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終わらない恋

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僕には好きな人がいる。

その人はとっても格好良くて、可愛くて、ちょっとドジな所もあるけれど、そんな所も素敵な僕の幼馴染だ。

でも、彼女……菜月には好きな人がいる。

「ねぇー! 聞いてよぉー! また、蒼の奴がさぁー!」

「また?」

「そうなの。また知らない女の子と一緒に歩いてた。腕組んでさ」

菜月はベッドの上に置いてあるクマのぬいぐるみ、クマタローを抱きしめながら、いつもの文句を言う。

そう。菜月がずっと恋をしている幼馴染であり……僕の双子の兄である蒼の文句だ。

「あぁいう女の子が蒼は好きなのかなぁ。ね。どう思う?」

「そう言われても僕はその子の事、知らないから分からないよ」

僕はスンスンと泣いている菜月の隣にさりげなく座って、その手を取りながら寄り添う様な言葉をかけた。

そんな気持ちなんて少しも無いのに、まるで蒼と菜月が結ばれたら良いみたいな顔をして。

「あ、そうだよね。ほら隣のクラスの森野さん」

「モリノ……?」

「覚えてない? ほら、空の事好きって言ってる子が居るよって前に言ったでしょ?」

「うーん。よく覚えてないや」

「そっか……でもね。結構可愛い感じの子なの。私じゃ絶対に勝てないよぉ」

「だ、大丈夫だよ。僕、菜月より可愛い子なんて知らないもん。絶対に大丈夫。蒼もすぐ菜月の事を好きになるよ」

「……本当に、そう思う?」

「うん」

僕は何度も頷きながら、泣く菜月にそう言葉を掛けた。

泣いている菜月よりも、笑っている菜月の方が好きだから。

今日も嘘を吐く。

でも……。

僕はほんの少しだけ、自分の気持ちを菜月に伝えてみる事にした。

菜月の隣に居るのは僕なのに……菜月は蒼ばかり見ているから。

「そ、それに……さ」

「それに?」

「もし蒼がダメでも僕がいるじゃない。双子だから蒼と同じ顔だし。それに、僕は菜月の事……!」

「ふふっ。空ってば面白い事言うのね」

「……え?」

「空は女の子でしょ。じゃあ私とは付き合えないよね」

菜月が笑顔で告げたその言葉に胸がキュッと苦しくなった。

手が僅かに震えて、呼吸が浅く、早くなる。

思わず目から涙が溢れてしまいそうだった。

痛い……いたいよ。

「そ、そうだよね」

でも、菜月におかしいって思われたくないから、笑う。

上手く笑えてるか分からないけど、笑う。

絶対泣かない様に、笑う。

「そう言えばそうだった。僕、女の子だもんね」

「そうそう。あ、それとも空ってば! 私の事男の子みたいって思ってたの!?」

「違う! 違うよ! 菜月はとっても可愛い女の子だよ」

「そう? へへ。嬉しい。も~。空ってばいつも私の事可愛いって言ってくれるから好きー!」

「……うん、僕も。好きだよ」

僕は笑顔で抱き着いてくる菜月から見えない様に流した涙を拭うのだった。



夜になり、僕はお風呂で昼間菜月と話した事を思い出しながらリビングでソファーに座っていた。

部屋から持ってきたお気に入りのぬいぐるみ、クマタローには僅かに菜月の香りがする。

それを感じながら、僕はため息と共に気持ちを吐き出していった。

「ん? 空か。どうしたんだ。お前」

「……別に。何でもないよ」

「何でもないって事は無いだろ。何かあったんじゃないのか?」

「無いったら、無いもん」

「そうかい」

蒼は特に何でもない事の様にそう言うと、僕の隣に座って、僕の頭に手を乗せる。

「……汚いから止めてよ。僕もうお風呂に入ったんだけど」

「俺も入ったよ」

「外に行ってた癖に。嘘ばっかり」

「嘘じゃねぇよ」

ぶっきらぼうに言われた言葉に、僕は昼間菜月から聞いた話を思い出していた。

そして、外でお風呂に入ってきたという事で、ある事を想像する。

授業で先生が言っていた、男の子と女の子のアレ……。

「へ、へんたい!!」

「はぁ?」

「蒼のへんたい! エッチ! 悪い子!」

「何だよ急に」

僕は左手でぬいぐるみを抱えたまま右手を振り回して、蒼の手を振り払った。

何だか酷く蒼が汚い様な気がしてしまう。

そんな事は無いと分かっているのに。

「落ち着けって!」

「きゃっ!?」

しかし、高校生になってから大きく成長した蒼は僕の手なんか簡単に抑え込んで、ソファーに押し倒してしまうのだった。

「わ、わりぃ」

「……そう思うなら、早く離れてよ」

「……」

「蒼?」

蒼は僕を見下ろしたまま、動かない。

どうしたんだろう?

