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第10話『夢咲陽菜と繋がっていれば、光佑さんもその先に居る』
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僕は録画された映像を見ながら目を細め、カップに入れた飲み物を一口飲む。
そして意を決して再生ボタンを押した。
【真・鬼ごっこ! IN 廃校!】
そうタイトルに紹介され、僕を含めた逃げるターゲットの情報がサラサラと画面に表示される。
それに対して画面の出演者がこの子はどうだ、コイツはどうなる等の適当な評価を入れている。
見ているだけで偉そうに色々と言えるのも、また一種の才能なんだろうな。と画面を見ながら僕は関心していた。
だが、今重要なのはそこじゃない。彼女が初めからここに参加していたのかどうか。だ。
しかし、やはりと言うべきか。この中に彼女は映っていなかった。
そして、次に鬼が紹介されていく。
僕はその中の人物を一人一人見てゆくが、やはり彼女も、アイツも映ってはいなかった。
という事は、彼らはどうにかしてあの場所へ入り込んだのだろう。願いの力とやらを使って。
そこまでして、欲しかったのか?
何処までが計画なんだ。
苛立ったような気持ちが奥から湧き上がるが、何とか噛み殺して、気持ちを抑え込む。
僕はチラリとパソコンの近くに置かれた小型テレビの画面を見て思わず出てしまいそうな舌打ちを抑えつつ、映像を確認してゆく。
ルールが簡単に説明され、始まった鬼ごっこは何てこともない普通のバラエティー番組として進行していった。
誰々が見つかったとか、追い詰めたが、逃げられてしまったとか。
それなりに見どころも多く、ハラハラとさせられる事も多い。
初めて見たが、なるほど。面白い番組だなと勉強させられる事も多いくらいだ。
そして終了の三時間前になって、特別ゲスト扱いで光佑さんが鬼として参加する事になった。
光佑さんは参加して早々に、外壁から二階に上り、その行動を目撃して呆然としているアイドルの一人を捕まえた。
しかも、アイドル側の要求があったとは言え、手を取り、捕まえましたよ。お嬢さん。なんてやらせていた。
光佑さんに何をやらせているのか。
腹立たしい。
……いやいや落ち着け。本題はそこじゃない。
僕は何とか荒ぶる心を落ち着けながら、映像を見続けた。
それからなるべく女性アイドルには無理に触れようとせず、緩やかに追い詰め、投降して貰う様な作戦で次々と捕まえていた光佑さんだったが、ある時にふと教室の前で立ち止まり中を凝視して動かなくなった。
「ここだ……!」
確証は無いが、僕はようやく探していたシーンを見つけられたかと画面を止め、ズームにしたり、動かしたりしたが、中は良く見えない。
ただ、何かと光佑さんが会話をしているのは分かった。
そして、次の瞬間、光佑さんは弾かれた様に走り出し屋上へと向かう。
この時点でカメラは何か異常を察知したのか屋上へとカメラを回しており、そこにはフラフラと壊れたフェンスに向かって歩いていく山瀬佳織が映っていた。
足取りは夢を見ている人の様に不確かで、やや不安を煽る様な動きだ。
同じ事をスタッフも気づいたのか、屋上へ誰か行けと、校庭にマットを急げと、騒いでいる声が響いていた。
しかし、何もかも間に合わない。
山瀬佳織の足は既に屋上の端に来ており、身を投げ出すのはもはや止められないと、誰もが思っただろう。
女性スタッフの悲鳴も残っているくらい場は恐怖に震えていた。
その瞬間、屋上の扉が爆発したかの様な勢いで開き、中から光佑さんが飛び出してきた。
そして何の迷いもなく山瀬佳織の元へ向かうと、その体を抱きしめて、左手一本でフェンスを掴みギリギリの所で山瀬佳織を支えていた。
それを見たスタッフたちは急いで下にマットを用意するが、既に限界以上を支えているフェンスはそこまで長い時間耐える事が出来ず、嫌な音を立てながら山瀬佳織と光佑さんを空中に投げ出してしまった。
今度こそ終わりだ。
無理だ。
だってもう彼の体は空中に投げ出されているのだから。
しかし、そうならないのが光佑さんだ。
光佑さんは落ちていく過程で壁を蹴り、位置を調整すると雨どいのパイプを足で踏み壊しながら衝撃を少しずつ消してゆく。
勢いよく落ちてゆく光佑さんの周りでは、汚れた水と埃と破片が舞い散り、その衝撃の凄まじさを画面越しにだが伝えていた。
