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章1
君を守る力(2)
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乱入してきた勝宏は、スキルを使ってヒーローに変身し顔を隠していた。
透に起こった揉め事に関わりたい場合は顔を隠せ、というのが詩絵里から言い渡された条件だったので、それ自体はまあ仕方のないことだろう。
勝宏、どうしてここに? と訊ねようとして、声が出ない姿であることを思い出した。
シナリオ通りに進まなくなってしまっていたため、勝宏が強制終了してくれたのは良かったかもしれないが、マリウスが意識を取り戻した際どう誤魔化すべきだろうか。
「透、大丈夫か? キスされそうになってただろ」
キスくらいだったら良かったんだけど。
この段階でいかにも政略結婚のようなプロポーズをされてしまうのは想定外だった。
頷いて、メモ帳に書き込んでいく。
――シナリオ通りに進んでいなかったから助かった。
――今後どう対応すべきか相談したい。
書いたメモを見せると、勝宏が倒れ込んだマリウスをベッドに投げ込んだ。
「よし。これで、話してるうちにこいつが寝たから透は帰った、っていう書き置きしていけばいいんじゃないか?」
それだ。
勝宏の意見を即決で取り入れて、メモ帳を1ページ破り取る。
途中で眠ってしまったようなので帰るという一文に続けて、お菓子は置いていくので食べてくださいとも書き込んだ。
マリウスのようなタイプの人が誤魔化されてくれるか分からないが、大丈夫だと信じるしかない。
「間に合ってよかった。じゃ、帰るか」
しかし、部屋から出るには裏口に向かわなければならないわけで、マリウスを置いて勝宏と二人で脱出するというのは難しい気がする。
ウィルに頼めば透一人ならどこにでも転移できるが、勝宏は……いや、そもそも勝宏はどうやって中に入ってきたんだろう。
どうやって、と首をかしげていると、彼の腕が腰に回った。
「つかまってろよ」
言うが早いか、勝宏によって抱えあげられた。
女の子になっていると体も縮んでいるので、今の透は確かに勝宏にとって運びやすい体格かもしれない。
こういうことさらっとできてしまうあたり、罪づくりな人だよなあ……と、思う間もなく。
四階の部屋の窓から、勝宏が飛び降りた。
----------
意識を取り戻したマリウスは、開け放たれた窓、机の上に置かれたお菓子、そして少女の筆跡と思しき書き置きを見て、異変を感じ取っていた。
明らかに、おかしい。
ここしばらくは、トールに会うために研究を控えめにして規則正しい生活を送っていた。
むしろ早朝に起床して朝のうちにやるべきことを済ませる効率の良さだ。
姉のための研究に没頭していたころならばともかく、今の自分が唐突な睡魔で眠ってしまうなど考えられない。
部屋のクローゼットに隠し置いていたマジックアイテムを発動させる。
これは試作品に過ぎないが、置いた空間から半径10メートルほどの範囲内で起こった出来事を映像として記録しておくマジックアイテムだ。
ギフト持ちの天才が作り出すような、音声記録まで行えるものではないが、私用ならば映像が記録されるだけでも十分である。
水晶の形をしたこのマジックアイテムは、破壊されずに済んだらしい。
映像を再生する。
そこに映っていたのは、全身甲冑に仮面の男がトールを抱き上げ、窓から連れ去っていく姿だった。
----------
そのころ透は、勝宏に抱えられたまま、詩絵里たちが居る宿に戻ってきた。
屋敷から離れてしまえばこの間のように透も自力で歩いてよかったのだが、声の出せない透には途中で「おろして」と伝えるすべがない。
勝宏もおろすつもりはなかったようで、結局部屋まで抱えられて戻ってしまった。
「あら? 今日は早かったわね、透くん」
ノートパソコンの横に例の薬を置いて何かを入力していた詩絵里が、勝宏と透を迎え入れる。
ここは男部屋のはずだが、透たちが出かけている間彼女はここで作業しているんだろうか。
「透が襲われてたから回収してきたんだ」
「襲われてたって、どういう方向で?」
「ベッドに押し倒されそうになってた」
それは違うと思うんだけど、と言いたくても声はまだ復活しない。
「透くんの表情見てる限りじゃ、なんか勘違いがありそうだけど……まあでも少なくとも、今夜はまだマリウスに迫られる段階ではないはずね」
回収ご苦労様、と、詩絵里が勝宏の肩をたたいた。
ルイーザはどこかに出かけているようだ。
シナリオ通りに進んでいない件を相談したかったのだが、ルイーザ抜きで詩絵里にのみ相談してしまっても大丈夫だろうか。
と、そのタイミングで透の女体化が解ける。
「男の方の透くんもおかえりなさい。じゃ、何があったのか改めて説明してもらえる?」
彼女に促されて、恋愛感情とは程遠い、商談前提でのプロポーズされたこと、お菓子で釣るというより、日本から仕入れてくる高品質なお菓子の原材料――チョコレートなどでマリウスが釣れてしまったことを話した。
難しいわね、と詩絵里がうなる。
「乙女ゲーム的には、マリウスとの婚約が目的なんじゃなくて、マリウスの心を掴むことが目的なわけだし。恋愛感情のない政略結婚でハッピーエンドの乙女ゲームなんて、私は聞いたことないわ」
乙女ゲームに疎い自分でも、それはそうだろうと思う。
これはなんだか、攻略失敗の流れに入ってきているような気がする。
このままいくと、もしかしてシャルマンルートに切り替えることになるんだろうか。
あの、なんだかシナリオが怖い人に毎日、会いに行く……?
