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第3話『私が、聖女アメリア様の後を継いだ意味』

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聖女オリヴィアという女について、多くの人が知っている事実としては大きく三つある。

一つ、彼女は重篤な病により捨てられた子であり、闇を封印する為に旅をしていた頃のアメリアによって、その病を癒されているという事。

二つ、闇の封印を終わらせた聖女アメリアに、親も兄弟も居なかった彼女は引き取られ、二人で世界各地を渡り歩きながら、多くの人に癒しの魔術を使っていたという事。

そして三つ、聖女アメリアとの旅の途中でオリヴィアは癒しの魔術に目覚め、聖女アメリアがこの世を去った後も、聖女という名を受け継ぎ、聖女アメリアの様に多くの人を癒す為に活動をしているという事。



それが聖女オリヴィアについて知られている事であり、彼女自身でもあった。

しかし、人というのは周りが知っている事以上に様々な事柄を抱えて生きているものであり、それは聖女オリヴィアも例外ではない。



昼間、聖女オリヴィアによって大きなダメージを受けた魔王は、自身の簡素なベッドで寝ていたが、やがて意識を取り戻し、目を覚ました。

「ふぁあああああ。よく寝た。良い夜だな」

両手を天井に向け、体を伸ばしながら、窓から差し込む月明りに目を向ける。

昔はこれほど夜が明るい事など有り得なかったが、アメリアによって闇の力が消え、『勇者』ルークたちによって魔王と呼ばれる新しく生まれた闇の勢力が倒された以上、世界はゆっくりと光溢れる世界へと変わろうとしているのだ。