そして何とかマットが近くに来ていることを察知した光佑さんが飛びますとだけ短く言い、また壁を蹴ってマットの方に身を投げた。
空中で回転しながら山瀬佳織を下から抱きしめ、自分が下になる様に調整して勢いよくマットの上に落ちるのだった。
映像からは二人の無事を確かめる様な声や、祈る様な声が響く。
しかし、多くの人がマットに集まる前に、光佑さんは上着を勢いよく脱ぐと、それを山瀬佳織に被せ、叫んだ。
『心配かけて申し訳ない! 俺たちはどちらも無事です! ただ、彼女は酷く水に濡れている状態だ。出来れば女性のスタッフを呼んでいただきたい』
そして光佑さんの要望通り、やや遅れてから大きなタオルを持った女性スタッフが数人やってきて、山瀬佳織を連れて行った。
その時、光佑さんに抱きかかえられていた山瀬佳織が、いつまでも光佑さんに縋りつくように腕を握っていたのを僕は見逃してはいない。
この女……。
それから心配そうに光佑さんに駆け寄る人、二人の無事を喜ぶ人の声でこの動画は終わっていた。
確証は無かった。無かったが、何となく何があったか想像する事は容易かった。
「どうやら対価は貰えそうにないか」
「勝手に人の部屋に入るな。警察に突き出すぞ」
「これは申し訳ない」
「何の用だ。僕はお前なんかに用は無い」
「嫌われたもんだ」
「僕は、目の前で大切な人の命をお前に奪われたんだ。そんな奴をニコニコ笑って出迎える訳が無いだろ」
「確かに」
「それに。別にお前に聞かなくても何が起こったかよく理解したよ」
「ほぅ。ではせっかくここまで来ましたし。サービスとして正解か、間違いか。だけ答えてあげようか」
「……お前の言う、寿命とはその人の肉体の寿命ではなく、魂の寿命とでもいうものなんだろう? 運命とでも言えば良いのかな。そしてその価値は、おそらく世界へ与える影響度だ。魂の価値とそれが世界に与える事の出来る時間。そう考えれば、あの状況は全て納得がいく。何で僕らの救出が五年だったのか。とかね」
僕は一つ深く呼吸をしてから続けて考えていたことを並べてゆく。
「ずっと考えていた。あの山で、何故山瀬佳織がわざわざ願いを使い夢咲陽菜を消そうとしたのかと。確かに山瀬佳織にとって夢咲陽菜は邪魔な存在だろう。しかし、山瀬佳織はそこまで悪党だとは思えない。一応父親は普通だしな。そう考えると芸能界から消えて欲しい。くらいで願いは済むはずだ。しかし何故それを願わなかったのか」
「発想の逆転だ。願わなかったのではなく、願えなかったのではないか。そう。願いの代償。魂の寿命だ。これが限界に達していたのでは無いだろうか。例えば他の事に願いを使っていて、既にそれを願うだけの寿命が残っていなかったとかね」
「そして、魂の寿命が尽きればいくら肉体が無事でも運命が彼女を殺そうとするだろう。だから彼女は夢咲陽菜を消すという曖昧な願いを叶えようとした。命を奪うでも芸能界から追い出すでもなく、ただこの場から消えろと。しかしあそこは山だ。その願いは命を奪う願いと同等。その結果、彼女だけが見つからず、三日遭難する事になったって訳だ」
「助かった理由は娘には甘い父親が寿命を使ったとかだろう。しかし、命を多少足した所で運命は既に決まっていた。その事実を光佑さんに伝えたんだろう!? そして自らの足で死へ向かう彼女を救う為に、光佑さんはその運命を覆すべく行動した!」
「例え自分勝手な願いの代価だろうと目の前で消えていく命を光佑さんが見捨てられるわけが無いからな! だからこその救出劇! そして!」
僕は怒りのままにテレビを叩き、その映像を天野に見せつけた。
「その結果がこれだ!!」
画面には互いに睨み合っているウチの事務所の社長と山瀬耕作が座っている。
さらに奥には青い顔をした夢咲陽菜の事務所の社長が座っており、完全に委縮していた。
『別に演者を寄越せと言っている訳じゃない。ただマネージャーを一人移籍させたいと言っているだけだ。それをこんな。生放送などと大袈裟な事にするとはな』
『お言葉ですけど。貴方が娘さんの為だと言いながら強引な事をしてきたから、こうやって対談の場を作っているのでしょう?』
『フン。娘の命の恩人が不当な扱いをされていると聞けば、誰だって強引な手段の一つくらいは取るだろう!』
『不当だなんて、言いがかりは止めてください!』
『ほぅ。聞くところによれば、マネージャー業だけでなく私生活も世話させ、メンタルケアまでさせて、さらにはテレビにも出させているというのに、給料は他のバイトと同じ雀の涙と聞く。それが不当ではないとはな!』
