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章1
ストーカー対策(1)
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『……透』
「どうしたのウィル」
森を抜けたところで、ふと繰り返されていた短距離転移の移動が止まった。
目的地に着いたのかと思ったが、周辺に詩絵里の姿はない。
『ギベオンを渡せ。やっぱり俺が届けてくる』
「え? ここまで来たのに?」
返事を待つことなく、透はフレグルシムの屋敷まで連れ帰られてしまった。
早い帰りに驚いている勝宏の前で、ウィルが人間態に変わり実体化する。
「ウィル? あの、なんで?」
「いいから渡せ。こいつもいるしセイレンもいる。少しの間だけなら大丈夫だろう」
「う、うん……」
有無を言わせぬ様子に、なにかあるのだろうと大人しくギベオンを手渡す。
「すぐに戻る」
それだけ言って、ウィルの姿がふっと消えた。
「透、何かあったのか?」
やたら豪華なベッドの上で寝そべって、漫画を開いていた勝宏が声をかけてきた。
勝宏が読んでいた漫画は、以前透が五冊まとめて買ってきたものだ。
「俺もよくわからないんだけど……詩絵里さんに渡そうと思ってたギベオン、ウィルがやっぱり一人で届けたいって言って、戻って俺だけ置いてかれちゃった」
「ふーん? まあ、あいつが届け物ひとつで失敗することもないだろうし、たまにはいいんじゃない」
「そうだね」
「クロはもう寝たよ。それより透、詩絵里はここで何するって?」
勝宏からすると、ダンジョンの確保のために長いことダンジョン前に放置され、やっと迎えが来たかと思えば今度はなんの説明もないままフレグルシム行きが決まったというあわただしさだ。
詩絵里からの説明も一切なしでは、ギベオンを入手した透を連れ帰るミッションだと思われても仕方のないことである。
どこから話せばいいかな。
手招きされるまま彼の隣に腰を下ろす。
「この街の空き家をひとつ使わせてもらって、ダンジョンへの転移装置を設置するのが目的らしいよ」
「へえ。確かに便利だけど、なんで」
「転移装置は、たぶんしばらくは勝宏用……かな。借りた空き家の前で屋台みたいなことやって、ダンジョンの方の料理店の宣伝に使うんだって」
「なるほどなー」
詩絵里がいうには、日本でてきとうに購入したものを勝宏のアイテムボックスに置かせてもらって小出しにすればいい、という話だったが、一緒に売ることになる勝宏も、休憩時間にはきっと同じものを食べるだろう。
そう思うと、一日三食のうちの一食分とはいえ同じものばかりを毎日食べさせるのは気が引ける。
ここまでスムーズにことが進んでいると、実行までさほど時間はないだろうが、できれば毎日違うものを食べさせてあげられるように工夫してみたい。
「つまり俺は店の手伝い兼、透の護衛ってわけだな」
「お願いします」
聖女ひとりの部屋に置くには大きすぎるベッドの約半分を広々使って、クロが気持ちよさそうに寝息を立てている。
それでもわざわざクロを起こさず、余ったスペースで勝宏とさらにシェアできそうな広さである。
ウィルが詩絵里のもとへ向かったとはいえ、彼女をウィルの転移で連れてくることはできない。
詩絵里が短時間で転移装置を作り終えるなら話は別だが、そうでなければ詩絵里の意向を確認したのち短距離転移でクロを誘導し、ルイーザたちのもとへ移動手段を届けることになるだろう。
少なくとも今夜一晩は、この部屋で勝宏と一緒になる。
「一緒に教会みたいなものも作れば、アリアルの情報が集まるかも、っていうのも聞いたよ」
「呼びつけて聞くのが一番早いだろうけど、そんなことしたら透が危ないもんな」
アリアル呼びつける方法もわからないしな、と勝宏がフラグまがいの台詞を吐いてからから笑っている。
「詩絵里が世界樹? の種? を手に入れてれば、いよいよ拠点ができるな」
「うん」
