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第11話『では名前を授けましょうか』
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およそ二年前の事だ。
デルトラント王国に現れた魔王を自称する存在は、偶然が重なり、王国を占拠する事に成功するが、光の聖女アメリア様を信仰するオリヴィアとその一行により、敗北した。
いや、争いにすらならなかった。
何故なら魔王は光の聖女アメリア様に憧れて、この世界に生まれた闇の精霊であったからだ。
しかし、闇の精霊として生まれた魔王は、既にアメリア様がこの世界に居ない事を知り、嘆いた。
その嘆きが、デルトラント王国の悲劇に繋がったという事である。
そして闇の精霊は聖女アメリア様の意思を継ぐ、聖女オリヴィアと出会う事で、彼女に人と共に歩みたかったのだと告げた。
聖女アメリア様は聖女オリヴィアを通じて彼の罪を赦し、光の精霊と対を成す存在として受け入れたのだった。
それから人々は、闇の精霊から力を借りて、闇の魔術が使えるようになったのだった。
だが、それでも闇の精霊が完全に人類の味方になった訳では無い。
警戒しつつ、よき隣人になれるように意識をしてゆく必要があるだろう。
「ふざけた話だと思わんか? 敗者は全てを奪われると言うが、名前や存在まで奪われたのは我だけであろうな。しかも、力まで奪われているのだぞ!? これで大人しくしてやっている我はどれだけ素晴らしい存在なのだろうな!?」
「気に入らないという話でしたら、闇の精霊として存在するのを止めても良いですよ?」
「出来るか!! そんな事をすれば、我の存在が消えてしまうわ! 闇の魔力は全て闇の精霊の為に存在するなどと嘘ばかり広めおって!」
「そういう計画ですからね。当然です。それに……良かったでは無いですか。これで永遠に生きられますよ。闇の精霊として」
「ふざけおって!! 我が人間どもに飼われる事を喜べだと!? 喜べる訳が無いだろう!!」
「まぁ、確かに。そうかもしれないですね」
聖女オリヴィアは闇の精霊の言葉に頷きながら、天井を見て考えた。
正面の置いた椅子にだらけて座るかつて魔王と呼ばれていた闇の精霊は、あの時から何も変わらず子供の様な姿をしており、子供好きなオリヴィアには少しだけ同情する気持ちがあるのも確かだった。
「では名前を授けましょうか」
「なにぃ?」
「貴方は魔王から闇の精霊となった訳ですが、貴方という存在が変わっていない事の証の為に」
「……」
「そうですね。貴方に『エースブ』という名を授けましょう。この世界が生まれるよりも前に存在した世界の最も古き言葉で『闇』を意味する物だそうです」
「ほぅ……!」
椅子の上で左右に揺れながらどこか嬉しそうにしている闇の精霊を見て、オリヴィアは微笑んだ。
しかし、その様子を見て、闇の精霊は椅子の上に立ち、文句を言う。
「な、名前を付ければ良いと思うなよ!? 我は、魔王であった過去があり、闇の恐怖を体現する者として」
「気に入らないのであれば、結構です。先ほどの話はなしにしましょう」
「待て待て待て、待て!!! 別に要らんとは言ってないだろう。我は寛大なのだ。お前がわざわざ考えてきた名前。受け取ってやろうではないか! 感謝するが良い!!」
エースブは偉そうに、腕を組みながらそう宣言したが、聖女オリヴィアの答えは、椅子の上に立つのは止めなさいという物だった。
そしてエースブはオリヴィアから放たれた光の魔術により、椅子から転げ落ちて、地面を転がる事になる。
哀れ。
それからエースブは、オリヴィアのお仕置きも終わり、椅子の上に行儀悪く寝転がりながら、自分の名前を何度も繰り返し呼んで笑っていた。
その様子は見た目も相まって子供の様にしか見えない。
だからか、オリヴィアはまるで世間話でもする様に、エースブへ語り掛けるのだった。
「そう言えば、最近妙な事件が起きている様ですね」
「あー? 妙な事件?」
「はい。それがおかしな話でして、食事を止める事が出来ないという話なのです」
「ほぅ?」
「既に満腹な様子であるのに、何かに怯える様に食べなくてはと言っているとの事でした」
「なるほどな。くくっ」
「エースブさん?」
「おい。オリヴィア。我の名に使った言葉の次に古い言葉で『飢え』とはなんと言うのだ?」
「飢え……ですか? えっと、確か神様の遺した書にありましたね」
「だろうな」
オリヴィアはエースブの言葉に、机を漁り、その言葉を探す。
そして、エースブの名を見つけた時同様、何かに導かれる様にその名を見つけ出して口にした。
「ふむ。『ペイナ』か。あの女に相応しい名だな」
ニヤリと口元を吊り上げながら笑うエースブは、呆然としているオリヴィアを置き去りにして、椅子から立ち上がり部屋の外へと出て行こうとする。
「ま、待ってください」
「あぁ。なんだ。お前も行くのか?」
