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章1
聖女さまのおつかい(2)
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詩絵里に指示された西方山脈のふもとに、鉱山都市フレグルシムがある。
透はウィルに場所を伝えて転移で運んでもらっただけだが、勝宏の待つコア未登録ダンジョンからすればほとんど大陸の端と端だ。
定期的に様子を見に行くのは、透でなければ務まらない。
門から少し離れた木陰に転移して、フレグルシムの街へ向かう。
もくもくと黒煙が立ち込めているが、鉱山都市というのはこういうものなんだろうか。
街の中で鉱物を加工するドワーフ職人とか、たくさんいるのかもしれない。
のんびり歩いて向かっていると、だんだん街の騒がしさが聞き取れるようになってきた。
悲鳴に、物音、何かの唸り声。
これはひょっとして、何かのトラブル?
近づいてみれば、開け放たれた門から見える街の中には人間が人間を襲っている様子があちこちで見て取れた。
「ね、ねえウィル、あれなに……?」
『魔物か? ……アンデッドっぽいな』
どうやらゾンビみたいな魔物らしい。
攻撃を仕掛けている方がアンデッドか。
「これ、怪我したら自分もゾンビになるとか?」
『伝染する性質はあるようだが、怪我じゃなさそうだな。攻撃の時に一緒に呪いか何かを受けて、生きた人間もアンデッドにさせられているってところか』
映画の定番、ゾンビが伝染る。
どうしたものか、この騒ぎではギベオンどころではない。
ゾンビにしている原因はウイルスの類ではなく呪いのようなもの、か。
「……これ、セイレンなら治せる?」
『いけるんじゃね』
言って、ウィルの気配が沈んでいく。
代わりにセイレンが念話を飛ばしてきた。
『まあ、大変なことになっていますわね』
「セイレン、治せる?」
『もちろんですわ。街の中央まで進んでいただければ、解呪もれはしませんわよ』
街の中央。
一般人に転移の様子を見られると面倒なので、ここから先は自力で向かう必要がある。
少し考えて、カルブンクの魔法で水の防御壁を身の回りに展開した。
防御しながら進めば、アンデッドからの攻撃を受けることなく、またアンデッドにされた人々を傷付けることなく移動できる。
寄ってくるアンデッドはそのまま引き連れて、街の中央広場に移動した。
「ここでいい?」
『ええ。それとトール、そろそろ念話に切り替えたらいかが? 呪われた傀儡ばかりの今はともかく、解呪が済んだら独り言を聞かれてしまいますわよ』
街の外でウィルと会話していた感覚のまま、セイレンとも声に出して話をしてしまっていた。
彼女の忠告に従って口を噤む。
セイレンは中央から上空へ光を放ち、街全体に光の雨を降らせ始める。
『これですべての呪いは解呪できましたわ。敵はいないはずですから、水の結界もいらなくてよ』
(ありがとう)
防御壁を解除して、改めて周囲を見渡してみる。
火事になっているのは民家と飲食店のようだ。
火が放たれたというより、中で火を扱っている最中にアンデッドに襲われて火事に発展したというところだろう。
カルブンクの錬成魔法で、火事になっている建物二軒に上から放水させ続ける。
火が消えるまで降り続ける雨、をイメージしたので、このまま放置しても問題ないはずだ。
鉱山で採掘する作業員の人たちや、技術者たちに被害が及んでいてはギベオンを皆に持ち帰ることができない。
(オフィスさん)
『はあーい、トールちゃん。お呼びかしらー?』
(この街の人たちの怪我を治療したいんですけど……)
『中級ポーション程度の回復量でいいなら、いっぺんにいけるわよん』
念のためオフィスにも確認する。
それだけできれば十分だ。
透にはアイテムボックスもなにもない。
街の人間ひとりひとりにポーションを配り歩くわけにもいかないのである。
(お願いします)
息を引き取ったシェリアを蘇生した時のようなもやが出てくるかと思ったが、そんなことはなかった。
転生者のポイント化キャンセルと、蘇生と、治癒とではそれぞれエフェクトが違うようだ。
透を中心に青い光が街中へ広がっていく。
『これで全部ね。また呼んでねん』
(あ! あの、ちょっと聞きたいことが)
『あらなーに? アタシのロストバージンがいつだったかはナイショよ』
(え、あ、いやその……す、すみません、一度の治癒や蘇生でどれくらい生命力を使うのか確認したくて……)
ろすとばーじん。
やっぱりオフィスは女性だったんだろうか。頭の中に響いてくる声は男性の声のようだが。
いやこの言葉は男性に使うことも……ある? ……深くは考えないことにする。
『うーん、規模や治癒対象の個体差もあるから、一概には言えないのよねえ』
(……じゃあ、勝宏を治した時と、シェリアさんを蘇生した時と、今の治癒魔法とでそれぞれどれくらい消費したのか教えてもらえますか?)
