さいごの夜 IF

とーふ(代理カナタ)

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さいごの夜 IF

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山の神の生贄にりんが選ばれたと聞き、りんを連れて逃げようとしたのだが、失敗してしまった。

あらゆる状況がりんを永遠の眠りへと向かわせている。

それが歯がゆく、己の無力が憎らしい。

しかし……手段はある。

例え、恨まれても良い。憎まれても良い。

私はりんに生きていて貰いたいのだ。



自宅へと戻り、床下の板をはがして、母から託された父の形見を取り出し、状態を確認する。

……問題ない。

そのギラリと輝く白刃は私の願いを叶える為に、その力を発揮してくれることだろう。

私はそう確信し、再び刀を鞘に納めてから立ち上がろうとして、後ろから聞こえて来た声に振り返りながら刀を逆に振り抜いた。

「征一郎」

「っ!? 村長」

松明を持った男と共に立っていた村長は鋭い目で私を見据えながら、静かに口を開く。

「それを持ってどうするつもりだ」

「りんを救って、この村を出て行きます」

私は刀を構え、そう告げると村長は深くため息を吐いた。

「征一郎。少しは頭が回ると思っていたが、どうやら見込み違いだった様だな」

「……なんと言われようと、私は!」

「それで、村人を皆殺しにでもするつもりか?」

「その様な事は」

「どの道、力でりんを奪おうとすればそうなる。誰だって自分の娘が可愛いのだ。りんが生贄にならねば、次は娘だと必死にお前を止めようとするだろう。そうなれば戦いは免れない」

「ならば、村長はこのままりんが生贄となるのが正しい事だと言うのですか!? こんな儀式に意味なんか無い!」

「そう思っているのはお前たちくらいだ。皆、やはり心のどこかでは恐れている。その恐れを人一人で消せるのなら、安いものだという事だ」

「……っ」

話にならないと、両足に力を入れて刀を握りなおす。

「征一郎。頭を使えと言ったハズだ」

「なにを」

「仮に、だ。お前がりんを連れて村を逃げ出す事が出来たとして、よそ者のお前を他の村が受け入れると思うか? どこの村も余裕はない。最悪はお前が殺され、りんは売られてしまうだろう。あの子は器量も良いし、気が利くからな」

村長はそう言うと、懐から一つの文を取り出して、刀を構えている私の傍に寄り、そのまま押し付ける。

「これは」

「紹介状だ。お前のな」

「私の?」

私は刀を納め、その文を確認する。

「そうだ。腕が立ち、侍として主君の為に命をかける覚悟のある者。出来れば容姿の良いもの。という話もあったが、まぁお前ならば問題無いだろうと思ってな」

降って湧いた話に私が呆然としていると、村長は更に言葉を続ける。

「私が、侍に!?」

「そうだ。先祖代々続く名のある家だが、お前ならば問題無いだろう?」

「しかし、この様な話」

「受けないか。その家の子となれば、りんを娶る事も可能なのだがな」

「っ!」

「りんがそれを望むかは分からんが、何の苦労もさせず大事にしまいこむ事も可能だろう」

私は強く刀を握りしめて、りんの笑顔を想った。

出来ればこの様な形ではなく、別の形で想いを伝えたかった。

しかし……!