しかしそんな世界でも確かに闇はある。

例えば、この教会の一室で隠れる様に暮らしている力を失った魔王であったり、そんな魔王の居る部屋に、無表情のまま入ってくる聖女オリヴィアであったりだ。

「何か用か? 聖女オリヴィア」

「……魔王さん。貴方はこの世界で最も闇の魔力について詳しい。そうですね?」

「まぁ、そうだな。我は闇の魔力に生まれた意思そのものだ。お前たち人間よりもずっと多くを知っている」

「なら!」

「だから、お前の中にある闇の魔力についても、よく知っているぞ。聖女オリヴィア」

「っ!」

魔王が感情を感じさせない表情で聖女オリヴィアに向けた言葉は、その鋭さを以て、聖女オリヴィアに突き刺さった。

故に聖女オリヴィアは勇者ルークたちにも、子供たちにも見せた事のない、焦った表情で手に持っていたナイフを床に落とす。

「フン。何かと思えば、そんな物で闇の力が消せると思ったのか? 気楽なものだな。その程度の武器では、我は殺せても闇の魔力は消せない。特にお前の中にある物もな」

「……では、どうすれば消せるのですか?」

「く、ははははは!! 愉快な事を言うな。お前は、本当に。面白い奴だ」

「魔王さん!!」

「無理して良い子ちゃんのフリをするのは疲れるだろう。その上でアホリアに憧れているなどとっ!」

ベッドの上で偉そうに語っていた魔王は、入り口から飛び込んできた聖女オリヴィアによって押し倒され、その細い首に手を掛けられていた。

しかし奇妙な事に、首を絞められそうになっている魔王の方が余裕があり、笑っているが、押し倒している側である聖女オリヴィアは余裕がない表情をしていた。

追い詰めている側と追い詰められている側が逆に見えるほどの歪な光景だ。

「アメリア様を貶さないで下さい!」

「何が貶すだ。アメリアの奴は、我がアホリアと言った程度では何も思わんわ。アホ面しながら、『確かにそうですね! 流石は魔王さん。凄いです!』とか言うだけだぞ」

「っ」

「なんだ。お前もよく分かっているじゃないか。あの女の事を」

「……それでも、私は聖女アメリア様の様に生きられませんでした」

「ハン? アメリアの様に生きる? なんだそれは、人生を捨てる行為か?」

「違います!! 聖女はこの世界の希望なんです。だから私は!」

「アメリア様みたいになりたいってか? その先に何が待っているかも知っている癖に、それを目指すか。愚かしいな」

魔王の言葉に聖女オリヴィアは酷くショックを受けたような顔で魔王から離れた。

そして、自分の顔を両手で覆いながら涙を流す。

そんな聖女オリヴィアに魔王は溜息を吐きながら、誰に聞かせるでもなく呟いた。

「はぁ。ったく。恨むぞ。アメリア……面倒ごとを押し付けやがって」

魔王は愚痴を吐いてから起き上がると、オリヴィアの手を掴み、顔から引き離して泣いているオリヴィアに視線を合わせる。

「聞け。オリヴィア。アメリアはお前に自分と同じ様になることを望んでいない」

「っ!? わ、わたしでは、聖女アメリア様の理想には」

「違う! アメリアはお前がお前らしく生きていく事が出来ればそれが一番良いと考えていたんだ。アメリアはアメリアだ。お前はお前。そうだろう? 同じになる必要がどこにある」

「……」

「オリヴィア。お前はアメリアの理想を受け継いで聖女となったんだろう? ならばアメリアのやった事ではなく、お前自身の理想を追わなきゃならん。そうでなければ、お前がアメリアの後を継いだ意味がない」

「私が、聖女アメリア様の後を継いだ意味」

「そうだ。この世界にはアメリアがどれだけ長く生きていたとしても解決出来ない問題がある。それをお前が解決しろ。お前でも出来なければ次の聖女が、そうやって聖女という名と共に使命を受け継いで繋げてゆくんだ。それこそが真実アメリアがお前に望んでいた事だ。お前にしか出来ない事だ」

「私にしか、解決出来ない。私にしか出来ないこと」

魔王の言葉を繰り返しながら、オリヴィアの瞳に小さな炎が宿る。

それを見て、魔王は鼻を鳴らすとベッドに眠りながら、後はお前自身が考えろと言って目を閉じた。

先ほどまで眠っていたというのに、魔王はまた眠りにつくらしい。

そして、そんな魔王を見ながらオリヴィアは少しだけ笑うと、魔王に礼を言い部屋から出て行った。



魔王は足音や扉を閉める音でオリヴィアが部屋を出て行った事を確認すると、片目だけ器用に開き、扉の方を見た。

そこにオリヴィアの姿はなく、魔王は安堵した様に息を吐きながら、額にドバっと流れる汗を拭った。

「あ、あぶなかったー。あのアホリア狂信者。本気で我の事を殺しにきていたな。適当に喋っていたが、何とか説得出来て良かったー。ナイスプレーだ。我」

早くなる胸の鼓動と、噴き出す汗をそのままに、魔王は再び深く息を吐いて天井を見るのだった。

別に全部が全部嘘だったという訳では無い。

闇の魔力の集合体に魔王という意思が産まれたのは、アメリアが深く関わっているし、アメリア自身がオリヴィアの事を心配していたというのも事実だ。

しかし、それはそれとして魔王への危害を止める為に放った言葉は半分くらいが適当なでっち上げである。

もし話をしている途中でオリヴィアが、魔王を完全に消滅させる事こそが私の使命だ。なんて言いだしていたら魔王はアッサリと終わっていただろう。

「アレだったな。いかにもアホリアの頼みでここに来たんだぜ。的な空気を出したのが天才だったな。やはり魔王は弱っても魔王という訳よ。ワッハッハ」

魔王は満足気に笑うが……あくまで声も動きも最小限に抑えている。

もし万が一にでもオリヴィアが魔王の言葉が嘘であると見抜いた場合、今すぐにでも引き返してきて、魔王の腹に千の刃を突き立てるだろう。

そんな恐ろしい想像に震えながら、魔王は再びベッドに潜り込んだ。

「しかし……ククク。これでオリヴィアは上手く誘導する事が出来た。後はこの教会から魔王城を復活させてやろう。フハハハ。ハ―ハッハッハ」

毛布を頭まで被りながら、なるべく声を押さえて、魔王は夜遅くまで高笑いを続けるのだった。
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