『それは、彼がそれ以上は貰えないと……』
『本人が要らないと言っているのだから。と言うのがそちらの理屈か? まだ若い青年の善意を利用し、金を稼ぐやり方が正当だと。そういう理屈か? 反吐が出るな!』
正直、世論は山瀬耕作の味方だ。
流石の役者だよ。こっちが後手に回っている間に一瞬で世間の心を掴んでしまった。
今更僕が戦いに行った所で、太刀打ちは出来ないだろう。
唯一ウチの事務所で戦えるのはお父さんかお母さんくらいだが、二人とも海外での仕事で帰れない。
このまま戦い続けた所でこっちの事務所が悪徳事務所だと評判を下げられるだけだ。
それに、あのオッサンの言っている事が全て真実というのが、また質が悪い。
そして、おそらくその情報を流したのは……。
「天野。お前が山瀬耕作に光佑さんの情報を流したな?」
「さて、どうだったかな。覚えてないね」
「……例えば、ここで僕がお前に寿命を渡すと言えば、何年で光佑さんは僕のマネージャーのままでいられる」
「残念ながら不可能だよ。天王寺颯真」
「そうか……!」
悔しさで歯を食いしばるが、どうにも出来ない現実が目の前にあるだけだった。
このままいけば、僕は、兄の様な人であった光佑さんを失う。
「しかし、希望はまだ完全に消えた訳じゃない」
「なに?」
僕は無言のままテレビを指さす天野の動きを追う様に、テレビへ視線を向けた。
そこでは、夢咲陽菜の事務所の社長が青い顔をしたまま発言をしていた。
『あ、あのですね。立花さんですが、本業のマネージャーが出来ない理由にですね。夢咲陽菜さんを支える事を主軸にしているからというものがありまして……! また、彼自身まだ大学生ですし、多くの時間は要求出来ないという話もありまして』
『その大学生を勉学ではなく、労働で使っている人間がよく言う。それに、夢咲陽菜さんにも本業のマネージャーが既にいるだろう。立花君である必要はないはずだ』
『いえ、そういう事では無くですね。立花さんが事務所に所属している理由は夢咲陽菜さんがいるから。なんですね。そして夢咲陽菜さんも同じく立花さんが居るから芸能界に居ると常々仰っているんです』
『……』
『山瀬さんも、今夢咲陽菜さんを失うリスクはよく分かるでしょう?』
『そうだな。彼女を失うのは惜しい』
『なら』
『だが、そういう事なら、余計に立花君と夢咲陽菜さんの負担は減らすべきだろう。二人はこの国の将来を担う人材なのだ。共に我が事務所で引き受ける!』
『そ、そんな! それは。今、夢咲陽菜はウチのアイドルとして』
『しかし、今世間からそのユニットは批判されているな。夢咲陽菜さんの才能を活かしきれていないと。そしてそれはユニットとして共にある飯塚美月さんの魅力も消してしまっているのではないか? いったい君たちはいつまで宝を放置し、それを改善して欲しいと訴える善良な人々の声を無視するつもりだ?』
その言葉は強く叩きつけられた。
何も言い返せず、項垂れてしまった夢咲陽菜の事務所の社長を見ながら僕は考えていた。
確かに、まだ希望はある。
「夢咲陽菜と繋がっていれば、光佑さんもその先に居る」
「……どうやら気づいたようだな。じゃあ、俺はそろそろ行くとしようか」
「待て! 最初の質問の答えを聞いて無いぞ!」
「あぁ。そう言えば、そんな話をしていたな。じゃあ答えようか。半分正解で、半分間違いだ。もっとよく人を見ると良い。表面だけでは分からない事もある」
「待っ」
止めようとした僕の手を振り切って、天野は何処かへ消えてしまった。
そしてこの日から数日後、光佑さんは別の事務所へ移動する事になり、僕はまた木村さんと二人の生活に戻ってしまった。
しかし、まだ夢咲陽菜が居る限り、繋がっている。
それがあれば今は良い。
それで良いのだ。
【陽菜ちゃんと美月ちゃん移籍かぁー。それで、どうなるん?】
【方針は発表されたけど、レギュラー番組は変わらず、より二人の魅力が出せる様な番組にもどんどん出演して貰うってさ】
【実際バックがデカくなったら手も広がるし、これはマジで陽菜ちゃん世界へルートも見えてきたな】
【そう考えると今回の事件、本当に大ニュースだったんだな】
【山瀬もマネージャーを寄こせとかいう訳の分からん要求してるなと思ってたが、本命はこっちか】
【そら、陽菜ちゃんがお兄ちゃん大好きなのは周知の事実だったしな。将を射んとする者はまず馬を射よって奴だ】
【海老で鯛を釣るってか? これは山瀬が釣り上手すぎたって話だな。まぁ俺らにも得が多いし良いけど】
