160 / 193
章1
幕間 【どこかの世界の誰かの話:脈動核】 (1)
しおりを挟む
昔、わたしには、妖精さんが見えていた。
もっとも、わたしは体の弱い子だった。
なので、熱を出して見ていた夢や幻覚だったんじゃないのか、と言われるとちょっと自信がない。
見えるといっても、おとぎ話にあるような、
蝶の羽をもった小さな女の子とか、天使の翼に可愛らしい子ウサギの姿をした生き物とか、そういうものじゃなくて。
形はばらばら、ただそこに居るなあ、というのが分かる……不思議な存在だった。
わたしはそれを、妖精さんだと信じていた。
見えるけど見えない妖精さんたち。
わたしは皆に、それぞれ名前をつけた。
暗いところでだけめらめら燃える、明かりの子。
コップの水や、お風呂の水の中で手を振ってくれる、水の子。
わたしがお外に行けないとき、お部屋のすきまからお花を連れてきてくれる、風の子。
息苦しくてごほごほしてるときに、わたしの手のひらにキラキラした石を置いてくれる、光の子。
お外に行けないわたしを、窓の向こうからずっと手招きしてくれていたお日さまの子。
体が痛くて眠れないときに、わたしの頭をそっと撫でておやすみってしてくれた夜の子。
その中でもとくに、わたしとよく遊んでくれていたのは光の子だった。
皆のことが大好きだったけれど、わたしが光の子とばかり仲良くしていたから、他の皆はすこしずつ見えなくなっていってしまった。
きっと、わたしのように体が弱くて寂しい思いをしている人のところに元気づけに行ってしまったんだろう。
わたしには、光の子がいてくれるからそれでよかった。
わたしは、言葉を話すよりも先に、妖精さんのお友達が見えるようになるのが早かった。
だから言葉を覚えて、パパとママとお話ができるようになっても、妖精さんのことは話さなかった。
あたりまえに、パパとママにも見えているんだと思っていたから。
でもだんだん、話がかみ合わないことが増えて、妖精さんは大人には見えないのかな、と察するようになった。
他の人たちに気味悪がられる前に、わたしは「話してもいいこと」と「秘密にしないといけないこと」の境目を学んだ。
ある夜。
お部屋を抜け出してパパとママのいるところに忍び込もうとすると、パパの声が聞こえた。
「おい、明かりをつけるな。油が勿体ないぞ」
「ええ。けれど、明日また町に出るのでしょう? 少しでも売りものを持っていかないと、あの子の薬が買えないわ」
「薬どころの話か。食うもの、着るものだってもうろくに買えやしないじゃないか」
わたしには、何のことなのかよくわからなかった。
ただ、パパとママが町でものを売って、代わりにわたしのお薬を買ってきてくれているのは知っているので、なんとなく困っているのは伝わってきた。
お薬と交換する「モノ」がなくて困っているんだろう。
わたしは考えた。
考えて、考えて、ふと思い出した。
お友達、光の子がたまに持ってきてくれるキラキラした石のことだ。
少し前に、おきぞくさまがわたしたちの村を通ったことがあった。
乗っていたのは、キラキラの馬車だった。
馬車があれほどキラキラしていたので、おきぞくさまはきっと、キラキラが好きなんだ。
もしかしたらあの石を、お薬と交換してくれるかもしれない。
わたしは、「話してもいいこと」と「秘密にしないといけないこと」の境目を、パパとママにだけ、ほんのすこし越えた。
光の子は、頑張る、と言ってくれた。
パパとママに「キラキラの石が出せる」ことを伝えたわたしは、光の子がわたしの手のひらに出してくれた石をパパとママにありったけプレゼントした。
奇跡の子、神の子、そんな言葉を呑み込んで、パパとママはわたしを抱き締めてくれた。
わたしが光の子の力を借りて、キラキラの石を出す。
ママがそれをつめて、パパが売りに行く。
痩せていたパパとママは元気になって、ごはんも増えて、お薬も買ってきてもらえて、わたしは嬉しかった。
でも、「秘密にしないといけないこと」を秘密にしなかったのは、良くなかった。
わたしたちの村は、地面をいくら掘ってもキラキラの石は出てこない。
なので、不思議に思ったおきぞくさまはパパに石の出どころを確認してきた。
パパがどう言ったのかは知らない。
けどわたしのお部屋にたくさんの男の人がやってきて、わたしは王様の目の前でキラキラの石を出してみせることになった。
光の子は、まだまだ頑張れるよ、と言ってくれた。
なのでわたしは安心して、王様の前でキラキラの石を出した。
そうしたら、パパとママはいなくなってしまった。
わたしは王様のお城で暮らすことになって、お薬は王様が用意してくれるようになって。
毎日お風呂に入って、真っ白で綺麗な服を着せられた。
毎日、決まって十個ずつ。
わたしが指で数えられる数がそれだけだったので、王様は十個ずつ、お薬と交換の石を作るように言った。
朝に作って、ごはんを食べて、お薬を飲んで、眠る。
村ではほとんど食べられなかった、あまいものもたくさんもらった。
