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第1話『舞い降りた天使』
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少女は生まれた時から特別な存在だった……ということは特に無かった。
生まれる時に空から光が差し込んだ、という様な事もなく、精霊が祝福した。という事も無かった。
ごく普通に貴族の子として生まれ、ごく普通に育てられる事になった。
そんな中、彼女……ミラの特異性が示されたのは、三歳の誕生日の事だった。
それまでミラの育児と日々の生活を、乳母に全て任せていた両親は、忙しかった事もあり、生まれた時以来初めてミラと対面する事となったのだが……その行動を見て目を見張った。
なんとミラはまだ三歳だと言うのに、書庫で歴史書などを読み漁っていたのだ。
優秀などという言葉では片づけられない。
まさに異常な存在であった。
しかし幸運な事に、そんなミラの行動を見ても、両親は特におかしいとは思わなかった。
それは、ミラの両親が優秀な人物であったり、上の子供たちであるハリソンやフレヤが突出した人物であったりした事が原因なのだが、何よりも親バカな気質があり、楽観主義者であった事も理由としては大きいだろう。
そう。ミラの両親は親バカであったのだ。
ミラは初めて見る男女に反応こそ薄かったが、少々動揺している様だった。
が、乳母に促され、自分を呆然と見ている二人が両親だと知ると、柔らかく笑う。
「……えと、おとうさま。おかあさま。はじめまして。ミラです。どうぞ、おみしりおきを」
「……」
たどたどしい言葉でそう語られた言葉は両親の耳に届くと同時に、彼らの頭から微かに残されていた厳格な親としての姿を粉々に打ち砕いた。
もはや二度と戻れぬほどに。
その結果、両親は親バカからミラバカへと進化してしまった。
何をしてもミラは可愛い。ミラは凄い。ミラは何が欲しい? とそればかりを口にする存在へとなってしまったのである。
悲劇だ。
このままではメイラー伯爵家はミラを中心として動く様な存在となってしまうだろう。
しかし、その様な悲劇を心配する必要は無い。
何故ならメイラー伯爵家には、まだ幼いとはいえ、優秀な子供たちが居るのだから。
そう。ハリソンとフレヤである。
ハリソンは頭脳で、フレヤは武力で、既に才能を発揮しており、ハリソンは両親の出費が最近増えている事に素早く気づき、それを止める為に、両親が暴走している切っ掛けの元へと向かった。
だが、その行動はあまりにも遅すぎた。
何故なら、新しい剣を欲しがったフレヤが両親に止められ、妹ばかりズルいとミラの所へ向かっていたからだ。
そして、フレヤは一瞬の間にミラの魅力に敗北し、ミラの喜びこそが自身の喜びであると感じるほどに服従していたからだった。
故に。
「ふん。書斎か。生意気な。入るぞ」
「……ふぇ」
「ふ、ふん。お前が、僕の妹か。まぁそれなりに優秀なようだが、僕は両親のようには……ぐわー!!?」
「おい。ハリソン。さっきから黙って聞いていればなんだ。私のミラが怖がっているだろう」
「お、お前……フレヤ。急に、暴力をふるうとは、それでも誇り高きメイラー伯爵家の一員か」
「ミラを護るためだ。失せろ」
「お、おのれ……兄に対して」
「何が兄だ。私の方が姉に決まってる。お前が弟だ」
「お前の様な能無しの暴力バカが、姉な訳無いだろうが、僕が兄だ」
ミラは、急に現れ姉となった人が、続いてやってきた男の子に暴力を振るっている光景を見て、完全に硬直してしまった。
しかし、その男の子が姉を名乗った人の弟か兄かと言い争っているのを聞いて、自分の兄だと悟る。