【え? 立花光佑を海老とか言ってる奴が居るってマジ?】
【無知って本当に怖いな】
【はぁー? いや、陽菜ちゃんに比べれば立花光佑は誰それ状態だろ。最近は顔が良いとかでちょいちょいテレビ出始めて来たけどさ。別にそんな有名人じゃないだろ。陽菜ちゃんの兄じゃなかったら注目されてないんじゃね?】
【最近夢咲陽菜オタクになった奴って知らないの? そもそも夢咲陽菜が有名になった切っ掛けが立花光佑だからね?】
【古今東西アイドル発掘隊っつー番組で、夢咲陽菜が出て、そこに立花光佑を兄として呼んだからこの子は何者だ。って大騒ぎになったんだがなぁ】
【そもそも立花光佑って誰】
【元高校球児。あの時点で、下手すると世界最強の高校生だった男。なお、故障によりプロの道は断念している】
【大野って知ってるだろ。まぁテレビで聞かない日は無いし。知ってると思うが、その大野のライバルで、唯一勝てなかった男だぞ】
【佐々木……】
【佐々木はもう高三の時に決着ついただろ。佐々木の負けや】
【え? 俺は佐々木の勝ちだと思ってたわ。名門に行ってるくせに弱小率いてる佐々木に追い詰められてる時点でさ】
【はいはい。その話は荒れるからやるなら専用の所でやれ】
【まぁ色々伝説があるけど、とにかく野球知ってる人間なら誰でも知ってるレベルの人だな】
【マジで? なんで、そんな人がマネージャーなんてやってるの】
【それはサッパリ。天才の考える事は分からん】
【それは陽菜ちゃんが妹だからでは?】
【注:二人は血が繋がってません】
【マジで!? 初耳なんだが】
【いや、名字見れば分かるだろ】
【芸名か何かかと、本名は立花陽菜って言うんだろうなーって適当に考えてた】
【まぁ、芸能人だしな。ちなみに陽菜ちゃんのお母さんは判明してるぞ】
【夢咲里菜。デザイナーとして有名な人らしい。ずっと海外暮らしで、忙しいし、陽菜ちゃんが寂しい想いをしない様にって立花家に預けてたんだってさ】
【娘より仕事か。いや、まぁ金がないとどうにも出来んしな。理解はするが、納得は難しいな】
【それを受け入れる立花家もどうなってんだ。見知らぬ人の子を育てるって、大変だろ】
【それは、そう。ただ、夢咲里菜の方を調べると過去のインタビューで幼い頃からずっと一緒だった幼馴染が結婚したって話とか、子供を産んだって話とか、自分の子供と同じ年の子が生まれたとか、あの子(多分陽菜ちゃん)と本当の兄妹みたいで嬉しいとか、コメント言ってるらしいから、多分この幼馴染さんが引き取ってくれたんだろ】
【どんな聖人やねん】
【まぁ金は貰ってるだろうし。むしろ二人も三人も変わらないのでは?】
【変わるだろ。子育てやったことないのか? 負担が倍増どころの騒ぎじゃねぇわ】
【でもおかしくねぇか? 陽菜ちゃんが野球の時、大野とか佐々木を呼んだのってお姉ちゃんの友達だから呼べたんだろ。お姉ちゃんって誰だよ】
【佐々木がよく叫んでる紗理奈って子じゃないの? 大野は一緒に連れてった子が居たろ。あの子がお姉ちゃんでは】
【いや、誰】
【夢咲里菜は陽菜ちゃんしか生んでないしな】
【その二人もなんか事情があって立花家の聖人さんが引き取ったのでは?】
【そんな事あり得るの?】
【まぁ無いとも言えない。ただ理解を超えた人間である事は確か】
【ますます謎が深まるな立花家】
【……今気づいたんだが、現時点で分かっている立花家の関係者って、聖人さん、立花光佑、陽菜ちゃん。そのお姉さんズと妹ちゃんだが、大野と佐々木がお姉さんズと結婚したら、大変な事になるな!】
【将来性の塊みたいな存在になりそう】
【いっそ怖いわ】
そして意を決して再生ボタンを押した。
【真・鬼ごっこ! IN 廃校!】
そうタイトルに紹介され、僕を含めた逃げるターゲットの情報がサラサラと画面に表示される。
それに対して画面の出演者がこの子はどうだ、コイツはどうなる等の適当な評価を入れている。
見ているだけで偉そうに色々と言えるのも、また一種の才能なんだろうな。と画面を見ながら僕は関心していた。
だが、今重要なのはそこじゃない。彼女が初めからここに参加していたのかどうか。だ。
しかし、やはりと言うべきか。この中に彼女は映っていなかった。
そして、次に鬼が紹介されていく。
僕はその中の人物を一人一人見てゆくが、やはり彼女も、アイツも映ってはいなかった。
という事は、彼らはどうにかしてあの場所へ入り込んだのだろう。願いの力とやらを使って。
そこまでして、欲しかったのか?
