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章1

ストーカー対策(2)

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「勝宏の、好きな人って……どんな人?」

 訊いてしまった。
 こんな、彼からすればまったく脈絡のないタイミングで。

 勝宏は驚いた表情で目を見開いて、それから天井を見上げる。

「俺さ、自分で言うのもなんだけど結構一途なんだよ」

 それは透にも分かる。
 彼と接したことのある人ならば、誰だってそう思うだろう。

「子供の頃の初恋の人のことも、ずーっと引きずっててさ……こっち来ていい加減吹っ切れたかなと思ったけど、やっぱ駄目だった」

 ほらやっぱり、ウィルの勘違いだ。
 勝宏が透を口説いていたなんて、そんな都合のいい話があるはずがない。

「まだ、その人のことが好きなんだ」

「ん。昔から少しも変わってない」

 ほんのちょっとだけ残念に思う気持ちは、これでよかったと安堵する気持ちの中に消えていく。

 ここからは自分に関係しない、他愛のない話題に切り替わる。

 そう思った直後に、勝宏がこちらに視線を戻した。

 その一瞬、心臓が止まる。

「昔から、……今でも、透のことが好きだ」

 らしくなく穏やかな口調で、彼がふっと笑いかけてくる。

 こんな話、しなければよかった。

 ウィルの言ったことが本当になってしまった。

「う……嘘だよ、ね」

「うそじゃない」

「で、でも、だって俺、あのとき酷いことして逃げて」

「酷いことしたのは俺の方だろ?」

「それは違う」

「違わない」

「だめだよ」

「だめじゃない」

 ひとつひとつ、確かめるように、彼が言葉を重ねていく。

 彼に愛されるべきは自分じゃない。
 他の誰になるかは分からないけれど、少なくとも自分を選んではいけない。

 勝宏には、ふつうの女の子と一緒になって、ふつうの幸せを掴んでほしい。
 勝宏を巻き込んだのは透だと、はっきり口にしたわけではなくとも彼だって薄々分かっているだろう。

 ああ、でも。

「もうなんでもいいよ。透、俺じゃ嫌か?」

 彼の未来を奪った責任は、自分にある。

 それなら、たとえ間違っていても、一時の気の迷いだったとしても、勝宏の望んだ方を差し出すべきなんじゃないか。

「い、嫌じゃない。……好き、だけど、でも」

「透」

 彼に望まれるなら、なんだってする。なんだってできる。

 それは紛れもない本心だけれど、たとえば今後、詩絵里が言っていたように勝宏が大局をひっくり返すような存在になるなら。

 この世界の呪縛から彼がいつか解放されるなら。

「……これから、どうなるか、わからないから」

 その時は透のことよりも、ふつうの幸せの方を選びなおしてほしいと思う。

「俺が透を好きだってことと、これからどうなるかは、関係ない」

 瞬きもせず、まっすぐな目が向けられている。

 どうにかして断らないといけないと思っていたのに、たったそれだけで言おうとしていた言葉が全部、喉の奥で萎んでいってしまう。

「俺のこと、嫌いじゃないんだろ?」

「うん」

 勝宏のことを嫌いになるなんて、それこそ世界が終わったってありえない話だ。

「俺がいま、キスしたいって言ったら、させてくれる?」

「うん」

 経験のない自分は完全な受け身になってしまうだろうが、それでも勝宏がしたいというなら断ったりはしない。

 おとなしく頷く透の肩へ、彼が腕を回す。

「じゃあ、こうしよう。お試し期間ってやつ」

「え?」

「この戦いを、うまくいく方向にもっていく。それと、透をその気にさせる。旅が終わるまでに俺が二つの条件をクリアできたら、透の全部、俺がもらう」

 ぎりぎりまで追いつめられたような心地だったが、あと一歩のところで透に選択が委ねられた。

 その気にさせる、なんて、いくらだって偽れることなのに。

「それまではあれだ、恋人(仮)で!」

 彼に肩を抱かれたまま、左手のリングに指先で触れる。

「いいよな、透?」

 明るい声色と裏腹に、肩の上の手は震えていた。

 旅が終わるまでの間に、本当に好きになれる女性と出会うかもしれない。
 今でもこれだけ魅力的な人なのだから、きっと世界を救った英雄という肩書きがあれば無敵だ。

 期限付きの恋人。それまでの、期間限定だったら。

「……うん」

 それくらいなら、許されるだろうか。

「負けないからな。絶対その気にさせてみせる」

 根比べでも始めるのかと言いたくなる口調だったが、ふと先ほど喩えに挙げられたことを思い返す。
 気の迷いでもなんでも、彼がやってみたいと思うなら透に否やはない。

「えっと、……キス、とか、してみる?」

「します」

 ほとんど即答で返ってきた。
 勝宏の方へ向き直って、おそるおそる目を閉じる。

 そのまま待っていたら、かなり長いこと時間をかけて、勝宏の唇が触れた。

 ……透の前髪ごしの額に。

 あ、そっか。
 さっき勝宏が言っていたキスって、親愛のキスとか、そういう。

 てっきり唇を重ねるものだと思っていたからつい目を閉じてしまった。
 これは恥ずかしいことをしたかもしれない。

 笑われたり、しないかな。
 ゆっくりとまぶたを上げると、ベッドの上で丸まってシーツに突っ伏した勝宏が視界に入った。

「おおお……俺は……なんでこう……情けない……カッコ悪い……」

「勝宏?」

 シーツにもごもごと埋まりながら勝宏がなにやら呟いているが、ほとんど聞き取れない。
 自分が目を閉じている間になにがあったんだろうか。勝宏はいつも通りかっこいいと思う。

 じたばたしている彼を眺めながら、勝宏の触れた髪をそっと撫でる。
 改めて、「かっこいい」も「かわいい」も兼ね備えた魅力的な人だ。

『ふう、なかなか良い余興でしたわ』

 と、突然頭の中に響いた女性の声に思わず背筋が伸びる。

 ウィルはちょうど席を外していたが、セイレンは勝宏とのいまのやりとりを最初から最後まで見ていたのだった。

 念話でいつでも突っ込みを入れられる状況でありながら、口を挟まずしっかり観察されていた。
 透も勝宏に倣って埋まりたくなってくる。

『それにしても、イグニス――ウィルはちょっと遅くありませんこと?』

(そ、そうだね……大丈夫かな……)

 ウィルは何度も透の危機を救ってきた転移能力の本来の持ち主だ。
 そうそう何かあるとは思えないが、アリアルの妨害なんかが入るとその限りではないかもしれない。

『あの男、私に隠れてこそこそと何をしているのでしょうね』
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