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章1
アラフォー砲台火力様(1)
しおりを挟む勝宏リクエストのハンバーガーで朝食を済ませたあたりで、ウィルが声を掛けてきた。
『おい透、夕べの人攫い連中がまたやってきたみたいだぜ』
(え、あ、どうしよう……まだ勝宏にその話、してなかった)
『今のところすぐに襲撃するって感じじゃなさそうだけどな。どうする?』
(うーん……転移を使うのは不自然、かなあ……勝宏置いていっちゃうことになるし)
たったいまウィルに言われるまで、その件についてはすっかり忘れていた。
すぐに行動を起こすようではないとのことなので、ひょっとしたら透が一人になるのを待っているのかもしれない。
「透、もう一回装備見に行こうぜ」
「わ……そ、装備?」
急に声を掛けてきた勝宏が、透の返答を待たずして腕を掴んだ。
宿の外に連れ出される。
「あれからちまちま魔物倒してるし、前よりはマシなんじゃないかなと思ってさ」
ウィルの声が聞こえていない勝宏は、透が昨晩の一件について話すかどうか逡巡していることなど知らずに今日の予定を挙げ始めた。
「きたばっかで透、こっちの世界のことよく分かってないだろ? 観光がてら色々話そう。危なっかしいんだよな、ちょっと目離したら盗賊連中にレイプされそうになってるし」
「レっ」
いやいや、あれはただの行き過ぎたカツアゲだろう。
この世界でいうとああいうのはカツアゲではなく一律盗賊とみなすようだが、女の子じゃあるまいしあのまま性的暴行に発展していたとはちょっと思えない。
ていうか、勝宏の口からそういうワードを聞くのがなんか、いたたまれない。
「っと、透はこの手の話、苦手なんだっけ」
「え?」
「この間も泣きそうになってたじゃん」
先日の猥談のことを言っているらしい。あれは衝撃だった。
あの件は、透が勝手に勝宏を神聖視していたのが原因だ。
彼が気に病む必要はない。
「そ、れは、俺が勝手に、その」
「あれは俺が悪かったよ。でも、盗賊の時のは、話題が苦手じゃ済まないからな。魔法を使う前に組み敷かれたら、透の腕力じゃ抵抗できないだろ」
「あ……」
勝宏の言葉に頷きも否定もできずにいると、ふと道行く通行人と目が合った。
中年男性に、すい、と視線を逸らされる。
どこもそろそろ店が開店する時間だ。
子供たちの姿はまだあまりないが、大人の姿は結構な数を見かける。
い、今の話、おじさん聞いた? 聞こえましたね?
「話だけで泣いちゃうのに、そんなことされたら透、壊れそうで……」
あっ、ちょっと待って、勝宏待って。
向かいで果物のケース並べてるお姉さんがめっちゃこっち見てる。
「あ、あの」
「うん?」
「心配、してくれてありがとう。でも、お、往来でそういう話を……するのは」
好奇の目で見てくるものと、関わりあいになりたくないとばかりにあからさまに目を逸らすものと。
町の人々に視線をめぐらせると、勝宏がようやく状況に気付いた。
「……ごめん透。俺デリカシーないってよく言われる」
誰に言われたのそれ。今回ばかりはその人の肩を持ちたい。
誘拐犯たちの様子を定期的にウィルに訊きながら、勝宏と一緒に町を見て回った。
装備に関しては、武器は相変わらずまともに持つことができなかった。
ひょっとして透は、ひとつもレベルが上がっていないんじゃないだろうか。
そもそも転生者でもなければこの世界の住民ですらないので、レベルシステムが適用されていない可能性は大いにありうる。
「まだ駄目だったなー」
「笑えないよ……」
カルブンクの魔法という一応の攻撃手段を得たため完全なお荷物ではなくなったが、現状透はまだ勝宏の足を引っ張る存在であることに変わりない。
「あ、透ちょっと」
「なに?」
道具屋の店先で足を止めた勝宏が手招きする。