身震いする透の肩を、勝宏が抱き寄せる。
「大丈夫だ、何かあったら今日みたいに俺が助けに入るから」
「あ、ありがとう……」
でもシャルマンルートって、今回のように勝宏が助けに入ると悪化するんじゃないかな。
透に起こった揉め事に関わりたい場合は顔を隠せ、というのが詩絵里から言い渡された条件だったので、それ自体はまあ仕方のないことだろう。
勝宏、どうしてここに? と訊ねようとして、声が出ない姿であることを思い出した。
シナリオ通りに進まなくなってしまっていたため、勝宏が強制終了してくれたのは良かったかもしれないが、マリウスが意識を取り戻した際どう誤魔化すべきだろうか。
「透、大丈夫か? キスされそうになってただろ」
キスくらいだったら良かったんだけど。
この段階でいかにも政略結婚のようなプロポーズをされてしまうのは想定外だった。
頷いて、メモ帳に書き込んでいく。
――シナリオ通りに進んでいなかったから助かった。
――今後どう対応すべきか相談したい。
書いたメモを見せると、勝宏が倒れ込んだマリウスをベッドに投げ込んだ。
「よし。これで、話してるうちにこいつが寝たから透は帰った、っていう書き置きしていけばいいんじゃないか?」
それだ。
勝宏の意見を即決で取り入れて、メモ帳を1ページ破り取る。
途中で眠ってしまったようなので帰るという一文に続けて、お菓子は置いていくので食べてくださいとも書き込んだ。
マリウスのようなタイプの人が誤魔化されてくれるか分からないが、大丈夫だと信じるしかない。
「間に合ってよかった。じゃ、帰るか」
しかし、部屋から出るには裏口に向かわなければならないわけで、マリウスを置いて勝宏と二人で脱出するというのは難しい気がする。
ウィルに頼めば透一人ならどこにでも転移できるが、勝宏は……いや、そもそも勝宏はどうやって中に入ってきたんだろう。
どうやって、と首をかしげていると、彼の腕が腰に回った。
「つかまってろよ」
言うが早いか、勝宏によって抱えあげられた。
女の子になっていると体も縮んでいるので、今の透は確かに勝宏にとって運びやすい体格かもしれない。
こういうことさらっとできてしまうあたり、罪づくりな人だよなあ……と、思う間もなく。
四階の部屋の窓から、勝宏が飛び降りた。
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意識を取り戻したマリウスは、開け放たれた窓、机の上に置かれたお菓子、そして少女の筆跡と思しき書き置きを見て、異変を感じ取っていた。
明らかに、おかしい。
ここしばらくは、トールに会うために研究を控えめにして規則正しい生活を送っていた。
むしろ早朝に起床して朝のうちにやるべきことを済ませる効率の良さだ。
姉のための研究に没頭していたころならばともかく、今の自分が唐突な睡魔で眠ってしまうなど考えられない。
部屋のクローゼットに隠し置いていたマジックアイテムを発動させる。
これは試作品に過ぎないが、置いた空間から半径10メートルほどの範囲内で起こった出来事を映像として記録しておくマジックアイテムだ。
ギフト持ちの天才が作り出すような、音声記録まで行えるものではないが、私用ならば映像が記録されるだけでも十分である。
水晶の形をしたこのマジックアイテムは、破壊されずに済んだらしい。
映像を再生する。
そこに映っていたのは、全身甲冑に仮面の男がトールを抱き上げ、窓から連れ去っていく姿だった。
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そのころ透は、勝宏に抱えられたまま、詩絵里たちが居る宿に戻ってきた。
屋敷から離れてしまえばこの間のように透も自力で歩いてよかったのだが、声の出せない透には途中で「おろして」と伝えるすべがない。
勝宏もおろすつもりはなかったようで、結局部屋まで抱えられて戻ってしまった。
「あら? 今日は早かったわね、透くん」
ノートパソコンの横に例の薬を置いて何かを入力していた詩絵里が、勝宏と透を迎え入れる。
ここは男部屋のはずだが、透たちが出かけている間彼女はここで作業しているんだろうか。
「透が襲われてたから回収してきたんだ」
「襲われてたって、どういう方向で?」
「ベッドに押し倒されそうになってた」
それは違うと思うんだけど、と言いたくても声はまだ復活しない。
「透くんの表情見てる限りじゃ、なんか勘違いがありそうだけど……まあでも少なくとも、今夜はまだマリウスに迫られる段階ではないはずね」
回収ご苦労様、と、詩絵里が勝宏の肩をたたいた。
ルイーザはどこかに出かけているようだ。
シナリオ通りに進んでいない件を相談したかったのだが、ルイーザ抜きで詩絵里にのみ相談してしまっても大丈夫だろうか。
と、そのタイミングで透の女体化が解ける。
「男の方の透くんもおかえりなさい。じゃ、何があったのか改めて説明してもらえる?」
彼女に促されて、恋愛感情とは程遠い、商談前提でのプロポーズされたこと、お菓子で釣るというより、日本から仕入れてくる高品質なお菓子の原材料――チョコレートなどでマリウスが釣れてしまったことを話した。
難しいわね、と詩絵里がうなる。
「乙女ゲーム的には、マリウスとの婚約が目的なんじゃなくて、マリウスの心を掴むことが目的なわけだし。恋愛感情のない政略結婚でハッピーエンドの乙女ゲームなんて、私は聞いたことないわ」
乙女ゲームに疎い自分でも、それはそうだろうと思う。
これはなんだか、攻略失敗の流れに入ってきているような気がする。
このままいくと、もしかしてシャルマンルートに切り替えることになるんだろうか。
あの、なんだかシナリオが怖い人に毎日、会いに行く……?
身震いする透の肩を、勝宏が抱き寄せる。
「大丈夫だ、何かあったら今日みたいに俺が助けに入るから」
「あ、ありがとう……」
でもシャルマンルートって、今回のように勝宏が助けに入ると悪化するんじゃないかな。
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