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第3話『備えろ。何かは必ず起こる』
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ましろが野中家に来てから月日を重ね、ましろは大きく成長していた……訳ではないが、日々を楽しく過ごしていた。
そしてゆっくりとではあるが、ましろの存在は野中家を中心として横倉村の中に広まっていった。
無論それは裕子のお手伝い作戦もあるが、それ以上にましろが出歩いている時に人助けを重ねていたからという事も大きい。
近所のお婆さんが道端で重い物を持っていたから手伝った、とか。
田んぼで倒れているお爺さんをましろが発見し、翼を広げてお爺さんを駐在所まで運んだ、とか。
道端で転び、怪我をして泣いている子供の怪我を不思議な力で治した、とか。
一つずつ挙げていけばキリがない程の善行を積み重ねてきたましろの事を横倉村の住民は温かく受け入れたのである。
無論それは善行だけでなく、ましろの屈託のない笑顔であったり、ましろが野中家にお世話になっているからというのも理由に含まれるだろう。
野中家が関わっている以上、ましろの善行に何か裏があると考える人間は横倉村には居なかった。
ただ……そう。善人で有名な野中夫婦に子供の様な天使が舞い降りたらしいという噂が流れただけだ。
その様な噂が流れた原因はましろが空を飛んでいたり、不思議な力を使っていたりする事が原因なのだが、些細な事だ。
天使の様に愛らしい子が、本当に天使だった。ただそれだけの話だろう。
まぁ、もしこの話が外部に漏れれば面倒な事が起きるかもしれないが、その様な事をする人間は横倉村には居ない。
ここが閉鎖的な村社会であるという事もあるが、この村が好きだと言ってくれる野中家の人々に悪意ある行動をしようだなんて思う人間は居ない。ただそれだけの話なのだ。
しかし、それはそれとして、現在横倉村では野中家の知らない所で秘密裏の会合があり、一つの話しあいが行われていた。
そして村の中心辺りに向かって宵闇の中を隠れるように動くオジサンも、その話し合いに参加する予定であった。
「よし。ターゲットは風呂に入った。もう外出する事は無いだろう」
「偵察ご苦労。ところで、笹田。覗いてないだろうな」
「の、覗きなんてする訳無いだろう!? ましろちゃんと裕子さんの声がしたんだぞ! そんな事をする奴が居たらその目をくり抜いてやるところだ!」
「うむ。良い覚悟だ。しかし親子仲が良いとは良い事だな。中村さん。例の件はどうだい?」
「まるで駄目だなァ。情報なしだ。捜索願どころか、ましろちゃんの様な子を見たっていう目撃証言すらないぞ」
「うーむ。という事は野中先生の所に突然現れたという事か? 確か学校で会ったんだろう? なら、誰か目撃している子がいるんじゃないか? 先生方はどうだ?」
「子供の間でもましろちゃんの噂は飛び交ってますけどね。野中先生の所に行くより前の情報はありませんよ。勿論私たち教師も同じです」
「そうか……どうするか悩ましいな。いっそこのまま放置が正解なんじゃないかと思わなくもないが」
「今は良いと思うよ。いっそ野中さんの所で引き取って子供にでもするのが一番だろうさ。でもね。何も起きないだろうって考えるのは早計じゃないかい? 起きて欲しくない事ほど、起きるもんだよ」
「流石大岡さん。大戦の経験者は説得力が違うな」
「どんな時も備えは必要だっていう教えさ。こんな田舎でもね。爆弾は落ちてきたし、アタシの母親だってアタシを庇って機銃に殺されたんだよ。備えろ。何が起きても良いように。ましろちゃんはただ天使の様に愛らしい子じゃない。不思議な力を持ってる。空を飛ぶことだって出来る。海の向こうじゃましろちゃんみたいな子を崇めてる連中だって居るんだろ? そいつらに見つかった時、どうなるか。それを考えるんだ。言っちゃ悪いが野中さん達はお人好しが過ぎる。悪意と戦えるのは悪を知る者だけだ。アタシらがあの子たちを護る必要がある。分かるね? 政府は信用できない。奴らは侵略者共に尻尾を振る事しか考えていないんだ。家族が友人が恋人が沢山殺されたってのに、媚を売る事しか出来ん。そんな奴らにましろちゃん達を任せて見ろ。次に機銃でバラバラにされるのは野中さん夫婦かもしれんぞ」
