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章1

人生初の友達ができたので一緒に世界救ってきます(4)

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 小屋の中に戻ると、起きてきたクロがお茶菓子をぼりぼりむさぼっているところだった。

 ルイーザはまだ入力中のようである。
 それを見て、詩絵里は再び席についた。

「透くん、他に話すことはあるかしら」

「あ、はい、あの……さっき、勝宏に言われて……俺のことも全部話した方がいいと思って」

「こっちとしては情報は多い方がいいけど……話したくないことなら話さなくてもいいのよ?」

「いえ、そんなに重要な話でもないので」

 先ほどは話が壮大すぎて、自分個人のことを話すタイミングがなかった。

 念のため再確認してくれた詩絵里に感謝しつつ、もうひとつも切り出す。

「アリアルやウィルと同じ種族たちとの、契約の話です。俺は今、ウィルの他にもカルブンク、セイレン、オフィス……合計四人と契約しています」

「なんか増えてないか?」

「勝宏には、まだちゃんと話してなかったね。この間、勝宏が寝込んでる間に新しく契約したんだ」

 詩絵里たちにも、新たな契約で回復スキルを覚えたとしか話していなかった。

 この機会だ。
 対価だけでなく能力についても改めて説明をしておこう。

「それぞれの能力と、対価を説明すると――」

「透くんストップ。対価? それは、魔法を使うと石になるみたいな症状のことを指すのかしら」

「あ、はい。そうです」

 カルブンクの件ではだいぶ騒がせてしまった。

 対価は透にとってデメリットになるものが多いため、あの時は体液の宝石化段階で副作用と称したが、間違ってはいなかったはずだ。

「カルブンクには、魔法を使えるようになりたいと願いました。
提供されているのはカルブンクによる”錬成魔法”、想像した自然物を可能な範囲で生み出す能力です。
代わりに俺は、体液ならびに肉体の一部を差し出すことになります」

「でも今は女の子になるよな? 契約内容が変わったんだっけ?」

「ううん。そのままだよ。カルブンクに肉体を奪われるとその部分は石になるんだけど、構造が石化の呪いに似ているから、セイレンの能力ですぐに解除できるようになったんだ」

 セイレンの話になったので、そのままセイレンのことも話しておく。

 勝宏に庇われた時に使った即死技は、結局その後の回復スキルの件で詩絵里たちにも説明できずじまいである。

「次に、セイレン。もとはカルブンクの対価の緩和のために知り合いましたが、ちゃんとした契約ではありませんでした。
改めて契約を交わした時、俺が願ったのは”戦闘能力の高い転生者を無音で無力化できる力”です」

 これは確か、女体化している時に転生者たちに連れ去られ、女だと思われたまま強姦されかけた時に契約したんだったか。

「この時は、いろいろあって急いでて……具体的な指定をしなかったので、結果的に、闇の触手のようなもので即死攻撃を放つ能力になってしまいました。
これの代わりに俺は、感情を提供することになりました」

