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章1

アニメキャラに恋をするのと過去の人物に恋をするのとではどちらがより幸せか(1)

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 目の前にログが流れてくる。

 何かの数値、何かの計算式、そして――。

「ユニット名……ケン……初期レベル1……固有、スキル、ホーム……」

 誰かのステータス情報、だろうか。

 ウィンドウの端にパーセントで数字が表示されていて、高速でカウンターが回っていく。

 まるで、パソコンでプリントアウトしたりデータを保存したりする時に出てくるゲージのようだ。

『透、見るな!』

「え」

 突然、ウィルが声を上げた。
 が、暗闇の中で薄く光るその画面から目が離せない。

「ユニット名シエラ……初期レベル1……固有スキル解析……?」

 シエラって、どこかで、聞いたような。

 どくん、と大きく心臓が鳴る。
 これ以上見てはいけない。

 ウィルの言葉に従うべきだと本能が告げているのに、流れてくる情報の続きが気になって仕方ない。

「ユニット名マサヒロ……初期レベル1……固有スキル英雄……」

 勝宏?

 ……ユニット?

 知った名前を見つけてしまった。
 もう後には引けない。

 ここには、このダンジョンには――転生者ゲームの情報が隠されている。

<ユニットデータの複製が完了しました>

<イベント情報を書き出しています……>

 名前やスキル名が流れていく画面が、ぱっと切り替わる。

 次に出てきたのは、台詞の山だった。


 ――そんな。無詠唱魔法の浸透だってこれからってとこだぞ。自警団だけで魔物を追い払ってた頃に今更戻るなんて、今のこの町の規模じゃ無理だ。


 ――いらっしゃい。鑑定かい?


 ――魔法を使うにはね、ギルド登録が必要なのさ。


 知らないものも多いが、中にはどこかで聞いたことのある台詞もある。

 この既視感はなんだろう。
 思考を巡らせながら流れていく文字列を追っていると、明確に知っている言葉が目に入った。


 ――if(sex == male) {


 ――System.out.println("私、待ってたのよ。男の奴隷仲間ができるのを。仲間ができれば、一緒に逃げる計画が立てられるもの");


 これは、詩絵里の言葉だ。
 透と初めて出会った時の。

 あの時は、彼女と自分と、ウィルしか居なかった。
 そのはずなのになぜ、彼女の言葉がここに記録されているのだろう。


 ――System.out.println("だからもう少しだけ……俺に、ついてきてくれないかな");


 次に目に飛び込んできたのは、勝宏の台詞だった。

 台詞を囲んでいる英文はなんだろう。
 これじゃまるで、ゲームか何かの、プログラムじゃないか。

「ま、さか……」

『透』

 喉が渇く。
 かすれる透の声に、ウィルが被せてきた。

<イベントデータの複製が完了しました>

<フィールド情報を書き出しています……>

 見たくない。
 けれど、見なきゃきっと後悔する。

「ウィルは」

『ん』

 流れる情報の数々をぼんやりと見つめながら、隣にいるウィルに問いかける。

「知って、たの」

『薄々、な。……この世界は作り物だ。俺の同族――アリアルの力でできた、偽りの箱庭。
死んでここにやってきた連中は、転生したんじゃない。生前の記憶をゲームデータに組み込まれただけの存在だ』

「勝宏も、詩絵里さんもルイーザさんも、みんな、架空の人物、ってこと……?」

『日本では、実在した人物だ。アリアルが干渉するってことは、もう死んでるだろうがな』

 嫌な予感は、ウィルの言葉で確信に変わってしまった。

 たとえば、勝宏。

 透が出会って、一緒に旅をした彼は、生前の日本人としての勝宏を模して、この世界にて再現しただけの存在であり……生前の意志だけを切り取ってこの世界にデータとして埋め込まれたようなもの。

 ”勝宏”は、日本で子供を庇い、事故に遭って命を落とした。
 「転生」なんてしていない。

 ……この世界で「生きている」わけではない。

「なんで……」

 なんで言ってくれなかったんだ。

 ウィルが気付いた時点で話してくれていれば、こんな。

 こんな気持ちには、ならなくて済んだのに。

『言ってもよかったのか? あいつらと楽しそうにしてるおまえに、いきなりそんなこと言ったら、おまえどうする?』

「……それ以上、勝宏たちに関わらないようにした」

 ウィルにはそう答えたが、まず彼の言葉を信じないかもしれない。

 今でさえ、悪い夢だったらいいと思っているくらいだ。

 だが、もし早期にこの真実が分かっていればきっと、彼らと仲良くなろうとはしなかった。

『それで、おまえは満足か? これまでの旅は、透がいないと回らない場面だってあったはずだ。そういうのを全部見過ごして、関わらないように生きていけたか?』

「……わかってるよ」

 わかってる。
 好きになっちゃいけないと思っていても、どうしようもないことだってある。

 でも、じゃあ、どうすればいい。

 出会った時からもうとっくにこの世に存在しない人を、好きになってしまった自分は。

 どうすればよかったんだ。

 友達と呼んでくれるかさえ自信が無い。
 まして男同士の恋愛だなんて、勝宏は想像もつかないだろう。

 いつか友達になれたら。
 その時に、隣にいさせてもらえれば、それで……。

 そう思っていたのに、それさえも許されないのか。

『今からおまえが後追って死んだって、魂は俺に回収されるだけだからな』

「……うん」

 空中に光るプログラムコードの画面が、最後まで行きついて書き出しを終えている。

 拭っても拭っても視界が涙で滲んで、最後の一行は読めそうにない。

『このまま、アリアルの作る箱庭で生きるか?』

「……わからない」

『この世界のことを忘れて、日本に戻るか?』

「……それは、いやだよ」

 せっかくウィルがなだめるように声をかけ続けてくれているのに、子供のような稚拙な返事しかできないでいる。

 彼が呆れた声色で、ああもう、と声を上げた。

『わかんねえもんはうだうだ考えんな。おまえが今やりたいことはなんだ? 俺は、おまえのやりたいことに付き合う。それだけだ』

 そのうち失恋するんだろうと思っていた。

 彼には好きな人がいて、自分は友達未満の同性で。
 このまま勝宏と一緒にいればいつかは、彼に恋人を紹介されることになるだろうと、思っていた。

 だからって、こんな失恋の仕方はあんまりだ。

「勝宏と、一緒にいたい……」

 それでも、ぐしゃぐしゃの感情が求めるのは勝宏の声、勝宏の笑顔。

 皮肉なものだ。

『じゃあ帰ろうぜ、あいつらのとこに』

「……うん」
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