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章1

聖女さまのおつかい(4)

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 詩絵里の言っていた通りの話の流れになってきた。

 事前の打ち合わせに沿って、領主の言葉には首を振り、メモ帳から2ページ目を切り離す。

 執事が再び透のもとまでやってきて、紙を受け取った。

 文面を読んだ領主が再び口を開く。

「ギベオンを求めていらっしゃったわけか。もちろん、在庫のある商店を探させよう」

 領主の言葉に、執事がすぐに控えていた者たちに指示を出した。
 数名が部屋を退出していく。

 これはOKをもらえたってことでいいのかな。
 在庫あるといいんだけど。

「時に、東の方には神の雫をお恵みになる神子殿がお住まいと聞いている。聖女殿はご存じかな?」

 先日カノンが話していた、エリクサーを作れる転生者の話だろうか。

 話だけは聞いたことがあるが、会ったことはないし顔も知らない。

 筆談なしでは答えにくい質問のため、とりあえず作り笑いで誤魔化してみる。

「見たところ、首飾りとして使っていらっしゃるそれは陽光聖教会所属の聖職者が持っているロザリオではない。
所持していないのならまだ聖女として覚醒なさってから間もない、となるだろうが……聖女殿は、新たな教えを説いて回っているのではないかね」

 領主の目が、透の胸元に向かっているのに気付く。

 何かあったっけ、と視線を落としてみると、そこにはたまたまつけていた十字架型のペンダントトップがあった。

 あっいやこれただのファッションです。

 人間態のウィルをウィルだと認識していなかった頃に買ってもらったやつ。

 あの頃は、居心地の悪かった親戚たちのもとから連れ出してくれたウィルがまるで救世主のように見えたものだ。
 そんな人から貰ったアクセサリーは大事にするに決まっている。

 彼がウィルだと知らされてからも、特に外す理由もないのでそのままつけていたわけだが、まさかそれで勘違いをされるとは。

『くっ……ぶっ……ふふ……』

(ウィル……)

『いいんじゃねえか、教祖。なってみれば。あのアホでも祀ってみるか?』

(嫌だよ!)

 いつものように透についてきているウィルが、話にたまらず笑い出した。

 いくら周りに聞こえていないからってそれはない。

(セイレンいる?)

『なにかしら?』

(ウィルのもう一つの名前なんだっけ?)

『灯火イグニス・ファトゥスですわね』

 ありがとう。

 腹いせに、メモ帳にこちらの世界の言葉で「灯火イグニス・ファトゥスの教えを説いて回っております」と書いてみせる。

『あっ! 透てめ』

(しらない)

 勝宏教を立ち上げようなどと言い出した仕返しである。

 ウィルの言葉を無視していると、透が新たに書いた言葉を執事が覗き込み、領主へ伝えに行った。

「此度の礼が商人の斡旋だけではこちらとしても心苦しい。聖女殿には新たな教えを説くための教会と土地、いくらかの使用人を用意したいと考えているが、いかがだろうか」

 これは、家をこの街付近に用意するのでそこに住んでくれということか。

 こちらの世界に住むとするなら東方のダンジョン拠点だろうし、家事くらい自分でできるので使用人もいらない。

 透も一応日本での書面上の職業は、住み込みのハウスキーパーなのだ。

「なに、このフレグルシムに根付いているのは陽光聖教ではなく火竜信仰。聖女殿の教えが火の神のものであるならば、先ほどのお力のこともある。陽光聖教よりも浸透しやすいだろう」

 字面からして火の神の類だと認識したらしい。

 詩絵里に言われた通り、ギベオン以外の謝礼は断っていいのかもしれないが、こちらの地方に別途拠点ができるというのはひょっとしたらプラスになるだろうか。

 少し考えて、メモ帳にもう一つ書いていく。

 ――お心遣いありがとうございます。ですが、私には旅の仲間がおります。彼らの意向を聞かないことには、私の一存ではこちらに留まることができかねます。一度話をしてきてもよろしいでしょうか。

 まあ嘘ではない。
 再び執事が手元のメモ帳を確認して、領主に伝えに行った。

「分かった。だが今日は、この屋敷に泊まっていくといい。部屋を用意させよう」

 これくらいは頷かないと帰してもらえないような雰囲気である。
 お言葉に甘えるふりをして、部屋に案内されたらそこで転移を使えばいいか。



 部屋に案内されるのとほとんど同時に、ギベオンの在庫のある商店を見つけたと連絡があった。

 価格を確認してメモに取り、詩絵里たちのもとへ転移。
 白金貨250枚だそうだ。

「透くん、でかした! ちょっと待ってね……」

 詩絵里がアイテムボックスから取り出した皮袋に、さらにステータスメニューをいじって必要数の白金貨をじゃらじゃら投入させていく。

 画面で入力すればその枚数の硬貨が出てくるようになっているんだろうか。
 改めて、便利だなアイテムボックス。

 その間、透の体を女のそれにしていたセイレンの能力効果が切れた。

 あちらに戻る前に、意図的にまた性別を変更する必要がありそうだ。

「男の透くんの方もおかえりなさい。で、何か変わったことはあった?」

「あ、はい……話の流れで、俺が新興宗教を布教しに来た聖女ってことになりました」

「面白いことになってるわね」

「それで、今日は泊まっていけと言われて部屋を与えられました」

 これについては一日だけの話だ。

 宿泊の件は断らず受け入れたこと、それから他に「新興宗教の教会を建設させよう」、「土地を用意しよう」、「使用人を与えよう」と提案が来たことも伝えておく。

「やっぱ抱え込む方向に動いたわね。
どうもね、東方が神の雫の神子――薬品作る転生者ね、その子を抱えてることで治癒や医療関係の影響力とか発言力がすごい高くなってるみたいなのよ。
本格的な日本知識での医療を行っていたリファスが中央からいなくなっちゃったから、特にね」

 幼いころからスキルによって目立った行動をする転生者は、”ギフト持ち”として重用されるのがこの世界の常識だ。

 しかし、スキルや魔法に回復関係のものが存在しない仕様のため、転生者のほとんどは医療方面に弱い。

 もともとが専門家だったため現代知識で医療チートできていたリファス、そして薬品を好きなように生み出せるその「神の雫の神子」などは貴重な人材といっていい。

 リファスがアリアルによって脱落したことにより、現在は顔も知らない薬品生成転生者の一強状態なのだ。

「そこに、わざわざ患者切ったりくっつけたり薬塗布したり飲ませたりしなくてもいい、万能の回復魔法を使える聖女が現れた……取り込みたくなるのは当然だわ」

 やっぱり軽率な行動だっただろうか。

 詩絵里の話にどんどん気が沈んでいく透をよそに、彼女がにっこり笑った。

「透くん、ファーストフード店やらない?」
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