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第3話『ハッハッハ。想定通りだ』

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僕は当たり前の様に、大丈夫だ。出来ると言った夢咲陽菜に目線を鋭く向けながら笑う。

そしてそんな夢咲陽菜の態度に、最初に声をあげたのは山瀬佳織だった。

「こんな短時間で? ですが、いくら全て覚えたとしても、演技をするならば」

山瀬の言葉を遮るように、夢咲陽菜は台本をマネージャーの女性に預け、目を閉じながら言葉を紡ぎ始める。

「『見て。ほら、見て陰人。凄いでしょ。これがアイドルだよ』」

「『これが、アイドル?』」

「『そう、ラーララララー。どう? お姉ちゃんもアイドルに見えたかな?』」

「『うん! 凄い! 凄いや!』」

「『えへへ』」

話しながら、実際に動きながら、緩やかに世界へと溶け込み、撮影用に作られた舞台へと舞う様に進んでいく夢咲陽菜。

そして、観客である僕たちに向けて、『藤田陽花』の様な柔らかい笑顔を浮かべながら、堂々と言った。

「私、アイドルになる」

先ほどまで演技であったものが溶け込んで、夢咲陽菜ではなく、主人公藤田陽花の姿となって言葉を発していた。

夢咲陽菜が台本を読めた時間は、長く見積もっても三十分というところだろう。

それであれだけ仕上げてきている。

これが夢咲陽菜か。

「……あり得ない」

「なら、やってみれば良いんじゃないですか?」

「え?」

「実際に撮影してみましょう。それで分かる。そうですよね? 夢咲陽菜さん」

「うん。そうだね。天王寺颯真くん」

舞台の上で不敵に笑う女を、僕は笑顔のまま睨みつけた。

気に入らない女だ。

気に入らない。

「こんな事って……」

「ふむ。どうやら山瀬さんはよほど夢咲陽菜の演技が気になっている様だ。であれば、先に貴女とのシーンから撮れば良い。そして目の前で見せつけてください。役者のプライド。実力って奴を、ね」

「……っ!」

「じゃあ、僕は向こうにいるんで。出番になったら教えてくださいね」

僕は湧き上がる闘争心を何とか表に出さない様に抑えながら、舞台から離れた場所に置いた椅子に座る。

腕を組みながら、夢咲陽菜を加えた状態での撮影を頭の中に描いた。

「天王寺さん。アレは駄目ですよ」

「ハン?」

「彼女。あの山瀬耕作の娘ですよ?」

「だから?」

「いや、だからって」

「誰の子供だろうが、孫だろうが、演技をする上でそんな物に価値なんて無いよ。必要なのはどう見えるか。ただそれだけでしょ」

「いや、それはそうなんですけど。あー。もう。またクレームが」

「まぁ、所詮はライバル事務所。良いんじゃない? どうせ仲良しこよしするつもりは無いんでしょ」

「だとしても! ですよ。表面上くらい仲良くしてください!」

「はいはい」

「まったく。そうやって誰にでも構わず噛みつくのは良くないですよ?」

「そういうのは向こうに言ってくれるかな? ヘタクソの癖にイチイチ突っかかってきてウザかったんだよね。アイツ。普段は大人の対応してるんだからさ。たまには良いじゃんねぇ」

「あー言えばこう言う」

「あー。取り込み中。申し訳ございません」

僕が木村さんと話をしていると、向こうから申し訳なさそうな顔で歩いてきた光佑さんが見えて、僕は姿勢を正しながら笑う。

ニコニコと子供らしい笑顔は忘れない。

「はい! なんでしょうか!」

「いえ。陽菜の事で、天王寺君にまで迷惑を掛けてしまったみたいで、申し訳ない」

「本当ですよ。立花さ」

「全然!! 気にしないでください!! 僕は常々、現場はみんな仲良くしていれば良いなと考えておりまして、多分今回の件もちょっとした行き違いだと思いますが、それで互いにイライラしてしまうのは勿体ないですよね!? なので、僕が間に入って少しでも現場がいい雰囲気になれば、僕はそれだけで嬉しいです!!」

「……天王寺君は本当に、大人ですね。まったく陽菜にも見習わせたいですよ」

「っ! そ、そんな事無いですよ。僕も、まだまだ子供ですから! だから、出来れば、光佑さんにももっとサポートして貰いたいんです……光佑さんの事、お兄さんみたいだって思ってて、僕」

