上 下
67 / 193
章1

人魚姫と悪役令嬢(4)

しおりを挟む
 気が付くと、透は古びた教会のような場所で寝かされていた。

 手足を四隅に拘束されていて身動きが取れないが、自分が横たえられているのは祭壇の上だろう。

『透、大丈夫か』
(ウィル……これ、どういうこと?)

『おまえが歩いてるところを男四人組がとっ捕まえて、薬かがせてここに連れてきたってとこだな。ここならもう誰の目に入るでもねえし、転移で戻るか?』

(どれくらい時間経ってる?)
『日本基準だと三時間くらいか。ゴリ……ルイーザはおまえのこと探してると思うぜ』

 見に行っちゃいないが、とウィルが付け足す。
 彼は拘束された透を心配して、傍から離れないでいてくれたのだ。

(ひょっとして、さっきの男の人たちがウルティナを狙う誘拐犯だったりしないかな)

『……なくはないだろうが、調べるにしたっておまえ、一回転移でその拘束を抜けてからの方が』

 ウィルと話している途中で、男が二人入ってきた。
 舌打ちして、ウィルが黙り込む。

 狸寝入りがどこまで通用するか分からないが、目を閉じておく。

「ほら見ろ、どう見ても日本人だろ」

「ああ。生前の姿をそのまま持ってくるタイプの転生だな……だが、起こして日本語喋らせた方が早くないか?」

「喉潰れてんのかスキルのせいか、喋れないみたいなんだよ」

 透を拘束した祭壇の前で、男二人が話を続ける。
 転生、日本人、とくると、この誘拐には転生者がかかわっているので間違いないだろう。

 あとは、ウルティナの件とかかわりがあるかどうかだが。

「まあ、仕方ない。あとは苗床の母体条件だな。種は育つのか?」
「この女、ウルティナの婚約者になった男とデキてたらしい」

「へえ、貴族の権威に逆らえず男と別れさせられたってことか。あのアマ、余計なことをしてくれると思ったが……好都合だな」

「インヴィディアが成功すれば、検証は終わりだが、どうする?」
「女は適当に捨てとけ」

 ウルティナの名前が出てきた。
 インヴィディア、というと羨望の意味のイタリア語。嫉妬と訳すこともできる。
 <嫉妬の種>というものの正体は分からないが、彼らがそれを持っていると考えて間違いなさそうだ。

(ウィル)
『なんだ』

(この場所のこと、詩絵里さんたちに伝えてきてくれないかな)
『……その間、おまえは無防備になるだろ』

(少しくらい大丈夫だよ。ここを叩けば少なくとも、誘拐犯たちがウルティナさんを狙うことはできなくなると思うし。俺が急にここからいなくなったら、相手は警戒するだろうから)

『わーった。すぐ戻るから、早まったことはすんなよ』
(ありがとう。よろしくね)

 念話を終えると、そばにあったウィルの気配が消えた。
 おそらく、詩絵里や勝宏たちのもとへ転移で向かってくれたのだろう。

 彼女たちを連れてここまで転移で戻ってくることはできないが、透が男たちに捕まって三時間程度しか経過していないのなら、この建物は最長でも三時間で移動できる範囲内にある。

 殺されそうになったら流石にカルブンクの魔法で抵抗するつもりでいるが、彼らの話では種を植えて様子を見ることが目的のようだ。
 すぐに殺されることはない。

 透を見ていた男のうち、片方が席を外す。
 残った男が、さて、と笑った。

「おまえら、出てきていいぜ。お楽しみだ」

 出てくる? 目を閉じたままの透には分からなかったが、入ってきたのは男二人ではなかったのだろうか。

 男の呼びかけに、数人の足音が近付いてきた。

「いつまで狸寝入りしているつもりだ? これから何をされるか、分からないわけじゃないだろ?」

 話を聞いていたのがバレていた。
 目を開けると、祭壇のまわりを四人の男が囲んでいる。
 町で透に声を掛けてきた連中だ。

 何をされるか、種子を植えられるという話は聞いていたが、それ以外に何かあるんだろうか。
 種蒔きの前に耕しがてらリンチに遭うとか……それは嫌だな。

「インヴィディアとイーラの種子は母体が不幸であればあるほど大きく育つらしい。別の女に男を奪われて、自分は好きでもない男にまわされる……きっと急激に成長するぞ」

 彼らはどうも勝宏と自分の仲を勘違いしているようだが、嫉妬の種の適合条件がそれなら前提から合っていない気がする。

 まわされるってなんだろう。
 男一人を男四人で取り囲んで行うことといえばやっぱりリンチくらいしか。

 顔をしかめていると、男が透の胸を掴んだ。

「……っ!」

「処女じゃねえんだろ? 男四人分くらいこの身体で受け止めてくれるよな。公爵令嬢に幸せを奪われた哀れなお嬢さん」

 そうだった。
 今の自分は女の身体だ。
 それを思い出してようやく、彼らの言葉の意味をまとめて理解した。

 青ざめる透に楽しげな笑みを向けて、男たちが服を脱がしにかかる。
 拘束されたままの両腕に脱がされた服までまとわりついて、身をよじることすら難しくなってしまった。

 あらわになった乳房に、男が手を伸ばす。

「他の男にみじめに犯されるおまえに、いったい誰が振り向いてくれるだろうな」



----------



 急に現れたウィルに、ウルティナが小さく悲鳴を上げた。

 今はウルティナの私室で、詩絵里と三人で襲撃を受けた場合のことを話し合っていたところだ。
 彼女の両親はウィルが転移でやってきたのを見ていないから、彼女にだけ説明すればいい。

「あの、どなたですか……?」
「ああ、安心して。私たちの協力者よ。隠密みたいなスキル持ってるから急に現れたりするけど、敵じゃないわ」

 転移とも転生者とも言わず、詩絵里がうまいとこ誤魔化してくれた。

「ていうか、こんな登場の仕方したらウルティナも驚くだろ。もうちょっと人のこと考えろよ」

 どうしても、勝宏からするとウィルはいけすかない男、である。
 ついとげとげしくなってしまう口調のままウィルを睨みつけるが、彼は鼻で笑ってそれを一蹴した。

「おい詩絵里」
「どうしたのかしら? 透くんは?」

「透からの伝言だ。敵のアジトが分かった。おまえらを案内してやれ、だとよ」

 ウィルの言葉に詩絵里の顔色が変わる。

「すげえな透! どうやって見つけたんだ」
「単純だ。そこの貴族の女の代わりに、透が狙われた。今アジトで敵にとっ捕まってる」

 勝宏が息を呑む。
 詩絵里は大きく息を吐いて、そっち行っちゃったかあ、と呟いた。

「転生者の女――私たちの誰かが狙われる、というのは想定内ではあったわ。私か、ルイーザがターゲットになる予定でアイテムボックスの中に色々仕込んでたんだけど……見た目で一番転生者だって分かりやすい「女」は、透くんよねえ……」

「助けに行くぞ。ウィルが透のとこについてないってことは、透は……」
「回避手段の一切ない、この世界で言うところのレベル2相当の魔法使い職だわ」

 詩絵里との会話に、ウルティナがおそるおそる入ってくる。

「あの……詩絵里さんたちと一緒にいた女性が、代わりに誘拐されてしまったのですか?」
「そうね。女性、うん、女性ね……」

「大変。今すぐ助けないと……!」
「そのつもりだけど、何かあるの?」

「ゲームのウルティナは、誘拐された時から……ええと、清らかな身体ではないんです」

 それは、つまり。
 そういうことか。

 ウルティナの爆弾発言に、その場の空気が凍った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...