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第6話『みんなで分かち合っていきましょう。幸せを』
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裕子の妊娠発覚から大分時間が経ち、そのお腹が目に見えて大きくなってきたころ、いよいよ大人たちは落ち着かなくなっていたが、子供たちはそんな大人とは違い、現在の様子に興味津々であった。
今ちょうど十歳くらいの子供たちにとっては、妊婦というものを初めて見るのだ。
しかもあの温和な野中先生の優しい奥さんが、お母さんになるのだという。
普段自分たちが接している母親というのが、怒りに身を任せ拳を振り下ろすモンスターの様な存在であるのに対し、裕子は穏やかで自分たちの話もしっかり聞いてくれて、なんかいい匂いがする優しいお姉さんだ。
これからあのモンスターに変貌すると聞かされれば動揺もする。
どの様に変わってしまうのか、思わず観察をしたくなってしまうのも仕方のない事だろう。
更に言うのであれば、優しい野中先生も父親になってしまうのだという。
子供たちにとって父親というのは何かあると怒鳴りつけて来て、言い訳などなにも聞かず拳を振り下ろすモンスターである。
何かやらかしても、しっかり話を聞いてくれて、一方的に叱りつけるのではなく、駄目な所、良い所をちゃんと見てくれるあの優しい野中先生もそんな風に変わってしまうのか。と子供たちは戦々恐々としていた。
しかし、どれだけお腹が大きくなろうと、二人は変わらない。
家に行けば歓迎してくれるし、頼めばお腹も触らせてくれる。
ましろと一緒に遊んでいるだけで感謝されて、何か良い事をしたら褒めてくれる。
ずっと変わらず子供たちの大好きな野中先生と裕子さんのままだった。
むしろ、この二人こそが正しい姿で、両親がおかしいのでは? と思い、ある家では父親に話してみたが、返ってきたのは拳であった。
父親というものは不器用なのだ。
言葉を並び立てるより、行動で示す事を良しとしてしまう悲しい生き物なのだ。
それゆえ愛の拳が降ってきてしまうのは致し方無い事であった。
そして父親は語る。
「あのなぁ。俺がおかしいんじゃなくて、センセが凄いんだぞ? 俺だってガキの頃は親父にぶん殴られて成長したもんだ。諦めろ。ウチはずっとこれだ」
なんという悲劇だろうか。
子供たちは父親が野中先生になるという夢を捨てなくてはいけなかった。
しかしまだ諦めてはいない。子供たちは母親に夢を託して挑戦した。
だが、返ってきたのはやはり拳であった。
「アホ言ってないで勉強しな。裕子ちゃんが特別なんだよ。こっちが普通。そもそも野中さん家はましろちゃんも、誠さんも裕子さんの為にって色々手伝ってくれてんだよ? ウチはどうだい。アンタらは私にぜーんぶ任せっきりで、甘えさせろとはよく言ったもんだよ」
このあまりにもその通り過ぎる正論には子供も、父親も言葉を失ってしまった。
無論この言葉が出てきた後、父はあくまで自主的に、母の体を労わるべく様々な手伝いをしていたが、おそらく今回の件とは関係ないだろう。
そして現実を知った子供は遊び歩いてばかりいないで少しは家の手伝いもしようと思い立つのだった。
しかし、子供にしても父にしても母の手伝いなど三日ほどで終わり、また普段通りの生活に戻ってしまったというのは言うまでもない事であった。
己の現実という物を知った子供たちは、あくまで他所の世界の事という視点で新しい命が生まれるという出来事を受け止める事にした。
夢は大きい程良いが、現実的でない夢は今の自分を苦しめるだけだと知ったのである。これは大きな成長だ。
そして、それと同時に現実的な話としてこの小さな村に新しい命が生まれるという事の意味を子供たちなりに考えていた。
言うまでもない事だが、子供が生まれるという事は、自分たちよりも年下の子供ができるという事だ。
それは今まで自分たちが兄の世代から受けていた事を、今度は自分たちが出来るという事である。
弟だからと、遊びに付いていけず、妹だからと放置される。
たまに良い事もあるが、思い返せば殆どが年下というのを理由にして抑えつけられてばかりであったように子供たちは考えていた。
しかしこれからは自分たちが逆の立場になるのだ。それなら、きっと……。
「ふふ。みんな、ありがとう。この子が生まれたら面倒みてあげて下さいね。お兄ちゃん。お姉ちゃん」
否!