何処までが計画なんだ。
苛立ったような気持ちが奥から湧き上がるが、何とか噛み殺して、気持ちを抑え込む。
僕はチラリとパソコンの近くに置かれた小型テレビの画面を見て思わず出てしまいそうな舌打ちを抑えつつ、映像を確認してゆく。
ルールが簡単に説明され、始まった鬼ごっこは何てこともない普通のバラエティー番組として進行していった。
誰々が見つかったとか、追い詰めたが、逃げられてしまったとか。
それなりに見どころも多く、ハラハラとさせられる事も多い。
初めて見たが、なるほど。面白い番組だなと勉強させられる事も多いくらいだ。
そして終了の三時間前になって、特別ゲスト扱いで光佑さんが鬼として参加する事になった。
光佑さんは参加して早々に、外壁から二階に上り、その行動を目撃して呆然としているアイドルの一人を捕まえた。
しかも、アイドル側の要求があったとは言え、手を取り、捕まえましたよ。お嬢さん。なんてやらせていた。
光佑さんに何をやらせているのか。
腹立たしい。
……いやいや落ち着け。本題はそこじゃない。
僕は何とか荒ぶる心を落ち着けながら、映像を見続けた。
それからなるべく女性アイドルには無理に触れようとせず、緩やかに追い詰め、投降して貰う様な作戦で次々と捕まえていた光佑さんだったが、ある時にふと教室の前で立ち止まり中を凝視して動かなくなった。
「ここだ……!」
確証は無いが、僕はようやく探していたシーンを見つけられたかと画面を止め、ズームにしたり、動かしたりしたが、中は良く見えない。
ただ、何かと光佑さんが会話をしているのは分かった。
そして、次の瞬間、光佑さんは弾かれた様に走り出し屋上へと向かう。
この時点でカメラは何か異常を察知したのか屋上へとカメラを回しており、そこにはフラフラと壊れたフェンスに向かって歩いていく山瀬佳織が映っていた。
足取りは夢を見ている人の様に不確かで、やや不安を煽る様な動きだ。
同じ事をスタッフも気づいたのか、屋上へ誰か行けと、校庭にマットを急げと、騒いでいる声が響いていた。
しかし、何もかも間に合わない。
山瀬佳織の足は既に屋上の端に来ており、身を投げ出すのはもはや止められないと、誰もが思っただろう。
女性スタッフの悲鳴も残っているくらい場は恐怖に震えていた。
その瞬間、屋上の扉が爆発したかの様な勢いで開き、中から光佑さんが飛び出してきた。
そして何の迷いもなく山瀬佳織の元へ向かうと、その体を抱きしめて、左手一本でフェンスを掴みギリギリの所で山瀬佳織を支えていた。
それを見たスタッフたちは急いで下にマットを用意するが、既に限界以上を支えているフェンスはそこまで長い時間耐える事が出来ず、嫌な音を立てながら山瀬佳織と光佑さんを空中に投げ出してしまった。
今度こそ終わりだ。
無理だ。
だってもう彼の体は空中に投げ出されているのだから。
しかし、そうならないのが光佑さんだ。
光佑さんは落ちていく過程で壁を蹴り、位置を調整すると雨どいのパイプを足で踏み壊しながら衝撃を少しずつ消してゆく。
勢いよく落ちてゆく光佑さんの周りでは、汚れた水と埃と破片が舞い散り、その衝撃の凄まじさを画面越しにだが伝えていた。
そして何とかマットが近くに来ていることを察知した光佑さんが飛びますとだけ短く言い、また壁を蹴ってマットの方に身を投げた。
空中で回転しながら山瀬佳織を下から抱きしめ、自分が下になる様に調整して勢いよくマットの上に落ちるのだった。
映像からは二人の無事を確かめる様な声や、祈る様な声が響く。
しかし、多くの人がマットに集まる前に、光佑さんは上着を勢いよく脱ぐと、それを山瀬佳織に被せ、叫んだ。
『心配かけて申し訳ない! 俺たちはどちらも無事です! ただ、彼女は酷く水に濡れている状態だ。出来れば女性のスタッフを呼んでいただきたい』
そして光佑さんの要望通り、やや遅れてから大きなタオルを持った女性スタッフが数人やってきて、山瀬佳織を連れて行った。
