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第4話『い、意味が分からん……』
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魔王の一日は騒音から始まる。
オリヴィアが管理する教会の中で最も起きてくるのが遅い魔王は、朝係である子供たちによる襲撃を受ける所から始まるのだ。
「あーさー!!」
「朝だよー! まおーくん!!」
「おーきてー! おきーてー!!」
「う、うぅ……やかましい」
「ほらほら! 朝だよー!!」
「元気におはようございます! しよー!」
魔王はこの騒音を毎朝受ける度に、次の日こそはこいつ等より早く起きて、騒音から逃れてやると心に誓っていたが、少なくともこの教会に来て一つの季節が過ぎ去っても、魔王の生活に変化はない。
当然ではあるが、魔王という生き物はそれほど真面目では無いのだ。
故にどれだけ明日からと決意しようと、何かが変わる日は来ないだろう。
しかし、魔王に変化が無くとも周囲は変わっていく。
例えば、魔王と話をする事で考え方を大きく変えたであろうオリヴィアについてとか、だ。
魔王はオリヴィアがどの様に変化したかを想像し、笑いを堪えながら食堂へと入った。
そして、昨日と何も変わりなく、食事前に聖女アメリア様への祈りを行う。
魔王はおかしいなと首を傾げながらも、周りに合わせて祈りを捧げた。
間違えてアメリアと呼ぶ所をアホリアと言ってしまい、オリヴィアに制裁を受ける。
食事が終われば、オリヴィアと子供たちは感謝の祈りを聖女アメリア様へ捧げていた。
学習能力のない魔王は、ここでもアホリアと言ってしまい、オリヴィアから制裁された。
無論、二回目は制裁を受けながらお祈りだ。
学びとは痛みを伴うものである。
その後、中庭で子供と過ごしていた魔王だったが、観察している限り、オリヴィアは事あるごとにアメリアへ祈りを捧げており、日常にこれといった変化は訪れていないようであった。
なんという事だろう。
魔王はこの変化のない日常を変え、自分への制裁を止めようとしていたというのに、何も出来なかったのである。
哀れな魔王であった。
しかしそんな状況でも屈しないのが魔王である。
魔王はオリヴィアに昨晩の事を、そしてこれからの事を聞いてみる事にしたのだ。
「オリヴィア」
「はい。なんでしょうか。魔王さん」
「貴様。昨晩の話を聞いていなかったのか? もしくは理解出来なかったのか」
「しっかりと聞こえていましたし。理解もしておりますよ」
「では何故、まだアメリアへの祈りを続ける!」
「……私、考えたんです。一晩。ずっと考えていました」
オリヴィアは何かを思い出すように目を閉じて、両手を組んだ。
そして、誰に語り掛けるでもなく言葉をただ紡ぐ。
「聖女アメリア様が出来なかった事は何だろうか。アメリア様の代わりに私が出来る事はなんだろうかと、考えて、考えた結果。その様な物は存在しないという結論に辿り着きました」
「……は?」
「そう! アメリア様に出来ない事などありませんし。私がアメリア様より優れている事など何もありません。ただ、それでも出来なかった事があるとするならば、命の時間です。ならば! そうであるならば! 私はより完璧な聖女アメリア様の理想を体現する存在へとならねばなりません! よりアメリア様へと近づく為に。アメリア様を私の中に描いて……」
魔王は途中からオリヴィアの話を理解する事を諦めた。
頭を抱えながら、話を右から左に流してゆく。
オリヴィアは途中から目を開き、誰も居ない空中に視線を向けながら、キラキラとした目で語る。
狂気の様な話を。
魔王はすぐにでもこの場から逃げ出そうとした。
それは魔王としては恥ずかしい話であるが、オリヴィアが怖かったからというのがある。
しかし、聖女からは逃げられない。
魔王は逃げようとした瞬間、その肩を掴まれ、地面に転がされていた。
「これも全て魔王さんのお陰なんです。魔王さんが気づかせてくれました。アメリア様の素晴らしさ。偉大さ。気高さ。美しさ。その存在の尊さを。あぁ、アメリア様には私の歪みが分かっていたのですね。だからこそ魔王さんをこうして私の前に連れて来て下さった。アメリア様。ありがとうございます。やはりアメリア様こそ私の光。アメリア様の存在が私の歪みを正して下さる」
