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章1

明日世界が終わるなら、最後の夜は誰と過ごしたいですか?(4)

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 彼の手が、透の服の上をまさぐっている。

 以前、透が女の体になってしまった時にも、同じような体勢から彼を見上げたことがあった。
 が、あの時とは全く違う。
 これではまるで、セックスをするための――前戯だ。

 ひょっとして、勝宏が怒っているのは透が数日行方をくらましたからではなく、あの夜のことが原因なんだろうか。

 あの日、彼は本当は起きていて、透が彼へ破廉恥な行為をしたことに対して怒っていて……意趣返しのつもりで?

 服の下に、勝宏の指が滑り込んでくる。
 いつになっても筋肉のつきそうにない腹部から、薄っぺらい胸元へ。

 手の動きとともに服が捲れ上がる。
 露出した素肌に、勝宏が舌を這わせた。

 血の気が引いた。
 本気で、そういうことをするつもりなんだ。

 こちらの推測が合っているなら、勝宏に何をされても文句は言えない。
 意趣返しのための性行為でも、眠っている間に襲われた彼のことを思えば当然だろう。

 でも、せめて今、女の子の体なら、ちゃんと彼を受け入れることができるのに。

(セイレン、セイレン、いる……?)

 表向きには透の女体化は魔法を使った副作用、として通っているが、厳密にはセイレンの力だ。
 魔法を使っていなくとも、彼女に頼めば体は作り変えられるはず。

 そう踏んで何度か呼びかけるも、応答がない。

(いないの? ウィル、ウィルは……?)

 ウィルの方も、返事がかえってこない。
 いつも感じていた気配すら分からなくなってしまっている。

 セイレンはともかく、ウィルまで透に何も言わずにいなくなるなんて、この状況でタイミング悪く何かトラブルでも起きたんだろうか。

 男のままでは抱き心地は最悪だろうが、どうせ今回限り、一度きりだ。
 あんなことをしでかした透を、彼が好きになってくれるとは思えない。

 諦めて、勝宏の手に身をゆだねようとした――その時。

「透くん! 透くーん?」

 閉じられた扉の向こうから、詩絵里の声がした。

「鍵かかってるわね。ちょっと待って……」

「早くしろ! 今回は冗談じゃ済まねえ」

「はいはい」

 詩絵里に続き、ウィルの声も耳に届く。
 頭の中ではなく鼓膜を揺さぶるそれは、ウィルが実体化していることを意味している。

 いつになく焦った様子のウィルが、詩絵里を急かしているようだ。

 ややあって、鍵が開けられる音がした。

 開け放たれた扉の先から、薄暗い室内に光が入ってくる。

 透の上で、小さく舌打ちが聞こえた。
 透を組み敷いていた勝宏の体が離れていく。

 状況からすれば、勝宏が舌打ちしたことになるのだろうが……勝宏は本来、仕返しを仲間に邪魔されて苛立つような人ではない。

 透が混乱しているところ、部屋に入ってきた詩絵里が首を傾げる。

「入れるじゃない」

「……俺は入れなかったんだよ」

 詩絵里の言葉に、ウィルが苦々しく吐き捨てた。



 様子がおかしかった勝宏とともに、四人で廊下に出る。

 普段、勝宏に対して小ばかにしたような目を向けているウィルが、今日に限っては天敵を警戒する獣のようである。

「おいクソガキ。透に何した?」

「は? なにが?」

 部屋から出た勝宏は、まるで何も覚えていないといった様子できょとんとしている。

 ウィルはというと、勝宏の受け答えから何かを探ろうとしているようにも見える。

「でも、ウィルが「透の居る部屋に行けない」って慌ててたからびっくりしたわ。ふつうに鍵あけられるじゃない。あれなら、転移でどうとでもなったんじゃないの?」

「できなかった。……妨害されたんだよ。俺らと「同じ力」でな」

 詩絵里とウィルの会話で、やっと状況がつかめた。

 あの部屋へ引っ張り込まれた透についていこうとしたウィルは、なぜか部屋から遮断されてしまい、中で何かあったのだと思って実体化し、詩絵里に助けを求めに行った……というところらしい。

「おい。おまえ……悪魔と契約しなかったか」

「するわけないだろ。悪魔どころか精霊とすら会ったことないし」

 勝宏はすっかりいつもの調子だ。きっと彼の次の言葉は――。

「それより、透、おかえり。なんか飯作って!」

 うん、いつも通り。



 部屋の中で何が起ころうとしていたのか、については、透の胸の内にとどめておくことにした。

 様子のおかしかった勝宏に部屋の中での行動の真意を問いただすわけにもいかないし、事実だけ周囲に言いふらしてしまえば、勝宏にとってそれはネールたちの言っていた「既成事実」になりかねない。

 元に戻った勝宏へ、無事に避妊具の納品を済ませて一緒に食事をとった。

 今後は詩絵里だけでなく、勝宏やルイーザにも毎日顔を合わせることにしようと思う。

 勝宏がおかしくなりかけたのは、きっとここしばらくの透の行動が不誠実だったからだ。
 いくら気まずくても、三食の食事は皆で食卓を囲む。

 自分の胸の内でそう取り決めて、透は再び拠点用のダンジョン探しに戻った。

 いくらことが解決したからといって、一度頼まれたことを途中で投げ出すわけにはいかない。

『見つけたぞ』

「転移おねがい」

 ウィルに探ってもらって、ウィルに転移させてもらってと彼に頼りきりのダンジョン探しだが、何もしないよりはずっといいはずだ。

 転移した先は、やっぱり真っ暗。
 深い闇の中で懐中電灯を使い、石板を探る。

「あ、あった……」

 文字が書いてあった。
 これだ。

 これでようやく、勝宏たちは転生者ゲームに参戦しなくてもよくなる。

 安堵から思わずその石板に触れる。

 そして、その時――透には一度も聞こえなかったはずの、システムメッセージが頭に響いた。


<――このゲームをコンパイルします。しばらくお待ちください>
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