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章1

勝利条件(4)

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「……ま、どのみちあんたとも戦うつもりだったんだ。どっちからでもいいさ。ただし、あんたが負けたら、そのままそこの正義の味方もどきにもとどめささせてもらうからな」

 勝利条件のためだろう。鷹也が改めてこちらに向き直って、そう宣言する。

 しかし、前に出たは良いが、正直なところ透には勝算などないに等しい。

(ウィル、短距離転移で鷹也の攻撃避けられそう?)
『お? 余裕余裕、この俺が縮地に負けるかよ。丸一日逃げ回ってもいいくらいだぜ』

 良かった。それなら、時間が稼げる。

 透は現在、ゲームには参加していない。おそらく、敗北してもポイント化することはないだろう。
 そして、それを鷹也は知らない。

 反射的に前に出たとはいえ、選手交代の提案については時間を稼ぐことが目的だ。
 勝宏のMPが少しでも回復するまで。

 自分は最悪、日本に戻ってしまえば少なくとも鷹也は追ってはこれない。

 そして勝宏も。決着がついたあとの不意打ちで倒れただけで、彼は一度、鷹也に実力で勝っている。
 もう一回変身できるようになれば、鷹也から逃げるなり追い払うなりできるはずなのだ。

 刀を手にして、鷹也が縮地を使った。透にはやはり追えないが――。
 足を動かすことなく、透の視界が向かい側に切り替わった。

『よっと。こんな感じでいいんだな、透?』
(びっくりした。ありがとう、このままお願い)

 縮地だけならば、ウィルの言うとおり転移で問題なく対処できるようである。

「へえ、あんたも縮地を使うのか」
「縮地……まあ、はい」

 話しかけることでこちらの意識を会話に向けようという鷹也の意図が察せた。
 が、移動は透が頭を使っているわけではないので普通に応対してしまっても特に影響はない。

 ないけど、対話レベル最底辺としてはあんまり積極的に話したいとは思わない、ので頷くだけにしておいた。

 縮地とはちょっと違う、なんて言い出すとなんだか少年漫画の強キャラ台詞みたいになりそうで恥ずかしい。
 何よりそれを自覚してしまった自分が大事なところでドモらないか不安で仕方ない。
 会話はスルー推奨である。

 会話程度では移動速度に影響が出ないことを悟った鷹也が、攻勢に力を入れてきた。
 ウィルの対応でそれらは全て、難なく回避されていく。

「どうした、攻撃しないのか」

 しないんじゃなくてできないんです。
 鷹也の声に苦笑しながら、刀の軌道から離脱し続ける。

 当然ながら、透は目に見えて武器のひとつも持っていない。
 鷹也からすれば、透は後衛キャラに見えることだろう。……実際は村人Aなんだけど。

 死角に転移して殴りかかってもいいが、あちらの方が戦闘技術は遥かに上で、転移ではないにしろ縮地で瞬間移動に近いことができる。
 レベル1素人のグーパンなど、三歳の頃から訓練を重ねてきた鷹也にはまず当たらないだろう。

「あんただって回避にもMP使ってるだろ? 反撃しなきゃジリ貧だぜ?」
「……そうは、なりません」

『この程度の距離、何往復したって散歩するのと大差ねえしな』

 あちらにはウィルの声は聞こえていない。
 既に一生分の転移の対価は売約済みで、いま透が何かを消耗しているわけではないのだ。

 とはいえ、このままひとつも攻撃しないでいると、そのうちこちらの目的が時間稼ぎであることが悟られてしまうだろう。

 おそらく負けることはない。けれど、勝てないのも確かだ。
 へなちょこでもいいから、攻撃する素振りを見せないと。
 自分に何か、攻撃手段があれば……。



『こんにちは、あまいお兄さん』



 焦り始めたその時、ウィルのものではない――少女の声が頭の中に響いた。
 そして文字通り、時が止まる。

(あま……へ?)

 時間停止中だからか、透の身体も動かない。
 決闘場に棒立ちのままの透のもとへ、ブロンドの髪を揺らした少女が姿を現した。

 見た目、十歳くらい。
 目の色が人間離れした明るいオレンジなので、異世界人か妖精さんの類だと思う。

『この瞬間だけ時間を止めてるよ。わたしはカルブンク。よろしくね』
(ど、どうも……透です)

 突然の出来事に動揺しながら、ウィルの気配を探す。
 彼との繋がりが遮断されてしまっているのか、いくら探しても見当たらない。

(……あの、ひょっとして君は、ウィルの仲間?)

 少女――カルブンクがウィルと同じような種族なら、この状況も分からないでもない。
 ウィルと初めて出会った時も、似たようなシチュエーションだった。

『ウィル? イグニスのこと? わたしイグニスきらーい』

 カルブンクが一緒にされるのは心外だとばかりに唇を尖らせた。いや、イグニスって誰。
 同一人物として会話が成立してしまっているので、悪魔界におけるウィルの苗字か何かか。

(そう、ですか……)
『でもカルブンクもそんなかんじ。精霊みたいなー、悪魔みたいなー?』

 なるほど、やはり同種族か。

『カルブンクはね、あまいにおいいいなーって思ってお兄さんに会いにきたの』

 あまいって体臭がですか。
 自分の匂いなんて自分自身には分からないものである。柔軟剤の匂いかなあ。

『お兄さん、何か困ってなあい?』

 子役タレントでもやれそうなほど整った容姿が、こてん、と首を傾げて透を見上げてくる。
 ……困っていること。

(俺、いま戦ってる最中なんですけど……その、俺に、魔法を教えてくれませんか?)

 この世界では、転生者以外が魔法を使うには冒険者登録をしなければならない。
 ならば、ウィル同様外部の存在によって教えられた技術ならどうだろう。

 透の相談に、少女はうーん、と考える仕草を見せた。

『イグニスがお兄さんに与えてるのは……転移なのかな? じゃあわたしはー、魔法みたいなことができるようにしてあげるー!』

 よかった、聞き入れてもらえたらしい。

(あ、ありがとうございます)
『代わりにお兄さんがほしいなー』

 ここも、ウィルの時と同じだ。
 彼女の満足する対価を、今の透が用意できればいいのだが……精霊や悪魔を自称する彼らにとって何が好みにあたるのか、透には見当もつかない。

(た……魂は、ウィルにあげることになってて……)
『そっかー。じゃあそれ以外で、お兄さんをわたしの好きにさせてもらうね。またね、あまいお兄さん』

 ちょっと待って。
 具体的に何が持っていかれるのか、そしてどんな魔法が使えるようになるのか、なにひとつ説明がない。

(あ、あの、待って……)

 透の呼び掛けもむなしく、少女は消え失せて再び時間が流れ始めた。

 魔法も対価も結局不明のまま。
 そして甘いにおいってなんなんだろう。
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