「どこからどう見ても歪んだままだろうがっ!! その手を離せ! 我を解放しろぉ!」
魔王の言葉に、オリヴィアはいつもと変わらない笑顔を浮かべると、まだ語り足りないのか、口を開き魔王を追い詰めていった。
たった一体でこの世界を滅ぼしかねなかった魔王は、今まさにたった一人の聖女によって危機を迎えようとしている。
「まぁ! 私のどこが歪んでいるというのですか? こんなにも真っすぐにアメリア様を思っているのに。おかしいですね。おかしいです。おかしいと思いませんか? 魔王さんもそう思いますよね? 思うはずです。えぇ、そうでしょうとも」
「我は何も言うとらん!! 一人で勝手に話を進めるな!」
「それでですね。魔王さん。私、考えたんです。もっと皆さんにアメリア様の素晴らしさを知っていただきたいと。この世界で最初に光を私たちに授けて下さったのはアルマ様ですが、アルマ様でも、シャーラペトラ様でも、歴代の聖人の方々にも出来なかった闇の魔力との対話。そして意思を持った貴方との共生。これを成したのは間違いなくアメリア様だけなのです。アメリア様が居るからこそ、私たちは闇をただ排除するだけの存在では無く、共に歩む事の出来る友人として認識する事が出来た。つまり、魔王さんがアメリア様を正しく信仰し、アメリア様の素晴らしさを理解すれば、この世界はもっと救われるはずなのです。どうですか? 素晴らしいと思いませんか? 魔王さんがこの世界で誰よりもアメリア様の理想を叶える事の出来る存在になれるのです。素晴らしい栄誉だと思います。魔王さんもそう思いますよね? えぇ、当然です。そう思わない訳がありません。そう思うべきなのです。魔王さん。聞いていますか? 魔王さん? 聞いていないなんて事はありませんよね? 今、この世界で最も尊いアメリア様のお話をしているのですから。聞いていない筈がありません。そうですよね? 魔王さん」
「う……ぁぁ」
もはや魔王に聖女と戦う術は残されていなかった。
ただ、絶え間なく降りかかる口撃に何も出来ず、逃げる事も出来ない。
魔王はそんな追い詰められた状況に、意識を手放す事で逃げ出そうとした。
しかし、聖女オリヴィアからは逃げられない。
「おや。魔王さん、眠いのですか? 仕方ないですね。では今からお祈りの部屋に行きましょうか。あの部屋は光の魔力に満ちていますから魔王さんも眠くなくなると思いますよ」
「っ!? わ、我は起きておる! だから、ここで良い! ここで話を聞かせてくれ!!」
「そうですか? あ、でも折角なので、やはり祈りの部屋でお話をしましょう。あの部屋には聖女アメリア様のお気持ちが溢れておりますから、きっとアメリア様の素晴らしさをより多く知る事が出来る筈です。そうは思いませんか? 魔王さん」
「思わん!!」
「そんな……残念です。では仕方ありません。祈りの部屋に行きましょうか」
「なんでだ!! 今嫌だと言っただろう! 理解出来ていないのか!?」
「いえ。ちゃんと分かっていますよ。なので、祈りの部屋でお話しようと思いまして」
「い、意味が分からん……」
「分からないですか? では説明させていただきますね。今の魔王さんはアメリア様の素晴らしさを理解出来ていない状況だと思うのです。ですから、よりアメリア様の素晴らしさを理解出来る場所でお話を聞くべきだと思うのです。その為には祈りの部屋が最も適しているという訳ですね」
「ま、待て! アメリアの素晴らしさなら我もちゃんと分かっておるぞ!」
「……」
「だから無理に行かんでも、ここで良いだろう? なぁ?」
「ではお聞きしますが、アメリア様が聖人リアム様と旅を始めた際、最初に救済を行ったのは何という村でしたか? また、その際にアメリア様はどの様なお言葉を残されていますか?」
「……は?」
「分かりませんか。ではやはり、祈りの部屋へ行かねばなりませんね」
「待て待て待て!! やめろー! はなせー!!」
「大丈夫。アメリア様の救済の歴史を全て話す事が出来る様になりましたら、今日のお勉強は終わりです」
「今日の!? 明日も何かするのか!?」
「えぇ。当然ですが、アメリア様の全てを理解されるまで魔王さんのお勉強は続きますよ」
「うわぁああああああ!! だれかっ、だれかー!! 我をこの狂人から救ってくれぇぇえええ!!」
