上 下
114 / 193
章1

アニメキャラに恋をするのと過去の人物に恋をするのとではどちらがより幸せか(3)

しおりを挟む
「この世界で飲食店をやるなら、必要なのは店と土地、人件費や食材購入のための初期投資くらいね」

「届け出とか、いらないんですか?」

「町中でやるなら必要よ。でも、町の外――たとえばダンジョンの入り口付近でポーション類を売ってる商人なんかには、別に届け出の義務はないの。
ダンジョンの中でやるのは……さすがに珍しい事例だから分からないわね……。
まあ、そこはウルティナに頼んだらどうとでもしてくれるだろうけど」

 なるほど、貴族の知り合いが居ると強い。

 こちらの世界の一般常識に疎い透は税金関係もさっぱりだが、それについてはルイーザが相談に乗ってくれることだろう。

 だが、ついこの間までは楽しく夢想できていた出店計画が今は、感情を揺さぶらない。

「ま、そんなわけだから今は計画練って資金の用意くらいしかできないけど、ダンジョンさえ見つかれば透くんのお店の目途は――」

「いいんです。……その……きっと、俺がそんなことをしても、無駄だろうから」

 つい、彼女の言葉を遮ってしまった。

 よかれと思ってあれこれ提案してくれている詩絵里に対し、この態度は失礼だ。

 すみません、と震える声で付け足す。
 彼女は少し考えてから、口を開いた。

「透くん。何があったか知らないし、聞かないけど……無駄って意外と大事なのよ?」

 怒らせてしまっただろうか、おそるおそる詩絵里の目を見上げると、彼女の表情に怒りの色はなかった。

「私は昔、大学講師やってたけど。
研究や講義とは別にね、小説を書いて、それをコピーして冊子みたいにして、出来上がった薄っぺらい本をちまちま売るのが趣味だったの。
別にそれでプロになれるわけでもないし、私の小説を期待してくれてる人なんて数えるほどしかいないし。
ていうか用意した部数の半分も売れないし。究極の”無駄”よ」

 大学の先生、というよりまるで小学校の先生のような諭し方である。
 きっと透の小学生以下のコミュニケーション能力に合わせて話してくれているのだ。

 頭のいい人は、相手に合わせて会話のレベルを下げることができるってどこかで聞いたな。
 それに近いものかもしれない。

「でも、すっごく楽しかったわ。同じ趣味の人がまた集まれるなら、こっちの世界でもやりたいくらい。
仕事で嫌なことがあっても、寝不足でも高熱出しててもお腹すいてても、その趣味のことを考えるだけで元気が湧いてきた」