否である!
あの暴虐な兄、姉と自分たちは違う。
子供たちは今まさに目覚めようとしていた。
新しく生まれてくる命は、きっと裕子の様にか弱く、野中先生の様に細く、繊細であろう。
ならば、護らねばならぬ。
自分たちは年上の姉になるのだ。兄になるのだと。子供たちは燃え上がった。
布団の上で上半身を起こしながら、体を冷やさないようにと寝巻に上着を羽織って、穏やかに微笑んでいる裕子へ我先にと駆け寄り言葉を放つ。
「まかせて! 裕子さん!」
「僕達が面倒みるよ!」
「野中先生と裕子さんの子供だもん。ぜったい可愛いよ。私に任せて!」
「あらあら。生まれる前から大人気ですね」
そんな子供たちに紛れて、ましろも手をピッと上にあげて宣言する。
「私も立派にお姉ちゃんやるよ!」
「えー。ましろちゃんは難しいんじゃない?」
「なにー!? 私だって出来るよ! だって、お姉ちゃんになるんだもん!」
「アハハ。ましろちゃんってば可愛いね。大丈夫。ましろちゃんも一緒に面倒みてあげるよ」
「えぇ!? 私は違うよ!?」
ましろの抗議に、子供たちや裕子は笑い、ましろは不満そうな顔をしたが、すぐに彼女たちと同じ様に笑った。
誰もが笑っている。
それがましろにとっては何よりも大事なことなのだ。
ならば、今この状況は何よりも嬉しいものだ……と、そう考えたのである。
「おや。賑やかだねぇ」
「大岡さん! こんにちは!」
「あぁ、こんにちは。今日も元気だねぇ」
不意に庭先に現れた大岡はましろや子供たちと挨拶を交わしつつ、ゆっくりと縁側に座り込んだ。
そして持っていた袋を近くの子供に手渡すとみんなで食べなと言い、いつの間にかましろが入れてきた冷たいお茶を口にする。
「大岡さん。すみません。この様な恰好で」
「気にするんじゃないよ。アタシの相手なんざするのにかしこまる必要はないさ。それにこの場で一番大事にしなきゃいけないのは、誰だい? 答えてみな。お前たち」
「「「裕子さん!」」」
「と、まぁ。こういう事だ。子供らの好意は素直に受け取るんだね」
「ありがとうございます。みんなも、ありがとうね」
「カッハッハ。真面目だねぇ。裕子。お前はもっと我儘に生きる方がいい。世界は椅子の奪い合いだよ。譲ってばっかりじゃいつかバカを見る事になるね」
「ふふ。ご忠告ありがとうございます。でも、私は一個の椅子を分け合える人と出会えましたので」
「そうかい。まったく損する性格だよ。アンタも、野中先生もね」
「それでも私たちはその小さな幸せが何よりも嬉しいですから」
「あぁ、そうか……まぁそこまで言うんならアタシから言う事は何もないよ。家族で楽しくやりな」
「それは違いますよ。大岡さん」
「アン?」
「私の幸せは誠さんやましろちゃん。そして生まれてくるこの子の四人だけじゃありません。こうして家に遊びに来てくれる子供たちや何かと手伝ってくれる人たち。それに、たまに様子を見に来てくれる大岡さんの様な方と共にある事で満たされるものなんです。ですから、みんなで分かち合っていきましょう。幸せを」
「ふっ、ハハハ。そうか。まったく。お前はよく似ているよ。アタシの母親にね。そこまで言うんならお前の幸せも味合わせてもらうよ」
「ありがとうございます。大岡さん」
「だから幸せになりな。アタシらの為にね」
「はい!」
子供たちにはよく分からなかったし、ましろにはもっとよく分からなかったが、楽しそうに笑う裕子と大岡を見て、何だかよく分からないが、おはぎが美味しいという気持ちになるのだった。
そして、一個を素晴らしい速さで完食した子供たちは残る三つのおはぎを狙ってじゃんけん大会を始めるのだが、それはまた別の話。
今ちょうど十歳くらいの子供たちにとっては、妊婦というものを初めて見るのだ。