「エースブさんを一人で放置する事は出来ません。それに事件があった場所も分からないでしょう?」
「フン。我を舐めすぎだ。事件は南側の食料が豊富な地域を中心に起こっているのだろう?」
「……っ! 何故、それを」
エースブは付いてくる様にオリヴィアへ合図をしながら廊下を歩く。
そして歩きながらも言葉は止めずに語り続けるのだった。
「そう難しい話じゃない。前に我も言ったが、恐怖とは今ある幸福が失われるかもしれないという想像から生まれる感情だ。であれば、飢えている人間が多く居る北側よりも、食料の豊富な南側の方がより多くの恐怖を集められるだろう」
「……」
オリヴィアの頭の中では、一つの嫌な予感が顔を見せていたが、それを口に出す事はせず、黙ってエースブの話を聞いていた。
「しかも南側で恐怖を煽って、食料を減らせば世界的に食料の供給量が減り、人々は今の生活が安定した物ではないと知るだろう。それが新たな恐怖を呼び、『飢え』に対する恐怖は最大限に高まるという訳だ。あの女らしい陰険な手だよ。まったく」
「あの女、というのは……」
「なんだ。察しが悪いな」
オリヴィアの前を歩いていたエースブは振り返りながらオリヴィアの顔を見上げる。
そして、ごく当たり前の事の様にソレを口にした。
「飢えという恐怖への体現者、魔王だよ」
オリヴィアの、人類にとっての最悪の事実を。
そして、エースブとオリヴィアが動き出すのと同じ頃、二人の居る教会から遠く離れた南の地では、一人の女が遠い空を見て笑みを深くした。
「あー。気づかれてしまいましたか。残念。もう少しバレない様に動きたかったのですが」
その女は鼻歌を奏でながら、一歩一歩と地面を踊る様に歩き、両手を広げて風を全身で受けた。
それだけで女の栗色の髪が風に靡き、舞う様に踊る。
その踊りが原因か、どこからか火が生まれ、貯蔵されている食料が燃えてゆくのだった。
「なんだ……? 何の音だ?」
「こっ、これは!! 大変だ! みんな、食糧庫から火が!!」
大混乱のまま人々は火を消そうとするが、木造の貯蔵庫に付けられた火は瞬く間にその勢いを増し、隣の倉庫へも燃え移ってしまう。
やがて、その火は村の半分を飲み込んで、貯蔵しておいた食料を全て灰に変えてしまうのだった。
そして、炎が舞い散る村の中心で、踊りながら火を付けていた女は壮絶に笑う。
「さぁ、闇の魔王様。今私が迎えに行きますわ! そして私が貴方の全てを支配して上げましょう!! その体も、心も、存在すらも!!」
遠い地でペイナと名付けられた女は、炎の中で嗤う。
魔王らしく。
デルトラント王国に現れた魔王を自称する存在は、偶然が重なり、王国を占拠する事に成功するが、光の聖女アメリア様を信仰するオリヴィアとその一行により、敗北した。
いや、争いにすらならなかった。
何故なら魔王は光の聖女アメリア様に憧れて、この世界に生まれた闇の精霊であったからだ。
しかし、闇の精霊として生まれた魔王は、既にアメリア様がこの世界に居ない事を知り、嘆いた。
その嘆きが、デルトラント王国の悲劇に繋がったという事である。
そして闇の精霊は聖女アメリア様の意思を継ぐ、聖女オリヴィアと出会う事で、彼女に人と共に歩みたかったのだと告げた。
聖女アメリア様は聖女オリヴィアを通じて彼の罪を赦し、光の精霊と対を成す存在として受け入れたのだった。
それから人々は、闇の精霊から力を借りて、闇の魔術が使えるようになったのだった。
だが、それでも闇の精霊が完全に人類の味方になった訳では無い。
警戒しつつ、よき隣人になれるように意識をしてゆく必要があるだろう。
「ふざけた話だと思わんか? 敗者は全てを奪われると言うが、名前や存在まで奪われたのは我だけであろうな。しかも、力まで奪われているのだぞ!? これで大人しくしてやっている我はどれだけ素晴らしい存在なのだろうな!?」
「気に入らないという話でしたら、闇の精霊として存在するのを止めても良いですよ?」
「出来るか!! そんな事をすれば、我の存在が消えてしまうわ! 闇の魔力は全て闇の精霊の為に存在するなどと嘘ばかり広めおって!」
「そういう計画ですからね。当然です。それに……良かったでは無いですか。これで永遠に生きられますよ。闇の精霊として」
「ふざけおって!! 我が人間どもに飼われる事を喜べだと!? 喜べる訳が無いだろう!!」
「まぁ、確かに。そうかもしれないですね」
聖女オリヴィアは闇の精霊の言葉に頷きながら、天井を見て考えた。
正面の置いた椅子にだらけて座るかつて魔王と呼ばれていた闇の精霊は、あの時から何も変わらず子供の様な姿をしており、子供好きなオリヴィアには少しだけ同情する気持ちがあるのも確かだった。
「では名前を授けましょうか」
「なにぃ?」
「貴方は魔王から闇の精霊となった訳ですが、貴方という存在が変わっていない事の証の為に」
「……」