彼が覗き込んだ商品に目を遣ると、そこには筒状のイヤーカフが置いてあった。
耳たぶに挟んで固定するタイプのシンプルな銀細工だ。
マジックアイテムなのか、値札には金額と思しき文字列がたくさん並んでいる。
桁数は、数えたくない。
「これなら透も装備――」
「い、いい! いいです、いいから」
透の装備品の話になるとどうして勝宏は金額を見なくなるのだろう。
ケチャップ1本2000円事件はしっかりスルーしてきたことだし、金銭感覚が狂っているという印象はないのだけれど。
「そう?」
「うん、いい、から」
首を振って、勝宏の手を引っ張り歩き出す。
このまま道具屋に滞在していては、気付かないうちに装備品を見繕われてしまいそうである。
勝宏を店から引き離すべくあてずっぽうに歩いていると、彼が笑い出した。
「透ー、このまま手繋いどく?」
「あ、あっ、ごめ」
他人の手に触れる、なんてよく自分にできたものだ。
勝宏に指摘されて慌てて手を離しながら、彼と繋いでいた手のひらを握り締める。
「別に、繋いでてよかったのに」
「……恥ず、かしいし」
言いながら、この反応で適切かどうか少しだけ迷った。
恥ずかしい、で合ってるよね。
高校生くらいの男の子はふつう、親しくもない男と手なんて繋がないはず。
一瞬、小学生の頃の「クラスメイトと手を繋いで遠足」という地獄のような「めあて」が脳裏を過ぎったが、あの感覚がこの歳まで勝宏の中にあるわけがない。たぶん。
「あ、あれ、なに?」
話題を変えるべく、前方に見えてきた大きめの建物を指した。
勝宏が「あー」と言葉を濁す。
「どうかしたの?」
「あれ、な、……奴隷商」
言いよどんだ彼の内心がなんとなく読めた。
根っからの善人な勝宏は、この異世界で奴隷制度があることに良い感情を抱いていないのだろう。
まあ、案内するって言ったの俺だし、と勝宏が奴隷商についてぽつぽつと話し始める。
この世界では奴隷の所持・販売ともに合法となっているらしい。
無論、奴隷落ちの必要のない人間を無理に奴隷化することは禁じられているが、国同士の戦争なんかの際にはそれにさえ目を瞑ることも多いのだそうだ。
奴隷は、奴隷契約印という呪印によって行動を制限されている。
制限の度合いは呪印を施した際のさじ加減で変わってくるそうで、「許可のない魔術の行使を許さない」だけのものから、「発言を許さない」ほど強いものもある。
また、犯罪奴隷などの場合は奴隷契約印に特殊な仕掛けが施されていて、万一本人が自力で印を解除したとしてもその体内にはマーカーが残る。
そのマーカーを持つものは、冒険者ギルドの登録・再登録ができなかったり、まっとうな金融業者からの融資が受けられなかったりなどのペナルティがあるのだそうだ。
「犯罪の被害に遭った人はそりゃあ、可哀想だけど……悪いやつにだって、できれば更生するチャンスがあったらいいと、思うし……ひょっとしたら冤罪で犯罪奴隷にされてるやつもいるかもしれないだろ」
いつになくぼそぼそとした勝宏の話に頷きを返す。
彼の言葉はまっすぐすぎて、受け入れられない人も多くいそうだ。
鷹也あたりが聞いたら「じゃあ犯罪被害者は泣き寝入りしてろってか、そいつに親を殺されて飢え死にした幼児に同じこと言えんのか」と食って掛かりそうな話である。
光の中に生きているようなひと、だからなあ。
きっと彼は知らないのだ。
誰かを強く憎む思いも、何もできずにただ無為に過ぎていくだけの時を生きる苦痛も、なにより無力な自分が一番憎いのだと自ら気付く瞬間の絶望も。
知らないから、理想を言葉にできる。
そんなの、知らないままでいるのが一番良いに決まっている。
どうやったって、プラスになることはない感情なのだから。
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