気づいてからの行動は早かった。
ミラは椅子から、うんしょ、うんしょと降りて、テテテと走ると、兄と思われる人物に駆け寄った。
そして、自分を睨みつける男の子へ勇気を振り絞り、尋ねる。
「おにいさま?」
「っ!!!!!!???」
それは、おそらく世界に光をもたらしたアルマの奇跡にも匹敵する様な衝撃であった。
瞬間、ハリソン・ジェリン・メイラーは精神を全て焼き尽くされた。
これまでに培ってきた世界の常識や、自分を中心とした考え方。
そして、頭が悪く力ばかり強い妹のフレヤや、何処か抜けた所のある両親、そして自分以外の存在に対する蔑んだ感情が全て焼かれてゆく。
それはさながら神話に出てくるブラックドラゴンが、一つの巨大な森を全て焼き払った光景に似ていたが、全てハリソンの中だけで行われている事である。
ハリソンは叫んだ。
己の身の内で、これでもかという程に叫んだ。
喉が裂け、感情が精神を破壊し、そして再構築してから破壊される様な世界創世を味わい、絶叫を繰り返して――覚醒めた。
新たなる存在。
ミラの兄としてのハリソンに。
メイラー伯爵家の未来と、ミラの幸福を願う絶対的な守護者!! ハリソン・ジェリン・メイラーへと。
そして、妹であるフレヤに傷つけられた体を、無理矢理起こし、人生で一度だって浮かべた事のない他者を思いやる笑みを浮かべ、ミラに微笑みかける。
「や、やぁ。ミラ。そう。僕が君の兄だよ」
「あ、ごあいさつが、おくれました。ミラです。おみしりおきを!」
咄嗟の事態だというのに、両手を握り締めて、健気に挨拶をするミラに、ハリソンは涙腺が破壊され、涙を溢れさせた。
また、ハリソンだけでなく、何故かフレヤも手で口を押さえながら、滂沱の涙を流すのだった。
さて。
生まれてから三年。
しかし出会ってからは一瞬でメイラー伯爵家の人間の心を奪ってしまったミラだが、伯爵家以外の人間に対してはどうかと言うと、語るまでもない。
誇り高き伯爵家の人間が一日すら耐えられない様な状況で、ただの平民や下級貴族であるメイドや騎士たちが耐えられるワケがない。
料理人や庭師に至ってもそれは同じである。
一瞬だ。
出会い、笑顔で挨拶をされれば、その幼くも一生懸命な姿に、人の心を持っている者は全てひれ伏す事になる。
当然だろう。
ミラはまさに奇跡の様な容姿と性格を持って生まれてきたのだから。
故に、ミラの輝く様な銀糸の髪に目が留まり、どこまで遠く透き通るパステルカラーの瞳に魅入られるのだ。
常人であれば逃げる事など出来ない。
そして、ただでさえ強力な武器を二つも持ちながら、ミラは清く正しく、弱者や意見の言えぬ者に目を向ける心の強さも持ち合わせていた。
ならばこそ、ミラがメイラー伯爵家の領地を支配するのに、それほど時間が掛からなかったのも必然であったと言えるだろう。
そしてミラが生まれてから六年の月日が流れた。
もはやメイラー伯爵家の中にミラと対立する者はおらず、皆ミラの味方となっていた。
それゆえに起こってしまった事件がある。
「……外の世界。それはどの様な場所なのでしょうか。この本に書かれている様に、美しい湖や、心が踊る様な山々があるのでしょうか」
「そうですね。その様な場所もあると思います」
「……そうなんですね」
「はい。いつか行けると良いですね。では寝ましょう。ミラ様」
「はい」
ミラは、夜眠る前に、メイドの一人から外の世界について話を聞きながら、高鳴る鼓動をそのままに目を閉じた。
そして、その気持ちは翌朝、目を覚ましてからも続いており、上半身を起こしながらキラキラと輝く窓の外を見る。
「……」