『マサヒロくんの時は、人間の寿命で言えば一年分かしら? シェリア……この世界の人間の女を蘇生した時は、三日分程度よ。今の大規模治癒は一日分にも満たないかも』
(わかりました。ありがとうございます)
『ああ、使った分老けるワケじゃないわよ? 本来の死期が少しずつ近づいてくるだけ。使い込んでもちゃんと綺麗なまま死ねるから安心してちょうだい』
地味に怖いことを言ってオフィスが離れていったが、この感じなら、治癒魔法は気にせず使って構わないだろう。
転生者とこの世界の住民とでは治癒魔法の対価にも差があるのかもしれないが、それはまた一度使った時にオフィスに事後確認すればいいだけの話だ。
一方ポイント化キャンセルは、透の年齢と一般的な日本人の平均寿命から逆算して50~60回程度しか使えないことになる。
回数制限があることは後々詩絵里に報告しておこう。
「すげえ……アンデッドにされた連中が皆、元に戻った……」
「ねえあれ! もともと襲ってきたアンデッドでしょ? 全部人間になってるわ!」
「今負った傷どころか、十年前の古傷まで治っちまったぞ」
「おい見てくれ! いまの光で、昔グレイウルフに食われた俺の腕が生えてきたんだ!」
オフィスとの念話から考え込んでいた透の耳に、周囲のざわつきが聞こえてきた。
ふと顔を上げれば、周囲を街の人々に取り囲まれている。
「今の光は……間違いない。この方が聖なる雨を降らせ、癒しの光をもたらしてくださる瞬間を俺は見た」
「聖女様! 癒しの聖女様だ!」
せ、聖女?
言われて、自分の胸を見下ろす。
先ほど使った結界の魔法のせい……にしては少しタイミングが早い気がするが、いつものように女体化して胸が膨らんでいた。
詩絵里に事前確認を取る前に行動を起こしてしまったおかげで、いま透はがっつり目立っている。
ぜひもてなしを、と急に腕を掴まれて、透は思わずウィルに頼んでしまった。
(ウィル、詩絵里さんのところに転移ー!)
『はいよ』
透はウィルに場所を伝えて転移で運んでもらっただけだが、勝宏の待つコア未登録ダンジョンからすればほとんど大陸の端と端だ。
定期的に様子を見に行くのは、透でなければ務まらない。
門から少し離れた木陰に転移して、フレグルシムの街へ向かう。
もくもくと黒煙が立ち込めているが、鉱山都市というのはこういうものなんだろうか。
街の中で鉱物を加工するドワーフ職人とか、たくさんいるのかもしれない。
のんびり歩いて向かっていると、だんだん街の騒がしさが聞き取れるようになってきた。
悲鳴に、物音、何かの唸り声。
これはひょっとして、何かのトラブル?
近づいてみれば、開け放たれた門から見える街の中には人間が人間を襲っている様子があちこちで見て取れた。
「ね、ねえウィル、あれなに……?」
『魔物か? ……アンデッドっぽいな』
どうやらゾンビみたいな魔物らしい。
攻撃を仕掛けている方がアンデッドか。
「これ、怪我したら自分もゾンビになるとか?」
『伝染する性質はあるようだが、怪我じゃなさそうだな。攻撃の時に一緒に呪いか何かを受けて、生きた人間もアンデッドにさせられているってところか』
映画の定番、ゾンビが伝染る。
どうしたものか、この騒ぎではギベオンどころではない。
ゾンビにしている原因はウイルスの類ではなく呪いのようなもの、か。
「……これ、セイレンなら治せる?」
『いけるんじゃね』
言って、ウィルの気配が沈んでいく。
代わりにセイレンが念話を飛ばしてきた。
『まあ、大変なことになっていますわね』
「セイレン、治せる?」
『もちろんですわ。街の中央まで進んでいただければ、解呪もれはしませんわよ』
街の中央。
一般人に転移の様子を見られると面倒なので、ここから先は自力で向かう必要がある。
少し考えて、カルブンクの魔法で水の防御壁を身の回りに展開した。
防御しながら進めば、アンデッドからの攻撃を受けることなく、またアンデッドにされた人々を傷付けることなく移動できる。
寄ってくるアンデッドはそのまま引き連れて、街の中央広場に移動した。
「ここでいい?」
『ええ。それとトール、そろそろ念話に切り替えたらいかが? 呪われた傀儡ばかりの今はともかく、解呪が済んだら独り言を聞かれてしまいますわよ』
街の外でウィルと会話していた感覚のまま、セイレンとも声に出して話をしてしまっていた。