 まあ、その元気を過信して過労死しちゃったんだけど……と、詩絵里が照れくさそうに笑う。

「自分が楽しいと思えるなら、それが無駄でもとりあえず手出してみなさいな。無駄をぜんぶ省いちゃったら、機械やAIと大差ない人間になっちゃうわよ」

「……はい」

 機械。AI。
 何も話してはいないのに、ずいぶん核心をついてくる。

 これもゲーム世界の強制力か何かなのだとしたら、自分はこれから何を信じればいいんだろう。



 勝宏たちが戻ってくる時間を見計らって、食事の用意を済ませておく。

 今日は詩絵里に乗せられるまま、店に出してもまあ許されるかな、と思うメニューをいくつか作ってきたのだ。

 食べながら勝宏とルイーザにも店のメニューに関する意見を聞こうという意図があった。

 が、何を食べても「すげーうまい」しか言わない勝宏と黙々食べ続けるルイーザ、案の定野菜中心に箸が伸びる詩絵里ではろくに意見が聞けていない。

 駄目出ししてほしい、と珍しく勝宏たちに要望を伝えることができたのに、「全部採用」としか言われずに途方に暮れている。

 結構な量を用意してきたが、女性陣がギブアップしても勝宏が全部処理してくれた。この食欲、胃袋はどうなっているんだと前々から思っていたけれど。

 まさかこんなところまでゲームだから、フィクションだから、で済まされてしまうんだろうか。

 味覚は、あるよね。
 食卓に何を出されてもおいしいって言ってくれるように設定されているわけじゃないよね。

 でも、そうだとしたら説明がついてしまうな。
 一人暮らし歴が長いだけで料理のプロでもない透の作る食事が、異様に評価され続けるのも。

 そういう反応しかできないのなら。

 何を見聞きしても、何を考えても、ネガティブな方向にしか思考が動かない。


 そして、その夜。
 寝る前に、勝宏が話しかけてきた。

 落ち込んだ様子の透を見かねて、というところか。
 表情に出てしまっていたのかもしれない。

「透、飯の感想が「うまい」しか言えなかったの、怒ってる?」

「え……ううん。おいしいって言ってもらえるのは、嬉しいよ」

「なんか、落ち込んでるみたいだったから。ごめんな、俺語彙力なくて。これのここがうまいとか、この味付けが好きとか、言えたらいいんだけどさ」

「そんなこと」

 思わず起き上がって、彼のベッドの方を見る。
 自分のせいで、要らぬ誤解を招いてしまった。

 確かに、もっと具体的な駄目出しがあれば店に出せる品質まで改善できるかもしれないのに、と思いはした。

 だがそれとこれとは別だ。
 自分の心に正直になるならば、彼に食べてもらえるだけで嬉しい。

 おいしいと言ってくれるその言葉が、彼の意思ではないとしても。

「透?」

 勝宏がベッドから降りて、透のもとへ近づいてくる。

 薄闇のなか、距離があったから気付かれていなかった涙が、彼に見られてしまう。

「な、泣くなよ。……俺のせいじゃないんなら、今日ダンジョン探しで何かあった……とか?」

 いつもなら遠慮なく透のベッドに腰かけてくる勝宏は、今日に限って所在なさげに立っている。

「なんで泣くの」

「……ごめん」

 これまでの人生で、感情を伴わない涙に苦労させられ続けてきたが、今日のこれは完全に感情由来。

 止め方も、透にはわからない。

「……俺の友達にさ、いつも泣いてるやつがいたんだ。俺はまだガキだったから、なんとも思わずそいつをからかって、もっと泣かせてた」

 結局自分のベッドに戻って座った勝宏が、昔話を始めた。

「あの頃の自分のことを思うと、すげーサイテーって思うんだよ。で、だから俺、泣いてる人を見るの嫌になっちゃってさ」

「ごめん、なさい……」

「あっ! そうじゃなくて、ええと……だめだな。俺話へたくそすぎる。透には泣き止んでほしいけど、だからって泣いてる透を責めたいわけじゃないのに……」

 心配してくれている。
 それはわかっている。

 なのに透には、勝宏に真実を告げることが出来ない。

「あの頃から、俺、好きなやつの涙を見るのが怖いんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

僕は社長の奴隷秘書♡

ビビアン
BL
性奴隷――それは、専門の養成機関で高度な教育を受けた、政府公認のセックスワーカー。 性奴隷養成学園男子部出身の青年、浅倉涼は、とある企業の社長秘書として働いている。名目上は秘書課所属だけれど、主な仕事はもちろんセックス。ご主人様である高宮社長を始めとして、会議室で応接室で、社員や取引先に誠心誠意えっちなご奉仕活動をする。それが浅倉の存在意義だ。 これは、母校の教材用に、性奴隷浅倉涼のとある一日をあらゆる角度から撮影した貴重な映像記録である―― ※日本っぽい架空の国が舞台 ※♡喘ぎ注意 ※短編。ラストまで予約投稿済み

転生先がハードモードで笑ってます。

夏里黒絵
BL
周りに劣等感を抱く春乃は事故に会いテンプレな転生を果たす。 目を開けると転生と言えばいかにも!な、剣と魔法の世界に飛ばされていた。とりあえず容姿を確認しようと鏡を見て絶句、丸々と肉ずいたその幼体。白豚と言われても否定できないほど醜い姿だった。それに横腹を始めとした全身が痛い、痣だらけなのだ。その痣を見て幼体の7年間の記憶が蘇ってきた。どうやら公爵家の横暴訳アリ白豚令息に転生したようだ。 人間として底辺なリンシャに強い精神的ショックを受け、春乃改めリンシャ アルマディカは引きこもりになってしまう。 しかしとあるきっかけで前世の思い出せていなかった記憶を思い出し、ここはBLゲームの世界で自分は主人公を虐める言わば悪役令息だと思い出し、ストーリーを終わらせれば望み薄だが元の世界に戻れる可能性を感じ動き出す。しかし動くのが遅かったようで… 色々と無自覚な主人公が、最悪な悪役令息として(いるつもりで)ストーリーのエンディングを目指すも、気づくのが遅く、手遅れだったので思うようにストーリーが進まないお話。 R15は保険です。不定期更新。小説なんて書くの初めてな作者の行き当たりばったりなご都合主義ストーリーになりそうです。

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

処理中です...