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第12話『貴様! 飢えの魔王か!』

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エースブとオリヴィアが長い旅路を歩いて、南地区へ着いたのは三日ほど経ってからだった。

到着するなり、エースブは村の中を歩き回って、様々な物を確認している様だった。

そして、オリヴィアもまた沈痛な面持ちで、すっかり焼け落ちてしまった倉庫を見つめていた。

「……ふむ。どうやら一足遅かったようだな」

「という事は魔王は既に?」

「あぁ。別の場所へ向かっただろう。相変わらず逃げ足だけは一人前だな」

「……分かりました。では、一応ルークさん達には別の場所へ向かって貰います。食料を生産している村は他にもありますから」

「そうだな。一応我は何か痕跡が無いか探しておこう」

エースブはそう言って、オリヴィアと別れた後、地面に生えた草を触りながら魔力の残り方を確認する。

そして、空気に含まれる魔力の残滓から、ペイナが向かった場所を探そうとして、何かにぶつかった。

「っ、あだ! 貴様! どこを見ている!!」

「……っ! その御声。その魔力。まさか闇の魔王様でしょうか?」

何かにぶつかった衝撃で地面に転がった魔王は文句を言うが、歩いていく先に立っていた女は魔王の姿を見て笑みを深めた。

しかし、それとは対照的にエースブは顔を強張らせてゆく。

「貴様! 飢えの魔王か!」

「えぇ。まさに。私こそ飢えの恐怖の体現者。飢えの魔王! この世界で唯一貴方を従える事の出来る者ですわ!!」

「相変わらず舐めた口を利いてくれるな? ペイナ」

「あら。なんでしょうか。その呼び方は……まさか! まさかまさか! 私に名前を付けて下さったのですか!? なんて素敵な! では代わりに私が闇の魔王様のお名前を付けて差し上げますわね!! えーっと、何が良いかしら」

「えぇい! 離せ!!」

エースブはオリヴィアに捕まった時から変わらず、体格は子供のままだ。

それに対してペイナはオリヴィア同様、大人の女性として平均以上に発達した体をしており、一度捕まってしまえばエースブに逃げる術はなく、どれだけ暴れても、抵抗する事は出来ない。

