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章1

わくわく異世界ショッピング(2)

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 詩絵里に頼まれて、先ほどの異世界食材キッシュを再現することになった。

 材料や調理法は詩絵里のスキルで解析できた。
 大半は日本に安価で高品質のものが売られている材料だったが、中でも日本では入手の難しい食材はこの町でそろえる必要がある。

 いま詩絵里や勝宏と手分けして探し回っているのが、アキナシという果物だ。
 日本人の苗字のように思えてしまうが、実物はオレンジ色のレモンに近いとのこと。
 主に魔物肉を調理する際のくさみを取るために用いられているらしい。

 入荷する店がないのか、町中を探し回っても売っている店がない。
 町中を見て回って、いっそ原生地に採りに行く方が早いのでは、と思い始めた頃、ようやくそれらしき果物を店先に並べている青果店を発見した。

 ……が、店に入ろうとしたところで、先客が在庫を全て買い占めてしまった。

 タイミングが悪すぎる。あきらかにたったいま売り切れたものを指して、店主に「もう在庫ないですか? 入荷はいつですか?」なんて訊く勇気は透にはない。
 もちろん、タッチの差で買った男にいくつか融通してもらえないか交渉するというのも不可能である。

 店の前でがっくり項垂れていると、今しがたアキナシを買い占めた男が話しかけてきた。

「うん? あ、わり。ひょっとしてアキナシ買いに来た?」

「……は、はい」

「んー……しゃーねーやな。全部はだめだけど2、3個ならやるよ」

「い、いいんですか?」

 お金は払います、と詩絵里に持たされていた硬貨を取り出そうとして、止められた。

「いいからいいから。何個要るって言われたか忘れて、とりあえず全部買い占めただけだし」

「ありがとうございます……」

「でも、何に使うんだ? この世界のやつは、アキナシあんまりすっぱいから単体じゃめったに食べないぜ」

「そ……その、キッシュに……」

 なんとなく、勝宏に似た雰囲気の青年だ。
 勝宏よりは少し年上に見えるが、笑顔や話し方から垣間見える人懐こさが共通している。

「料理するんだ? 俺はおつかい。恋人が家で待ってんだよ。たぶんいま、飯の準備してくれてる」

 ちょっと無愛想なとこもあるけど可愛くてさあ。
 顔も知らない恋人さんの惚気話を聞きながら、勝宏に恋人ができたらこんな感じになるのかな、なんてことを考える。

「今日は晩御飯ステーキなんだステーキ。だからほら、アキナシの他にも必要な調味料買ってて」

「はあ」

 両手に抱えた荷物を傾けて、透に中身を見せてくれる。

 料理上手の恋人なのだろう、話す様子から期待と幸せが見て取れるほどだ。

「ほんとは一緒に買いに来たかったけど、あいつ家出れないし……」

「……体が弱い方なんですか?」

「あ、いや、ぜんっぜん健康だぞ。ただちょっと出れない事情があるっていうか、まあ、そんなかんじ」

 身体に問題がないのに家を出れないとなると、後ろめたい事件に巻き込まれて追われている身だとか、そういう深い理由があるのかもしれない。

 会って数分の赤の他人に、これ以上突っ込んだ話を訊ねても失礼だろう。

「いつかこの町でもデートするんだ。今はまだ、家から外を眺めるしかできないから」

「そうなるといいですね」

「俺結構頑張ってさ、だいぶましになったんだよ、これでも。前は一歩も出られなかったし」

 外に出れない恋人のために手をまわして、それでも前向きでいられるのはいいことだ。

 勝宏と重ねて見てしまったのもあって、きっとどんな状況でも恋人を守り抜く自負みたいなものが、このポジティブの根底にあるんだろうな……なんて勝手な推測をしてしまう。

 会って数分で素の人柄が分かってしまうほど単純明快だというのも理由の一つである。

「だから、俺は――」

 と、そこで遠くから勝宏本人の声が聞こえてきた。

「透ー! アキナシみつかったー?」

 ぶんぶん手を振って駆け寄ってくる勝宏に、小さく手を振り返して応える。

「勝宏……うん、アキナシはこの人に分けてもらったから……あれ?」

 つい先ほどまで話していた男を振り返る。
 が、男はいつのまにやらその場から姿を消していた。

「誰に分けてもらったって?」

「う、うん……勝宏が来るまで話してたんだけど、いなくなっちゃった」

「ふーん。まいいや、帰ろ」



 日本の自宅で、詩絵里の希望通り異世界食材を使ったキッシュを作ってみた。

 完成品はルイーザの両親をまじえてこの町のキッシュと比較してもらったが、文句なしの合格。
 これで詩絵里の希望がキッシュだった時に困らずに済む。

 アキナシが手に入りにくかったことを考えると、できれば日本の食材で代替しても同じ味を再現できるようになりたいものだが、それはまた追々でいいだろう。
 なにせ、詩絵里のアイテムボックスには大量の元祖品が収納されているのである。

 ルイーザの両親には、一宿のお礼に何かしたい。
 勝宏たちに相談したところ、夕食を透が振舞えばいいのではとなり、奥さんにはお休みいただいて食卓に日本食を持ち込んだ。

 さばの味噌煮にきんぴらとすまし汁というごはんありきメニューだったが、この世界は大勢いる日本人転生者によって白米文化がわずかながら広まりつつある。
 ギルネルたちは抵抗なく和食に手をつけ、絶賛してくれた。

 透が転移持ちだとは話していないため、キッチンを借りると許可だけ取って、日本の自宅で調理して再び転移、キッチンから料理を運ぶ……という少々ややこしい手段を取ることになってしまった。

 見たところ、ばれてはいないようである。
 調理場とダイニングが離れているつくりで良かった。


 その後、勝宏と同じ部屋で一度は就寝した透だったが、ふと深夜に目が覚める。

 ほんのすこし開いた部屋の扉。
 隙間からぱちぱちと聞こえてくる音が気になって、音の鳴る方へ出てみると、マジックアイテムで明かりをともしたデスクにギルネルが向かっていた。

「おや、トールくん。どうかしたかな?」

「い、いえ……すみません、お仕事ですよね」

 机上にちらりと見えたのは何かの数値が書かれた書類と、そろばんのようなもの。

 おそらく家業の事務処理をしていたところだったのだろう。

「ここ半年くらい、娘にやってもらっていたからね。すっかり忘れてしまって、十日ばっかり娘が不在なだけでこの惨状だよ」

「そうでしたか」

 転生者としてチートを楽しむつもりはなく、平凡を生きたいと言っていたルイーザにとっては、家業手伝いは重要な仕事だったのだろう。
 だが、今回のイベントのランキング報酬はチートを自分で選び直せる権利。
 自分のスキルが強力すぎて平凡から遠ざかっていると嘆いていた彼女にとっては一世一代の大勝負に違いない。

 ギルネルにはあと数日ほど耐えてもらうしかなさそうである。

「娘に戻ってきてほしいとは思わないよ。あの子には商才だけでなく、冒険者としての才能もある。しばらく自由にさせて、一番自分がやりたいと思った方を選ばせてやりたいんだ。親だからね」

 親だから、か。

 透は歳を重ねるごとに両親の記憶がどんどんおぼろげになっていくが、両親は透のことをどう思っていたのだろう。

 家事においてたいした戦力にもならない透を、笑顔で手伝わせてくれた母を思い出す。
 親戚のように邪魔者だなんて思われてはいなかったし、きっと、愛されていたと思う。
 少なくとも、疎まれてはいなかった。

「あの……キッチンお借りしますね」
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