光の子は、ちょっと疲れていた。
毎日十個はきっと大変なんだろう。
私が心配していると、光の子は言った。
私もお腹がすいているんだ。
宝石の代わりに、何か食べさせて。
わたしは、妖精さんが食事をするということを知らなかった。
村にいたころはわたしが寝ている間に別の場所でごはんを食べていたのかもしれないけれど、今はお城に閉じ込められている。
おなかがすいて当たり前だった。
「わたしのごはん、半分あげようか?」
『いいや、ヒトの食事は口にしないんだ。私たちは、人間の力を食事にしている』
ずっと寝たきりでものを知らないわたしには、やっぱりよくわからなかった。
「どうすればいいの?」
『方法は二つ。ひとつは、君が私と契約してくれること。もうひとつは、君が私に成り代わることだ』
「どっちがいいの?」
『残念なことに、君の体は供物には不適合だ。
だが、君は生まれた時から、私たちのような存在ともっとも近い世界に足を踏み入れている』
話は半分も理解できなかったけど、それでも「成り代わること」が最適なのだということは直感で分かった。
「うん。じゃあ一緒になろう」
王様がいうには、パパとママには、もう会えないらしい。
光の子以外の妖精さんたちは、もうずっと前から見かけない。
わたしには、この子しかいなくなってしまったのだ。
『そうかい。それじゃあ、――今から君が、”カルブンク”だ』
もっとも、わたしは体の弱い子だった。
なので、熱を出して見ていた夢や幻覚だったんじゃないのか、と言われるとちょっと自信がない。
見えるといっても、おとぎ話にあるような、
蝶の羽をもった小さな女の子とか、天使の翼に可愛らしい子ウサギの姿をした生き物とか、そういうものじゃなくて。
形はばらばら、ただそこに居るなあ、というのが分かる……不思議な存在だった。
わたしはそれを、妖精さんだと信じていた。
見えるけど見えない妖精さんたち。
わたしは皆に、それぞれ名前をつけた。
暗いところでだけめらめら燃える、明かりの子。
コップの水や、お風呂の水の中で手を振ってくれる、水の子。
わたしがお外に行けないとき、お部屋のすきまからお花を連れてきてくれる、風の子。
息苦しくてごほごほしてるときに、わたしの手のひらにキラキラした石を置いてくれる、光の子。
お外に行けないわたしを、窓の向こうからずっと手招きしてくれていたお日さまの子。
体が痛くて眠れないときに、わたしの頭をそっと撫でておやすみってしてくれた夜の子。
その中でもとくに、わたしとよく遊んでくれていたのは光の子だった。
皆のことが大好きだったけれど、わたしが光の子とばかり仲良くしていたから、他の皆はすこしずつ見えなくなっていってしまった。
きっと、わたしのように体が弱くて寂しい思いをしている人のところに元気づけに行ってしまったんだろう。
わたしには、光の子がいてくれるからそれでよかった。
わたしは、言葉を話すよりも先に、妖精さんのお友達が見えるようになるのが早かった。
だから言葉を覚えて、パパとママとお話ができるようになっても、妖精さんのことは話さなかった。
あたりまえに、パパとママにも見えているんだと思っていたから。
でもだんだん、話がかみ合わないことが増えて、妖精さんは大人には見えないのかな、と察するようになった。
他の人たちに気味悪がられる前に、わたしは「話してもいいこと」と「秘密にしないといけないこと」の境目を学んだ。
ある夜。
お部屋を抜け出してパパとママのいるところに忍び込もうとすると、パパの声が聞こえた。
「おい、明かりをつけるな。油が勿体ないぞ」
「ええ。けれど、明日また町に出るのでしょう? 少しでも売りものを持っていかないと、あの子の薬が買えないわ」
「薬どころの話か。食うもの、着るものだってもうろくに買えやしないじゃないか」
わたしには、何のことなのかよくわからなかった。
ただ、パパとママが町でものを売って、代わりにわたしのお薬を買ってきてくれているのは知っているので、なんとなく困っているのは伝わってきた。
お薬と交換する「モノ」がなくて困っているんだろう。
わたしは考えた。
考えて、考えて、ふと思い出した。
お友達、光の子がたまに持ってきてくれるキラキラした石のことだ。
少し前に、おきぞくさまがわたしたちの村を通ったことがあった。
乗っていたのは、キラキラの馬車だった。
馬車があれほどキラキラしていたので、おきぞくさまはきっと、キラキラが好きなんだ。
もしかしたらあの石を、お薬と交換してくれるかもしれない。
わたしは、「話してもいいこと」と「秘密にしないといけないこと」の境目を、パパとママにだけ、ほんのすこし越えた。
光の子は、頑張る、と言ってくれた。
パパとママに「キラキラの石が出せる」ことを伝えたわたしは、光の子がわたしの手のひらに出してくれた石をパパとママにありったけプレゼントした。
奇跡の子、神の子、そんな言葉を呑み込んで、パパとママはわたしを抱き締めてくれた。
