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章1
その心に住む誰かさん(2)
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男三人を相手に――うち一人は勝宏だが――詩絵里とルイーザがそれぞれ後衛と前衛を担いながらうまく戦闘をこなしている。
透が戦闘中に「命からがら逃げだしてきた」ていで転移してくる予定であることは、詩絵里、ルイーザ、勝宏も把握している。
透の登場に動きが鈍ったのはマリウスとデヴィッドの二人だけだ。
そこをついて、ルイーザが体勢を立て直す。
透には接近戦のことはよくわからないが、おそらく「やられたふり」がしやすい間合いに調整したのだろう。
後方に下がった詩絵里が、いかにも悪党が少女を人質にとるかのような演技で透を引き寄せた。
透もまた「よろけるふり」……のつもりが、本当に倒れかけてしまう。
いやこれは、詩絵里の腕っぷしに負けたんじゃなくて一時的に女体化しているからである。本当です。
それから布一枚を被っただけの透に、さりげなく詩絵里から紐が支給された。
これで腰のあたりを縛って留めておけってことかな。
「くっ……! 少女を人質にするとは、卑劣な!」
本当に女の子なのはいま戦っている詩絵里たちの方なのだが、事情を知らないマリウスたちは真剣に憤っている。
勝宏はスキルによって顔が見えないが、動きや仕草がちょっとわざとらしい。
クールに見える演出をしているつもりなのかもしれない。
詩絵里さんから「助太刀に入る追加戦士風に」って言われてたからかな。
そろそろ、勝宏の攻撃に合わせて詩絵里たちが敗北し転移となるはず。
透は一人残って、マリウスたちを安心させるとともに攻略を再開する手はずだ。
透の背中に隠すようにして、詩絵里がアイテムボックスから丸いものを取り出した。
背後で行われているトリックの詳細は確認できないが、手はず通りなら今取り出されたのは転移のマジックアイテムのはずである。
リセットリングが使われることになる前に、起動を済ませたマジックアイテムは透が受け取っておかなければならない。
後ろ手にアイテムを受け取った、その時だった。
「転生者二人が、ただの雑魚と転生者一人相手に手こずってるね。僕がやろうか」
小学生くらいの少年の声が、詩絵里と透のすぐ後ろから聞こえた。
茶番だからとだらだら続けられていた戦闘から、転生者三人がとっさに離脱する。
マリウスたちの手前、転移を使うことのできなかった透だけが声の主のもとに取り残された。
「ああ、君か、捧げもののくせに僕から逃げた女は」
振り返ることすら間に合わない。
思わず身を固くした透は、少年の力とは思えない強打で吹き飛ばされた。
背中への衝撃で、一瞬呼吸の仕方がわからなくなる。
床にたたきつけられる寸前、勝宏が抱き留めてくれた。
手にしていた転移のマジックアイテムが放り出され、部屋の隅で音を立てて割れる。
「冒険者登録済みの現地人が3人、転生者が3人……いや、捧げものの女は転生者か。てことは最低でも、402ポイント?」
マリウス、デヴィッド、透、それから勝宏、詩絵里、ルイーザ。
六人の顔をひとりずつ確かめて、少年が笑う。
「気が変わった。新入りの君たちも一緒にやっちゃおう」
言って、少年は手のひらから漫画のような光線を発射してきた。
全員が回避に成功したが、一発目は当てるつもりがなかった、ようにも見える。
光はまっすぐ部屋を突き破り、壁をくり抜いて貫通していく。
「ちょっと、味方のはずでしょ! どういうこと!」
演じていた口調からいつもの喋り方に戻った詩絵里が、少年を睨みつける。
彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
「うん。だから、せっかく味方になってくれたのにごめんよ。死んでくれ」
口ぶりからして、よりによって転生者ゲームそのものを楽しむタイプの日本人に当たってしまったというところだろうか。
詩絵里が以前作っていた転移のマジックアイテムは、たった今壊されてしまった。
ダンジョン用の素材がない、と言っていたので、おそらく予備はもうないのだろう。
リセットリングを装備しているのは詩絵里とルイーザのみ。
彼女たちは代わりにアイテムボックスの中身を空にしていて、そのすべてが勝宏のボックスにおさめられている。
ポーションを自由に取り出すことができるのは勝宏一人だけだ。
転生者相手では、マリウスとデヴィッドは戦力にならない。
彼ら二人を守りながらでは、足手まといの透も加わって全くと言っていいほど手が足りない。
これは、スキル編集系の能力を持つ転生者と遭遇した時以来のピンチかもしれない。
「待ってよ。この組織の目的はスタンピードで街を滅ぼすことじゃなかったの?」
「いや? それはただの手段だよ。あの町は魔法を使える人間がほとんどだ。
てことは、住民のほとんどが実際の職業に関わらず、冒険者登録をしていることになるだろ?
