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章1

魔物転生って理性を失ったらただの魔物じゃないですかね?(3)

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 アルスラッドと名乗った青年は、透を助け起こしたあと、今しがた倒したばかりの黒い獣をアイテムボックスに収納した。

 収納できるということは、既に息絶えているのだろう。
 あれが種子を持った転生者だった可能性を話すべきか迷っていると、戻ってきた勝宏が間に割り込んできた。

「アルスラッドだったな。助かったよ」

「君が助かったのはたまたまだけどね」

 勝宏の握手をスルーして、アルスラッドがあたりを見回す。

「君たちのパーティーはこれで全員かい?」

「あと一人、詩絵里さんがいますけど……あのう、アルスラッドさん? は、なんでここに居るんですか? 貸切のはずなのに」

 ルイーザの指摘に、勝宏が慌てて男から距離を取った。

 アルスラッドがたまたま通りかかって助けてくれた、と解釈しかけたが、そもそもこのダンジョンには今自分たち以外に通りがかる冒険者など居ないのである。

 現在、60のダンジョンはウルティナによって貸切にされており、各ダンジョンへ繋がる唯一の扉は尖塔ごと封鎖されている。

「ああ。警戒されるのは仕方ないことだけど、以前このフロアにマジックアイテムで転移ポイントを設定したことがあってね。封鎖になっているのはギルドからも聞いているよ。お邪魔してごめんね」

 尖塔を無理やり突破してダンジョンに入ってきたわけではないらしい。

 なんだ、とばかりに勝宏が警戒を解く。

「かなり高額なマジックアイテムだけど、うちの組織はいくつか所有してるからね」

 気を抜いた勝宏がまた反応した。

「あ、組織って言っても君らと敵対するようなとこじゃないけど……せわしないね君」

「おまえのせいだおまえの!」

 つい先日、ウルティナの誘拐と人体実験を目論む組織とぶつかったばかりだ。勝宏は悪くない。

「君たちに危害を加える気はないよ。ただ、少し話がしたいんだけど、君たちのもう一人の仲間って」

「私よ」

 アルスラッドの言葉の途中で、詩絵里が上層の階段から降りてきた。

 同時に、ウィルが戻ってくる気配がする。

「厄介な敵が出たって聞いたけど、人間だとは思わなかったわ」

「それなら、この人がさっき倒してくれましたよー」

 やってきたばかりの詩絵里に、ルイーザが説明を加える。
 アルスラッドが敵ではないことは詩絵里も雰囲気で理解していたようだ。
 頷いて、何か用かしらと話を促す。

 ひゅう、と口笛を吹いて、アルスラッドが笑みを深めた。

「<大罪の種子>について、それから今倒した「転生者」について。ちょっと君たちと話をしておきたいと思ってね」

 透が言えずにいたことを、彼がさらりと口にした。
 アルスラッドは知っていて、あの魔物を屠ったのだ。

「何言ってんだ? さっきおまえが倒したのは魔物だろ」

「魔物だねえ。でも、「チートをもらって転生したら、人間ではなく魔物になった」みたいな話、聞かない?」

「まさか……」

「あれはスキルが暴走して、理性を失ってしまった転生者なんだよ。もうただの魔物さ」

 元に戻すのは不可能だから、遭遇したら倒すしかないね。

 続けられた彼の台詞で、勝宏が顔をしかめた。

「君たちが持っている情報と、こちらが持っている情報を交換したいんだけど。よかったらギルドまで、僕と一緒に来てくれないかな?」

「……私は構わないけど、ルイーザ――その子はイベント上位を狙ってるの。追い上げしないとまずいのよ」

 詩絵里はアルスラッドの持っているであろう情報から、彼の誘いは一考の価値ありと判断したらしい。

 だが、彼女の言うことももっともだ。

 60箇所を二週間で回る転生者が他に居るかは分からないが、このイベントはルール上、踏破した階層がそのままクリア数になる。

 300層ある巨大なダンジョンを偶然2連続で発見した転生者が、その両方を踏破した場合、それだけでクリア数は600となる。
 その場合、ルイーザは20層しかないダンジョンを30箇所以上回らなければ一位の座を奪われてしまう。