その時、光佑さんに抱きかかえられていた山瀬佳織が、いつまでも光佑さんに縋りつくように腕を握っていたのを僕は見逃してはいない。
この女……。
それから心配そうに光佑さんに駆け寄る人、二人の無事を喜ぶ人の声でこの動画は終わっていた。
確証は無かった。無かったが、何となく何があったか想像する事は容易かった。
「どうやら対価は貰えそうにないか」
「勝手に人の部屋に入るな。警察に突き出すぞ」
「これは申し訳ない」
「何の用だ。僕はお前なんかに用は無い」
「嫌われたもんだ」
「僕は、目の前で大切な人の命をお前に奪われたんだ。そんな奴をニコニコ笑って出迎える訳が無いだろ」
「確かに」
「それに。別にお前に聞かなくても何が起こったかよく理解したよ」
「ほぅ。ではせっかくここまで来ましたし。サービスとして正解か、間違いか。だけ答えてあげようか」
「……お前の言う、寿命とはその人の肉体の寿命ではなく、魂の寿命とでもいうものなんだろう? 運命とでも言えば良いのかな。そしてその価値は、おそらく世界へ与える影響度だ。魂の価値とそれが世界に与える事の出来る時間。そう考えれば、あの状況は全て納得がいく。何で僕らの救出が五年だったのか。とかね」
僕は一つ深く呼吸をしてから続けて考えていたことを並べてゆく。
「ずっと考えていた。あの山で、何故山瀬佳織がわざわざ願いを使い夢咲陽菜を消そうとしたのかと。確かに山瀬佳織にとって夢咲陽菜は邪魔な存在だろう。しかし、山瀬佳織はそこまで悪党だとは思えない。一応父親は普通だしな。そう考えると芸能界から消えて欲しい。くらいで願いは済むはずだ。しかし何故それを願わなかったのか」
「発想の逆転だ。願わなかったのではなく、願えなかったのではないか。そう。願いの代償。魂の寿命だ。これが限界に達していたのでは無いだろうか。例えば他の事に願いを使っていて、既にそれを願うだけの寿命が残っていなかったとかね」
「そして、魂の寿命が尽きればいくら肉体が無事でも運命が彼女を殺そうとするだろう。だから彼女は夢咲陽菜を消すという曖昧な願いを叶えようとした。命を奪うでも芸能界から追い出すでもなく、ただこの場から消えろと。しかしあそこは山だ。その願いは命を奪う願いと同等。その結果、彼女だけが見つからず、三日遭難する事になったって訳だ」
「助かった理由は娘には甘い父親が寿命を使ったとかだろう。しかし、命を多少足した所で運命は既に決まっていた。その事実を光佑さんに伝えたんだろう!? そして自らの足で死へ向かう彼女を救う為に、光佑さんはその運命を覆すべく行動した!」
「例え自分勝手な願いの代価だろうと目の前で消えていく命を光佑さんが見捨てられるわけが無いからな! だからこその救出劇! そして!」
僕は怒りのままにテレビを叩き、その映像を天野に見せつけた。
「その結果がこれだ!!」
画面には互いに睨み合っているウチの事務所の社長と山瀬耕作が座っている。
さらに奥には青い顔をした夢咲陽菜の事務所の社長が座っており、完全に委縮していた。
『別に演者を寄越せと言っている訳じゃない。ただマネージャーを一人移籍させたいと言っているだけだ。それをこんな。生放送などと大袈裟な事にするとはな』
『お言葉ですけど。貴方が娘さんの為だと言いながら強引な事をしてきたから、こうやって対談の場を作っているのでしょう?』
『フン。娘の命の恩人が不当な扱いをされていると聞けば、誰だって強引な手段の一つくらいは取るだろう!』
『不当だなんて、言いがかりは止めてください!』
『ほぅ。聞くところによれば、マネージャー業だけでなく私生活も世話させ、メンタルケアまでさせて、さらにはテレビにも出させているというのに、給料は他のバイトと同じ雀の涙と聞く。それが不当ではないとはな!』
『それは、彼がそれ以上は貰えないと……』
『本人が要らないと言っているのだから。と言うのがそちらの理屈か? まだ若い青年の善意を利用し、金を稼ぐやり方が正当だと。そういう理屈か? 反吐が出るな!』