「そう言って貰えると嬉しいですね。うん。陽菜もちゃんとマネージャーが付いて安定してきましたし。また天王寺君の家に行く機会も増やしますね」

「ありがとうございます! でも、無理はしないでくださいね!」

「ありがとう」

僕は椅子から飛び降りて、自然な仕草で近づいて見上げながら笑う。

ちょうど光佑さんがちょっと前に手を出せば頭を撫でられる位置だ。

そして、僕の作戦通り光佑さんは、しゃがみながら笑うと、僕の頭を軽く撫でてくれた。

セットされている髪を乱さない様に細心の注意を払っているのが分かるが、いつもの状態を知っていると少し残念だった。

しかし何気なく、光佑さんの肩の向こうに見えた景色では、夢咲陽菜がこっちを見ながら驚愕している顔が見える。

それを見ると少しだけ気分が良くなるのだった。

ヘっ、ざまーみろ。

「では、また後で」

「はい!」

光佑さんが立ち去るまで、ニコニコと子供らしい笑顔を浮かべていた僕は、完全に立ち去った事を確認して、撫でられた感触を思い出しながら椅子に飛び乗った。

「ハッハッハ。想定通りだ」

「今日は陰がありつつも純粋な子供の役なんですから、その腐った笑い方は止めて下さい」

「見てみなよ。木村さん。夢咲陽菜の奴、悔しそうに地団太踏んでるよ! しかも衣装のまま甘えようとして止められてる。馬鹿だなぁ。ホント! 馬鹿だなぁ!」

「実に楽しそうで何よりですよ」

「まぁ、でも。アイツ。山瀬佳織。アイツは要注意かもね」

「と、言いますと?」

「もう木村さんは分かってるんでしょ? 今回の台本。いい加減な奴を夢咲陽菜に渡したのがアイツだって事」

「確証がない事は口にしないのが大人ですよ。天王寺さん」

「へっ、僕は子供だからね」

「まぁ天王寺さんが子供かクソガキかはおいて置くとして」

「は? 今なんて言った!?」

「夢咲さんの事務所は小さいですし。今回の件も抗議は出来ないでしょう」

「まぁそうだろうね。証拠も無いし。嫌がらせくらいは飲み込むしかない」

「助けないんですか?」

「なんで僕が!!」

「撮影スケジュールが遅れれば、それだけこっちの予定も詰まりますからね」

「ならこっちの撮影を早めて貰えば良いでしょ。こっちは次の予定もあるって言えば良い」

「……立花光佑さんも天王寺さんに助けられたと聞けば感謝するでしょうねぇ」

「ぐっ、それを言われると、痛い。けど! さっきから、何? 何を企んでるの?」

「企むだなんて。何も何も。ただ天才と呼ばれる役者の天王寺颯真さんと、同じく天才と呼ばれる夢咲陽菜さんが仲良くなれば良いなと思っているだけですよ」

「……怪しいな」

「何も怪しくないですよ」

木村さんは僕から顔を逸らして、天井を見た。

目を、顔を見られたら嘘がバレるから顔を隠している。

つまり、何かを隠してる。

何だ? 何を隠している。

僕と夢咲陽菜が仲良くなれば良いな?

何故。

「まさか」

「流石天才。察するのが早い」

「僕は絶対に嫌だからな!!」

「まだ何も言ってませんよ」

「僕と夢咲陽菜のセットで宣伝させるつもりだな!?」

「……ノーコメントです」

「アイツと仲良くするって演技だけでも嫌なのに、それを他の場所でもやれって言うのか! 番宣とか、挨拶とか何回もやりたくない!」

「残念ながら、バラエティー番組への出演も決まってます」

「っざけるな! 絶対に嫌だからな! 僕は」

「分かりました。そこまで嫌がるのなら、お断りしましょう」

「……やけにあっさり引くじゃないか」

「いえ。本人が嫌がっている事を嫌々させる訳にはいきませんからね。ではお断りの連絡を立花光佑さんにしてきます」

僕の回答を待たず歩き出した木村さんの腕を掴んで、その足を止めると、僕は心底嫌な気持ちを押し隠し。

封じ込め。吐きそうになる気持ちを何とか抑えながら、笑った。

「し、仕方ないなぁ。今回だけだからね」

「そう言ってくださると助かります。では後で決まっている番組について夢咲陽菜さんとも相談しましょう」

「……分かってるよ」

腹立つ!

ムカつく!!

夢咲陽菜め!!

お前なんか、大っ嫌いだ!!
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