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章1

勝利条件(3)

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 鷹也の攻撃は透ではまず反応できないほど素早く、的確だ。
 透からすると、なにやら残像が勝宏の周囲をあちこち移動しているようにしか見えないのだが。

 勝宏はダメージを受けていない。
 しかし、ヒットアンドアウェイを繰り返す鷹也に、勝宏からも手が出せない状況である。

「うっ……!」

 勝宏が一歩、後退した。
 今まで当たっても弾いていたはずの攻撃で、重装備の胸元が大きく切り裂かれている。

『クリティカルだな。速度とクリティカル重視の戦いなら、確かに刀とは相性が良い。受け続けるだけじゃそのうち負けるぜ』

 ウィルの解説を聞いて、動悸がしてくる。
 変身した勝宏の防御ステータスは4000越えだったはずだ。
 それすら貫く攻撃ができる転生者、――一瞬でも、勝宏の敗北を想像してしまった。

『そんなに心配しなさんな。わりと平気だぜ、あいつ』

 勝宏に向けて袈裟懸けに下ろされた刃が、肩から腰へと装甲を深く傷つける。
 瞬間、勝宏の手が素早く刀身を掴んだ。

「MP切れ……待ってたけど、……そうか、おまえMP節約するタイプのスキルだな?」
「さあな。ヒーローはさっさと死に戻りして、地球の平和でも守ってろよ」

 掴まれた得物をあっさり手放して、鷹也が勝宏の手首を蹴り上げた。
 僅かに緩んだ手から刀が取り戻されてしまう。
 しかし、距離を取られる直前。勝宏の手の中に、長柄の槍が生成された。

「そういうことなら……全部なぎ払う!」

 槍はその長さを変え、決闘場の柵いっぱいに伸びて大振りに振り回された。

「……っ!」

 後退する鷹也が、避けられないと悟って跳び上がる。
 空中に逃げた鷹也に向けて、銃を生成した勝宏が高エネルギーのビーム弾を射出した。

『ほら勝った。あいつ漫画読んでからずっと槍振り回してたっぽかったからよ』
(そっか……でも、よかった、勝宏が勝って)

 速度重視の装備のせいで、鷹也の装甲は脆い。
 攻撃を食らった鷹也は地に落ちて、歩み寄る勝宏を悔しげに見上げている。

「おまえの負け、だな」
「……くそ」
「安心しろよ。これ、俺の勝利条件満たしてないから」

 勝宏の言葉を受けて、鷹也が目を見開く。

「鷹也、負ける瞬間、ちょっと怖くなかった? 俺たちにとって、ここは現実なんだから。いくら死に戻りするって思ってても、痛いもんは痛いし、死への恐怖がないわけじゃない。……死に戻りが確実じゃないって話を聞いてからなら、なおさらな」

 鷹也と勝宏のかすかな会話を聞きながら、透は柵を越えて勝宏のもとへ駆け寄った。

「転生者ゲームに参加させられてる以上、戦いはたぶん、避けらんないよ。戦うな、殺すななんて綺麗事は言わない。戦いたくなくても、火の粉は降りかかってくるんだから」

 ウィルと一緒に買いに行ったスポーツドリンクを手に、おつかれさま、と声を掛けようとして。

「でも、せめて俺は、ゲームを……ポイント集めをするためじゃなくて、誰かと、生き残るために戦ってほしい。あんまり変わんないかもしんないけどさ」

 そこまで言った勝宏の身体が、遥か後方に吹き飛んだ。
 柵に激突して木片を巻き込みながら、変身ヒーローが倒れ伏す。

『あっちゃー……隠し玉か』
(な、なに、今の)

『ポイントにならないのを悟った瞬間から、あいつが説得しようとしてる間に魔力を練ってたんだろ。防御ステ四桁をぶち抜くくらいに極限まで圧縮された、火属性魔法だ』

 ウィルの解説を受けながら、手に持ったスポーツドリンクを取り落としてしまう。
 勝ったはずなのに、どうして勝宏が。

「勝利条件を満たす気がない? スキルも酷けりゃ、頭の中身もお花畑なんだな」

 立ち上がった鷹也が、吐き捨てるように言い放つ。

「何人転生させられたと思ってる。この世界にはもうとっくに、チートが蔓延してんだよ。このゲームを生き残るためには、そいつらより強力か、そいつらより多くのチートスキルが必要だ。小学生だって分かる話だろ」

 嫌悪感を滲ませた表情で、鷹也が刀をその手に、倒れたままの勝宏へ歩み寄る。

「ああ、そうだよ。俺たちにとって、ここは現実だ。正義と悪できっちり分かれてるわけじゃないし、生きるために殺すことを躊躇っていたら次の獲物は自分だ」

 甘すぎるんだよ、現実舐めてんのか。
 鷹也の言葉に、勝宏が起き上がろうともがく。

「生き残るために、ポイント集めしなきゃならないんだろうが。目的と手段を履き違えんな」

 とうとう、変身が解除されてしまった。
 ここにきてMP切れだ。
 今の勝宏は、先ほどと比べてステータスが十分の一以下に戻ってしまっている。

 ――そんな状態でさっきみたいな攻撃を受けたら。

 思わず、足が動いた。勝宏と鷹也の間に割り入るように、身体を滑り込ませる。
 割り込んできた透を一瞥し、鷹也が舌打ちした。

「退けよ。あんたの相手は、そいつを倒してからだ」

 甘くていい。お花畑なんて言われても。
 ただ、勝宏には、そのままでいてほしいと思う。
 「弱きを助け強きを挫く」を地で行くような、勝宏のままで。

「……邪魔を、してごめんなさい。ここからは俺が、戦います」
「透!」

 君に助けられた弱い者は、ちゃんと恩返しするんだよ。

「協力して生き残ろうとする方が、誰かを蹴落として生き残るのより、……俺、ずっと好きです」

 どっちが正しいかじゃない。
 どっちが現実的か、でもない。
 単純に、ぜんぶを取っ払って、好きなものを手に取りたい。

「勝宏、あの、俺ね」

 ここで気の利いた言葉がひとつでも言えればかっこいいんだろうけれど。
 そんなレベルの高いことは透にはできない。ので。

「甘いの、嫌いじゃないよ」

 そう言って、笑顔を作った。
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