「そうですね。貴方に『エースブ』という名を授けましょう。この世界が生まれるよりも前に存在した世界の最も古き言葉で『闇』を意味する物だそうです」
「ほぅ……!」
椅子の上で左右に揺れながらどこか嬉しそうにしている闇の精霊を見て、オリヴィアは微笑んだ。
しかし、その様子を見て、闇の精霊は椅子の上に立ち、文句を言う。
「な、名前を付ければ良いと思うなよ!? 我は、魔王であった過去があり、闇の恐怖を体現する者として」
「気に入らないのであれば、結構です。先ほどの話はなしにしましょう」
「待て待て待て、待て!!! 別に要らんとは言ってないだろう。我は寛大なのだ。お前がわざわざ考えてきた名前。受け取ってやろうではないか! 感謝するが良い!!」
エースブは偉そうに、腕を組みながらそう宣言したが、聖女オリヴィアの答えは、椅子の上に立つのは止めなさいという物だった。
そしてエースブはオリヴィアから放たれた光の魔術により、椅子から転げ落ちて、地面を転がる事になる。
哀れ。
それからエースブは、オリヴィアのお仕置きも終わり、椅子の上に行儀悪く寝転がりながら、自分の名前を何度も繰り返し呼んで笑っていた。
その様子は見た目も相まって子供の様にしか見えない。
だからか、オリヴィアはまるで世間話でもする様に、エースブへ語り掛けるのだった。
「そう言えば、最近妙な事件が起きている様ですね」
「あー? 妙な事件?」
「はい。それがおかしな話でして、食事を止める事が出来ないという話なのです」
「ほぅ?」
「既に満腹な様子であるのに、何かに怯える様に食べなくてはと言っているとの事でした」
「なるほどな。くくっ」
「エースブさん?」
「おい。オリヴィア。我の名に使った言葉の次に古い言葉で『飢え』とはなんと言うのだ?」
「飢え……ですか? えっと、確か神様の遺した書にありましたね」
「だろうな」
オリヴィアはエースブの言葉に、机を漁り、その言葉を探す。
そして、エースブの名を見つけた時同様、何かに導かれる様にその名を見つけ出して口にした。
「ふむ。『ペイナ』か。あの女に相応しい名だな」
ニヤリと口元を吊り上げながら笑うエースブは、呆然としているオリヴィアを置き去りにして、椅子から立ち上がり部屋の外へと出て行こうとする。
「ま、待ってください」
「あぁ。なんだ。お前も行くのか?」
「エースブさんを一人で放置する事は出来ません。それに事件があった場所も分からないでしょう?」
「フン。我を舐めすぎだ。事件は南側の食料が豊富な地域を中心に起こっているのだろう?」
「……っ! 何故、それを」
エースブは付いてくる様にオリヴィアへ合図をしながら廊下を歩く。
そして歩きながらも言葉は止めずに語り続けるのだった。
「そう難しい話じゃない。前に我も言ったが、恐怖とは今ある幸福が失われるかもしれないという想像から生まれる感情だ。であれば、飢えている人間が多く居る北側よりも、食料の豊富な南側の方がより多くの恐怖を集められるだろう」
「……」
オリヴィアの頭の中では、一つの嫌な予感が顔を見せていたが、それを口に出す事はせず、黙ってエースブの話を聞いていた。
「しかも南側で恐怖を煽って、食料を減らせば世界的に食料の供給量が減り、人々は今の生活が安定した物ではないと知るだろう。それが新たな恐怖を呼び、『飢え』に対する恐怖は最大限に高まるという訳だ。あの女らしい陰険な手だよ。まったく」
「あの女、というのは……」
「なんだ。察しが悪いな」
オリヴィアの前を歩いていたエースブは振り返りながらオリヴィアの顔を見上げる。
そして、ごく当たり前の事の様にソレを口にした。
「飢えという恐怖への体現者、魔王だよ」
オリヴィアの、人類にとっての最悪の事実を。
そして、エースブとオリヴィアが動き出すのと同じ頃、二人の居る教会から遠く離れた南の地では、一人の女が遠い空を見て笑みを深くした。
「あー。気づかれてしまいましたか。残念。もう少しバレない様に動きたかったのですが」
その女は鼻歌を奏でながら、一歩一歩と地面を踊る様に歩き、両手を広げて風を全身で受けた。
それだけで女の栗色の髪が風に靡き、舞う様に踊る。
その踊りが原因か、どこからか火が生まれ、貯蔵されている食料が燃えてゆくのだった。
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大混乱のまま人々は火を消そうとするが、木造の貯蔵庫に付けられた火は瞬く間にその勢いを増し、隣の倉庫へも燃え移ってしまう。
やがて、その火は村の半分を飲み込んで、貯蔵しておいた食料を全て灰に変えてしまうのだった。
そして、炎が舞い散る村の中心で、踊りながら火を付けていた女は壮絶に笑う。
「さぁ、闇の魔王様。今私が迎えに行きますわ! そして私が貴方の全てを支配して上げましょう!! その体も、心も、存在すらも!!」
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