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章1
アニメキャラに恋をするのと過去の人物に恋をするのとではどちらがより幸せか(3)
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「この世界で飲食店をやるなら、必要なのは店と土地、人件費や食材購入のための初期投資くらいね」
「届け出とか、いらないんですか?」
「町中でやるなら必要よ。でも、町の外――たとえばダンジョンの入り口付近でポーション類を売ってる商人なんかには、別に届け出の義務はないの。
ダンジョンの中でやるのは……さすがに珍しい事例だから分からないわね……。
まあ、そこはウルティナに頼んだらどうとでもしてくれるだろうけど」
なるほど、貴族の知り合いが居ると強い。
こちらの世界の一般常識に疎い透は税金関係もさっぱりだが、それについてはルイーザが相談に乗ってくれることだろう。
だが、ついこの間までは楽しく夢想できていた出店計画が今は、感情を揺さぶらない。
「ま、そんなわけだから今は計画練って資金の用意くらいしかできないけど、ダンジョンさえ見つかれば透くんのお店の目途は――」
「いいんです。……その……きっと、俺がそんなことをしても、無駄だろうから」
つい、彼女の言葉を遮ってしまった。
よかれと思ってあれこれ提案してくれている詩絵里に対し、この態度は失礼だ。
すみません、と震える声で付け足す。
彼女は少し考えてから、口を開いた。
「透くん。何があったか知らないし、聞かないけど……無駄って意外と大事なのよ?」
怒らせてしまっただろうか、おそるおそる詩絵里の目を見上げると、彼女の表情に怒りの色はなかった。
「私は昔、大学講師やってたけど。
研究や講義とは別にね、小説を書いて、それをコピーして冊子みたいにして、出来上がった薄っぺらい本をちまちま売るのが趣味だったの。
別にそれでプロになれるわけでもないし、私の小説を期待してくれてる人なんて数えるほどしかいないし。
ていうか用意した部数の半分も売れないし。究極の”無駄”よ」
大学の先生、というよりまるで小学校の先生のような諭し方である。
きっと透の小学生以下のコミュニケーション能力に合わせて話してくれているのだ。
頭のいい人は、相手に合わせて会話のレベルを下げることができるってどこかで聞いたな。
それに近いものかもしれない。
「でも、すっごく楽しかったわ。同じ趣味の人がまた集まれるなら、こっちの世界でもやりたいくらい。
仕事で嫌なことがあっても、寝不足でも高熱出しててもお腹すいてても、その趣味のことを考えるだけで元気が湧いてきた」
まあ、その元気を過信して過労死しちゃったんだけど……と、詩絵里が照れくさそうに笑う。
「自分が楽しいと思えるなら、それが無駄でもとりあえず手出してみなさいな。無駄をぜんぶ省いちゃったら、機械やAIと大差ない人間になっちゃうわよ」
「……はい」
機械。AI。
何も話してはいないのに、ずいぶん核心をついてくる。
これもゲーム世界の強制力か何かなのだとしたら、自分はこれから何を信じればいいんだろう。
勝宏たちが戻ってくる時間を見計らって、食事の用意を済ませておく。
今日は詩絵里に乗せられるまま、店に出してもまあ許されるかな、と思うメニューをいくつか作ってきたのだ。
食べながら勝宏とルイーザにも店のメニューに関する意見を聞こうという意図があった。
が、何を食べても「すげーうまい」しか言わない勝宏と黙々食べ続けるルイーザ、案の定野菜中心に箸が伸びる詩絵里ではろくに意見が聞けていない。
駄目出ししてほしい、と珍しく勝宏たちに要望を伝えることができたのに、「全部採用」としか言われずに途方に暮れている。
結構な量を用意してきたが、女性陣がギブアップしても勝宏が全部処理してくれた。この食欲、胃袋はどうなっているんだと前々から思っていたけれど。
まさかこんなところまでゲームだから、フィクションだから、で済まされてしまうんだろうか。
味覚は、あるよね。
食卓に何を出されてもおいしいって言ってくれるように設定されているわけじゃないよね。
でも、そうだとしたら説明がついてしまうな。
一人暮らし歴が長いだけで料理のプロでもない透の作る食事が、異様に評価され続けるのも。