彼女の忠告に従って口を噤む。
セイレンは中央から上空へ光を放ち、街全体に光の雨を降らせ始める。
『これですべての呪いは解呪できましたわ。敵はいないはずですから、水の結界もいらなくてよ』
(ありがとう)
防御壁を解除して、改めて周囲を見渡してみる。
火事になっているのは民家と飲食店のようだ。
火が放たれたというより、中で火を扱っている最中にアンデッドに襲われて火事に発展したというところだろう。
カルブンクの錬成魔法で、火事になっている建物二軒に上から放水させ続ける。
火が消えるまで降り続ける雨、をイメージしたので、このまま放置しても問題ないはずだ。
鉱山で採掘する作業員の人たちや、技術者たちに被害が及んでいてはギベオンを皆に持ち帰ることができない。
(オフィスさん)
『はあーい、トールちゃん。お呼びかしらー?』
(この街の人たちの怪我を治療したいんですけど……)
『中級ポーション程度の回復量でいいなら、いっぺんにいけるわよん』
念のためオフィスにも確認する。
それだけできれば十分だ。
透にはアイテムボックスもなにもない。
街の人間ひとりひとりにポーションを配り歩くわけにもいかないのである。
(お願いします)
息を引き取ったシェリアを蘇生した時のようなもやが出てくるかと思ったが、そんなことはなかった。
転生者のポイント化キャンセルと、蘇生と、治癒とではそれぞれエフェクトが違うようだ。
透を中心に青い光が街中へ広がっていく。
『これで全部ね。また呼んでねん』
(あ! あの、ちょっと聞きたいことが)
『あらなーに? アタシのロストバージンがいつだったかはナイショよ』
(え、あ、いやその……す、すみません、一度の治癒や蘇生でどれくらい生命力を使うのか確認したくて……)
ろすとばーじん。
やっぱりオフィスは女性だったんだろうか。頭の中に響いてくる声は男性の声のようだが。
いやこの言葉は男性に使うことも……ある? ……深くは考えないことにする。
『うーん、規模や治癒対象の個体差もあるから、一概には言えないのよねえ』
(……じゃあ、勝宏を治した時と、シェリアさんを蘇生した時と、今の治癒魔法とでそれぞれどれくらい消費したのか教えてもらえますか?)
『マサヒロくんの時は、人間の寿命で言えば一年分かしら? シェリア……この世界の人間の女を蘇生した時は、三日分程度よ。今の大規模治癒は一日分にも満たないかも』
(わかりました。ありがとうございます)
『ああ、使った分老けるワケじゃないわよ? 本来の死期が少しずつ近づいてくるだけ。使い込んでもちゃんと綺麗なまま死ねるから安心してちょうだい』
地味に怖いことを言ってオフィスが離れていったが、この感じなら、治癒魔法は気にせず使って構わないだろう。
転生者とこの世界の住民とでは治癒魔法の対価にも差があるのかもしれないが、それはまた一度使った時にオフィスに事後確認すればいいだけの話だ。
一方ポイント化キャンセルは、透の年齢と一般的な日本人の平均寿命から逆算して50~60回程度しか使えないことになる。
回数制限があることは後々詩絵里に報告しておこう。
「すげえ……アンデッドにされた連中が皆、元に戻った……」
「ねえあれ! もともと襲ってきたアンデッドでしょ? 全部人間になってるわ!」
「今負った傷どころか、十年前の古傷まで治っちまったぞ」
「おい見てくれ! いまの光で、昔グレイウルフに食われた俺の腕が生えてきたんだ!」
オフィスとの念話から考え込んでいた透の耳に、周囲のざわつきが聞こえてきた。
ふと顔を上げれば、周囲を街の人々に取り囲まれている。
「今の光は……間違いない。この方が聖なる雨を降らせ、癒しの光をもたらしてくださる瞬間を俺は見た」
「聖女様! 癒しの聖女様だ!」
せ、聖女?
言われて、自分の胸を見下ろす。
先ほど使った結界の魔法のせい……にしては少しタイミングが早い気がするが、いつものように女体化して胸が膨らんでいた。
詩絵里に事前確認を取る前に行動を起こしてしまったおかげで、いま透はがっつり目立っている。
ぜひもてなしを、と急に腕を掴まれて、透は思わずウィルに頼んでしまった。
(ウィル、詩絵里さんのところに転移ー!)
『はいよ』
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