部屋の最奥に座っていた大岡と呼ばれた女性の言葉に、この場にいた全員がその言葉の未来を想像して、冷や汗をかきながら息を呑み、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。
そして、周囲の反応を見ながら大岡は続けて言葉を落とす。
何度も、同じ言葉を繰り返し、その意味を全員に伝えてゆく。
「備えろ。何かは必ず起こる。その時に何も出来ず、ただ嘆くだけの者になるか、何か行動出来るかは今に掛かっている。分かったな?」
大岡の言葉にこの場に居た老若男女問わず、全員が静かに頷いた。
起こるかもしれない波乱に備えて、皆出来る事をするつもりだった。
そして、昨晩そんな会合が行われていたとはまるで知らない野中家では今日も呑気にご飯を食べながら一日の計画を話していた。
「今日はねー。向こうの山の方に美月ちゃんと一緒に行くんだー」
「そうなんですね。冒険ですか?」
「ううん。今日はお花を取りに行くの。お母さんの具合が悪いって言うから。ましろもお手伝い」
「そうですか。それは良いですね。ただし。危ない事はしない事。何かあったらすぐに近くの大人に助けを求めること。良いですね?」
「はーい! 気を付けます!」
元気よく手を挙げながらましろは返事をして、ご飯の続きを食べ始める。
そして、全て食べ終わってから台所まで食器を運び、元気よく家を飛び出すのだった。
野中家から少し離れた所にある飯塚美月という子の家まで、楽しそうに歌を歌いながら歩くましろに通りすがる人たちは声を掛けてゆき、ましろも笑顔のまま挨拶と軽い世間話をするのだった。
「おや、ましろちゃん。おはよう。今日も元気だね」
「大岡さん! おはようございます! うん! ましろは今日も元気だよ!」
「ハハハ。それは良い事だ。子供は元気じゃないとね」
「大岡さんは? 何処か行くならお手伝いするよ?」
「アタシの事は気にしなくて良いんだよ。今日は美月ちゃんのお手伝いをするんだろう? そっちの方が重要さ」
「うん……でも、大丈夫?」
「ましろちゃんは優しいね。なに。アタシが片足失くしたのなんてずっと昔だよ。それからずっとこうして杖で歩いてきたのさ。大した事じゃない。最近は義足も出来が良いからね」
「……ましろにもっと力があれば、大岡さんの足も治せるし、裕子さんや美月ちゃんのお母さんの病気だって治せるのにね」
「それは過ぎた願いさ。アタシも、裕子さんも久美子さんも、この宿命を背負って生きてきたんだよ。負けるもんかってね。だから、今この状態でアタシなんだよ。だからましろちゃんが背負わなくてもいい。勿論、その優しさは嬉しいけどね」
「……うん」
「どれ。アタシからとっておきの飴をあげようじゃないか。これはアタシの子供の頃に大好きだった飴さ」
「わぁー。綺麗な飴! ありがとう! 大岡さん!」
「べっこう飴っていうんだ。美月ちゃんと一緒に食べると良い。さぁ、行きな。アタシはもう少し散歩してから帰るからね」
「うん。分かった! じゃあ、またね! 何かあったら大人の人を呼んでね!」
「あぁ。分かったよー」
ましろは元気よく手を振りながら大岡と別れ、ズンズンと道を突き進んでゆく。
そして、美月の家にたどり着いたましろは相変わらず大きな声で名前を呼びながら、美月を呼び出し、二人で山へ向かうのだった。
そしてどれだけ持って帰るかという二人の話し合いで、両手いっぱい抱えきれない程の花を持って帰ろうと提案したのはましろだった。
その理由としては一輪の花でさえ、とても嬉しい気持ちになるのだから、それを両手いっぱいに持って帰ったらもっと嬉しいに違いないという、それは状況によるだろうとしか言えない提案であったが、美月はそんなましろの自信満々な様子に流され、頷いてしまった。
結果として、あまりにも多くの花を摘んで歩く二人はフラフラとふらつきながら美月の家へ戻る事となった。
無論その様子を見ていた周囲の大人たちは様々な手伝いを申し入れ、最終的には軽トラの荷台に括りつけ、家まで運搬する事となったのである。
あまりにも多くの花を見た久美子は驚き、喜び、二人を抱きしめながらありがとうとお礼を言った。