「エースブさん!!」

だが、幸運にと言うべきだろうか。

ペイナの豊満な胸に溺れていたエースブに助けがやってきた。

そう。勇者ルークへ連絡を取っていたオリヴィアである。

そして、オリヴィアの登場に、先ほどまで浮かべていた笑みを全て消して、無表情で強くエースブを抱きしめた女が居た。

言うまでもなく、ペイナである。

「エースブ? 聞きなれない言葉ですね。いったい何のことでしょうか」

「我の名だ!! いい加減に離せ!!」

「嫌です」

「お前!」

「なんなんですか? 貴女。私の魔王様に! 私から奪うつもり!? 魔王様は私の物なんですからね!?」

「誰がお前の物か!!」

「……まさか、貴女がペイナさん」

「そう! 私がペイナ!! 魔王様が私の為に下さった私だけの名前! 貴女みたいなぽっと出に! 私と魔王様の間を裂こうなんて真似させませんからね!!」

「ぬおぉぉおおお!?」

かつてのエースブと同様に、闇の魔力を全身から噴き出して怒るペイナに、オリヴィアは背中に冷や汗を流した。

抱きしめられたままのエースブは、噴き上がる闇の魔力に翻弄され、さらに強く抱きしめられて混乱の極地に居り、役には立たないだろう。

ルークも闇の魔力が大きく膨らんだ事で、ペイナの元へ来るかもしれないが、まだ遠い場所にいる。

エースブと同じくらいの力を持つ強者に一人で挑まねばならないのだ。

しかし、それでもオリヴィアは勇者ルークの仲間であり、聖女アメリアの意思を継ぐ者である。

ここで逃げ出すような臆病者ではない。

だからこそ、自身も光の精霊に力を借りて、その力の一部をペイナに向かって解き放った。

……が、ここで悲劇が起こった。

光の魔力とは言っても、所詮は人間の小娘が放った物と、完全に舐めたペイナが避けずにそれを受け止めた。

確かにペイナはその程度では何も影響を受けない。

しかし、しかしだ。

彼女に抱えられているエースブは自身の内側に光の魔力を、アメリアの意思を抱えている状況であり、それが光の魔力に反応して、力を増せば闇の魔力と反発しあい……。

「ぐぐがががががが!!! ぐわぁぁああああ!!」

こうなる。

「魔王様!?」

自分の腕の中で苦しみ始めたエースブにペイナは動揺し、闇の魔力を消してぐったりとしたエースブを強く抱きしめた。

頬を摺り寄せながら、泣きそうな声で大丈夫かと何度も問う。

しかし、意識を半分以上失っているエースブに返事をする力はなく、そのままペイナは人形の様になったエースブを抱きしめて、幼い少女の様にスンスンと泣くのだった。



新たに現れた魔王。飢えの恐怖を表すペイナと名付けられた魔王との戦いは、一瞬のうちに終わった。

戦闘終了から大分遅れて、到着したルークたちが見たのは、栗色の長い髪をした美女に抱きかかえられながら、エースブがスープを食べさせられている姿であった。

エースブは非常に不満だという顔をしているが、ペイナは反対に酷く楽しそうな顔をしており、完全に正反対である。

「えっ、と……オリヴィア? これはいったい」

「私もまだ頭が追い付いていないのですが、おそらくペイナさんはこれ以上人類と敵対するつもりは無いようです」

「そうなのか」

「はい。元々、彼女はエースブさん。えー、闇の魔王さん以外には興味が無いらしく、力を高めようとしていたのも、エースブさんを手に入れる為だった様で……。今の弱体化したエースブさんを見て、とても満足された様です。そして人類が存続する限り、この状態が続くと知った瞬間、人類の守護者になると言い、今の状態になったという訳ですね」

「まったく、意味が分からない、けど……危機は去ったという事で良いのかな?」

分からないなりに、そう結論を出したルークであったが、その言葉に反応したのは誰でも無い。ペイナであった。

彼女はエースブの口元を布で拭いながら、意味深に微笑み、勇者たちへ言葉を投げつける。

「あら。残念ながら、危機はこれから訪れると思った方が良いですわよ」

「なに? どういう事かな」

「どういうも何も。そのままの意味ですわ。エースブ様ならば分かると思いますが、私がこの世界へ来たという事は、あの子達もこの世界へ来るという事ですから」

「なんだと!? まさか、あのクソガキ共が来るというのか!」

「あぁん。暴れないで下さい」

「もう良いから離せ! 我は飯くらい一人で食べられるわ!!」

「まぁまぁ。そう仰らずに。はい。あーん」

「我は一人で! もがっ! んががが!!」

ペイナは無理矢理スプーンをエースブの口に突っ込むと、呆然としているルーク達に続けて告げる。

その最悪の予言を。

「魔王とは恐怖を体現した者の姿。そして恐怖は文明の発展と共に増えてゆきます」

ペイナは器用にエースブを抱えたまま右手を前に向けて指を一本立てる。

「まずは闇。光を手にした人類はどんな世界であれ、最初に闇を恐れます。そして次に飢え。これは当然ですね。文明が発達すれば、人は安定して食料を得られます。得られるからこそ、それが失われる事を恐れる」

指を二本立てながら微笑み、さらに言葉を続けた。

「そして、人類の文明が発達するにつれて、あの子たちは自ずと現れるでしょう。未知、災害、虚実への恐怖から生まれる魔王が。あぁ、楽しみですわね。この世界はもう未知を見つけたのかしら。災害という物を理解したのかしら。人同士で騙し合うほどに、社会が満たされたのかしら。ふふ。さぁ、恐怖しなさい人間たち。明日にもあの子たちが、この世界で暴れまわるかもしれませんよ」

五つの指が立てられ、開かれた手のひらを見てルークは唾を飲み込んだ。

エースブが現れただけで大事件となり、己の過去を斬り捨てて、どうにか無力化した相手が後三つ来るというのだ。

最悪には限界が無いのだという事を、この日人類の守護者は知るのだった。
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