転生者の君なら分かるはずだ。冒険者の烙印を持った一般人は、殺せば1ポイント。ね?」
すぐに戦おうとするのではなく、詩絵里の問いかけに答えるくらいはしてくれるらしい。
つまり彼は、一般の冒険者も関係なく全員殺してポイントを集めるタイプで。
スタンピードも、一般冒険者――1ポイントを手軽に回収するために起こそうといていた、ということだ。
少年に会話を持ち掛けながら、詩絵里がルイーザと勝宏相手に視線を送っている。
「僕は普通のゲーム参加者じゃないよ。このデータはね、神からデバッグ用アカウントをもらって……ステータス全カンストのユニットなんだから」
勝宏の腕の中で、透は少年の言葉に戦慄した。
彼は――この世界がゲームであることを、知っている。
透が戦闘中に「命からがら逃げだしてきた」ていで転移してくる予定であることは、詩絵里、ルイーザ、勝宏も把握している。
透の登場に動きが鈍ったのはマリウスとデヴィッドの二人だけだ。
そこをついて、ルイーザが体勢を立て直す。
透には接近戦のことはよくわからないが、おそらく「やられたふり」がしやすい間合いに調整したのだろう。
後方に下がった詩絵里が、いかにも悪党が少女を人質にとるかのような演技で透を引き寄せた。
透もまた「よろけるふり」……のつもりが、本当に倒れかけてしまう。
いやこれは、詩絵里の腕っぷしに負けたんじゃなくて一時的に女体化しているからである。本当です。
それから布一枚を被っただけの透に、さりげなく詩絵里から紐が支給された。
これで腰のあたりを縛って留めておけってことかな。
「くっ……! 少女を人質にするとは、卑劣な!」
本当に女の子なのはいま戦っている詩絵里たちの方なのだが、事情を知らないマリウスたちは真剣に憤っている。
勝宏はスキルによって顔が見えないが、動きや仕草がちょっとわざとらしい。
クールに見える演出をしているつもりなのかもしれない。
詩絵里さんから「助太刀に入る追加戦士風に」って言われてたからかな。
そろそろ、勝宏の攻撃に合わせて詩絵里たちが敗北し転移となるはず。
透は一人残って、マリウスたちを安心させるとともに攻略を再開する手はずだ。
透の背中に隠すようにして、詩絵里がアイテムボックスから丸いものを取り出した。
背後で行われているトリックの詳細は確認できないが、手はず通りなら今取り出されたのは転移のマジックアイテムのはずである。
リセットリングが使われることになる前に、起動を済ませたマジックアイテムは透が受け取っておかなければならない。
後ろ手にアイテムを受け取った、その時だった。
「転生者二人が、ただの雑魚と転生者一人相手に手こずってるね。僕がやろうか」
小学生くらいの少年の声が、詩絵里と透のすぐ後ろから聞こえた。
茶番だからとだらだら続けられていた戦闘から、転生者三人がとっさに離脱する。
マリウスたちの手前、転移を使うことのできなかった透だけが声の主のもとに取り残された。
「ああ、君か、捧げもののくせに僕から逃げた女は」
振り返ることすら間に合わない。
思わず身を固くした透は、少年の力とは思えない強打で吹き飛ばされた。
背中への衝撃で、一瞬呼吸の仕方がわからなくなる。
床にたたきつけられる寸前、勝宏が抱き留めてくれた。
手にしていた転移のマジックアイテムが放り出され、部屋の隅で音を立てて割れる。
「冒険者登録済みの現地人が3人、転生者が3人……いや、捧げものの女は転生者か。てことは最低でも、402ポイント?」
マリウス、デヴィッド、透、それから勝宏、詩絵里、ルイーザ。
六人の顔をひとりずつ確かめて、少年が笑う。
「気が変わった。新入りの君たちも一緒にやっちゃおう」
言って、少年は手のひらから漫画のような光線を発射してきた。
全員が回避に成功したが、一発目は当てるつもりがなかった、ようにも見える。
光はまっすぐ部屋を突き破り、壁をくり抜いて貫通していく。
「ちょっと、味方のはずでしょ! どういうこと!」
演じていた口調からいつもの喋り方に戻った詩絵里が、少年を睨みつける。
彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
「うん。だから、せっかく味方になってくれたのにごめんよ。死んでくれ」
口ぶりからして、よりによって転生者ゲームそのものを楽しむタイプの日本人に当たってしまったというところだろうか。
詩絵里が以前作っていた転移のマジックアイテムは、たった今壊されてしまった。
ダンジョン用の素材がない、と言っていたので、おそらく予備はもうないのだろう。
リセットリングを装備しているのは詩絵里とルイーザのみ。
彼女たちは代わりにアイテムボックスの中身を空にしていて、そのすべてが勝宏のボックスにおさめられている。
ポーションを自由に取り出すことができるのは勝宏一人だけだ。
転生者相手では、マリウスとデヴィッドは戦力にならない。
彼ら二人を守りながらでは、足手まといの透も加わって全くと言っていいほど手が足りない。
これは、スキル編集系の能力を持つ転生者と遭遇した時以来のピンチかもしれない。
「待ってよ。この組織の目的はスタンピードで街を滅ぼすことじゃなかったの?」
「いや? それはただの手段だよ。あの町は魔法を使える人間がほとんどだ。
てことは、住民のほとんどが実際の職業に関わらず、冒険者登録をしていることになるだろ?
転生者の君なら分かるはずだ。冒険者の烙印を持った一般人は、殺せば1ポイント。ね?」
すぐに戦おうとするのではなく、詩絵里の問いかけに答えるくらいはしてくれるらしい。
つまり彼は、一般の冒険者も関係なく全員殺してポイントを集めるタイプで。
スタンピードも、一般冒険者――1ポイントを手軽に回収するために起こそうといていた、ということだ。
少年に会話を持ち掛けながら、詩絵里がルイーザと勝宏相手に視線を送っている。
「僕は普通のゲーム参加者じゃないよ。このデータはね、神からデバッグ用アカウントをもらって……ステータス全カンストのユニットなんだから」
勝宏の腕の中で、透は少年の言葉に戦慄した。
彼は――この世界がゲームであることを、知っている。
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