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「ダイスさんのお師匠って」
「聞いたことないかしら。解呪師ウィルソンって」
「え!?」

 もう亡くなっている人ではあるが、あまり呪術師界と仲のよくない魔術師界でも一目置かれているような呪術師だ。

「ダイスはウィルソンさんの一番弟子なのよ。というか、あの人は弟子をダイスしか取らなかったから、一番弟子といういいかたも少し違う気がするけれど」
「ダイスさんって師匠と仲良いだけでも凄いって思ってたけど、呪術師としてもすごい人だったんですね。…あ、いや違うか。俺は呪術師としてのダイスさんの実力を知らないのに師匠がすごいってだけですごいってダイスさんに失礼ですよね」

 自分だってそうだ。稀代の大魔術師の唯一の弟子だけど、それは自分の実力の根拠になるわけではない。うんうん、と一人反省しているシアにユカリは微笑む。

「ふふ、シアくんのそういうところ、私とっても好きよ」
「え、いや…」
「でもそうね。ダイスはウィルソンさんの弟子という肩書きに恥じない実力の持ち主よ。だからいつでも世界中引っ張りだこで、なかなか私の元に帰ってきてくれないくらい」
「そうなんですか?」
「ええ。もう慣れたけれど。ああ、話が脱線したわね。で、そのユージーンを連れて行った先が、私の両親がやっているバーだったのよ。私との出会いはそこ。私は男性の時だけその店を手伝っていて、ダイスがユージーンを連れてきた日はたまたま私がホールにいた日だったの」



 ダイスが誰かを誘うことは、さほど多くない。
 昔より表情を作るのが上手くなったけれど、それでも黙っていると怒っているように見える顔つきのせいで、距離を置かれがちなのだ。
 だからユカリ=ケンジロウは少し驚いた。

「ダイス?珍しいな、友人か?」

 性自認が男性のときは、ユカリ=ケンジロウは男性の口調に、女性のときは女性の口調になる。これは昔からで、自分ではどうしようもない特性のような感覚だった。そんな自分を認められなくて、せめて少しは統一させないと、とこの頃のユカリ=ケンジロウは一人称だけ「私」に揃えていた。

「友人…、ではないんだが、…師匠のところに来て断られた依頼人というか」
「? なんでそんな微妙な関係の人連れてきたんだ?」
「いや、なんでといわれても…、なんでだろう」
「ええ?」

 カウンター越しにそんなやりとりをしてから、ユカリ=ケンジロウは何か訳ありということなのかと判断し、店の1番奥にある少し周りからは見えにくい席を案内する。
 ユカリ=ケンジロウは案内してから、この人あのユージーンじゃないか?と気づいたが、自己紹介されるまでは突っ込まないほうがいいだろうと、知らないふりをして一度その場を離れた。


「で、なぜ僕はここに連れてこられたんですか?」
「わからない」

 ユージーンは、なぜか真っ直ぐそう答えてきたダイスに眉を寄せた。
 呪術師の弟子が、魔術師に用事というのはなかなか考えにくいシチュエーションで、誘われたときは頭の中真っ暗になっていたから思考を止めて着いて来たが。

(何か面倒なことに巻き込まれるんでしょうか。…いやまあ、どうせ死ねない長い人生。どうでもいいですけれど)

「ただ、貴方が死にそうに見えたから、つい」
「いや、死ねないんですけど」
「あ、いや、そうなんだけど」

 ユージーンは見目が良い。
 性別を気にしない、もしくは男性を性的対象にしていて、且つ無理やり襲うことに慣れている男性や女性から襲われたことも1度や2度じゃない。
 というか、自棄になっている分、そういう人を寄せ付けやすい雰囲気を出しているのかもしれない。
 だから、ユージーンはダイスのこともそういう人間なのかと思ってたのだったが、ダイスと少し話すと、彼が根っからの善人であることがすぐにわかった。
 彼は本当に、出会ったばかりの自分を心配して、放っておけなかっただけだったのだ。

(こんなお人好し、出会ったのいつぶりでしょう。…いや、初めてですかね)

 死ねない体になるまえから、ユージーンは魔術オタクで変人と呼ばれていたし、他人に興味もなかった。
 類は友を呼ぶ。
 周りには似たようなタイプしかいなかったし、死ねなくなってからはなおさらだ。
 ちょっと面白くなって、ユージーンは目の前の男を観察し始める。
 そのタイミングで、ユカリ=ケンジロウがいつの間にかダイスが注文していた、サンドイッチとコーヒーのセットを持ってきた。

「ありがとう」
「いいえ、ごゆっくり」


 そのやりとりだけで、あ、この二人は恋人関係にあるのか、と気がついた。


***
更新頻度、時間がまちまちで申し訳ありません。
BL大賞へのご投票、心から感謝いたします。いやほんと、めちゃくちゃ嬉しいです(T ^ T)

もうしばらくユカリさんからの過去語り編が続きます。
それが終わるとぐぐっとストーリーが進む(はずな)ので、よろしければもうしばらくお付き合いくださいませ。
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