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章1

幕間 【ひとりぼっちの誰かの話:呪縛】 (4)

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 頼まれた子供――透からカルテルの連中の目をそらす工作に、少々時間をかけてしまった。

 俺のことなどつゆほども知らない透は、日本では「事故によって両親を亡くした子供」として遠縁の親戚の家に預けられることとなった。
 周囲も、透自身も、その両親が暴力団の抗争によって命を落としたとは知らない。
 矢渡の家に火がつけられた事件と透の両親を関連付けて認識できるのは、透を引き取った親戚家のみである。

 ヤクザなんてやっている家からは縁を切った、普通の一般家庭だった。
 それが突然、組長の孫を預かる事態。当然嫌な顔をされている。

 無関係を貫いていた彼らは、矢渡がどういった経緯で狙われていたのかなど知る由もなかった。
 組長たちは恨まれて殺されたのだろう、という憶測から、この子供を預かることで自分たちに累が及ぶのではないかと不安に思うのも仕方のないことである。

 早いとこ、様子を見に行ってやらねばならない。
 透はまだ小学生だ。小学校とはこの国で年端も行かない子供が通う学び舎で、少しでも妙な噂が立つと学友たちから寄ってたかって暴力を振るわれる世界だと聞いている。

 彼から託された子供だ。
 できれば近くで控え、すべての危険から守ってやりたい。

 だが、自分の正体を見せることなく物理的に守るのでは、周囲からすれば「透に触ると心霊現象が起こる」と思われかねない。

 選択肢としては二つ。
 透の状況を見て、どちらにするかの判断が必要だろう。

 一つは、俺自身が人間のふりをして親戚家に接触し、親戚家の誰かと婚姻関係を結んでしまう方法。
 透が、遠縁であっても身内と暮らしたいと願うならこちらだ。

 もう一つは、俺が金を稼いで藤次たちの暮らしていた家を買い取り、透をそこへ住まわせる方法。
 親戚と人間関係がうまくいっておらず、透が悪魔と二人暮らしをするのでも構わないと言うならこちらになる。

 どっちにしろ、金は多いにこしたことはない。
 カルテルでの稼ぎを元金に、俺は効率的な金の増やし方を模索し始めた。



『透』

 様子を見に行ってみればこれだ。
 早速車にはねられそうになっていた透を、転移で適当な場所へ運ぶ。

 道のど真ん中から草原に飛ばされた子供は、きょろきょろとあたりを見回している。

『おまえが、「透」だな?』

「え? あ、あの、誰……?」

 実体化していない俺の姿は、透には見えていない。

 暗がりなら意図的に光を出して位置を教えてやることはできるが、日中では念話がせいぜいだ。

 突然声をかけられて動揺している彼へ、動揺ついでにさっさと自己紹介を済ませることとする。

『俺は――まあ、悪魔みたいなもんだ』

「悪魔……?」

 さて、どう返ってくるか。
 この年齢の子供なら、怖がるだろうか。

 様子を見ていると、胸元でぎゅっと拳を握りしめた透が口を開いた。

「あ、あの」

『なんだ?』

「悪魔……なら、僕を、殺してください」

『はあ?』

 こんな子供が死にたがるとは、よほど親戚の家の環境が悪かったのだろうか。
 後で確認に入るとしよう。

「父さんと母さんが、居る場所に、行きたくて……」

『そいつはできねえ相談だな』

「どうして」

 それが透の希望だとしても、残念ながら藤次との契約に反することはできない。

 よろしくされてしまったからには、少なくとも成人するまでは透の安全を確保してやらなければならないのだ。

『おまえ、両親は事故で死んだと思ってるだろう』

「は、はい、そう聞きました」

『本当のことを教えてやろう。おまえの両親は、悪魔に食われたんだよ』

「食わ、れた……?」

 今ここで、自分が食らったなどと言えば拒絶されかねない。
 このあとのことを考えると、少々ぼかして伝える必要がある。

『その事故だって実際は、悪魔が原因で引き起こされたものだ』

「食べられた、んですか……?」

『ああ。肉体も記憶も魂も、何もかもが全部悪魔の腹の中だ。おまえが後追って死んだって、両親には二度と会えないだろうよ』

「……そう、ですか」

 これだけ言っておけば、ひとまず今すぐ死のうとはしないだろう。

 あとは、さっき透をはねようとした車の件だ。

『おまえんとこはそういう存在に好かれる血筋でな。……もちろん透、おまえもだ』

 透もまた、藤次やヤクモと同じく“運命の子”であった。
 彼から漂う甘い花の香りは、自分たちの種族にだけ感知することができる目印だ。

 これまでは、日本には俺以外の悪魔は居なかった。
 別の国、別の世界に散らばっている六人がひとところに集うことなどほとんどない。
 だから少々目を離していても問題なかったのだが。

 今日、最も厄介な同種の気配が日本に出現した。

 ――ヤクモを殺したあの仕組みを作り、そのまま放置してどこかへ移住していった、光の悪魔。

『ここで提案だ。透、おまえ、俺のものにならないか?』

「どういうこと……?」

『俺はおまえを他の悪魔から守ってやる。そのかわり、おまえが寿命をまっとうして死ぬとき、その魂は俺が食らう。そういう取引だ』

「取引……」

 アリアルは、どうやら今度はこの国に巣を作るつもりらしい。

 あれからしばらく奔走していた金の調達は、これで一時中断だ。
 ある程度の額は集まっていたから、これ以上は後回しでも構わないだろう。
 まずは透の安全確保である。

 そうやって透の様子を見に来たところ、先ほどの自動車事故ときた。
 十中八九、アリアルの差し金だ。油断も隙もない。

 手遅れになる前に、こちらが先手を打つべきなのだ。

「……どのみち、僕が死んでも、父さんや母さんには……もう会えないんですよね」

『そうだな。どうだ? 両親の最期を思えば、いまこの取引を呑んで、今生だけでも平穏無事に過ごした方が得だと思わないか?』

 俯く透に畳みかける。
 なにも契約をしてしまおうというわけではない。
 藤次から託された子供に手を出す気などさらさらなかった。

 他の悪魔と接触した際、自分は既に契約している、と言えればいいのだ。
 実際の契約状況は、契約してみなければどこでどの悪魔と繋がっているかまでは分からない。
 俺が常に透の近くに居て、なおかつ透が先約ありと断れば、他の連中は引き下がる。

 引き下がらないにしても、言葉巧みに契約まで持ち込まれるには手間も時間もかかるだろう。
 面倒な輩は、その間に俺が追い払えばいい。
 つまるところ、これは保険なのだ。

「よく、わからないです。……悪魔さんは、そうしたら、僕と一緒にいてくれるの?」

『……ああ、そばにいてやる。透が望む限り、ずっとな』

 二十歳になるまで、は、あくまで契約をまっとうしたと処理できる最低年数だ。

 透が望むなら、それこそ死ぬまで――死んでからも。
 好きな場所へ、好きなときに、あちこち連れて歩いてやったっていい。
 その程度の術式を用意する時間くらい、これから先いくらでもある。

「じゃあ……取引、する」

『そうか。俺のことは――ウィルとでも呼べ』

「うん。よろしくね、ウィル」

 ……この子供に「ウィリー」と呼ばせたくなかった理由は、実は今でも分からない。
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