わたしが光の子の力を借りて、キラキラの石を出す。
ママがそれをつめて、パパが売りに行く。
痩せていたパパとママは元気になって、ごはんも増えて、お薬も買ってきてもらえて、わたしは嬉しかった。
でも、「秘密にしないといけないこと」を秘密にしなかったのは、良くなかった。
わたしたちの村は、地面をいくら掘ってもキラキラの石は出てこない。
なので、不思議に思ったおきぞくさまはパパに石の出どころを確認してきた。
パパがどう言ったのかは知らない。
けどわたしのお部屋にたくさんの男の人がやってきて、わたしは王様の目の前でキラキラの石を出してみせることになった。
光の子は、まだまだ頑張れるよ、と言ってくれた。
なのでわたしは安心して、王様の前でキラキラの石を出した。
そうしたら、パパとママはいなくなってしまった。
わたしは王様のお城で暮らすことになって、お薬は王様が用意してくれるようになって。
毎日お風呂に入って、真っ白で綺麗な服を着せられた。
毎日、決まって十個ずつ。
わたしが指で数えられる数がそれだけだったので、王様は十個ずつ、お薬と交換の石を作るように言った。
朝に作って、ごはんを食べて、お薬を飲んで、眠る。
村ではほとんど食べられなかった、あまいものもたくさんもらった。
光の子は、ちょっと疲れていた。
毎日十個はきっと大変なんだろう。
私が心配していると、光の子は言った。
私もお腹がすいているんだ。
宝石の代わりに、何か食べさせて。
わたしは、妖精さんが食事をするということを知らなかった。
村にいたころはわたしが寝ている間に別の場所でごはんを食べていたのかもしれないけれど、今はお城に閉じ込められている。
おなかがすいて当たり前だった。
「わたしのごはん、半分あげようか?」
『いいや、ヒトの食事は口にしないんだ。私たちは、人間の力を食事にしている』
ずっと寝たきりでものを知らないわたしには、やっぱりよくわからなかった。
「どうすればいいの?」
『方法は二つ。ひとつは、君が私と契約してくれること。もうひとつは、君が私に成り代わることだ』
「どっちがいいの?」
『残念なことに、君の体は供物には不適合だ。
だが、君は生まれた時から、私たちのような存在ともっとも近い世界に足を踏み入れている』
話は半分も理解できなかったけど、それでも「成り代わること」が最適なのだということは直感で分かった。
「うん。じゃあ一緒になろう」
王様がいうには、パパとママには、もう会えないらしい。
光の子以外の妖精さんたちは、もうずっと前から見かけない。
わたしには、この子しかいなくなってしまったのだ。
『そうかい。それじゃあ、――今から君が、”カルブンク”だ』
0
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
転生先がハードモードで笑ってます。
夏里黒絵
BL
周りに劣等感を抱く春乃は事故に会いテンプレな転生を果たす。
目を開けると転生と言えばいかにも!な、剣と魔法の世界に飛ばされていた。とりあえず容姿を確認しようと鏡を見て絶句、丸々と肉ずいたその幼体。白豚と言われても否定できないほど醜い姿だった。それに横腹を始めとした全身が痛い、痣だらけなのだ。その痣を見て幼体の7年間の記憶が蘇ってきた。どうやら公爵家の横暴訳アリ白豚令息に転生したようだ。
人間として底辺なリンシャに強い精神的ショックを受け、春乃改めリンシャ アルマディカは引きこもりになってしまう。
しかしとあるきっかけで前世の思い出せていなかった記憶を思い出し、ここはBLゲームの世界で自分は主人公を虐める言わば悪役令息だと思い出し、ストーリーを終わらせれば望み薄だが元の世界に戻れる可能性を感じ動き出す。しかし動くのが遅かったようで…
色々と無自覚な主人公が、最悪な悪役令息として(いるつもりで)ストーリーのエンディングを目指すも、気づくのが遅く、手遅れだったので思うようにストーリーが進まないお話。
R15は保険です。不定期更新。小説なんて書くの初めてな作者の行き当たりばったりなご都合主義ストーリーになりそうです。
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~
アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。
これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。
※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。
初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。
投稿頻度は亀並です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる