敬介と才蔵

蓮水千夜

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初めての温泉旅行

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 敬介が大学で顧問をしている古典武術研究会の初合宿に、撮影係として半ば無理やり連れてこられた才蔵。最初は嫌々だったものの、実は今回の合宿が二人の初めての旅行だと気付いて……!?


「えっ……、露天風呂?」

 宿に着いて部屋に入った途端、敬介が意気揚々と話しかけてきた。いつもよりテンションが高いのは、少なからず敬介もこの旅行、もとい合宿を楽しみしていたからだろうか。

「そう、この部屋に露天風呂がついてるんだよ」
「! ……すごい!」

「後で一緒に入ろうな」

「へっ……!?」

 さらっと、笑顔で言われた言葉に思わず動揺を隠せない。

「? だって、お前大浴場とか行けないだろう?」
「っ……! それは、そうだけど……」

 どうやら、敬介の発言は人見知りの自分のためを思っての言葉だったらしい。一瞬、違うことを考えてしまった自分が恥ずかしい。

(だからって、男二人で入るのも……。いや、普通なのかな? おれが気にし過ぎなのかな?)

 ちらりと横目で敬介の顔を伺ってみる。が、敬介が一体何を考えているのかまでは、やっぱり読み取れないままだった。


◇◆◇◉◇◆◇


「……おーい。何でそんな離れてんの?」
「!? べっ、別に離れてなんか、ない……!」

 とうとう夜になり、風呂に入る時間になってしまった。才蔵は相変わらず逃げようとしたのだが、やはり敬介はそれを許さず、気付けば一緒に入ることになってしまった。
 それでも、少しばかりの抵抗と言わんばかりに、敬介から距離をとっていたのだが……。

「何、恥ずかしがってんの? 別に男同士なんだから、気にしなくていいと思うんだけど……」
「別に、本当に、そんなんじゃないから……!」

「……ふーん」

 そう、男同士なのだから何も気にすることはないのだ。しかも相手は見ず知らずの他人ではなく、良く知る幼馴染なのだから緊張する理由などはどこにもないはずだ。

 そう、どこにもないはずなのに──。

(どうして、こんなに心臓がうるさいんだろう……)

 ドキドキと鼓動が収まらない心臓を懸命に抑えながら、何とか心を落ち着かせようと試みていると──、

「じゃあ、何でそんなに顔赤いの?」

「!?」

 ふいに、背後から耳元で囁かれた。

「ッ……! 敬っ……」

 驚いて思わず振り向くと、

「んんッ……!?」

 いきなり、その唇を塞がれる。

「なっ、何で……!?」
「……何でって。こういうこと期待してたんじゃないの?」

 言いながら、唇を離した敬介は最後に才蔵の唇を軽く舐め取る。

「ッ……!? ち、違っ……!」
「……そんな顔赤くして、意識してますって丸わかり」

「!」

(……恥ずかしい。分かってたんだ。敬介には。おれがずっとドキドキしてたこと)

 先程の行為や至近距離で見つめられていること、そして自分の気持ちがばれてしまったことに動揺が隠せず、才蔵の顔はますます赤くなるばかりだった。

「……かわいい」
「へっ? あっ……!」

 小さく囁くようにつぶやいた敬介がまた、優しく口づけてくる。

(……普段は結構きついのに、こういうときはすごく優しくて、気持ち良くて、溶けてしまいそうだ……)

 そうやって敬介に身を任せていると、

「……才蔵。声、すごくかわいいけど……、抑えなくていいの?」
「……?」

 キスの合間にそんなことを聞かれた。よく意味が分からず不思議に思っていると、敬介がさらに続ける。

「隣の部屋の人に聞かれても知らないよ?」
「!?」

(……そうだ。ここは、旅館で……。つまり隣には人が──…)

「ッ~~!!」

 急にそのことを自覚してしまい、顔から火が出そうになるくらい熱くなる。

(どうしよう、どうしようっ……!)

 どうしていいか分からず、思わず両手で口を押えると、

「ふっ……、今更そんな手で押さえても……」

 敬介が堪えきれないかのように、笑みを漏らした。

「! ら、らって……!!」

 思いっきり手で口を押えているせいで、声がくぐもってしまう。

「かわいいね、本当に……」
「ッ!?」

 その優しげな笑みに思わず、才蔵の心臓が高鳴った。普段は怒られてばかりいるからこそ、なおさらその破壊力は大きい。

「……手、押えてたらキスできないでしょ?」

 思わず固まってしまった才蔵だが、その手を敬介が解こうとしてきた。

「ッ……! でもっ……」
「頑張って我慢、して……?」

「ぁ……」

 そう言って、優しく諭すようにそっと手が解かれる。そして、そのことに気を取られているうちに、再び唇を塞がれてしまった。

「ッ……!! ふっ、んんっ……!」

(どうしようっ! さっきと違って声を我慢しなきゃと思うと……!)

 必死に我慢しているせいで、勝手に涙が出てきてしまう。

「才蔵……っ!」
「ひゃっ……!?」

 懸命に我慢していたのに、思わず変な声が出てしまった。
 それもこれも、敬介がキスだけじゃなくてどんどんいろんなところに触れてくるせいで……!

