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章1

幼馴染、襲来(2)

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 透を再びフレグルシムへ送り出す。
 話を聞いたルイーザが、うたたねをしていたクロを起こして身支度を始めた。

 前々から思っていたことではあるが、いくらドラゴンとはいえ、ここまでエネルギーを節約する必要はあるだろうか。
 スキルで見た限りでは病気というわけでも呪いを受けているわけでもない。
 誰かにテイムされた魔物というわけでもなさそうだ。
 そのため詩絵里にとってクロの睡眠時間に関する疑問の優先度は低めになる。

 ――気に留めておいた方がいいのは確かなんだけどね。

 クロのステータス画面に表示されていた生贄という表記も、気にならないわけではない。

「あのう、勝宏さんが作ってた小屋なんですけど」

 アイテムボックス持ちだと、身支度にはさほど時間はかからない。
 簡単に荷物をまとめて、ルイーザが声をかけてくる。

「なに?」

「レジ横にうちの商品置いてもいいですかー?」

「ああ、そうね。それくらいいいんじゃないかしら」

「やった! ディスプレイ張り切っちゃいますね」

 ルイーザの問いかけには頷いておく。
 もっとも、あの店は詩絵里のものではなく透のものになるのだが……どのみち経営管理を任されるのは自分だろう。透の方も否やはないはずだ。

「それじゃあ、あとは頼んだわね。透くんが定期的に見に来てくれる予定だけど、ダンジョンのことはよろしく」

「了解です!」

 クロに乗ったルイーザを見送り、詩絵里もまたスマホからガチャユニットの少女三名を召喚する。

 さて、私一人になったわよ。
 ルイーザとクロが助けに入れない距離まで遠ざかったら、そこからは要警戒。

 わざわざこの三人を召喚したんだから、十中八九、ここまで来るはずだ。

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 一方ダンジョン前の拠点に到着したルイーザは、勝宏を追い出すようにクロに乗せフレグルシムへ向かわせた。

 空の彼方へ消えていく男へ笑顔でハンカチを振って、店を振り返る。

 将来的にこの店の責任者になるであろう詩絵里に許可は取ったのだ。
 少々好きにしたところで透が何か文句をつけるとは思えないし、勝宏さえいなくなってしまえばこっちのものである。

 にんまり笑って、ルイーザは自分のアイテムボックスから在庫を取り出した。

「まだ料理店として機能するわけじゃないですし、これくらい別にいいですよねー」

 詩絵里に伝えたイメージとしては前世にて、日本のファミレスでレジ横に置かれてあったおもちゃ棚である。

 足元の低い位置と、大人の頭の高さの位置には幼児向けのおもちゃ、真ん中の位置には小学校中学年から高学年向けのおもちゃをディスプレイするのが定番だ。

 もちろん、料理店としてスタートしたらそういうディスプレイにするつもりである。

 だが、今は違う。
 この近くには、森を挟んで向こう側に一般人冒険者の”狩り場”があるのだ。

 ただの留守番では面白くない。
 ダンジョンの出入り準備が整っていない今、すぐ宣伝に行くわけにはいかないが、時は金なり。

 実家から持ち出した商品棚のうち二つをアイテムボックスから取り出す。
 ひとつはレジ横に配置、もうひとつはレジの向かい側に配置。
 おもちゃ棚の向かいには、日本の調味料をそのまま売ってしまう棚を用意するのだ。

 ああ、楽しい。
 ダンジョン拠点の準備が済んだら、自分用のお店も勝宏に併設で作ってもらいたいところである。

 鼻歌まじりに在庫を並べていると、小屋に近づいてくる気配があった。

「うーん、おひとりさまっぽい……?」

 転生者の襲撃の可能性も考えたが、このダンジョンにはまだ何もない。
 お隣の狩り場から流れてきた地元の冒険者だろうか。

 ダンジョンに興味を持たれるのもよろしくないので、うまいところ話して小屋に誘導するか。

 小屋の扉を開けて、やってくる客を見定めた。

 帯剣し、騎士風の鎧を身につけた、短髪赤毛の女性だ。
 結構な長身である。正直勝宏よりも背が高い。
 男装の麗人という言葉が似合いそうな。

「おや……こんな森の中に道具屋があるとは思わなかった。お嬢さん、店主は君かい?」

 店主。へへへ、店主。
 悪くないですねえ。

 実際店の主は透になるが、気持ちが良いのでしばらくそのまま勘違いしていてもらおうと思う。

「ここはまだ準備中なんですけど、何かお求めになりますー?」

「そうだな……そろそろポーションの類が切れかけていたところだ。いくつかいただけるかな?」

「在庫はこれくらいですね」

 求められたのは体力回復のポーションである。
 アイテムボックスからカウンターの上へ直接ぽこぽこと並べていく様子に、彼女がおお、と声を上げた。

「収納魔法か。そういえば、シエラも収納魔法が使えたな」

 懐かしげにつぶやきながら、彼女はカウンターから何本かポーションを掴み取った。
 代わりに銀貨をいただいて、金額を確認しつつ話に乗っかる。
 シエラというと、同名の他人のことでなければ我らがブレーンのこの世界での名前だ。

「シエラ……ああ、詩絵里さんのことですかね?」

「知っているのか? 青い髪で、魔法の得意な可愛らしい少女だ。何か知っているなら教えてほしい」

 詩絵里の中身を知っていると「可愛らしい少女」などと言ってしまっていいか疑問ではあるが、特徴はすべて一致する。
 詩絵里のことで間違いない。

「商人なので、何もなしでは情報は提供できません」

「それもそうだな。いくら出せばいい?」

「情報自体にお金はいらないですよー。ただ、私から契約のマジックアイテムを買って、一筆書いてください。詩絵里さん――シエラさんを見つけても危害は加えず、彼女に忠実に従う、という内容で」

 商人としても、転生者ゲームにおいても、契約書は常にいくつかストックを用意しておくものである。

 非常に高価なそれを、アイテムボックスから一枚取り出してみせる。

「これは手厳しいな。私がシエラに危害を加えるなどありえないことだが……初対面の商人殿に信じてもらえないのは無理もないか」

「まあ、一応の保険です。どうしますかー?」

「もちろん、君から契約書を買おう」

「まいどありーです!」

 ルイーザの監視のもと、契約のマジックアイテムを発動させる。

 この男装の麗人が、詩絵里の客であれば通すべきだ。
 しかし、詩絵里を追いまわす質の悪いストーカーならば、彼女の向かった先を教えるのはまずい。

 詩絵里には危害を加えられず、詩絵里に逆らえないという条件で契約書を書かせて、あとの処理はパーティーのブレーンに丸投げ、がベストだろう。

「じゃあ教えますね。詩絵里さんならちょっと前に、森の奥の方に向かわれましたよ。昨日のことなので、まだそんなにたってないです。……クロの飛行速度でですけど」

「本当か! ありがとう、シエラのことは……ずっと探していたんだ」

「いえいえ。じゃあ頑張ってくださいねー」

 買い上げたポーションを鞄に入れ、男装の麗人氏が軽く会釈をして小屋を出て行った。

 と、ほとんど同時に彼女が森の奥へと駆け出す。
 彼女の背中はあっという間に見えなくなってしまった。
 転生者並みの移動速度である。

「まいっか。これだけやっておけば、詩絵里さんならどうにでもするよねー」

 小屋の扉を閉め、ルイーザは再び棚のディスプレイに手を付け始めた。
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