くなればなるほど、『精霊の祝福』は強くなっていった。
精霊さんは、僕に魔術を使わせるためか、単純に構って欲しいのか分からないけれど、しょっちゅう悪戯を仕掛けてくるようになったのだ。
何も無いところですっ転んだり、ぶつかったりする。髪の毛は絶対に纏まらないし、ボタンはかけ間違えたり、服がよく脱げたり、持ち物を飛ばされることがある。道に透明な障壁を出されてぶつかったりね。
一応、魔物と戦っている時は控えてくれているみたいなのだけど、いまだに予想がつかない。
幸い僕は、身軽で柔軟。回避をすれば、怪我をするほどの悪戯ではなかった。でも、うーん、正直、やめて欲しいよねぇ。
僕は翌日に備えてしっかりとご飯を食べ、早めに寝ることにした。
翌日。僕は早朝明け方、まだ太陽が目覚める前に起きる。
これはもう習慣なので体に染み付いていた。顔を洗い、動きやすい服に着替え、走り込みに行くと言ってもこの学園内を走るのは初めてだから、良さそうなコースを物色しながらになる。
学園内にはいくつも学舎が分かれていて、外周するのにちょうど良い大きさの建物は『図書塔』だった。庭園や鍛錬場を通るので目も楽しい。
でも、もうちょっと物足りないかな。
そんな思いでうろちょろしている間に迷ってしまったらしく、ちょっと不気味な温室まで来てしまった。蔓植物や触手の蠢く影に怯えていると、こそこそとした人の声が聞こえる。
ちょうどいいや、道を聞きたいな。そう思って近づいていてみて、固まった。
そこに居たのは、一組の男女だった。背の高い男の方を見て、目を見開く。
チョコレートみたいな焦げ焦茶の髪を耳にかけ、少し吊り上がり気味のグレーの瞳は伏し目がちで、鼻へ散ったそばかすもなにもかも。
僕の知る、オーランド・シュガー侯爵令息ーーーー婚約者、そのものだった。
そして女性の方は、くるくると巻いた銀髪。エカテリーナ様……。
その二人は、抱き合い、そして、口付けを交わしていたのだ。互いの身体を、無遠慮に、どこもかしこも触っている……。
僕は咄嗟に身を翻した。物音の聞こえないところまでこっそりと遠ざかって、ずんずんずん。寮の方へ、早歩きで。
口付け。それは、きっといろいろな意味がある。
人工呼吸とか。魔力譲渡とか。それから、恋人との触れ合い、とか。
走りながらも、僕の頭の中は二人の口付けでいっぱいだった。
人工呼吸ではない。どちらかが溺れたとか息をしていないとか、そういう逼迫した状況じゃなかった。
魔力譲渡としても、魔物と戦って魔力が足りず、けれども戦い続けなければならない状況ーーーーには見えなかった。それに、魔力の相性もあると聞く。相性が悪ければ反発してむしろ魔力を消費してしまうこともあるのだ。
恋人との触れ合い、これも、無い。だってオーランドは僕が好きで、僕もオーランドが好き。そこに他のことを考える隙間は無い。
じゃあ……何故?
二人は初対面じゃなかった?前から知り合いだった?口付けし合う意味は、何?
ぐるぐると考えるままに寮へと戻った。
いつもと違い、すんなりと帰れたことに気づきもしなかった。
(精霊たち)
(ロローツィア、悲しいね)
(悲しいね)
(可哀想だね)
(だね)
(遊ぶのは後にしよう)
(そうしよう)
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