「感情? 使い続けるとロボットみたいになっちゃうってことかしら」

「よく分からないです。セイレンからはたまに、感情の補給のため恋バナをしてくれとか言われますが……。でも、何度も使うような技じゃないので……」

「Sスキル持ちのショタを倒した時のやつね。まあ確かに連発するようなものじゃないわね」

 即死攻撃という意味では、詩絵里がノーリスクで即死魔法の貫通攻撃を詠唱できる。

 詩絵里の場合は溜めが必要な技だが、透のそれは触手の届く範囲内での攻撃であるのに対し彼女のものは込めた魔力が消費されるまでどこまでも伸びていく。

 あくまでもセイレンの主な力は状態異常回復。
 即死魔法はおまけである。

 これに限っては、詩絵里の魔法の方が上位互換だと考えていいだろう。

「それからオフィス。転生者のポイント化を防ぐ治癒と蘇生の能力を願いました」

「透、それって俺の――」

「代わりに俺は、使用のたび生命力を少しずつ提供しています」

 オフィスの対価については、気を付けないと勝宏に怒られそうな気配がする。

 俺の傷を治すために契約したのか、と言葉にされてしまえば、彼も含めてこの場の全員がそうだと認識してしまう気がした。

 あえて勝宏の言葉を遮って、説明を続ける。

「生命力……それは、単純にHP、とかじゃないのよね?」

「はい。使用を控えても、既に使った生命力が回復することはありません」

 ちょうどそこで、ルイーザのデータ入力が終わった。

 すぐさまパソコンは詩絵里の手に渡り、ここまでの透の話が入力されていく。

「それじゃあ、オフィスの対価は寿命みたいなものかしら。……ちなみに、ウィルにはどういう対価を支払っているの?」

「あ、ウィルはちょっと特殊というか、俺はまだなにも支払ってないんです」

「今すぐには支払えないもの……死後の魂、とか?」

「はい」

 肯定するとほとんど同時に、がたんと木椅子が倒れる音が響く。勝宏だ。

「……透くん、話はこれで全部かしら」

「は、はい」

 話が終わるとほとんど同時に入力を済ませた詩絵里が、ノートパソコンをぱたんと閉じる。

「わかったわ。じゃあルイーザ、私たちはそろそろ行きましょ」

「え? あ、はい」

「毎日夜の22時くらいに定期連絡に来てちょうだい。それじゃ、いってくるわね」

 部外者はお邪魔になる空気よー、と、彼女の手によってお菓子皿を舐め回すクロも抱えあげられる。

 そのまま女性陣は、拳をかたく握りしめている勝宏のことは完全にスルーしていってしまった。

 どうしろというんだ。

「あ、あの、勝宏」

「……結局俺、透のこと守れてないんだな」

 駄目だった。
 全部悪い方向に捉えられてしまっている。

「今度こそ、絶対守るって決めてたのに。これじゃあ俺、姫野のこと追い回してた時と何も変わってない」

 追い回していた。
 ふと、その言葉が引っかかる。

 昔、自分にもそういうことがあったような。

 あれは、そうだ。
 ウィルと初めて出会った時の。

「ひょっとして……小山くん?」

「へ?」

 だったと思う。たぶん。

 例のトラウマディベートで犬派か猫派かみたいな、結論の出ない話し合いをして泣いてしまった時。

 透に泣かれたことで不利益を被った討論の相手は、小山というクラスメイトだった。

 小学生くらいの歳頃は、相手が泣いてしまうと周囲が簡単に「泣かせた」とはやしたててくるものだ。

 彼に弁明の余地を与えず、どころか教師まで味方にして逃げてしまった自分はおそらく、さぞ恨まれたことだろう。

 それからしばらくの間、つきまとわれていたのも思い出した。

 透が悪いのだからそれも当然だったが、あの時は全部から逃げてしまいたくて仕方がなかった。

 ウィルと出会ったのは、逃げようと駆け出した先で車に轢かれそうになった、その時で。

「あの……俺……旧姓、姫野、なんだ……」

 繋がってしまった。

 幼い勝宏に、自分の比ではないトラウマを植え付けた”姫野”は、自分だ。

「え……で、でも透は、20歳だろ? 俺は18で転生して、まだ一年も経ってない。姫野は、俺と同い年のはずで」

「……変だと思ったんだ。勝宏に漫画を頼まれた時、勝宏の話ではまだ1巻目しか出ていないはずなのに、5巻目まで出ていて」

「転生の時に、時間がズレてたってことか」

 小山勝宏。
 あの時、透が泣いてしまったせいで、逃げてしまったせいで苦しめることになった人。

 思えばあれが、運命の火種だったのかもしれない。

「……ごめんね」

「とお、姫野……えっと」

 優しい彼は、今までずっとあの日のことを気にして生きてきたのだろう。

 透が誰とも関わらず、両親の残した家の中でのうのうと過ごしていた間も、勝宏はずっと。

「許して、もらえないかもしれないけど、俺、今度はちゃんと役に、立つから」

 それだけじゃない。

 アリアルの言うことが本当なら、透の知らない間に勝宏は目をつけられて、透をおびき寄せるために殺されたことになる。

 また涙が零れそうになって、顔を伏せた。
 これで勝宏からは、向かいに座っている透の表情は見えない。

「……透は、自分の体切り売りして、俺たちについてきてくれてたんだな」

「そんなの……今更だよ。皆よりずっと安全な立場で、転移っていう一人だけ確実に助かる手段を持ってる。皆と一緒にいるなら、せめてこれくらいしないと」

 生命力がどうとか、魂がどうとか、そういうのはとっくに覚悟の上だ。

 今更それについて咎められても、止めるつもりなんてない。

 彼に報いたい、そのためだけに今透はここにいるのだから。

「……俺が受け止められるようになればよかったんだよな」

 勝宏が、テーブルを避けて近づいてくる足音がする。

「泣くのを見るのが嫌だとか、言ってる場合じゃなかった。透はあのころから、今も、苦しんでるんだから」

 それは違う。
 こんなもの、彼と比べれば苦しんでるうちに入らない。

 顔を上げようとした時、背後から抱き締められた。

「いいよ、泣いても。いっぱい泣かせてあげる。だから――全部見せてよ。今まで誰にも見せられなかった、いやなことも恥ずかしいことも。透が抱えてるもの、ぜんぶ」

 勝宏の腕に、力はこめられていない。
 どうしてもステータスの差があるから、力加減が分からないのかもしれない。

「どんだけ泣いても、へんなとこ見せられても、絶対嫌いになんてならないから。俺だけでいい。……俺を、透の中に入れさせて」

 彼のあたたかい体温が、透の体を包み込んでいる。

「勝宏の、こと」

「ん」

 なによりも安心できて、誰よりも大好きな勝宏のにおいがする。

「友達だって、思っても、いいの」

「え? いや、とっくに友達だろ? 何言ってんだよ今更。詩絵里もルイーザも皆、透のこと友達だって思ってるよ」

「……うん」

 そっか。そうだよね。
 それこそ今更の話だ。

 なのにただ、そう返ってきたことが嬉しくて、強張っていた体の緊張が解れていく。

 きっと勝宏にとっては、あたりまえの事実確認に過ぎなかった。

 それでも、自分にとっては――。



「だから透、いいかげん俺が好きだってこと……あれ? 俺いま告白してたよな? あれ? 何この流れ? 透、俺の告白伝わってる? 透ー? ……寝てるし」
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