そういう反応しかできないのなら。
何を見聞きしても、何を考えても、ネガティブな方向にしか思考が動かない。
そして、その夜。
寝る前に、勝宏が話しかけてきた。
落ち込んだ様子の透を見かねて、というところか。
表情に出てしまっていたのかもしれない。
「透、飯の感想が「うまい」しか言えなかったの、怒ってる?」
「え……ううん。おいしいって言ってもらえるのは、嬉しいよ」
「なんか、落ち込んでるみたいだったから。ごめんな、俺語彙力なくて。これのここがうまいとか、この味付けが好きとか、言えたらいいんだけどさ」
「そんなこと」
思わず起き上がって、彼のベッドの方を見る。
自分のせいで、要らぬ誤解を招いてしまった。
確かに、もっと具体的な駄目出しがあれば店に出せる品質まで改善できるかもしれないのに、と思いはした。
だがそれとこれとは別だ。
自分の心に正直になるならば、彼に食べてもらえるだけで嬉しい。
おいしいと言ってくれるその言葉が、彼の意思ではないとしても。
「透?」
勝宏がベッドから降りて、透のもとへ近づいてくる。
薄闇のなか、距離があったから気付かれていなかった涙が、彼に見られてしまう。
「な、泣くなよ。……俺のせいじゃないんなら、今日ダンジョン探しで何かあった……とか?」
いつもなら遠慮なく透のベッドに腰かけてくる勝宏は、今日に限って所在なさげに立っている。
「なんで泣くの」
「……ごめん」
これまでの人生で、感情を伴わない涙に苦労させられ続けてきたが、今日のこれは完全に感情由来。
止め方も、透にはわからない。
「……俺の友達にさ、いつも泣いてるやつがいたんだ。俺はまだガキだったから、なんとも思わずそいつをからかって、もっと泣かせてた」
結局自分のベッドに戻って座った勝宏が、昔話を始めた。
「あの頃の自分のことを思うと、すげーサイテーって思うんだよ。で、だから俺、泣いてる人を見るの嫌になっちゃってさ」
「ごめん、なさい……」
「あっ! そうじゃなくて、ええと……だめだな。俺話へたくそすぎる。透には泣き止んでほしいけど、だからって泣いてる透を責めたいわけじゃないのに……」
心配してくれている。
それはわかっている。
なのに透には、勝宏に真実を告げることが出来ない。
「あの頃から、俺、好きなやつの涙を見るのが怖いんだ」
「届け出とか、いらないんですか?」
「町中でやるなら必要よ。でも、町の外――たとえばダンジョンの入り口付近でポーション類を売ってる商人なんかには、別に届け出の義務はないの。
ダンジョンの中でやるのは……さすがに珍しい事例だから分からないわね……。
まあ、そこはウルティナに頼んだらどうとでもしてくれるだろうけど」
なるほど、貴族の知り合いが居ると強い。
こちらの世界の一般常識に疎い透は税金関係もさっぱりだが、それについてはルイーザが相談に乗ってくれることだろう。
だが、ついこの間までは楽しく夢想できていた出店計画が今は、感情を揺さぶらない。
「ま、そんなわけだから今は計画練って資金の用意くらいしかできないけど、ダンジョンさえ見つかれば透くんのお店の目途は――」
「いいんです。……その……きっと、俺がそんなことをしても、無駄だろうから」
つい、彼女の言葉を遮ってしまった。
よかれと思ってあれこれ提案してくれている詩絵里に対し、この態度は失礼だ。
すみません、と震える声で付け足す。
彼女は少し考えてから、口を開いた。
「透くん。何があったか知らないし、聞かないけど……無駄って意外と大事なのよ?」
怒らせてしまっただろうか、おそるおそる詩絵里の目を見上げると、彼女の表情に怒りの色はなかった。
「私は昔、大学講師やってたけど。
研究や講義とは別にね、小説を書いて、それをコピーして冊子みたいにして、出来上がった薄っぺらい本をちまちま売るのが趣味だったの。
別にそれでプロになれるわけでもないし、私の小説を期待してくれてる人なんて数えるほどしかいないし。
ていうか用意した部数の半分も売れないし。究極の”無駄”よ」
大学の先生、というよりまるで小学校の先生のような諭し方である。
きっと透の小学生以下のコミュニケーション能力に合わせて話してくれているのだ。
頭のいい人は、相手に合わせて会話のレベルを下げることができるってどこかで聞いたな。
それに近いものかもしれない。
