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第6話『悪いけど……さ。晄弘と同じ高校には行けないよ』

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時は進み、俺たちは中学二年生となった。

とは言っても、学校が変わる訳でもないし、世界に大きな変化があった訳でも無い。

家族も、学校も、友人も、それほど変化は感じない。

しかし、一つだけ大きな変化を遂げた場所があった。

それは俺たちの所属する野球チームだ。

新たに参加してきた中学一年生が波乱を巻き起こしているのだ。

とは言っても、巻き起こしているのは佐々木和樹君一人だけなのだが。

「納得出来ません。これが身内人事というやつなのですか!?」

「佐々木。お前、意味わかって言ってるか?」

「全然分かりませんが、ズルい事をしているのではないかと訴えています」

「ズルいと言われてもな。大野は去年チームを全国優勝に導いているんだ。エースとして扱うのは当然だと思うが?」

「そんな僕の居ない時代の話をされても困ります。これからの未来を見てください! 監督!」

「未来って言われてもな。お前の成績は言っちゃ悪いが大した成績には見えんぞ?」

「それは、僕が全力で投げられなかったのが、問題なんです。成長途中だからとか何とか言われて!」

「ほー。という事は何か? 今までは手を抜いていたという事か」

「そうは言いませんが……とにかく! 僕はもう十分に成長しましたし! 立花先輩が受けてくれるなら、全力以上を出せるんです! 大野晄弘よりも活躍できます!!」

俺は言い争っている佐々木君と監督を見ながら、一つ考えていた事を口にした。

このまま佐々木君が悪い子で終わるのは俺の望むところではない。

あの冬の日に聞いた彼の言葉を信じるのなら、それなりに自信があるのだろう。

「監督。過去の成績だけで決めるのはどうかと俺も思いますよ」

「アン? なんだ。立花。このクソガキの肩を持つのか」

「はい」

「いや、はい。って、たく。やりにくいな」

「俺や晄弘は去年からレギュラーになりました。なら、佐々木君にもそのチャンスがあるのは当然じゃないですか?」

「まぁ確かにな。言いたい事は分かる。だが、良いんだな?」

「えぇ。俺は構いません。晄弘は頷くか分かりませんけど」

「俺も、構わない。こんな小僧には、負けない」

「ふ、ふふ。言いましたね。大野晄弘! 貴方を玉座から落としてあげますよ!」

「望むところだ」

結局二人は勝負をする事になり、俺は二人の球を受ける事になった。

しかし、こうして改めて見ると、佐々木君だけでなく、晄弘も佐々木君に対抗心を燃やしている様に見える。

もしかしたら、あまり相性が良くないのかもしれない。

そんな事を考えながら試験に臨む。

まずは晄弘だ。

とは言っても毎日の様に受けている球だ。特に今更目新しい何かがある訳じゃない。

チームメイトも相変わらず空を切り裂きながら、轟音と共にグローブへ飛び込む球を見て、冷や汗をかきながら味方で良かった。なんて呟いていた。

いつも通り、特に問題のない感じ。

だったのだが、当の本人はどこか不満げだった。

「どうした?」

「いや、問題ない」

自分の右手を見ながら、悩むように握り締め、近くのベンチへと移動する。

そしてジッとマウンドに立つ佐々木君を見つめていた。

監督がいくつか指示をしていたが、佐々木君は適当にあしらっている様で、監督は怒りながらベンチへと戻っていく。