しかもあの温和な野中先生の優しい奥さんが、お母さんになるのだという。
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これからあのモンスターに変貌すると聞かされれば動揺もする。
どの様に変わってしまうのか、思わず観察をしたくなってしまうのも仕方のない事だろう。
更に言うのであれば、優しい野中先生も父親になってしまうのだという。
子供たちにとって父親というのは何かあると怒鳴りつけて来て、言い訳などなにも聞かず拳を振り下ろすモンスターである。
何かやらかしても、しっかり話を聞いてくれて、一方的に叱りつけるのではなく、駄目な所、良い所をちゃんと見てくれるあの優しい野中先生もそんな風に変わってしまうのか。と子供たちは戦々恐々としていた。
しかし、どれだけお腹が大きくなろうと、二人は変わらない。
家に行けば歓迎してくれるし、頼めばお腹も触らせてくれる。
ましろと一緒に遊んでいるだけで感謝されて、何か良い事をしたら褒めてくれる。
ずっと変わらず子供たちの大好きな野中先生と裕子さんのままだった。
むしろ、この二人こそが正しい姿で、両親がおかしいのでは? と思い、ある家では父親に話してみたが、返ってきたのは拳であった。
父親というものは不器用なのだ。
言葉を並び立てるより、行動で示す事を良しとしてしまう悲しい生き物なのだ。
それゆえ愛の拳が降ってきてしまうのは致し方無い事であった。
そして父親は語る。
「あのなぁ。俺がおかしいんじゃなくて、センセが凄いんだぞ? 俺だってガキの頃は親父にぶん殴られて成長したもんだ。諦めろ。ウチはずっとこれだ」
なんという悲劇だろうか。
子供たちは父親が野中先生になるという夢を捨てなくてはいけなかった。
しかしまだ諦めてはいない。子供たちは母親に夢を託して挑戦した。
だが、返ってきたのはやはり拳であった。
「アホ言ってないで勉強しな。裕子ちゃんが特別なんだよ。こっちが普通。そもそも野中さん家はましろちゃんも、誠さんも裕子さんの為にって色々手伝ってくれてんだよ? ウチはどうだい。アンタらは私にぜーんぶ任せっきりで、甘えさせろとはよく言ったもんだよ」
このあまりにもその通り過ぎる正論には子供も、父親も言葉を失ってしまった。
無論この言葉が出てきた後、父はあくまで自主的に、母の体を労わるべく様々な手伝いをしていたが、おそらく今回の件とは関係ないだろう。
そして現実を知った子供は遊び歩いてばかりいないで少しは家の手伝いもしようと思い立つのだった。
しかし、子供にしても父にしても母の手伝いなど三日ほどで終わり、また普段通りの生活に戻ってしまったというのは言うまでもない事であった。
己の現実という物を知った子供たちは、あくまで他所の世界の事という視点で新しい命が生まれるという出来事を受け止める事にした。
夢は大きい程良いが、現実的でない夢は今の自分を苦しめるだけだと知ったのである。これは大きな成長だ。
そして、それと同時に現実的な話としてこの小さな村に新しい命が生まれるという事の意味を子供たちなりに考えていた。
言うまでもない事だが、子供が生まれるという事は、自分たちよりも年下の子供ができるという事だ。
それは今まで自分たちが兄の世代から受けていた事を、今度は自分たちが出来るという事である。
弟だからと、遊びに付いていけず、妹だからと放置される。
たまに良い事もあるが、思い返せば殆どが年下というのを理由にして抑えつけられてばかりであったように子供たちは考えていた。
しかしこれからは自分たちが逆の立場になるのだ。それなら、きっと……。
「ふふ。みんな、ありがとう。この子が生まれたら面倒みてあげて下さいね。お兄ちゃん。お姉ちゃん」
否!