正直、世論は山瀬耕作の味方だ。
流石の役者だよ。こっちが後手に回っている間に一瞬で世間の心を掴んでしまった。
今更僕が戦いに行った所で、太刀打ちは出来ないだろう。
唯一ウチの事務所で戦えるのはお父さんかお母さんくらいだが、二人とも海外での仕事で帰れない。
このまま戦い続けた所でこっちの事務所が悪徳事務所だと評判を下げられるだけだ。
それに、あのオッサンの言っている事が全て真実というのが、また質が悪い。
そして、おそらくその情報を流したのは……。
「天野。お前が山瀬耕作に光佑さんの情報を流したな?」
「さて、どうだったかな。覚えてないね」
「……例えば、ここで僕がお前に寿命を渡すと言えば、何年で光佑さんは僕のマネージャーのままでいられる」
「残念ながら不可能だよ。天王寺颯真」
「そうか……!」
悔しさで歯を食いしばるが、どうにも出来ない現実が目の前にあるだけだった。
このままいけば、僕は、兄の様な人であった光佑さんを失う。
「しかし、希望はまだ完全に消えた訳じゃない」
「なに?」
僕は無言のままテレビを指さす天野の動きを追う様に、テレビへ視線を向けた。
そこでは、夢咲陽菜の事務所の社長が青い顔をしたまま発言をしていた。
『あ、あのですね。立花さんですが、本業のマネージャーが出来ない理由にですね。夢咲陽菜さんを支える事を主軸にしているからというものがありまして……! また、彼自身まだ大学生ですし、多くの時間は要求出来ないという話もありまして』
『その大学生を勉学ではなく、労働で使っている人間がよく言う。それに、夢咲陽菜さんにも本業のマネージャーが既にいるだろう。立花君である必要はないはずだ』
『いえ、そういう事では無くですね。立花さんが事務所に所属している理由は夢咲陽菜さんがいるから。なんですね。そして夢咲陽菜さんも同じく立花さんが居るから芸能界に居ると常々仰っているんです』
『……』
『山瀬さんも、今夢咲陽菜さんを失うリスクはよく分かるでしょう?』
『そうだな。彼女を失うのは惜しい』
『なら』
『だが、そういう事なら、余計に立花君と夢咲陽菜さんの負担は減らすべきだろう。二人はこの国の将来を担う人材なのだ。共に我が事務所で引き受ける!』
『そ、そんな! それは。今、夢咲陽菜はウチのアイドルとして』
『しかし、今世間からそのユニットは批判されているな。夢咲陽菜さんの才能を活かしきれていないと。そしてそれはユニットとして共にある飯塚美月さんの魅力も消してしまっているのではないか? いったい君たちはいつまで宝を放置し、それを改善して欲しいと訴える善良な人々の声を無視するつもりだ?』
その言葉は強く叩きつけられた。
何も言い返せず、項垂れてしまった夢咲陽菜の事務所の社長を見ながら僕は考えていた。
確かに、まだ希望はある。
「夢咲陽菜と繋がっていれば、光佑さんもその先に居る」
「……どうやら気づいたようだな。じゃあ、俺はそろそろ行くとしようか」
「待て! 最初の質問の答えを聞いて無いぞ!」
「あぁ。そう言えば、そんな話をしていたな。じゃあ答えようか。半分正解で、半分間違いだ。もっとよく人を見ると良い。表面だけでは分からない事もある」
「待っ」
止めようとした僕の手を振り切って、天野は何処かへ消えてしまった。
そしてこの日から数日後、光佑さんは別の事務所へ移動する事になり、僕はまた木村さんと二人の生活に戻ってしまった。
しかし、まだ夢咲陽菜が居る限り、繋がっている。
それがあれば今は良い。
それで良いのだ。
【陽菜ちゃんと美月ちゃん移籍かぁー。それで、どうなるん?】
【方針は発表されたけど、レギュラー番組は変わらず、より二人の魅力が出せる様な番組にもどんどん出演して貰うってさ】
【実際バックがデカくなったら手も広がるし、これはマジで陽菜ちゃん世界へルートも見えてきたな】
【そう考えると今回の事件、本当に大ニュースだったんだな】
【山瀬もマネージャーを寄こせとかいう訳の分からん要求してるなと思ってたが、本命はこっちか】
