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「ユカリさん、ちょっといいかな」

 ユージーンの転移魔法が作動したから、ユージーンが来ると思っていたが、そこに現れたのが弟子一人で、ユカリは少し驚いた。

「シアくん?あら、一人できたの?」
「うん…、あっ師匠にはちゃんと魔法陣を使う許可は取ってあるから!」

 慌ててそう言い訳するシアに、ユカリは笑う。

「ふふ、そんな心配はしていないわ。シアくんは素直で良い子だもの。一度強く叱られたことを何度も繰り返すなんて思っていないわ」

 こっちにおいで、とユカリが手招きすると、シアはそれに素直に従う。
 スタッフルームを通り過ぎ、案内されたのはユカリの住居スペースだった。
 華やかなユカリやケンジロウのイメージからは少し離れた、シンプルなその部屋の中央にあるテーブルにつくように指示されて、シアはなんだか落ち着かないと思いながらも、素直に従う。

「ユカリさん、お仕事中にごめんなさい。でも俺、相談できるの、ユカリさんくらいしか思いつかなくて…」
「ユージーンのことかしら?」
「うん…」

 シアは、師匠に倣ってか、ユカリが女性の格好の時はユカリ、男性の格好のときはケンジロウと呼ぶ。それが、ユカリにとってどれほど嬉しいことか、シアにはわからないだろうが、そういう素直さが、ユカリは本当に愛おしい。
そんな可愛い友人の弟子が深刻な顔をして相談があるというのだ。
店なら他のスタッフでも回る。断る理由はなかった。

「シアくん、コーヒー飲める?」
「え、うん」

 その返事を聞いてからユカリはコーヒーと、今朝焼いたドライフルーツのパウンドケーキを、シアの前において、テーブルを挟んで彼の前に座る。

「時間は気にしなくて良いから、シアくんが相談したいということ、ゆっくり聞かせてちょうだい」

 優しいその口調に、まずシアがこぼしたのは、涙だった。




「俺、おれ…」
「うん」
「師匠が好きなんです…ッ」
 
 ぼたぼたとシアの涙がテーブルを濡らしていく。

「でも、師匠は、死にたいって。俺、師匠が好きで、でも、師匠は俺とのセックスが気持ちいいからしてるだけで、でも、でも俺はやっぱり師匠が好きで、師匠以外とはセックスしたくないし、も、頭ン中ぐちゃぐちゃで」

 ユージーンのことを優しく抱きたいと思ったあの時から、自分の魔力回復のためだけのセックスはしたくないと思ったあの時から、ユージーンに自身の快感のためにセックスをしていると言われたあの時から。
 シアの感情はどうしようもなく乱されていた。
 魔法は使える。
 むしろ、魔法を使う時が1番安らぐ時間だった。
 身体中で魔法に集中する、その瞬間だけは自分の中にあるなんと名前をつけて良いのかわからない感情が鳴りを潜めてくれるから。
 結果、いつも限界まで魔法を使ってしまって、師匠とセックスをして回復して、心がまた揺らされて。
 好きな人とのセックスは、馬鹿みたいに気持ちいいのに、それがまた悲しくて、セックス中に泣いたりして。
 シアにはもう、この感情を一人で抱えきれなかった。
 ユージーンはシアの感情に気付いているのだろうが、何も言ってこない。
 シアが涙と一緒にこぼす言葉を聞きながら、ユカリは何を伝えるべきか考えていた。

「……シアくん」
「っ」
「ちょっと、昔話をして良いかしら?」



***
ひどくお待たせしてしまってすみません…っ
しばらくシリアスが続きます。
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