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章1
美しい人魚だと思っていたら本体は下半身の巨大な口腔だったみたいな話(4)
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「その……体、もう平気?」
そこまで言われてやっと、勝宏が何に遠慮しているのかが理解できた。
あの状況で助けに入った勝宏には、透が暴行を受けたあとのように見えたことだろう。
直後の勝宏の暴走をはじめとする不穏なできごとの方に気を取られてしまっていた。
真っ先にこの話題が振られるとは思っていなかった。
用意していなかった回答を、慌ててメモ帳に書き込んでみせる。
体を気遣われているので、まずは「大丈夫」、それから「何もされてない」と。
べたべた触られはしたが、ほぼ未遂も同然の段階でセイレンが強制終了してくれたのだ。
何もされてない、で間違いではないだろう。
その二言を見た勝宏は、目を見開いて――悔しげに顔を歪めた。
「正直に言ってくれていい。俺がまた、間に合わなかったから、透は」
筆談なら普段よりもましなやりとりができると考えていたが、まさか信じてもらえないとは。
ぶんぶん首を振って否定しても効果が薄い。
完全に処女を奪われたと思われている。自分は男だし、この体はメイドインセイレンの代替機。
処女もなにもあったものじゃないが、勝宏の勘違いを正すのには結構な労力を使うことを透は旅の中で学んだ。
声は出せない。
男に戻るまで待っても、口下手な自分にうまく説明できるとは思えない。
第三者であるセイレンに証明してもらえればそれがベストだが、勝宏たちにはカルブンクの一件で迷惑をかけたばかりだ。
今ここで、難を逃れるためにまた新たに契約したとはちょっと言いづらい。
それはそれで、俺が助けられれば透は契約せずに済んだ……なんて言い出しそうな雰囲気である。
ではなにが最善策か。
ぐるぐると思考をめぐらせてみたが、もうこれしか思いつかない。
一言メモ帳に書きこんで、読んでもらう。
勝宏が、フリーズした。
「み」
信じてもらえないならもう、こうするしかない。
「見る?」と書き込んだメモ帳を脇に置いて、服の端を掴む。
「見、え、見るって、えっ、……そ……」
そこの、なかを?
乾いた声で、勝宏が続ける。
小さく頷きを返す。
彼の喉を鳴らす音が、やけに大きく響いた。
「……い、いい、いい! わわかった、わかった! 疑ってごめん、されてないって言ってるのに疑い続けるのも駄目だよな! ごめん!」
突拍子も無い提案をしたことで、どうにか信じてもらえたらしい。
胸を撫で下ろす。
こちらから提案はしてみたが、実際にそんなことを実行するのは絵面的にあまりにもあんまりすぎる。
純粋な彼にさらなる心の傷を負わせそうだ。
「……透は、さ」
赤らんだ顔をおさえたまま、勝宏がぼそりと口を開く。
「好きなやつって、いる?」
来た。勝宏の好きな人の話だ。
この話の流れで、セイレンに言われたとおり、指輪のことを訊く。
置いていたメモ帳を手にすると、勝宏があっと声を上げた。
「ごめん、喋れないんだったな。書かなくていいよ。……まだ訊く勇気も出ねえや」
首を傾げる。勝宏は苦笑いで、そのままベッドに仰向けで転がった。
「なんかさー、何やっても……えーと、暖簾に押し売り? って感じでさ」
それを言うなら暖簾に腕押し。
この世界の子だろうか。
日本に置いてきてしまったとかだったら、悲しいな。
今もどこかで、勝宏の帰りを待っているのかもしれない。
「その気がないんだろうなって分かるんだけど、諦めらんないっていうか……脈アリかも! って思ったら次の瞬間肩すかし食らうんだよな」
……正直、詩絵里があんなことを言い出すまでは、勝宏にそんな相手がいるとは思っていなかった。
女の子の好みだって、訊ねたところで漠然と「料理が上手い人」とか、「俺にはよくわかんない」とか、「今んとこ興味ない」とか、そういう回答がくるものだろうと、思っていた。
