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章1

幕間 【どこかの世界の誰かの話:脈動核】 (1)

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 昔、わたしには、妖精さんが見えていた。

 もっとも、わたしは体の弱い子だった。

 なので、熱を出して見ていた夢や幻覚だったんじゃないのか、と言われるとちょっと自信がない。

 見えるといっても、おとぎ話にあるような、
 蝶の羽をもった小さな女の子とか、天使の翼に可愛らしい子ウサギの姿をした生き物とか、そういうものじゃなくて。

 形はばらばら、ただそこに居るなあ、というのが分かる……不思議な存在だった。

 わたしはそれを、妖精さんだと信じていた。

 見えるけど見えない妖精さんたち。

 わたしは皆に、それぞれ名前をつけた。

 暗いところでだけめらめら燃える、明かりの子。

 コップの水や、お風呂の水の中で手を振ってくれる、水の子。

 わたしがお外に行けないとき、お部屋のすきまからお花を連れてきてくれる、風の子。

 息苦しくてごほごほしてるときに、わたしの手のひらにキラキラした石を置いてくれる、光の子。

 お外に行けないわたしを、窓の向こうからずっと手招きしてくれていたお日さまの子。

 体が痛くて眠れないときに、わたしの頭をそっと撫でておやすみってしてくれた夜の子。



 その中でもとくに、わたしとよく遊んでくれていたのは光の子だった。



 皆のことが大好きだったけれど、わたしが光の子とばかり仲良くしていたから、他の皆はすこしずつ見えなくなっていってしまった。

 きっと、わたしのように体が弱くて寂しい思いをしている人のところに元気づけに行ってしまったんだろう。

 わたしには、光の子がいてくれるからそれでよかった。



 わたしは、言葉を話すよりも先に、妖精さんのお友達が見えるようになるのが早かった。

 だから言葉を覚えて、パパとママとお話ができるようになっても、妖精さんのことは話さなかった。

 あたりまえに、パパとママにも見えているんだと思っていたから。

 でもだんだん、話がかみ合わないことが増えて、妖精さんは大人には見えないのかな、と察するようになった。

 他の人たちに気味悪がられる前に、わたしは「話してもいいこと」と「秘密にしないといけないこと」の境目を学んだ。



 ある夜。
 お部屋を抜け出してパパとママのいるところに忍び込もうとすると、パパの声が聞こえた。

「おい、明かりをつけるな。油が勿体ないぞ」

「ええ。けれど、明日また町に出るのでしょう? 少しでも売りものを持っていかないと、あの子の薬が買えないわ」

「薬どころの話か。食うもの、着るものだってもうろくに買えやしないじゃないか」

 わたしには、何のことなのかよくわからなかった。

 ただ、パパとママが町でものを売って、代わりにわたしのお薬を買ってきてくれているのは知っているので、なんとなく困っているのは伝わってきた。

 お薬と交換する「モノ」がなくて困っているんだろう。

 わたしは考えた。
 考えて、考えて、ふと思い出した。

 お友達、光の子がたまに持ってきてくれるキラキラした石のことだ。

 少し前に、おきぞくさまがわたしたちの村を通ったことがあった。

 乗っていたのは、キラキラの馬車だった。

 馬車があれほどキラキラしていたので、おきぞくさまはきっと、キラキラが好きなんだ。

 もしかしたらあの石を、お薬と交換してくれるかもしれない。

 わたしは、「話してもいいこと」と「秘密にしないといけないこと」の境目を、パパとママにだけ、ほんのすこし越えた。



 光の子は、頑張る、と言ってくれた。

 パパとママに「キラキラの石が出せる」ことを伝えたわたしは、光の子がわたしの手のひらに出してくれた石をパパとママにありったけプレゼントした。

 奇跡の子、神の子、そんな言葉を呑み込んで、パパとママはわたしを抱き締めてくれた。

 わたしが光の子の力を借りて、キラキラの石を出す。

 ママがそれをつめて、パパが売りに行く。

 痩せていたパパとママは元気になって、ごはんも増えて、お薬も買ってきてもらえて、わたしは嬉しかった。



 でも、「秘密にしないといけないこと」を秘密にしなかったのは、良くなかった。

 わたしたちの村は、地面をいくら掘ってもキラキラの石は出てこない。

 なので、不思議に思ったおきぞくさまはパパに石の出どころを確認してきた。

 パパがどう言ったのかは知らない。

 けどわたしのお部屋にたくさんの男の人がやってきて、わたしは王様の目の前でキラキラの石を出してみせることになった。

 光の子は、まだまだ頑張れるよ、と言ってくれた。

 なのでわたしは安心して、王様の前でキラキラの石を出した。

 そうしたら、パパとママはいなくなってしまった。

 わたしは王様のお城で暮らすことになって、お薬は王様が用意してくれるようになって。

 毎日お風呂に入って、真っ白で綺麗な服を着せられた。

 毎日、決まって十個ずつ。

 わたしが指で数えられる数がそれだけだったので、王様は十個ずつ、お薬と交換の石を作るように言った。

 朝に作って、ごはんを食べて、お薬を飲んで、眠る。

 村ではほとんど食べられなかった、あまいものもたくさんもらった。

 光の子は、ちょっと疲れていた。

 毎日十個はきっと大変なんだろう。

 私が心配していると、光の子は言った。



 私もお腹がすいているんだ。

 宝石の代わりに、何か食べさせて。



 わたしは、妖精さんが食事をするということを知らなかった。

 村にいたころはわたしが寝ている間に別の場所でごはんを食べていたのかもしれないけれど、今はお城に閉じ込められている。

 おなかがすいて当たり前だった。

「わたしのごはん、半分あげようか?」

『いいや、ヒトの食事は口にしないんだ。私たちは、人間の力を食事にしている』

 ずっと寝たきりでものを知らないわたしには、やっぱりよくわからなかった。

「どうすればいいの?」

『方法は二つ。ひとつは、君が私と契約してくれること。もうひとつは、君が私に成り代わることだ』

「どっちがいいの?」

『残念なことに、君の体は供物には不適合だ。
だが、君は生まれた時から、私たちのような存在ともっとも近い世界に足を踏み入れている』

 話は半分も理解できなかったけど、それでも「成り代わること」が最適なのだということは直感で分かった。

「うん。じゃあ一緒になろう」

 王様がいうには、パパとママには、もう会えないらしい。

 光の子以外の妖精さんたちは、もうずっと前から見かけない。

 わたしには、この子しかいなくなってしまったのだ。



『そうかい。それじゃあ、――今から君が、”カルブンク”だ』

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