友達だと、言ってもらえたことが嬉しい。
あれはただのお荷物でしかない透に気を遣って、という雰囲気ではなかった。
きっと彼は心から、自分のことを友達だと思ってくれているのだ。
けれど朝のウィルの言葉で、へんに意識してしまいそうになる自分がいる。
「透」
「あっ」
隣で笑う勝宏の横顔を見つめていたから、何気なくこちらを向いた彼と視線がぶつかった。
そしてふいに、会話が途切れる。
「……その」
いま、ここで、聞いてしまってもいいだろうか。
「勝宏の、好きな人って」
----------
透についているセイレンが、水場を経由することなく自分を追ってくることはできない。
それを分かった上で敢えて川の傍を避け、詩絵里のもとまで転移する。
詩絵里の気配のすぐそばに、あの男の反応があったのだ。
灯火の姿に戻って、詩絵里に近づく。
彼女の横を、親しげな様子で長身の女が歩いている。
その長身の女の肩にくっついているのが――。
『おいフォルカ。なんでおまえこんなところでふらふらしてんだ』
『やや、イグニス殿! 久しいでござるな』
戦風フォルカロル。
自分やカルブンクたちと同じ階級の存在であり、そして現在とある女からストーカー被害に遭っている男だった。
『ややじゃねえよとっとと逃げろ』
『どうかしたでござるか?』
『……おまえが仮契約してるそこの女、まさか詩絵里についてくる気じゃねえだろうな?』
『シエラ殿のことでござるか? 彼女はクレア殿が探しておられた主君でござるよ。その想いに感銘を受け、拙者も微力ながらシエラ殿探しに力を貸していたでござる』
ついてくるらしい。
訊いてもいない経緯を身振り手振りで大仰に伝えてくるフォルカだが、基本的には人好きのする気のいい男である。
喋り方がそこはかとなくうさんくさいが、本人は至極真面目に話しているらしい。
『んなこたどうでもいい、水場に到達する前にこいつらと縁を切れ。詩絵里がいまから帰ろうとしてる場所に、水のやつが常駐してんだよ』
----------
「どうしたのウィル」
森を抜けたところで、ふと繰り返されていた短距離転移の移動が止まった。
目的地に着いたのかと思ったが、周辺に詩絵里の姿はない。
『ギベオンを渡せ。やっぱり俺が届けてくる』
「え? ここまで来たのに?」
返事を待つことなく、透はフレグルシムの屋敷まで連れ帰られてしまった。
早い帰りに驚いている勝宏の前で、ウィルが人間態に変わり実体化する。
「ウィル? あの、なんで?」
「いいから渡せ。こいつもいるしセイレンもいる。少しの間だけなら大丈夫だろう」
「う、うん……」
有無を言わせぬ様子に、なにかあるのだろうと大人しくギベオンを手渡す。
「すぐに戻る」
それだけ言って、ウィルの姿がふっと消えた。
「透、何かあったのか?」
やたら豪華なベッドの上で寝そべって、漫画を開いていた勝宏が声をかけてきた。
勝宏が読んでいた漫画は、以前透が五冊まとめて買ってきたものだ。
「俺もよくわからないんだけど……詩絵里さんに渡そうと思ってたギベオン、ウィルがやっぱり一人で届けたいって言って、戻って俺だけ置いてかれちゃった」
「ふーん? まあ、あいつが届け物ひとつで失敗することもないだろうし、たまにはいいんじゃない」
「そうだね」
「クロはもう寝たよ。それより透、詩絵里はここで何するって?」
勝宏からすると、ダンジョンの確保のために長いことダンジョン前に放置され、やっと迎えが来たかと思えば今度はなんの説明もないままフレグルシム行きが決まったというあわただしさだ。
詩絵里からの説明も一切なしでは、ギベオンを入手した透を連れ帰るミッションだと思われても仕方のないことである。
どこから話せばいいかな。
手招きされるまま彼の隣に腰を下ろす。
「この街の空き家をひとつ使わせてもらって、ダンジョンへの転移装置を設置するのが目的らしいよ」
「へえ。確かに便利だけど、なんで」