でも、そっか。
こんなにかっこいい男の人を、袖に出来るような女性がいるんだな。
どこかに。
「俺の方も、これが本当に恋愛感情なのかよくわかってないとこもあって……全然別の、相手に失礼な方向の感情なんじゃないかって気もする。全然答えをくれないのは、……たぶんそういうの、見抜かれてるんだと思う。だろ?」
だろ、といわれても、相手を見たこともない透には肯定も否定もできない。
はたから聞いていれば、それは恋愛感情にしか聞こえないけれど。
相手のあることだから、透が結論を出すわけにはいかない。
答え合わせのしようのない問いかけに相槌を打ちながら、今自分は彼の恋愛相談に乗っているんだなと感慨深く思う。
恋愛相談なんて、他人にはそうそうできるものじゃない。
そういう話をしても構わないというくらいには、透は彼の中で信用に足る人間だと思われているのだ。
どんな女性なんだろう。どこの誰だろう。
知りたいけれど、知りたくない。
詩絵里はきっと、勝宏が誰に恋心を抱いているのか知っているんだろう。
いつの間にか仲良くなっていた二人のことだから、自分よりも先に彼女へ恋愛相談を持ちかけていたのかもしれない。
……俺は、いいや。
その人の名前までは。知らないままで。
「あれ、透、その指輪……」
こちらが話を振る前に、勝宏が透の左手に気付いた。
メモ帳のページをめくろうとした腕を、彼に掴まれる。
「……何も言わないで。そのまま、つけてて。透が、イヤじゃなければ」
結局――「もったいないから、あの指輪貰っていい?」と書いて事前に用意していたページは、使われることはなかった。
婚約破棄の発表は、イベントクエスト終了後に折を見て。
約束のダンジョン貸切の件については、ウルティナがすぐに手配をしてくれた。
各ダンジョンへ繋がる扉はウルティナの家の敷地内にある、「旅立ちの尖塔」の最上階に設置されているらしい。
ひとつ下の階層には休憩スペースがあるとのことだが、ウルティナの話では、日本人感覚だと四人家族が数日過ごせる広さで浴室や寝室までついているという。
「じゃ、しばらくそこを拠点にしてダンジョンめぐりね。当面の物資はルイーザから直接買うとして、日本のものの方が都合がいい場合は透くんにお願いすると」
「賛成です! やっと落ち着いてダンジョン攻略できますね!」
イベントの追い上げに移れるからか、はたまた在庫が捌けるからか、ルイーザが諸手を挙げて賛同する。
「<嫉妬の種>とやらの正体は分からずじまいね。気になることはあるけど、まあ、ダンジョン進みながら考えましょ」
転生者の男から奪ったスマホは、解析してもらうべく詩絵里に預けてある。
彼女が解析を終えるまでは、これ以上透に出来ることもないだろう。
誘拐犯連中の事後処理に回るウルティナと別れ、四人は「旅立ちの尖塔」を登る。
----------
「ここは……」
目を覚ますと、リファスの前には何者かが立っていた。
闇の落ちるその場所が、いったいどこなのか見当もつかない。
感覚的には床の上に転がされているようだが、屋内だろうか。
自分は確か、転生者たちと戦い、途中で突然現れた女神に攻撃されたはず。
体に力を入れると、やはり攻撃された場所に痛みが走る。
身を起こそうとするが、痛みでうまく体が動かせない。
「あんただな? 俺の片割れは」
リファスの目の前にあった靴の上から、男の言葉が投げかけられる。
片割れ。対。
転生者にそのワードを使うということは、この男こそが自分のスキルのもう片方を持つ者なのだろう。
……しかし。
「……私の対は、あの子ではなかったのか?」
つい先ほどまで戦っていた、転移能力を持ったあの青年――透こそが、リファスの片割れなのではなかったのか。
「残念だがね、あんたの対は俺なんだよ。……<アケーディア>は俺が貰う」
だとすれば、「透くん」のあの転移能力はいったい、どの「大罪」にあたるというのだ。