「やっ……! そんな、とこっ……!」
「……ごめん。我慢できない。我慢する才蔵がかわい過ぎて……」
「ぅ~~っ!」

(そ、そんな顔でそんなこと言われたら……!)

 普段は見せない欲情的な瞳が、才蔵を捕えて離さない。
 敬介の動きは激しくなっていくが、その手は相変わらず優しくて……。

「!? だ、だめぇっ……! そんな風に触れられたら……」

「えっ?」

「い、痛いのは、我慢っ、できるけど……。気持ちいい、のは我慢でき、ない……からぁっ!!」

 本当に気持ちが良すぎてどうにかなってしまいそうだ。普通なら男が男に触れられたって気持ちが悪いだけだろうに、敬介だと全然そんな風には思えないのだ。

「ッ……!!」
「……敬、介?」

 敬介が余裕のない顔でこちらを見つめてくる。

「あぁ~~、もうっ!!」

「?」

「ごめんっ。本当にもう、我慢できないからっ……!」
「あァッ……!?」

 その瞬間、強く敬介の存在を感じた。最初こそ痛くて、気持ち悪くて仕方なかったはずなのに、今ではすっかり敬介に慣らされて、まるで敬介のためだけの体になってしまったようだった。

「ふあっ……! あっ……!!」

(……いつも、いつも敬介はすごく気持ちのいいところばかりっ……! 声、抑えなきゃいけないのに……!)

「あぁッ! やっ、ぁあッ……!!」

(でも、無理だ。こんなの……)

「き、気持ちいい……」
「くっ……!! 才蔵……!」

「ひっ、ぁ……!」

 自分の中で一際敬介が存在が大きくなるのを感じる。

「才蔵、才蔵っ……!!」
「あぁっ……! ちょっ!? 待っ、敬介っ……!!」

 才蔵の制止も聞かず、敬介はさらに才蔵を追い詰める。そして、ついにお互い張りつめていたものが激しく弾けた。

「はぁっ、はぁっ……。才蔵……?」
「敬、介……」

 気持ちがよすぎて、温泉の熱も相まって……、どんどん思考が溶けていく。

「おいっ……! 才蔵っ、才蔵!?」

 敬介の言葉を最後に、才蔵の意識は途絶えた。


◇◆◇◉◇◆◇


「んっ……」

 ふいに眩しさを感じて目が覚める。

「……あれっ?」

(──ここ、どこだっけ?)

 見慣れない部屋の風景に目を瞬かせていると、

「! ……才蔵っ!?」

 物凄い勢いで、敬介が視界に飛び込んできた。

「……敬介? 何で……?」
「何でって、風呂場で倒れたの覚えてないのか?」

「……風呂場?」

 その瞬間、いろんなことが一気に思い出された。

「ぁ……っ!!」

 顔が一瞬で熱くなる。
 ふと、その顔に冷たくて気持ちのいい手が触れてきた。

「……心配した。急に倒れるから」

 敬介の真剣な眼差しに、思わず心臓が飛び跳ねる。

「ご、ごめん……」

「……いや、俺のほうが悪かった。ちょっと、無理させ過ぎた……」
「そんなことっ……! あっ、て言うか声、抑えられなかった……!」

(どうしよう! 声、聞かれちゃったんじゃ……!)

 飛び起きて、口元を抑えていると、

「あぁ、それなら大丈夫。あれ、嘘だから」

 敬介がさらっととんでもなことを口にした。

「へっ?」

「この部屋、一番端っこだし、実は隣に部屋もないし……」
「じゃ、じゃあ何であんなこと……!」

 思わず、敬介の言葉を遮る。

「……かわいく、声を我慢する才蔵が見たかったから……って言ったら怒る?」

 少し、恥ずかしがりながら上目遣いに才蔵を見る。

「そ、そんな風に言われたら……。おれ、怒れないよ……」
「……本当に? 怒ってない?」

「うん……。おれ、敬介だったら、その……。我慢するのも、嫌じゃない……」

 これは、本当のことだった。いつも口では嫌だとか、やめてほしいとか言ってしまうけど、敬介が相手だとつい、どんなことでも受け入れてしまう。

(おれ、いつからこんな風に……)

「ッ!」
「わっ!?」

 気付いたら、勢いよく敬介に抱きしめられていた。

「ばかっ……! そんなことばっかり言うから俺はっ……! もうっ、我慢できなくなるだろうがッ‼」
「!! ……うん。いいよ。我慢しなくて……」

 必死で自分を求めてくれているのであろう、その体温がとてつもなく愛おしい。

「っ……! 才蔵……」
「その、おれ、敬介に触れられるの、嫌じゃないので……」

 言いながら、そっと敬介の背中に回した手をぎゅっと握る。

「だって、その……。すごく、気持ちいいし……」

 言った後で、何だかものすごく恥ずかしくなった。とりあえず顔を見られるのが嫌なので、さらに敬介の胸に顔を深く埋める。

「~~っ! 本当は散々風呂場で無理させたし、これ以上は我慢しようと思ってたんだけど……」

 才蔵を抱きしめる手に力が入る。

「……いいのか?」

 その一言だけで、意味は分かるから。

「……うん」

 顔を上げて、返事をする。
 二人の視線が絡まり、互いの唇が触れ合う。

 ゆっくりと体に沈み込んでいく重さに、今は身を任せた。
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