否である!
あの暴虐な兄、姉と自分たちは違う。
子供たちは今まさに目覚めようとしていた。
新しく生まれてくる命は、きっと裕子の様にか弱く、野中先生の様に細く、繊細であろう。
ならば、護らねばならぬ。
自分たちは年上の姉になるのだ。兄になるのだと。子供たちは燃え上がった。
布団の上で上半身を起こしながら、体を冷やさないようにと寝巻に上着を羽織って、穏やかに微笑んでいる裕子へ我先にと駆け寄り言葉を放つ。
「まかせて! 裕子さん!」
「僕達が面倒みるよ!」
「野中先生と裕子さんの子供だもん。ぜったい可愛いよ。私に任せて!」
「あらあら。生まれる前から大人気ですね」
そんな子供たちに紛れて、ましろも手をピッと上にあげて宣言する。
「私も立派にお姉ちゃんやるよ!」
「えー。ましろちゃんは難しいんじゃない?」
「なにー!? 私だって出来るよ! だって、お姉ちゃんになるんだもん!」
「アハハ。ましろちゃんってば可愛いね。大丈夫。ましろちゃんも一緒に面倒みてあげるよ」
「えぇ!? 私は違うよ!?」
ましろの抗議に、子供たちや裕子は笑い、ましろは不満そうな顔をしたが、すぐに彼女たちと同じ様に笑った。
誰もが笑っている。
それがましろにとっては何よりも大事なことなのだ。
ならば、今この状況は何よりも嬉しいものだ……と、そう考えたのである。
「おや。賑やかだねぇ」
「大岡さん! こんにちは!」
「あぁ、こんにちは。今日も元気だねぇ」
不意に庭先に現れた大岡はましろや子供たちと挨拶を交わしつつ、ゆっくりと縁側に座り込んだ。
そして持っていた袋を近くの子供に手渡すとみんなで食べなと言い、いつの間にかましろが入れてきた冷たいお茶を口にする。
「大岡さん。すみません。この様な恰好で」
「気にするんじゃないよ。アタシの相手なんざするのにかしこまる必要はないさ。それにこの場で一番大事にしなきゃいけないのは、誰だい? 答えてみな。お前たち」
「「「裕子さん!」」」
「と、まぁ。こういう事だ。子供らの好意は素直に受け取るんだね」
「ありがとうございます。みんなも、ありがとうね」
「カッハッハ。真面目だねぇ。裕子。お前はもっと我儘に生きる方がいい。世界は椅子の奪い合いだよ。譲ってばっかりじゃいつかバカを見る事になるね」
「ふふ。ご忠告ありがとうございます。でも、私は一個の椅子を分け合える人と出会えましたので」
「そうかい。まったく損する性格だよ。アンタも、野中先生もね」
「それでも私たちはその小さな幸せが何よりも嬉しいですから」
「あぁ、そうか……まぁそこまで言うんならアタシから言う事は何もないよ。家族で楽しくやりな」
「それは違いますよ。大岡さん」
「アン?」
「私の幸せは誠さんやましろちゃん。そして生まれてくるこの子の四人だけじゃありません。こうして家に遊びに来てくれる子供たちや何かと手伝ってくれる人たち。それに、たまに様子を見に来てくれる大岡さんの様な方と共にある事で満たされるものなんです。ですから、みんなで分かち合っていきましょう。幸せを」
「ふっ、ハハハ。そうか。まったく。お前はよく似ているよ。アタシの母親にね。そこまで言うんならお前の幸せも味合わせてもらうよ」
「ありがとうございます。大岡さん」
「だから幸せになりな。アタシらの為にね」
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子供たちにはよく分からなかったし、ましろにはもっとよく分からなかったが、楽しそうに笑う裕子と大岡を見て、何だかよく分からないが、おはぎが美味しいという気持ちになるのだった。
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