上 下
18 / 30
本編

18話

しおりを挟む
 だからいったのに、と頭のどこかで声がする。
 ひどく懐かしいような、その声は、アルジェントの心臓のあたりをぎゅうと締め付ける。
 ああやっぱり、と次に浮かんだのは自分の声。
 私は、魔王様を愛していたのか。
 敬愛だと思っていた。いや、思い込んでいたのかもしれない。
 だって、いつだって向けられるあの優しい感情を受け止めるのは、自分には許されない。
 ずっとそうやって、自分の心を守っていた。
 なんだ、自己防衛だったのか。
 魔王様を傷つけたくないなどと、そんな言葉で誤魔化していて、結局大事だったのは自分だけだったのか。
 自分で自分を呪っていたなんて、愚かにも程があって、それでも自分を見捨てないでいてくれた我が王が好きだ。
 だめだ、好きだななんて言う資格は私にはない。
 あの方の横には、私がいたい。
 ぐるぐる、がりがりと、心が体が悲鳴をあげる。

 ああ、感情が、思考がまとまらない。




 戻ってきたカズマの第一声は「え、何この状況」だった。
 さっきまで普通に喋っていたはずの銀狼の呪いが発動してるし、本人は、おそらく呪いによるスキル発動を必死に自分の魔力で押さえつけようとしている。その結果、彼の周りには魔力が火柱のように円形で立ち上っていた。
 魔王はその様子を自分に危害が加わらないように、距離をとりつつ心配そうに見つめている。魔王が距離を取っているのは、おそらく先程「あなたを傷つけたくない」と銀狼が言ったためだろう。

「あれ、帰ってきてたんだ。…それは?」
「さっきいってた防具だけど…、魔王さん、なんで呪いもう発動してんの?」

 カズマの問いに、シュバルツは眉を顰める。

「わからないんだよね。普通に話してただけなのに」

 会話のなかに、彼の呪いを発動するような何かがあったのか、とカズマは首を捻った。
 カズマの目には呪いが見えるが、発動条件までは読み解けない。
 ただ、発動することで呪いは“色”を持つ。
 根深く銀狼に張り付いていたあの呪いはいまは深い藍色をしている。

(藍色?)

 藍色の呪いをかける感情は、「悔恨」

「銀髪のお兄さん、なにをあんなに後悔してるんだろ」
「え?」

 カズマの呟きにシュバルツは小さく目を開いた。

「まあ、とにかく。発動しちゃったなら、当初の予定通りいったほうが良いよね。とはいえ、あの魔力にそままま近づいたら、俺死んじゃう」

 カズマが困ったように言いながら、持ってきたという防具を身につける。
 防具は、二つあった。

「ねえ魔王さん、魔王さんって聖なる防具身につけても大丈夫かな」
「え、いや、どうだろう」

 仮にも自分は魔王なので、聖と名のつくものとは相性は最悪のはずだ。

「これね、勇者達に渡してた“スキルブレイカー”って防具なんだよ。防御力は高くないけど、ありとあやゆるスキルを無効化すんの」
「聖なる防具ってそんな大盤振る舞いできるほど作れるものだっけ」
「もう死んじゃったけど、鍛冶の神って呼ばれてた爺ちゃんがいたんだよ。ここにある凄いのは全部その爺ちゃんの作品」

 そんな会話をしていると、アルジェントがぐうう、と唸って体を丸めた。
 魔力が揺らぐ。
 スキルが発動しようとしているのがわかる。

「あのお兄さん、囚われのお姫様みたい」
「なんで」
「呪いと感情にがんじがらめにされて身動き取れずに、王子様の迎え待ってる感じが」
「あの子は、そんな弱くないけどねぇ」

 シュバルツはちょっと考えてから、“スキルブレイカー”を身につける。
 魔王が聖なる防具を身につけるなんて、と内心では笑う。ビリビリと少し痺れは感じるものの、思ったより苦痛はなかった。
 アルジェントが必死で呪いと戦っているのがわかっているから、シュバルツの心に余裕があるわけではない。
 それでも、解決法があって、助ける術が見えているだけ、突然倒れたあの時よりマシだ。

「僕はどうしたらいい?」
「あれだけ呪いが浮き上がってるなら、10秒気を逸らしてもらえたらはがせると思うよ。直接体の中にいれるわけじゃないけど、俺の聖なる力使うから、銀のお兄さん的にはちょっと痛いかもだけども」
「わかった、10秒だね」

 シュバルツは、アルジェントのそばに向かった。



「アルジェント」

 優しく、優しくそう声をかける。

「スキルを発動しなさい」
「です、が…!」

 いやいやと首を横に振るアルジェントの頬に、シュバルツは触れた。

「大丈夫、ちゃんと対策してるから」

 そして、

「愛しているよ、私の可愛い銀の君」

 その唇に、己の唇を重ねた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とろけてなくなる

瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。 連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。 雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。  無骨なヤクザ×ドライな少年。  歳の差。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

僕の彼氏はヤンデレ

ゆか
BL
華野 夜黒(はなの やく)にはヤンデレな彼氏がいる。 その彼氏の名は、西銅路 虎(さいどうじ とら)。 この物語は、ヤンデレ彼氏から逃げる夜黒を虎があの手この手を使って依存させる物語。

涙は流さないで

水場奨
BL
仕事をしようとドアを開けたら、婚約者が俺の天敵とイタしておるのですが……! もう俺のことは要らないんだよな?と思っていたのに、なんで追いかけてくるんですか!

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

逢瀬はシャワールームで

イセヤ レキ
BL
高飛び込み選手の湊(みなと)がシャワーを浴びていると、見たことのない男(駿琉・かける)がその個室に押し入ってくる。 シャワールームでエロい事をされ、主人公がその男にあっさり快楽堕ちさせられるお話。 高校生のBLです。 イケメン競泳選手×女顔高飛込選手(ノンケ) 攻めによるフェラ描写あり、注意。

転生者ミコトがタチとして頑張ったら戦争レベルのキャットファイトが起きました!?

ミクリ21 (新)
BL
父親とBLゲームを楽しんでいた安藤美琴は、父親と一緒に心臓発作で亡くなってしまった。 そして気づいたら、そのゲームの世界に父親と双子の兄弟として転生していて、二人は王国軍の若い王様に保護される。 ミコトは王国軍でタチとして頑張ったり、魔王軍でタチとして頑張ったり………。 その結果、王国軍と魔王軍の戦争レベルのキャットファイトが起きてしまって!?

処理中です...