普段ならば、朝の読書をする時間であるが、ミラはゆっくりとベッドから降りると、窓の傍にある椅子から窓の外へと向かって飛び出してしまうのだった。
「……冒険の始まりです!」
生まれる時に空から光が差し込んだ、という様な事もなく、精霊が祝福した。という事も無かった。
ごく普通に貴族の子として生まれ、ごく普通に育てられる事になった。
そんな中、彼女……ミラの特異性が示されたのは、三歳の誕生日の事だった。
それまでミラの育児と日々の生活を、乳母に全て任せていた両親は、忙しかった事もあり、生まれた時以来初めてミラと対面する事となったのだが……その行動を見て目を見張った。
なんとミラはまだ三歳だと言うのに、書庫で歴史書などを読み漁っていたのだ。
優秀などという言葉では片づけられない。
まさに異常な存在であった。
しかし幸運な事に、そんなミラの行動を見ても、両親は特におかしいとは思わなかった。
それは、ミラの両親が優秀な人物であったり、上の子供たちであるハリソンやフレヤが突出した人物であったりした事が原因なのだが、何よりも親バカな気質があり、楽観主義者であった事も理由としては大きいだろう。
そう。ミラの両親は親バカであったのだ。
ミラは初めて見る男女に反応こそ薄かったが、少々動揺している様だった。
が、乳母に促され、自分を呆然と見ている二人が両親だと知ると、柔らかく笑う。
「……えと、おとうさま。おかあさま。はじめまして。ミラです。どうぞ、おみしりおきを」
「……」
たどたどしい言葉でそう語られた言葉は両親の耳に届くと同時に、彼らの頭から微かに残されていた厳格な親としての姿を粉々に打ち砕いた。
もはや二度と戻れぬほどに。
その結果、両親は親バカからミラバカへと進化してしまった。
何をしてもミラは可愛い。ミラは凄い。ミラは何が欲しい? とそればかりを口にする存在へとなってしまったのである。
悲劇だ。
このままではメイラー伯爵家はミラを中心として動く様な存在となってしまうだろう。
しかし、その様な悲劇を心配する必要は無い。
何故ならメイラー伯爵家には、まだ幼いとはいえ、優秀な子供たちが居るのだから。
そう。ハリソンとフレヤである。
ハリソンは頭脳で、フレヤは武力で、既に才能を発揮しており、ハリソンは両親の出費が最近増えている事に素早く気づき、それを止める為に、両親が暴走している切っ掛けの元へと向かった。
だが、その行動はあまりにも遅すぎた。
何故なら、新しい剣を欲しがったフレヤが両親に止められ、妹ばかりズルいとミラの所へ向かっていたからだ。
そして、フレヤは一瞬の間にミラの魅力に敗北し、ミラの喜びこそが自身の喜びであると感じるほどに服従していたからだった。
故に。
「ふん。書斎か。生意気な。入るぞ」
「……ふぇ」
「ふ、ふん。お前が、僕の妹か。まぁそれなりに優秀なようだが、僕は両親のようには……ぐわー!!?」
「おい。ハリソン。さっきから黙って聞いていればなんだ。私のミラが怖がっているだろう」
「お、お前……フレヤ。急に、暴力をふるうとは、それでも誇り高きメイラー伯爵家の一員か」
「ミラを護るためだ。失せろ」
「お、おのれ……兄に対して」
「何が兄だ。私の方が姉に決まってる。お前が弟だ」
「お前の様な能無しの暴力バカが、姉な訳無いだろうが、僕が兄だ」
ミラは、急に現れ姉となった人が、続いてやってきた男の子に暴力を振るっている光景を見て、完全に硬直してしまった。
しかし、その男の子が姉を名乗った人の弟か兄かと言い争っているのを聞いて、自分の兄だと悟る。
気づいてからの行動は早かった。
ミラは椅子から、うんしょ、うんしょと降りて、テテテと走ると、兄と思われる人物に駆け寄った。
そして、自分を睨みつける男の子へ勇気を振り絞り、尋ねる。