「転移装置は、たぶんしばらくは勝宏用……かな。借りた空き家の前で屋台みたいなことやって、ダンジョンの方の料理店の宣伝に使うんだって」
「なるほどなー」
詩絵里がいうには、日本でてきとうに購入したものを勝宏のアイテムボックスに置かせてもらって小出しにすればいい、という話だったが、一緒に売ることになる勝宏も、休憩時間にはきっと同じものを食べるだろう。
そう思うと、一日三食のうちの一食分とはいえ同じものばかりを毎日食べさせるのは気が引ける。
ここまでスムーズにことが進んでいると、実行までさほど時間はないだろうが、できれば毎日違うものを食べさせてあげられるように工夫してみたい。
「つまり俺は店の手伝い兼、透の護衛ってわけだな」
「お願いします」
聖女ひとりの部屋に置くには大きすぎるベッドの約半分を広々使って、クロが気持ちよさそうに寝息を立てている。
それでもわざわざクロを起こさず、余ったスペースで勝宏とさらにシェアできそうな広さである。
ウィルが詩絵里のもとへ向かったとはいえ、彼女をウィルの転移で連れてくることはできない。
詩絵里が短時間で転移装置を作り終えるなら話は別だが、そうでなければ詩絵里の意向を確認したのち短距離転移でクロを誘導し、ルイーザたちのもとへ移動手段を届けることになるだろう。
少なくとも今夜一晩は、この部屋で勝宏と一緒になる。
「一緒に教会みたいなものも作れば、アリアルの情報が集まるかも、っていうのも聞いたよ」
「呼びつけて聞くのが一番早いだろうけど、そんなことしたら透が危ないもんな」
アリアル呼びつける方法もわからないしな、と勝宏がフラグまがいの台詞を吐いてからから笑っている。
「詩絵里が世界樹? の種? を手に入れてれば、いよいよ拠点ができるな」
「うん」
友達だと、言ってもらえたことが嬉しい。
あれはただのお荷物でしかない透に気を遣って、という雰囲気ではなかった。
きっと彼は心から、自分のことを友達だと思ってくれているのだ。
けれど朝のウィルの言葉で、へんに意識してしまいそうになる自分がいる。
「透」
「あっ」
隣で笑う勝宏の横顔を見つめていたから、何気なくこちらを向いた彼と視線がぶつかった。
そしてふいに、会話が途切れる。
「……その」
いま、ここで、聞いてしまってもいいだろうか。
「勝宏の、好きな人って」
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透についているセイレンが、水場を経由することなく自分を追ってくることはできない。
それを分かった上で敢えて川の傍を避け、詩絵里のもとまで転移する。
詩絵里の気配のすぐそばに、あの男の反応があったのだ。
灯火の姿に戻って、詩絵里に近づく。
彼女の横を、親しげな様子で長身の女が歩いている。
その長身の女の肩にくっついているのが――。
『おいフォルカ。なんでおまえこんなところでふらふらしてんだ』
『やや、イグニス殿! 久しいでござるな』
戦風フォルカロル。
自分やカルブンクたちと同じ階級の存在であり、そして現在とある女からストーカー被害に遭っている男だった。
『ややじゃねえよとっとと逃げろ』
『どうかしたでござるか?』
『……おまえが仮契約してるそこの女、まさか詩絵里についてくる気じゃねえだろうな?』
『シエラ殿のことでござるか? 彼女はクレア殿が探しておられた主君でござるよ。その想いに感銘を受け、拙者も微力ながらシエラ殿探しに力を貸していたでござる』
ついてくるらしい。
訊いてもいない経緯を身振り手振りで大仰に伝えてくるフォルカだが、基本的には人好きのする気のいい男である。
喋り方がそこはかとなくうさんくさいが、本人は至極真面目に話しているらしい。
『んなこたどうでもいい、水場に到達する前にこいつらと縁を切れ。詩絵里がいまから帰ろうとしてる場所に、水のやつが常駐してんだよ』
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