が、しかし当然ではあるが、こんなにも大量の花を置いておく事など不可能だ。
だから一輪だけ受け取り、後は村のみんなに分けてあげて。と二人を次なる任務に送り出すのだった。
そして花の配達人となった二人はそれから村の中を走り回り、多くの人にほんの少しの安らぎと一輪の花を届けるのだった。
そしてゆっくりとではあるが、ましろの存在は野中家を中心として横倉村の中に広まっていった。
無論それは裕子のお手伝い作戦もあるが、それ以上にましろが出歩いている時に人助けを重ねていたからという事も大きい。
近所のお婆さんが道端で重い物を持っていたから手伝った、とか。
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無論それは善行だけでなく、ましろの屈託のない笑顔であったり、ましろが野中家にお世話になっているからというのも理由に含まれるだろう。
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ただ……そう。善人で有名な野中夫婦に子供の様な天使が舞い降りたらしいという噂が流れただけだ。
その様な噂が流れた原因はましろが空を飛んでいたり、不思議な力を使っていたりする事が原因なのだが、些細な事だ。
天使の様に愛らしい子が、本当に天使だった。ただそれだけの話だろう。
まぁ、もしこの話が外部に漏れれば面倒な事が起きるかもしれないが、その様な事をする人間は横倉村には居ない。
ここが閉鎖的な村社会であるという事もあるが、この村が好きだと言ってくれる野中家の人々に悪意ある行動をしようだなんて思う人間は居ない。ただそれだけの話なのだ。
しかし、それはそれとして、現在横倉村では野中家の知らない所で秘密裏の会合があり、一つの話しあいが行われていた。
そして村の中心辺りに向かって宵闇の中を隠れるように動くオジサンも、その話し合いに参加する予定であった。
「よし。ターゲットは風呂に入った。もう外出する事は無いだろう」
「偵察ご苦労。ところで、笹田。覗いてないだろうな」
「の、覗きなんてする訳無いだろう!? ましろちゃんと裕子さんの声がしたんだぞ! そんな事をする奴が居たらその目をくり抜いてやるところだ!」
「うむ。良い覚悟だ。しかし親子仲が良いとは良い事だな。中村さん。例の件はどうだい?」
「まるで駄目だなァ。情報なしだ。捜索願どころか、ましろちゃんの様な子を見たっていう目撃証言すらないぞ」
「うーむ。という事は野中先生の所に突然現れたという事か? 確か学校で会ったんだろう? なら、誰か目撃している子がいるんじゃないか? 先生方はどうだ?」
「子供の間でもましろちゃんの噂は飛び交ってますけどね。野中先生の所に行くより前の情報はありませんよ。勿論私たち教師も同じです」
「そうか……どうするか悩ましいな。いっそこのまま放置が正解なんじゃないかと思わなくもないが」
「今は良いと思うよ。いっそ野中さんの所で引き取って子供にでもするのが一番だろうさ。でもね。何も起きないだろうって考えるのは早計じゃないかい? 起きて欲しくない事ほど、起きるもんだよ」
「流石大岡さん。大戦の経験者は説得力が違うな」
「どんな時も備えは必要だっていう教えさ。こんな田舎でもね。爆弾は落ちてきたし、アタシの母親だってアタシを庇って機銃に殺されたんだよ。備えろ。何が起きても良いように。ましろちゃんはただ天使の様に愛らしい子じゃない。不思議な力を持ってる。空を飛ぶことだって出来る。海の向こうじゃましろちゃんみたいな子を崇めてる連中だって居るんだろ? そいつらに見つかった時、どうなるか。それを考えるんだ。言っちゃ悪いが野中さん達はお人好しが過ぎる。悪意と戦えるのは悪を知る者だけだ。アタシらがあの子たちを護る必要がある。分かるね? 政府は信用できない。奴らは侵略者共に尻尾を振る事しか考えていないんだ。家族が友人が恋人が沢山殺されたってのに、媚を売る事しか出来ん。そんな奴らにましろちゃん達を任せて見ろ。次に機銃でバラバラにされるのは野中さん夫婦かもしれんぞ」
部屋の最奥に座っていた大岡と呼ばれた女性の言葉に、この場にいた全員がその言葉の未来を想像して、冷や汗をかきながら息を呑み、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。