「はい。では行きましょうか。楽しいアメリア様のお話をしましょう」
そして、魔王は教会の最奥にある部屋に消えていったのだった。
オリヴィアが管理する教会の中で最も起きてくるのが遅い魔王は、朝係である子供たちによる襲撃を受ける所から始まるのだ。
「あーさー!!」
「朝だよー! まおーくん!!」
「おーきてー! おきーてー!!」
「う、うぅ……やかましい」
「ほらほら! 朝だよー!!」
「元気におはようございます! しよー!」
魔王はこの騒音を毎朝受ける度に、次の日こそはこいつ等より早く起きて、騒音から逃れてやると心に誓っていたが、少なくともこの教会に来て一つの季節が過ぎ去っても、魔王の生活に変化はない。
当然ではあるが、魔王という生き物はそれほど真面目では無いのだ。
故にどれだけ明日からと決意しようと、何かが変わる日は来ないだろう。
しかし、魔王に変化が無くとも周囲は変わっていく。
例えば、魔王と話をする事で考え方を大きく変えたであろうオリヴィアについてとか、だ。
魔王はオリヴィアがどの様に変化したかを想像し、笑いを堪えながら食堂へと入った。
そして、昨日と何も変わりなく、食事前に聖女アメリア様への祈りを行う。
魔王はおかしいなと首を傾げながらも、周りに合わせて祈りを捧げた。
間違えてアメリアと呼ぶ所をアホリアと言ってしまい、オリヴィアに制裁を受ける。
食事が終われば、オリヴィアと子供たちは感謝の祈りを聖女アメリア様へ捧げていた。
学習能力のない魔王は、ここでもアホリアと言ってしまい、オリヴィアから制裁された。
無論、二回目は制裁を受けながらお祈りだ。
学びとは痛みを伴うものである。
その後、中庭で子供と過ごしていた魔王だったが、観察している限り、オリヴィアは事あるごとにアメリアへ祈りを捧げており、日常にこれといった変化は訪れていないようであった。
なんという事だろう。
魔王はこの変化のない日常を変え、自分への制裁を止めようとしていたというのに、何も出来なかったのである。
哀れな魔王であった。
しかしそんな状況でも屈しないのが魔王である。
魔王はオリヴィアに昨晩の事を、そしてこれからの事を聞いてみる事にしたのだ。
「オリヴィア」
「はい。なんでしょうか。魔王さん」
「貴様。昨晩の話を聞いていなかったのか? もしくは理解出来なかったのか」
「しっかりと聞こえていましたし。理解もしておりますよ」
「では何故、まだアメリアへの祈りを続ける!」
「……私、考えたんです。一晩。ずっと考えていました」
オリヴィアは何かを思い出すように目を閉じて、両手を組んだ。
そして、誰に語り掛けるでもなく言葉をただ紡ぐ。
「聖女アメリア様が出来なかった事は何だろうか。アメリア様の代わりに私が出来る事はなんだろうかと、考えて、考えた結果。その様な物は存在しないという結論に辿り着きました」
「……は?」
「そう! アメリア様に出来ない事などありませんし。私がアメリア様より優れている事など何もありません。ただ、それでも出来なかった事があるとするならば、命の時間です。ならば! そうであるならば! 私はより完璧な聖女アメリア様の理想を体現する存在へとならねばなりません! よりアメリア様へと近づく為に。アメリア様を私の中に描いて……」
魔王は途中からオリヴィアの話を理解する事を諦めた。
頭を抱えながら、話を右から左に流してゆく。
オリヴィアは途中から目を開き、誰も居ない空中に視線を向けながら、キラキラとした目で語る。
狂気の様な話を。
魔王はすぐにでもこの場から逃げ出そうとした。
それは魔王としては恥ずかしい話であるが、オリヴィアが怖かったからというのがある。
しかし、聖女からは逃げられない。
魔王は逃げようとした瞬間、その肩を掴まれ、地面に転がされていた。
「これも全て魔王さんのお陰なんです。魔王さんが気づかせてくれました。アメリア様の素晴らしさ。偉大さ。気高さ。美しさ。その存在の尊さを。あぁ、アメリア様には私の歪みが分かっていたのですね。だからこそ魔王さんをこうして私の前に連れて来て下さった。アメリア様。ありがとうございます。やはりアメリア様こそ私の光。アメリア様の存在が私の歪みを正して下さる」
「どこからどう見ても歪んだままだろうがっ!! その手を離せ! 我を解放しろぉ!」