周囲の空気では、どうせ晄弘が勝つのだろう。という空気だった。

しかしそんな空気は知った事ではないという風に佐々木君は笑顔で俺に向かって手を振っていた。

俺も手を上げ、合図をしてから試験が開始される。

さて、どんな球を放るのか。集中しながら佐々木君のピッチングを待っていた俺は、その投球に驚かされる事になった。

スライダー、シンカー、フォーク。

様々な変化球を投げ、そして極めつけは恐ろしいほどに鋭角な角度で放たれたカーブだ。

打てるか? と言われれば、当然だと返せないくらいにはキレのある球であった。

捕球する度に彼は喜んでいたが、確かにこれだけ変化の激しい球を取るのは難しいだろう。

試合で彼が結果を出せなかった。本気を出せば凄いと言った理由も分かる。

キャッチャーだって、こんな球を本番で出されて、もし捕球に失敗したらと考えれば恐ろしくなってしまうだろう。

一通り投げた佐々木君に監督は止める様に指示し、俺は息を吐きながら走り寄ってくる佐々木君に視線を合わせた。

「す、すごい! 凄いです!! やっぱり立花先輩が僕の運命の人だったんですね!!」

「えっと?」

「全部捕ってもらえたのは、初めてで! 古谷君も、本気の本気は難しいって言ってて! いや古谷君も凄いんですけど! でも、立花先輩は……あー! もう! なんて言ったら良いか分からないな! あの! 僕、嬉しくて! これでレギュラーもエースも僕の物ですね!」

「そっか。期待に応えられたのなら、良かったよ。ただ」

「佐々木和樹」

俺が佐々木君にボールを受けて気づいた事を伝えようとした時、監督が佐々木君の名前を呼びながら近づいてきた。

佐々木君はきっと嬉しい報告が聞けると信じているのだろう。笑顔で監督の言葉を待っているが、監督の顔は厳しい。

「先に結果から伝える。お前はレギュラーとして扱うが、試合はあくまで控えだ」

「……な、なんでですか!! 僕はこれだけの実力があるのに!」

「それはな……立花。伝えてやれ」

「え。俺ですか? でも、監督と同じ気持ちか分かりませんが」

「大丈夫だ。違ってたり、足りなかったら補足する」

「そうですか。なら」

「立花先輩! 先輩も監督と同じ意見なんですか!?」

「うん。同じだよ。俺は君がスタメンとしてマウンドに上がるのは反対だ」

「だ、だって。受けてくれましたよね!? 僕の、全力の全力!」

「受けた。受けたからこそ、分かる。佐々木君は才能に溢れた投手なんだって事が」

「なら」

「だからさ」

俺は一呼吸おいてから、唇をかんで、悔しさを全力で示している顔に苦笑しながら言葉を続ける。

「佐々木君。君の体はまだ未完成だ。君の才能に君の体が付いていけない。全力を出して無茶をすれば取り返しのつかない事になるかもしれない。だから、俺たちは君がスタメンとしてマウンドに上がるのは反対なんだよ」

「なら、全力じゃなければ」

「それじゃ晄弘に勝てないのは、君が一番よく分かっているだろう?」

俺の言葉に佐々木君は俯きながら頷く。

何だかその姿が、綾や陽菜に少し似ていて、俺は親近感を覚えながら、なるべく言葉を優しくしながら想いを伝えた。

「……最後に、一つだけ、聞かせて下さい」

「うん」

「僕と、大野、先輩。どっちが強かったですか?」

「そうだね。俺には佐々木君の方が強いと思ったよ」

「ほん、とうですか?」

「うん。嘘は言わない。俺はね。晄弘の球を多分十回に七回は打てるんだ。三回くらいは場外かな。でも、君の球はまず打てるかも分からない。触れられるか。どうか。うん。そうだね。やっぱり君の方が凄かったかな」