僕は何だか蒼の気持ちが分からなくて、ぬいぐるみを顔の近くに持って行って視界を削った。

「お前はさ。変わんねぇな。本当に」

「は、はぁ!? 変わってるし! すっごい成長してるよ! この前だって身長! えと、2ミリだけど、伸びてたもん!」

「変わんねぇよ。何も」

蒼の表情は有無を言わせない空気があり、僕はただ茫然としてしまった。

しかし、そんな僕に蒼が顔を近づけてきて、唇のすぐ近くに何かをする。

なにか、柔らかい何かだ。

「な、なな、なぁ! なに!?」

「そんなに驚かなくても良いだろ」

「驚くよ! 驚くに決まってるだろ! はな、離れてよ!」

「嫌だ」

「いやって……なんでっ」

「お前が好きだからだ。空」

「は」

僕は蒼から言われた言葉を頭の中でクルクルと回して、でも意味が分からなくて、言葉の意味を探す様に蒼を見つめる。

しかし、当然ながらそこに答えは無かった。

「駄目か?」

「だ、だめって、なにが」

「俺と付き合ってくれ」

「なに言ってんのさ! 蒼には付き合ってる人がいるでしょ!?」

「森野の事か?」

「そ、そうだよっ」

「ソイツならもう気にするな。別に好きだったわけじゃない」

「……いみ、わからない」

「俺がずっと好きだったのはお前だ。空。お前だけが」

「だめ!!」

僕は必死にまた近づいてくる蒼の顔を左手で遠ざけようとした。

でも、そんな左手も捕まってしまって、右手と一緒に頭の上で押さえつけられてしまう。

僕を守っていたクマタローも床に転げ落ちてしまった。

「くま……っ」

「なぁ、俺を見ろよ。空」

「や、やだ! お母さんが帰って来たら、なんて言うのさ!」

「今日は帰らねぇ。朝言ってただろ?」

「っ!」

「空」

「菜月!!」

「……は?」

僕は言いたくなかったけど、こんな状況じゃ言わない訳にもいかなくて、菜月の名前を叫んだ。

そう。

蒼の事がずっと好きだった女の子の名前を。

「菜月は、ずっと蒼の事が好きだったんだよ」

「だから何だよ」

「だからって……だから」

「関係ねぇって言ってんだよ。菜月が俺を好きだろうと、俺には何も関係ねぇ」

「そんなの! 菜月が可哀想じゃないか!」

「じゃあそれで、俺の気持ちが無視されても良いってんのかよ!!」

「っ、そうじゃない……そう、じゃないけど……」

「空、お前……」

僕は菜月の笑顔を思い出して、ポロポロと涙が溢れてしまう。

「僕だって菜月が好きなのに、菜月が好きな蒼が、そんなの、どうでもいいって……そんなの、ズルいよ」

「……空。悪かったな」

「あお?」

僕の上に乗っていた蒼は大きくため息を吐いて僕から離れた。

そして僕も、床に落ちていたクマタローを拾い、抱きしめながら蒼から離れる。

「そんなに警戒しなくても、もう何もしねぇよ。意味無いからな」

「……どういう事さ」

「なぁ。空。お前、菜月が好きなんだよな」

「……うん」

「そうか。なるほどな」

蒼は頭をかきながら、舌打ちをして、落ち着いてから僕をジッと見据える。

その瞳は冷たくて、僕の知っている蒼の物とはまるで違うものだった。

でも……蒼はその目で僕を見たまま笑う。

「分かった。空。菜月と付き合うよ」

「……え?」

「確かに。菜月の気持ちを蔑ろにするのは可哀想だもんな」

「え、いや……」

「どうした? 空。嫌ならそう言ってくれて良いんだぜ? 菜月と付き合わないで欲しいってな」

「っ」

「安心しろ。適当にはしねぇよ。しっかりと断ってやる。お前とは何があっても付き合えないってな」

「蒼!!!」

僕は蒼の言葉で泣いている菜月を想像して、近くにあったクッションを蒼に投げつけた。

しかし、蒼はそれを簡単に受け止めると、変わらない顔で僕を見据える。

「なんだよ。お前が言ったんだろ? 菜月が可哀想ってさ。だから付き合うって言ってんだろ?」

「……」

なんだろう。苦しい。うまく、呼吸が出来ない。

「ま。とは言ってもだ。俺も鬼じゃない。大切な『妹』が嫌なら別れるさ」

「蒼……」

「だからさ。言えよ。嫌なら、な」

僕は噛みしめた唇の痛みからか溢れた涙をそのままに、リビングから出て行く蒼を見送った。



そして翌日。

僕は菜月から蒼と付き合い始めたという話を聞いた。

突然蒼から告白されて嬉しいと、泣き笑いの様な姿で僕に言う。

僕は昨日蒼から聞いた言葉を思い出しながら、泣きそうになる心を抑えて、笑うのだった。

「おめでとう。菜月」

僕が何も言わなければ、菜月はずっと笑っていられる。

僕が笑っていれば。

菜月は、幸せなんだ。

だから僕は笑おう。ずっと……ずっと。
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