考察すること、追及することに心血を注ぎ込んできた医療従事者は、最期の瞬間まで答えにたどり着くことができなかった。
そこまで言われてやっと、勝宏が何に遠慮しているのかが理解できた。
あの状況で助けに入った勝宏には、透が暴行を受けたあとのように見えたことだろう。
直後の勝宏の暴走をはじめとする不穏なできごとの方に気を取られてしまっていた。
真っ先にこの話題が振られるとは思っていなかった。
用意していなかった回答を、慌ててメモ帳に書き込んでみせる。
体を気遣われているので、まずは「大丈夫」、それから「何もされてない」と。
べたべた触られはしたが、ほぼ未遂も同然の段階でセイレンが強制終了してくれたのだ。
何もされてない、で間違いではないだろう。
その二言を見た勝宏は、目を見開いて――悔しげに顔を歪めた。
「正直に言ってくれていい。俺がまた、間に合わなかったから、透は」
筆談なら普段よりもましなやりとりができると考えていたが、まさか信じてもらえないとは。
ぶんぶん首を振って否定しても効果が薄い。
完全に処女を奪われたと思われている。自分は男だし、この体はメイドインセイレンの代替機。
処女もなにもあったものじゃないが、勝宏の勘違いを正すのには結構な労力を使うことを透は旅の中で学んだ。
声は出せない。
男に戻るまで待っても、口下手な自分にうまく説明できるとは思えない。
第三者であるセイレンに証明してもらえればそれがベストだが、勝宏たちにはカルブンクの一件で迷惑をかけたばかりだ。
今ここで、難を逃れるためにまた新たに契約したとはちょっと言いづらい。
それはそれで、俺が助けられれば透は契約せずに済んだ……なんて言い出しそうな雰囲気である。
ではなにが最善策か。
ぐるぐると思考をめぐらせてみたが、もうこれしか思いつかない。
一言メモ帳に書きこんで、読んでもらう。
勝宏が、フリーズした。
「み」
信じてもらえないならもう、こうするしかない。
「見る?」と書き込んだメモ帳を脇に置いて、服の端を掴む。
「見、え、見るって、えっ、……そ……」
そこの、なかを?
乾いた声で、勝宏が続ける。
小さく頷きを返す。
彼の喉を鳴らす音が、やけに大きく響いた。
「……い、いい、いい! わわかった、わかった! 疑ってごめん、されてないって言ってるのに疑い続けるのも駄目だよな! ごめん!」
突拍子も無い提案をしたことで、どうにか信じてもらえたらしい。
胸を撫で下ろす。
こちらから提案はしてみたが、実際にそんなことを実行するのは絵面的にあまりにもあんまりすぎる。
純粋な彼にさらなる心の傷を負わせそうだ。
「……透は、さ」
赤らんだ顔をおさえたまま、勝宏がぼそりと口を開く。
「好きなやつって、いる?」
来た。勝宏の好きな人の話だ。
この話の流れで、セイレンに言われたとおり、指輪のことを訊く。
置いていたメモ帳を手にすると、勝宏があっと声を上げた。
「ごめん、喋れないんだったな。書かなくていいよ。……まだ訊く勇気も出ねえや」
首を傾げる。勝宏は苦笑いで、そのままベッドに仰向けで転がった。
「なんかさー、何やっても……えーと、暖簾に押し売り? って感じでさ」
それを言うなら暖簾に腕押し。
この世界の子だろうか。
日本に置いてきてしまったとかだったら、悲しいな。
今もどこかで、勝宏の帰りを待っているのかもしれない。
「その気がないんだろうなって分かるんだけど、諦めらんないっていうか……脈アリかも! って思ったら次の瞬間肩すかし食らうんだよな」
……正直、詩絵里があんなことを言い出すまでは、勝宏にそんな相手がいるとは思っていなかった。
女の子の好みだって、訊ねたところで漠然と「料理が上手い人」とか、「俺にはよくわかんない」とか、「今んとこ興味ない」とか、そういう回答がくるものだろうと、思っていた。
でも、そっか。
こんなにかっこいい男の人を、袖に出来るような女性がいるんだな。
どこかに。
「俺の方も、これが本当に恋愛感情なのかよくわかってないとこもあって……全然別の、相手に失礼な方向の感情なんじゃないかって気もする。全然答えをくれないのは、……たぶんそういうの、見抜かれてるんだと思う。だろ?」
