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章1

愛は惜しみなく奪う(2)

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 はあ、と哲司が大仰にため息を吐く。

「仕方ない。……透くん、君はできれば口説き落とす形で手に入れたかったよ」

『おっと』

 ウィルの声が聞こえて、急に視界が切り替わる。
 それとほとんど同時に、銃声が響いた。

『俺様がついてて透に拳銃が通用するかっての』
(え? あ、ありがと、ウィル……)

『人間の攻撃なんざ絶対当たらねえから安心して煽っていいぞ』

 煽るって。自分にそんな高等技術がないことは百も承知だろうに、ウィルも人が悪い。
 人でいいよね。

 早すぎて何がなんだか分からなかったが、状況からすると哲司がアイテムボックスから拳銃を取り出して、こちらに向けて発砲した、ということらしい。

 現に、透への攻撃に巻き込まれる位置に居た勝宏は発砲の速度に反応して難なく回避している。
 ……詩絵里は射線上にいなかっただけだが。

 スキルによる変身後のステータスの高さに目が行きがちだが、生身でも三桁のステータス値というのは拳銃による攻撃をも回避してしまうものなのか。
 転生者バトル、次元が違う。

「今のは……転移魔法? 転生者じゃないって話じゃなかったか?」
「あ、いや、えっと、それは……」

「透!」

 哲司の問いかけにどう説明しようかと逡巡していると、勝宏の声がして再び視界が変わった。
 会話の最中に攻撃を仕掛けられたらしい。
 ウィルによる転移でこちらは無傷である。

「その転移、君が制御しなくてもある程度オートで発動するようだね」

 オートっていうか、全部ウィルに任せているので。
 とそのまま説明できればいいのだが、そのためにはまずウィルとは誰なのか、どういう経緯で知り合ったのか、なんて幼い頃から順をおって説明することになってしまう。
 そんな思い出話をつらつらと語れる場面ではない。流石に。

「「転生者ではない存在」は今後の交渉の鍵になるかと思ったんだけど――」

 哲司の呟きをよそに、勝宏がスキルを使って変身する。
 装甲の色が赤に変わり、2メートルくらいに体格が変わった。
 見たことのないキャラだけど、こういうヒーローもいるんだな。

 巨体に似合わない速度で哲司に向かって突っ込んでいく。
 瞬時にアイテムボックスから複数の大岩とシールドを展開させた哲司は、勝宏のスキルに舌を巻いている。

「強化変身タイプのスキル持ちか」

 勝宏の攻撃によって、岩とシールドが吹き飛ばされた。
 シールドに一瞬足止めを食らった勝宏の頭上に、ひときわ大きな岩が出現する。
 哲司はこんなものまでアイテムボックスに入れていたのだろうか。

 岩石は勝宏に激突する前に赤い光によって綺麗に粉砕される。
 詩絵里の魔法だ。

「ここで協力すれば、貸し借りなしね!」

 遠くに位置取った詩絵里の足元に、魔方陣が輝き始める。
 何かのトラップ、ではなく、あれは彼女の使う魔法なのだろう。

『また、えげつねえ術使うな……』
(詩絵里さんの魔法?)

『おい透、もう後ろに下がってようぜ。あれが発動するなら勝負はついたも同然だ』

 急にやる気をなくしたようなウィルの声に当惑していると、詩絵里が声を上げた。

「誤爆しないように、透くんは転移で避けてね!」

 誤爆?

 その意味を理解する前にウィルによって詩絵里のすぐそばに転移させられたが、はたして、次の瞬間には彼女の言葉の意図を十二分に理解させられた。

 ぎょっとなった勝宏が慌てて飛びのく。

 詩絵里から哲司のいる方向までの一直線。
 彼女の放った白光は、直径五メートルくらいのライン上にあるもの全てを、音も無く消滅させた。

 進行方向に向かって地面がまっすぐ削り取られて、そのまま遥か先に見えていた山にぽっかりと風穴が開く。

 町のすぐ近くで使うべき魔法じゃない。間違いなく。

「……あっぶねえ! 詩絵里! 俺! 俺もいる!」

「その装甲なら勝宏くんは誤爆しないでしょ」
「限度があるだろ!」

 危うく巻き込まれるところだった勝宏が、こちらまで駆け寄ってきて詩絵里に抗議する。
 俺、こういう口論、勝宏としたことないな。
 二人ともいつの間にこんなに仲良くなったんだろう。

 ともあれ、人里を巻き込む方向じゃなくて良かったと思う。
 まさか、彼女が脱出の際に話していた大技とはこれのことだったのだろうか。
 これは、屋敷が吹き飛ぶどころの騒ぎではない。

 こんなもの相手に、ネット通販もどきのスキルで対策を練るのは無理がある。

「哲司さんは……」
「大丈夫よ、ほら」

 詩絵里の指した先に、よろよろと起き上がる哲司の姿が見えた。
 光に触れたものすべてを消滅させてしまう即死魔法だったように思えたのだが、あれを回避したのか。

「商人さん、リセットリング装備してたからね。あれ、即死技を受けたら一度だけ対価を支払って蘇生できるマジックアイテムなの。すごい高価な代物よ」

 なるほど、アイテムの力で踏みとどまることを見越してのオーバーキルだったらしい。

「対価?」
「アイテムボックスの中身全部と所持金全部ね」

 ……それは確かに、有用なスキルを持たないショップチート転生者には、かなり痛い対価である。

 アイテムボックスから出して装備している武器防具まで持っていかれる仕様なのかは分からないが、どのみちあの消滅の即死技をまともに食らって残っている防具などないだろう。
 身一つじゃなくて最低限の衣服も再構築されているのは幸いだ。

「さて、あの商人さんあとは現地で地道にスクロール習得した魔法くらいしか使えないはずだけど。透くん、勝宏くん、あれどうする?」

 単純な魔法なら詠唱カットできるのか、詩絵里が指を鳴らして魔法を発動させた。
 敵の動きを止めるための魔法なのだろう、周辺の植物が蔓を伸ばして哲司の体を拘束する。

 変身を解いた勝宏が、考えるそぶりを見せた。

「しばらくまともに戦えないってことだろ? 俺は、透の気持ちを優先したいけど」

「痴漢じみたセクハラ、嘘っぱちプロポーズからの拳銃による殺人未遂ね。話が本当なら、透くんはゲーム参加者じゃない。発砲については、本当に殺す気だったはずよ」
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