そして、周囲の反応を見ながら大岡は続けて言葉を落とす。
何度も、同じ言葉を繰り返し、その意味を全員に伝えてゆく。
「備えろ。何かは必ず起こる。その時に何も出来ず、ただ嘆くだけの者になるか、何か行動出来るかは今に掛かっている。分かったな?」
大岡の言葉にこの場に居た老若男女問わず、全員が静かに頷いた。
起こるかもしれない波乱に備えて、皆出来る事をするつもりだった。
そして、昨晩そんな会合が行われていたとはまるで知らない野中家では今日も呑気にご飯を食べながら一日の計画を話していた。
「今日はねー。向こうの山の方に美月ちゃんと一緒に行くんだー」
「そうなんですね。冒険ですか?」
「ううん。今日はお花を取りに行くの。お母さんの具合が悪いって言うから。ましろもお手伝い」
「そうですか。それは良いですね。ただし。危ない事はしない事。何かあったらすぐに近くの大人に助けを求めること。良いですね?」
「はーい! 気を付けます!」
元気よく手を挙げながらましろは返事をして、ご飯の続きを食べ始める。
そして、全て食べ終わってから台所まで食器を運び、元気よく家を飛び出すのだった。
野中家から少し離れた所にある飯塚美月という子の家まで、楽しそうに歌を歌いながら歩くましろに通りすがる人たちは声を掛けてゆき、ましろも笑顔のまま挨拶と軽い世間話をするのだった。
「おや、ましろちゃん。おはよう。今日も元気だね」
「大岡さん! おはようございます! うん! ましろは今日も元気だよ!」
「ハハハ。それは良い事だ。子供は元気じゃないとね」
「大岡さんは? 何処か行くならお手伝いするよ?」
「アタシの事は気にしなくて良いんだよ。今日は美月ちゃんのお手伝いをするんだろう? そっちの方が重要さ」
「うん……でも、大丈夫?」
「ましろちゃんは優しいね。なに。アタシが片足失くしたのなんてずっと昔だよ。それからずっとこうして杖で歩いてきたのさ。大した事じゃない。最近は義足も出来が良いからね」
「……ましろにもっと力があれば、大岡さんの足も治せるし、裕子さんや美月ちゃんのお母さんの病気だって治せるのにね」
「それは過ぎた願いさ。アタシも、裕子さんも久美子さんも、この宿命を背負って生きてきたんだよ。負けるもんかってね。だから、今この状態でアタシなんだよ。だからましろちゃんが背負わなくてもいい。勿論、その優しさは嬉しいけどね」
「……うん」
「どれ。アタシからとっておきの飴をあげようじゃないか。これはアタシの子供の頃に大好きだった飴さ」
「わぁー。綺麗な飴! ありがとう! 大岡さん!」
「べっこう飴っていうんだ。美月ちゃんと一緒に食べると良い。さぁ、行きな。アタシはもう少し散歩してから帰るからね」
「うん。分かった! じゃあ、またね! 何かあったら大人の人を呼んでね!」
「あぁ。分かったよー」
ましろは元気よく手を振りながら大岡と別れ、ズンズンと道を突き進んでゆく。
そして、美月の家にたどり着いたましろは相変わらず大きな声で名前を呼びながら、美月を呼び出し、二人で山へ向かうのだった。
そしてどれだけ持って帰るかという二人の話し合いで、両手いっぱい抱えきれない程の花を持って帰ろうと提案したのはましろだった。
その理由としては一輪の花でさえ、とても嬉しい気持ちになるのだから、それを両手いっぱいに持って帰ったらもっと嬉しいに違いないという、それは状況によるだろうとしか言えない提案であったが、美月はそんなましろの自信満々な様子に流され、頷いてしまった。
結果として、あまりにも多くの花を摘んで歩く二人はフラフラとふらつきながら美月の家へ戻る事となった。
無論その様子を見ていた周囲の大人たちは様々な手伝いを申し入れ、最終的には軽トラの荷台に括りつけ、家まで運搬する事となったのである。
あまりにも多くの花を見た久美子は驚き、喜び、二人を抱きしめながらありがとうとお礼を言った。
が、しかし当然ではあるが、こんなにも大量の花を置いておく事など不可能だ。
だから一輪だけ受け取り、後は村のみんなに分けてあげて。と二人を次なる任務に送り出すのだった。
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