「……っ、へへ。そうですか。なら、良いです! 今は」

「うん」

「でもいずれ。僕は世界一の、最高の投手になるので、その時はまた受けてくれますか?」

「俺で良ければ」

「約束。ですからね」

「うん。約束だ」

新たなチームメイトの佐々木君を加え、俺たちは新しい季節の中で日々を過ごし始めた。

変わっていく世界。変わっていく人々。

でも変わらない世界の中で俺は生きていて、それが心地よくて、それで良いんだとずっと思っていた。

しかし、世界は人はどうやっても変化してゆくしかない。

中学が終わり、高校生へと進学する時になって、俺はその現実に直面する事になる。



中学校卒業の日。

俺は練習も試合もなく、家族とも別れて、晄弘と二人で三年生の教室に来ていた。

黒板には先生からのメッセージが書かれていて、窓の向こうでは各々に別れを惜しむ人たちが校庭で話をしている。

そして俺は、ずっと伝えられなかった事を晄弘に伝える為にここへ呼び出したのだった。

「なんだ。話ってのは。急ぎか?」

「急ぎじゃないけど。中学も最後だし。これからは会うのも難しくなるだろう?」

「いや、まぁ確かに同じクラスになるのは難しいかもしれないが、別に同じ高校に行くんだし」

「悪いけど……さ。晄弘と同じ高校には行けないよ」

「……なに?」

「俺は、山海高校に行く」

「ちょっと待て。倉敷に行くんじゃ無かったのか!? 光佑にも推薦は来てただろ!」

「うん、来てた。でも断ったんだ」

「なんでだ。この辺りじゃ、倉敷が一番設備もしっかりしてるし、チームだって、監督だって良いだろ」

「まぁ、そうなんだけど、さ」

「なら、なんでだ!! 光佑!!」

「遠いんだ。倉敷は。家からは通えない」

「……土日に戻れば良いだろ。少し遠いが、そこまで無茶じゃない」

「……」

何も答えない俺に、晄弘は苛立ったまま壁を蹴った。

それが静まり返った教室で悲しく響き渡る。

「俺は! お前と野球をやりたかった!!」

「でも山海に大野晄弘は勿体ないよ」

「それはお前も同じだろう!! 光佑! いつまで妹たちに、家族に縛られているつもりだ!! いつまで東雲先輩に、囚われているつもりだ!! お前にはお前の人生があるだろう!!」

「俺が、俺の人生を歩めてるのは、家族と東雲先輩のお陰なんだ。何かあった時に、すぐ駆け付けられる場所に居たい」

「……そうか。分かった」

「晄弘」

晄弘は深く溜息を吐いて、窓の外を見ながら再び口を開いた。

手すりを強く握り、不穏な音を響かせながら、それでも強く締め付ける。

「なら! お前が俺と別の道を歩むというのなら、俺はお前を倒して、勝つ」

「新しい高校で、新しい仲間たちと共に、お前を倒す」

「立花光佑。高校の三年間。俺たちは敵同士だ」

晄弘の言葉に俺は小さく分かったとだけ呟いて、話は終わった。

まるで決闘をしている様な空気も、張り詰めた緊張感も全て消えてゆく。

そして、やや緩んだ空気になった晄弘はいつもの様に表情が読めない顔で、俺の方を向いた。

「だから。大学かプロではこんな不意打ちは止めてくれ。何だかんだと言っても、俺はお前と野球をやるのが好きなんだ」

「あぁ……本当に悪かったよ」

「良いさ。だが、大学受験が必要になったら勉強手伝えよ」

「まぁ俺の方が英語は上だし。良いよ」

「たったの三点だろう。それに数学では俺の方が上だ」

「五点しか違わないだろ?」

「ふ」

「あっはっは」

「何だか、安心したよ。まるでこれが最後みたいな気持ちになっていたが、俺たちはきっと変わらない。これからも」

「そうだな」

「まぁ、甲子園にも一度くらいは行けよ。でないとプロになれないかもしれん」

「晄弘は余裕か?」

「当然だ。倉敷は甲子園常連校だし。俺だって今まで以上の力で戦う。負ける要素はない」

「そっか。なら。晄弘の最高の球を場外に飛ばして俺は甲子園に行くよ」

「やれるもんならやってみろ」

俺たちは別れを示すように互いに手を叩きあい、別々の道を歩み始めた。

これまでの日々を背中の向こうに押しやって、ただ前を見て進んでいく。

それが自分で選んだ道だから。
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