魔王の言葉に、オリヴィアはいつもと変わらない笑顔を浮かべると、まだ語り足りないのか、口を開き魔王を追い詰めていった。
たった一体でこの世界を滅ぼしかねなかった魔王は、今まさにたった一人の聖女によって危機を迎えようとしている。
「まぁ! 私のどこが歪んでいるというのですか? こんなにも真っすぐにアメリア様を思っているのに。おかしいですね。おかしいです。おかしいと思いませんか? 魔王さんもそう思いますよね? 思うはずです。えぇ、そうでしょうとも」
「我は何も言うとらん!! 一人で勝手に話を進めるな!」
「それでですね。魔王さん。私、考えたんです。もっと皆さんにアメリア様の素晴らしさを知っていただきたいと。この世界で最初に光を私たちに授けて下さったのはアルマ様ですが、アルマ様でも、シャーラペトラ様でも、歴代の聖人の方々にも出来なかった闇の魔力との対話。そして意思を持った貴方との共生。これを成したのは間違いなくアメリア様だけなのです。アメリア様が居るからこそ、私たちは闇をただ排除するだけの存在では無く、共に歩む事の出来る友人として認識する事が出来た。つまり、魔王さんがアメリア様を正しく信仰し、アメリア様の素晴らしさを理解すれば、この世界はもっと救われるはずなのです。どうですか? 素晴らしいと思いませんか? 魔王さんがこの世界で誰よりもアメリア様の理想を叶える事の出来る存在になれるのです。素晴らしい栄誉だと思います。魔王さんもそう思いますよね? えぇ、当然です。そう思わない訳がありません。そう思うべきなのです。魔王さん。聞いていますか? 魔王さん? 聞いていないなんて事はありませんよね? 今、この世界で最も尊いアメリア様のお話をしているのですから。聞いていない筈がありません。そうですよね? 魔王さん」
「う……ぁぁ」
もはや魔王に聖女と戦う術は残されていなかった。
ただ、絶え間なく降りかかる口撃に何も出来ず、逃げる事も出来ない。
魔王はそんな追い詰められた状況に、意識を手放す事で逃げ出そうとした。
しかし、聖女オリヴィアからは逃げられない。
「おや。魔王さん、眠いのですか? 仕方ないですね。では今からお祈りの部屋に行きましょうか。あの部屋は光の魔力に満ちていますから魔王さんも眠くなくなると思いますよ」
「っ!? わ、我は起きておる! だから、ここで良い! ここで話を聞かせてくれ!!」
「そうですか? あ、でも折角なので、やはり祈りの部屋でお話をしましょう。あの部屋には聖女アメリア様のお気持ちが溢れておりますから、きっとアメリア様の素晴らしさをより多く知る事が出来る筈です。そうは思いませんか? 魔王さん」
「思わん!!」
「そんな……残念です。では仕方ありません。祈りの部屋に行きましょうか」
「なんでだ!! 今嫌だと言っただろう! 理解出来ていないのか!?」
「いえ。ちゃんと分かっていますよ。なので、祈りの部屋でお話しようと思いまして」
「い、意味が分からん……」
「分からないですか? では説明させていただきますね。今の魔王さんはアメリア様の素晴らしさを理解出来ていない状況だと思うのです。ですから、よりアメリア様の素晴らしさを理解出来る場所でお話を聞くべきだと思うのです。その為には祈りの部屋が最も適しているという訳ですね」
「ま、待て! アメリアの素晴らしさなら我もちゃんと分かっておるぞ!」
「……」
「だから無理に行かんでも、ここで良いだろう? なぁ?」
「ではお聞きしますが、アメリア様が聖人リアム様と旅を始めた際、最初に救済を行ったのは何という村でしたか? また、その際にアメリア様はどの様なお言葉を残されていますか?」
「……は?」
「分かりませんか。ではやはり、祈りの部屋へ行かねばなりませんね」
「待て待て待て!! やめろー! はなせー!!」
「大丈夫。アメリア様の救済の歴史を全て話す事が出来る様になりましたら、今日のお勉強は終わりです」
「今日の!? 明日も何かするのか!?」
「えぇ。当然ですが、アメリア様の全てを理解されるまで魔王さんのお勉強は続きますよ」
「うわぁああああああ!! だれかっ、だれかー!! 我をこの狂人から救ってくれぇぇえええ!!」
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