 さらにそのダンジョンを攻略後、位置情報を他の転生者に横流しされると同じくクリア数600の転生者が複数現れ、ランキング上位で分厚い壁になるのである。

 実際に他の転生者がクリア数をどれほど稼いでいるか分からない中で、追い上げ時期に抜けるのはまずいだろう。

「じゃあこうしよう。彼女は僕の仲間と尖塔に残ってダンジョン攻略に勤しむ。他のメンバーは僕と来てもらう。どうかな?」

「仲間?」

「ここに転移アイテムの座標を設定してるから、呼べば応援が来るはずさ」

 言って、彼がアイテムボックスから出したのは箱型のマジックアイテム。
 リファスが使っていたものと同じタイプだ。

 当のルイーザは、いいんですけど、と唸っている。

「うーん、私も皆さんが一時的に抜けるのは別にいいんですが……契約書のこともあるじゃないですか……」

 攻略に関わらない目的で一定距離以上離れるとまずいという例のお騒がせアイテムが、またここでも足かせになった。

 あの時はこの内容で問題ないと考えていたが、まさかこうまで自由度が制限されるとは。

「なるほどね」

 ルイーザが取り出した羊皮紙を一瞥し、アルスラッドがぱちんと指を鳴らす。

 瞬間、羊皮紙はあっという間に空中で氷の中に閉じ込められてしまった。

「これで契約は一旦凍結だ。解凍されたら勝手にルイーザちゃんの手元に戻るからね」

 定めた期限が来るまでは絶対に解除できないはずのマジックアイテムが、いとも簡単に無効化された。

「あっ、この技は僕のスキルでしか使えないから、安心してくれていいよ」

 ただの魔法で羊皮紙を攻撃した程度で契約が破棄できるなら、契約書として流通しないはずだ。

 彼の「転生特典チート」絡みの技と聞いて、ひとまず納得する。
 安心はできない。

「ルイーザちゃん? 可愛らしい君に戦いは似合わないが、イベントのためなら仕方ない。君は僕の仲間と新たに契約書を交わして、安全に攻略を進めてくれたまえ」

「……またパチンってしませんかー?」

 目の前で契約を凍結されては、ルイーザの疑いの目も当然のことである。

「大丈夫。僕のスキルはマジックアイテムに干渉して「例外処理」を施せるんだけど、いくつか制限があってね。遠隔で契約書を破棄したりはできないし、僕の仲間には、契約書を無効にする力はないよ」

 胡乱げな視線のままで、ルイーザが渋々新しい契約書を取り出した。

「そうだ、これも結構高いんだよね。この契約書の分の料金は、もちろん僕が持つよ」

「ほんとですか! まいどありーです!」

 アルスラッドがアイテムボックスから金貨を手渡すと、ルイーザの表情が一気に明るくなる。
 彼を疑っていたというよりは、契約書を無駄にもう一枚消費しなければならなくなったことが気がかりだっただけのようである。

「というわけで、透さんたちはいってらっしゃいです! 私はこの人のお仲間さんと引き続き攻略してます」

 ルイーザが気持ちよく手のひらを返した。
 でも早めに帰ってきてくださいね、と付け足すあたりは彼女らしい。

 アルスラッドの連絡で、いかにもギルドのスタッフ然とした仲間が到着する。
 ルイーザと契約書を交わしている様子を尻目に、アルスラッドがこちらへ再び歩み寄った。

「さて。……僕の救うべきプリンセスが君だとは思わなかったよ。男の子だと聞いていたんだけど、素敵なレディじゃないか」

 英国の紳士が女性の手を取るような恭しさで、彼が透の手の甲に唇を落とす。

 びゃっ、と妙な声を上げた勝宏が、アルスラッドの手を跳ね除けた。

「ちょっと待てよ。透はおと……あ!? また女になってる!」

 勝宏に指摘されてはじめて、自分の状態に気が付いた。

 先ほどから喋る機会がなかった透は、またしても声の出ない少女に姿を変えてしまっていたのであった。
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