「でも、すっごく楽しかったわ。同じ趣味の人がまた集まれるなら、こっちの世界でもやりたいくらい。
仕事で嫌なことがあっても、寝不足でも高熱出しててもお腹すいてても、その趣味のことを考えるだけで元気が湧いてきた」
まあ、その元気を過信して過労死しちゃったんだけど……と、詩絵里が照れくさそうに笑う。
「自分が楽しいと思えるなら、それが無駄でもとりあえず手出してみなさいな。無駄をぜんぶ省いちゃったら、機械やAIと大差ない人間になっちゃうわよ」
「……はい」
機械。AI。
何も話してはいないのに、ずいぶん核心をついてくる。
これもゲーム世界の強制力か何かなのだとしたら、自分はこれから何を信じればいいんだろう。
勝宏たちが戻ってくる時間を見計らって、食事の用意を済ませておく。
今日は詩絵里に乗せられるまま、店に出してもまあ許されるかな、と思うメニューをいくつか作ってきたのだ。
食べながら勝宏とルイーザにも店のメニューに関する意見を聞こうという意図があった。
が、何を食べても「すげーうまい」しか言わない勝宏と黙々食べ続けるルイーザ、案の定野菜中心に箸が伸びる詩絵里ではろくに意見が聞けていない。
駄目出ししてほしい、と珍しく勝宏たちに要望を伝えることができたのに、「全部採用」としか言われずに途方に暮れている。
結構な量を用意してきたが、女性陣がギブアップしても勝宏が全部処理してくれた。この食欲、胃袋はどうなっているんだと前々から思っていたけれど。
まさかこんなところまでゲームだから、フィクションだから、で済まされてしまうんだろうか。
味覚は、あるよね。
食卓に何を出されてもおいしいって言ってくれるように設定されているわけじゃないよね。
でも、そうだとしたら説明がついてしまうな。
一人暮らし歴が長いだけで料理のプロでもない透の作る食事が、異様に評価され続けるのも。
そういう反応しかできないのなら。
何を見聞きしても、何を考えても、ネガティブな方向にしか思考が動かない。
そして、その夜。
寝る前に、勝宏が話しかけてきた。
落ち込んだ様子の透を見かねて、というところか。
表情に出てしまっていたのかもしれない。
「透、飯の感想が「うまい」しか言えなかったの、怒ってる?」
「え……ううん。おいしいって言ってもらえるのは、嬉しいよ」
「なんか、落ち込んでるみたいだったから。ごめんな、俺語彙力なくて。これのここがうまいとか、この味付けが好きとか、言えたらいいんだけどさ」
「そんなこと」
思わず起き上がって、彼のベッドの方を見る。
自分のせいで、要らぬ誤解を招いてしまった。
確かに、もっと具体的な駄目出しがあれば店に出せる品質まで改善できるかもしれないのに、と思いはした。
だがそれとこれとは別だ。
自分の心に正直になるならば、彼に食べてもらえるだけで嬉しい。
おいしいと言ってくれるその言葉が、彼の意思ではないとしても。
「透?」
勝宏がベッドから降りて、透のもとへ近づいてくる。
薄闇のなか、距離があったから気付かれていなかった涙が、彼に見られてしまう。
「な、泣くなよ。……俺のせいじゃないんなら、今日ダンジョン探しで何かあった……とか?」
いつもなら遠慮なく透のベッドに腰かけてくる勝宏は、今日に限って所在なさげに立っている。
「なんで泣くの」
「……ごめん」
これまでの人生で、感情を伴わない涙に苦労させられ続けてきたが、今日のこれは完全に感情由来。
止め方も、透にはわからない。
「……俺の友達にさ、いつも泣いてるやつがいたんだ。俺はまだガキだったから、なんとも思わずそいつをからかって、もっと泣かせてた」
結局自分のベッドに戻って座った勝宏が、昔話を始めた。
「あの頃の自分のことを思うと、すげーサイテーって思うんだよ。で、だから俺、泣いてる人を見るの嫌になっちゃってさ」
「ごめん、なさい……」
「あっ! そうじゃなくて、ええと……だめだな。俺話へたくそすぎる。透には泣き止んでほしいけど、だからって泣いてる透を責めたいわけじゃないのに……」
心配してくれている。
それはわかっている。
なのに透には、勝宏に真実を告げることが出来ない。
「あの頃から、俺、好きなやつの涙を見るのが怖いんだ」
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