【そら、陽菜ちゃんがお兄ちゃん大好きなのは周知の事実だったしな。将を射んとする者はまず馬を射よって奴だ】
【海老で鯛を釣るってか? これは山瀬が釣り上手すぎたって話だな。まぁ俺らにも得が多いし良いけど】
【え? 立花光佑を海老とか言ってる奴が居るってマジ?】
【無知って本当に怖いな】
【はぁー? いや、陽菜ちゃんに比べれば立花光佑は誰それ状態だろ。最近は顔が良いとかでちょいちょいテレビ出始めて来たけどさ。別にそんな有名人じゃないだろ。陽菜ちゃんの兄じゃなかったら注目されてないんじゃね?】
【最近夢咲陽菜オタクになった奴って知らないの? そもそも夢咲陽菜が有名になった切っ掛けが立花光佑だからね?】
【古今東西アイドル発掘隊っつー番組で、夢咲陽菜が出て、そこに立花光佑を兄として呼んだからこの子は何者だ。って大騒ぎになったんだがなぁ】
【そもそも立花光佑って誰】
【元高校球児。あの時点で、下手すると世界最強の高校生だった男。なお、故障によりプロの道は断念している】
【大野って知ってるだろ。まぁテレビで聞かない日は無いし。知ってると思うが、その大野のライバルで、唯一勝てなかった男だぞ】
【佐々木……】
【佐々木はもう高三の時に決着ついただろ。佐々木の負けや】
【え? 俺は佐々木の勝ちだと思ってたわ。名門に行ってるくせに弱小率いてる佐々木に追い詰められてる時点でさ】
【はいはい。その話は荒れるからやるなら専用の所でやれ】
【まぁ色々伝説があるけど、とにかく野球知ってる人間なら誰でも知ってるレベルの人だな】
【マジで? なんで、そんな人がマネージャーなんてやってるの】
【それはサッパリ。天才の考える事は分からん】
【それは陽菜ちゃんが妹だからでは?】
【注:二人は血が繋がってません】
【マジで!? 初耳なんだが】
【いや、名字見れば分かるだろ】
【芸名か何かかと、本名は立花陽菜って言うんだろうなーって適当に考えてた】
【まぁ、芸能人だしな。ちなみに陽菜ちゃんのお母さんは判明してるぞ】
【夢咲里菜。デザイナーとして有名な人らしい。ずっと海外暮らしで、忙しいし、陽菜ちゃんが寂しい想いをしない様にって立花家に預けてたんだってさ】
【娘より仕事か。いや、まぁ金がないとどうにも出来んしな。理解はするが、納得は難しいな】
【それを受け入れる立花家もどうなってんだ。見知らぬ人の子を育てるって、大変だろ】
【それは、そう。ただ、夢咲里菜の方を調べると過去のインタビューで幼い頃からずっと一緒だった幼馴染が結婚したって話とか、子供を産んだって話とか、自分の子供と同じ年の子が生まれたとか、あの子(多分陽菜ちゃん)と本当の兄妹みたいで嬉しいとか、コメント言ってるらしいから、多分この幼馴染さんが引き取ってくれたんだろ】
【どんな聖人やねん】
【まぁ金は貰ってるだろうし。むしろ二人も三人も変わらないのでは?】
【変わるだろ。子育てやったことないのか? 負担が倍増どころの騒ぎじゃねぇわ】
【でもおかしくねぇか? 陽菜ちゃんが野球の時、大野とか佐々木を呼んだのってお姉ちゃんの友達だから呼べたんだろ。お姉ちゃんって誰だよ】
【佐々木がよく叫んでる紗理奈って子じゃないの? 大野は一緒に連れてった子が居たろ。あの子がお姉ちゃんでは】
【いや、誰】
【夢咲里菜は陽菜ちゃんしか生んでないしな】
【その二人もなんか事情があって立花家の聖人さんが引き取ったのでは?】
【そんな事あり得るの?】
【まぁ無いとも言えない。ただ理解を超えた人間である事は確か】
【ますます謎が深まるな立花家】
【……今気づいたんだが、現時点で分かっている立花家の関係者って、聖人さん、立花光佑、陽菜ちゃん。そのお姉さんズと妹ちゃんだが、大野と佐々木がお姉さんズと結婚したら、大変な事になるな!】
【将来性の塊みたいな存在になりそう】
【いっそ怖いわ】
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