「分かりました」

「そうか。ではお前は夜明けと共に山にある地獄谷の近くへと行け……お前が失敗した以上、りんは逃げんだろう。ならば最後のチャンスはそこしかない」

「はい」

「明日、ワシはりんと最後に話をすると言って、地獄谷の近くに向かう。そこでお前はりんを連れて逃げろ。後は、ワシらで谷に岩を落とし、りんの死を偽装する」

「……小太郎は」

「無理だ。お前とりん、そして小太郎まで居なくなれば疑われる」

「っ」

「諦めろ。全てを取る事は出来ん」

「……分かりました」

村長の計画を知った私は翌朝、誰にも見つからぬ時間に山へと向かった。

無論家には遺書を残して、だ。



山で息をひそめていた私は、村長たちの声を聴きながら合図の時を待っていた。

そして、その合図と同時に草むらと飛び出してりんの前に出る。

「……っ! 征一郎さん! どうして!」

「りんと共に旅立つ為だ」

「そんな……! いけません! 征一郎さんには、未来が」

「ならば! なら、その未来を、私と共に生きて欲しい」

「……え?」

「村長とも話はついている。りん。君はここで死んだ事になる。そして、それは私もだ」

「……」

「共に村を出て、外の世界で暮らそう。りん。私はずっと昔から貴女を想ってきたのだ。どうか。この手を取って欲しい」

「ですが、外の世界はそれほど容易くは無いでしょう。それでも征一郎さんは行くと?」

「あぁ」

「……村長。小太郎は」

「無論約束は果たそう。小太郎は我が家で引き取る。死なせはせんよ」

私と村長の言葉にりんは静かに目を閉じて考えている様だった。

その姿に私は祈る様に自分の服を強く握りしめる。

「分かりました。不束者ですが、どうぞ、よろしくお願いします」

「りん……!」

私は胸の奥からこみ上げて来た歓喜に、思わずりんを抱きしめて、一筋の涙を零してしまった。

おぞましい話から変わってしまった私たちの日常だが、たどり着いた場所は、私が望んでいた世界だ。

「……では、村長」

「あぁ。後はやっておこう。もはや同じ世界で生きる事は出来ないが、健やかに生きて行け。りん。征一郎」

「はい!」

「ありがとうございます。村長」

そして、私とりんがその場を離れ、少ししてから大きな音が響き、村長が岩を崖下に落としたのだという事が分かった。

だが、もはや私たちは振り返る事なく進んでゆく。

新しい世界へと。



山を降りて無事街道へと出た私たちは、街道の途中にあった茶屋で休みながら今後について話をしていた。

「では、征一郎さんはそのままお侍様になるのですね」

「あぁ。それで……りん。君は」

「私はどうしましょうか」

「……ん?」

「どこか雇って下さるお店があれば良いのですが」

「ちょっと待ってくれ? りん」

「はい……なんでしょうか」

「いや、私は確か、共に生きて欲しいと願い。りんも頷いてくれたと思っていたのだが」

「えぇ。そうですね。確かに頷きました」

「では、りんが働く必要は無いだろう……?」

「え?」

「ん?」

私の言葉にりんは酷く不思議そうな顔で首を傾げた。

「りんと私は夫婦になった。そうだな?」

「いえ? 姉弟になったのでは?」

「何故だ!!」

「何故と言われましても、私の方が生まれは早いですから」

「いや、そうではなく! 私はりんに求婚し、りんも受けてくれたではないか!」

「……覚えがありませんね」

「りん!」

私の絶叫にりんは心底不思議そうな顔をしていたが、そういえばと私はこの時点で思い出していた。

りんは色事に酷く疎いのだ。

「む。むむ? 取り込み中失礼」

「え? あ、はい」

「私はこの街道を歩いた先の国で食事処を営んでいる者なのだが、貴女の美しさに心を奪われた! どうか、私の店で働いては下さいませんか!? そして、後々は」

「ならんならん!」

「お主には聞いておらぬわ。私はこちらのお嬢さんに聞いている。そもそも話を聞いていれば、お主は振られたのであろう?」

「まだ振られておらぬわ!」

私が突如現れた間男を牽制していると、りんが私の袖を引き、話をさせて欲しいと示す。

「あの。働き口の紹介との事ですが。詳しくお話を聞いても?」

「あぁ。無論だとも! 私は山城の国で食事処を営んでいるのだが、看板娘がおらず、難儀していたのだ! そこで、貴女を見つけた! しかも話を聞けば仕事を探しているという。そこで、こうして声をかけたという訳だ!」

「そうでしたか」

「りん。働く必要などないぞ。私が居るではないか」

「しつこい男だな。働くも働かざるも決めるのはりんさんだろう。お主ではない」

「それは、そうだが、いやしかし!」

私が何とか反論をしようとしている間にりんは頷いてしまうのだった。

「おぉ、ありがたい!」

「これからよろしくお願いしますね」

りんは頭を下げて、話を進めるが、私はその姿にどうしようもない焦燥感を覚えてしまう。

「りん……!」

「大丈夫ですよ。征一郎さん。私たち同じ町に住むのですから。また共に生きてゆく事が出来ます」

「いや、それはそうなんだがな!?」

結局、りんはそれからその食事処で働く事になり、数年後成長した小太郎がその町に来るまで、私たちが結婚する事は叶わなかったのである。
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