「おにいさま?」
「っ!!!!!!???」
それは、おそらく世界に光をもたらしたアルマの奇跡にも匹敵する様な衝撃であった。
瞬間、ハリソン・ジェリン・メイラーは精神を全て焼き尽くされた。
これまでに培ってきた世界の常識や、自分を中心とした考え方。
そして、頭が悪く力ばかり強い妹のフレヤや、何処か抜けた所のある両親、そして自分以外の存在に対する蔑んだ感情が全て焼かれてゆく。
それはさながら神話に出てくるブラックドラゴンが、一つの巨大な森を全て焼き払った光景に似ていたが、全てハリソンの中だけで行われている事である。
ハリソンは叫んだ。
己の身の内で、これでもかという程に叫んだ。
喉が裂け、感情が精神を破壊し、そして再構築してから破壊される様な世界創世を味わい、絶叫を繰り返して――覚醒めた。
新たなる存在。
ミラの兄としてのハリソンに。
メイラー伯爵家の未来と、ミラの幸福を願う絶対的な守護者!! ハリソン・ジェリン・メイラーへと。
そして、妹であるフレヤに傷つけられた体を、無理矢理起こし、人生で一度だって浮かべた事のない他者を思いやる笑みを浮かべ、ミラに微笑みかける。
「や、やぁ。ミラ。そう。僕が君の兄だよ」
「あ、ごあいさつが、おくれました。ミラです。おみしりおきを!」
咄嗟の事態だというのに、両手を握り締めて、健気に挨拶をするミラに、ハリソンは涙腺が破壊され、涙を溢れさせた。
また、ハリソンだけでなく、何故かフレヤも手で口を押さえながら、滂沱の涙を流すのだった。
さて。
生まれてから三年。
しかし出会ってからは一瞬でメイラー伯爵家の人間の心を奪ってしまったミラだが、伯爵家以外の人間に対してはどうかと言うと、語るまでもない。
誇り高き伯爵家の人間が一日すら耐えられない様な状況で、ただの平民や下級貴族であるメイドや騎士たちが耐えられるワケがない。
料理人や庭師に至ってもそれは同じである。
一瞬だ。
出会い、笑顔で挨拶をされれば、その幼くも一生懸命な姿に、人の心を持っている者は全てひれ伏す事になる。
当然だろう。
ミラはまさに奇跡の様な容姿と性格を持って生まれてきたのだから。
故に、ミラの輝く様な銀糸の髪に目が留まり、どこまで遠く透き通るパステルカラーの瞳に魅入られるのだ。
常人であれば逃げる事など出来ない。
そして、ただでさえ強力な武器を二つも持ちながら、ミラは清く正しく、弱者や意見の言えぬ者に目を向ける心の強さも持ち合わせていた。
ならばこそ、ミラがメイラー伯爵家の領地を支配するのに、それほど時間が掛からなかったのも必然であったと言えるだろう。
そしてミラが生まれてから六年の月日が流れた。
もはやメイラー伯爵家の中にミラと対立する者はおらず、皆ミラの味方となっていた。
それゆえに起こってしまった事件がある。
「……外の世界。それはどの様な場所なのでしょうか。この本に書かれている様に、美しい湖や、心が踊る様な山々があるのでしょうか」
「そうですね。その様な場所もあると思います」
「……そうなんですね」
「はい。いつか行けると良いですね。では寝ましょう。ミラ様」
「はい」
ミラは、夜眠る前に、メイドの一人から外の世界について話を聞きながら、高鳴る鼓動をそのままに目を閉じた。
そして、その気持ちは翌朝、目を覚ましてからも続いており、上半身を起こしながらキラキラと輝く窓の外を見る。
「……」
普段ならば、朝の読書をする時間であるが、ミラはゆっくりとベッドから降りると、窓の傍にある椅子から窓の外へと向かって飛び出してしまうのだった。
「……冒険の始まりです!」
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