だろ、といわれても、相手を見たこともない透には肯定も否定もできない。
はたから聞いていれば、それは恋愛感情にしか聞こえないけれど。
相手のあることだから、透が結論を出すわけにはいかない。
答え合わせのしようのない問いかけに相槌を打ちながら、今自分は彼の恋愛相談に乗っているんだなと感慨深く思う。
恋愛相談なんて、他人にはそうそうできるものじゃない。
そういう話をしても構わないというくらいには、透は彼の中で信用に足る人間だと思われているのだ。
どんな女性なんだろう。どこの誰だろう。
知りたいけれど、知りたくない。
詩絵里はきっと、勝宏が誰に恋心を抱いているのか知っているんだろう。
いつの間にか仲良くなっていた二人のことだから、自分よりも先に彼女へ恋愛相談を持ちかけていたのかもしれない。
……俺は、いいや。
その人の名前までは。知らないままで。
「あれ、透、その指輪……」
こちらが話を振る前に、勝宏が透の左手に気付いた。
メモ帳のページをめくろうとした腕を、彼に掴まれる。
「……何も言わないで。そのまま、つけてて。透が、イヤじゃなければ」
結局――「もったいないから、あの指輪貰っていい?」と書いて事前に用意していたページは、使われることはなかった。
婚約破棄の発表は、イベントクエスト終了後に折を見て。
約束のダンジョン貸切の件については、ウルティナがすぐに手配をしてくれた。
各ダンジョンへ繋がる扉はウルティナの家の敷地内にある、「旅立ちの尖塔」の最上階に設置されているらしい。
ひとつ下の階層には休憩スペースがあるとのことだが、ウルティナの話では、日本人感覚だと四人家族が数日過ごせる広さで浴室や寝室までついているという。
「じゃ、しばらくそこを拠点にしてダンジョンめぐりね。当面の物資はルイーザから直接買うとして、日本のものの方が都合がいい場合は透くんにお願いすると」
「賛成です! やっと落ち着いてダンジョン攻略できますね!」
イベントの追い上げに移れるからか、はたまた在庫が捌けるからか、ルイーザが諸手を挙げて賛同する。
「<嫉妬の種>とやらの正体は分からずじまいね。気になることはあるけど、まあ、ダンジョン進みながら考えましょ」
転生者の男から奪ったスマホは、解析してもらうべく詩絵里に預けてある。
彼女が解析を終えるまでは、これ以上透に出来ることもないだろう。
誘拐犯連中の事後処理に回るウルティナと別れ、四人は「旅立ちの尖塔」を登る。
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「ここは……」
目を覚ますと、リファスの前には何者かが立っていた。
闇の落ちるその場所が、いったいどこなのか見当もつかない。
感覚的には床の上に転がされているようだが、屋内だろうか。
自分は確か、転生者たちと戦い、途中で突然現れた女神に攻撃されたはず。
体に力を入れると、やはり攻撃された場所に痛みが走る。
身を起こそうとするが、痛みでうまく体が動かせない。
「あんただな? 俺の片割れは」
リファスの目の前にあった靴の上から、男の言葉が投げかけられる。
片割れ。対。
転生者にそのワードを使うということは、この男こそが自分のスキルのもう片方を持つ者なのだろう。
……しかし。
「……私の対は、あの子ではなかったのか?」
つい先ほどまで戦っていた、転移能力を持ったあの青年――透こそが、リファスの片割れなのではなかったのか。
「残念だがね、あんたの対は俺なんだよ。……<アケーディア>は俺が貰う」
だとすれば、「透くん」のあの転移能力はいったい、どの「大罪」にあたるというのだ。
考察すること、追及することに心血を注ぎ込んできた医療従事者は、最期の瞬間まで答えにたどり着くことができなかった。
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