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第50話『騒がしく終わる一つの物語』

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あれから、全てを終えた俺を待っていたのは会社で最も怖い方であった。

そう。産業医である。

しかも産業医はヒナヤクさんが俺に支えられているという所から体調不良を見抜き、俺と一緒に隔離空間へと放り込むのだった。

「いや。まさかこんな事になるとは」

「でも、良かったのかしら」

「何がです?」

「こうして、貴方と二人きりで過ごす事が」

「別に良いんじゃないですか? 俺は気にしませんけど」

「……タツヤ」

「こうして何もストレスを抱える事の出来ない空間に居る訳ですし。のんびりしましょうよ」

俺は家の前にあるどこまでも広がる草原を見下ろしながら、そこに寝転んだ。

普通の地面であれば、虫やら土やらで汚れるが、ここはただ雰囲気だけ味わう場所なので何も気にしなくて良いのはとても良い事だと思う。

「ほら。ヒナヤクさんも一緒にどうです?」

「え?」

「汚れないし、こういう事も楽しいモンですよ」

俺は目を閉じて、風を感じる。

ここは俺が一番心が落ち着く場所らしいが、確かにこうしていると心が落ち着くような気がしていた。

「では、失礼して」

「ん」

「……何だか不思議な感覚」

「でも、悪くないでしょ?」

「うん」

少し嬉しそうなヒナヤクさんの声を聞いて、俺は嬉しくなり笑みを零した。

「前にさ。ヒナヤクさんが退屈で死んでしまうっていう話をしていたでしょ?」

「……うん」

「ならさ。実際に自分の手で触れて、やってみれば良いと思うんだ」

「やってみる?」

「知っているだけで、触れてこなかった世界を、知識では得られない喜びがそこにあると俺は思うよ。例え何でも出来る世界の存在なのだとしても、未知がない世界なのだとしても、あなたは完璧じゃないでしょ?」

「そう、ね。でも、少し怖い」

「大丈夫。一人で怖いから、友達や家族。恋人が居るんだ」

「タツヤは恋人……?」

「そりゃまだ気が早い」

「じゃあ親子で良いのかしら」

「ま。それでも良いけどさ。まずはお友達から。が良いんじゃ無いの?」

「じゃあ、いつ恋人になるの?」

「さぁ。なるかどうかも分からないし。なるにしてもいつなるのかも分からないよ」

俺の言葉にヒナヤクさんは酷く不満そうな顔をしているのが想像できる声をしていたが、流石にここで頷いたら前と何も変わらないからね。

しかし、俺のそんな意図を読んだのかどうか分からないが、俺でもヒナヤクさんでもない声が響く。

「まったく。反省していないな。君は」

「ん? おぉ、アーサー。来たのか」

「あぁ。僕たちも一年は休養しろって言われてね。とりあえず二人の様子を見に来たんだ」

「そっか」

アーサーはそのまま俺の隣に座り、持っていたバッグから二本のジュースを俺に渡してくる。

俺はそのままヒナヤクさんに渡して、一緒に飲んだ。

「チャーリーとハリーも後で来るよ」

「そうか。つまり酒盛りだな?」

「ふふ。多分そうなるだろうね」

「なら準備をするか」

俺は寝ていた所から立ち上がると、家に戻っていくつかの料理を準備し始めた。

それからチャーリーとハリーもやってきて、大量の酒をその辺の草むらに置いてゆく。

「おーう。何買ってきたんだよ」

「そりゃお前。色々だよ。色々」

「アン? そんな色々は要らねぇだろ。チャーリーとハリーはエールだし。俺とアーサーは」

「あぁ、違う違う」

「うん?」

「俺らだけじゃねぇよ。お前の事を起こしに行った奴は全員来るらしいぜ」

「え? マジ?」

「嘘言ってもしょうがねぇだろ」

「そりゃあそうだが……しかし、そうなると準備が居るな」

「あぁ、レジャーシートやら何やらは向こうから持ってくるらしいぞ。こっちには何もねぇからな」

「そりゃ助かる。が、ツマミの量は増やしてくるよ」

「おー」

なんてチャーリーと会話してからそれほどせずに、大荷物を持った集団が続々とやってきて、草原にレジャーシートを広げ、バーベキューやら、飲み会やらの準備をしてゆくのだった。



ちなみに。

最近、デモニックヒーローズで入手した最高のアイテムがあるのだが、それは保温皿である。

なんと、普通の大皿に見えて、上に乗せた物はどれだけ時間が経過しようと適温で保存され続けるのだ。

あまりにも天才の発明。

まぁ、これが莉子の発明で無ければ手放しで喜べるのだが、あの怠け者のアイテムだと思うだけで複雑な心境である。

「おや? おやおや! これは、僕の発明じゃないか!」

「早速来たよ」

「ふふふ。誰よりもやはり僕の発明の素晴らしさを分かっているのは君の様だね」

「戯言しか言えんのか。お前の口は。ほれ、これでも食ってろ」

俺は下らん事を良い始めた莉子の口に焼き鳥を突っ込んで、黙らせる。

そして、飲み会の場でも華やかな雰囲気で何やら色とりどりの酒と思われる物を飲んでいる一団の所へ向かった。

「ウィスタリアさん。デイジーさん、ローレルさん、アゼリアさん。あの時以来ですね」

「えぇ。本当に。あれから体調は問題ありませんか?」

「お陰様で」

「それは良かったです。タツヤさんの事が心配だとアーサー君も言ってましたし。それにアゼリアちゃんも」

「わ、私は! その、普通にお友達として心配していただけで!」

「そうなんですね。友達だと思って頂けるのは嬉しいですね」

「あ……うぅ」

なんだ。反応が微妙じゃないか。

まぁ、良いか。何かあれば言うだろうし。

というか四人で話してた所にあんまり長居するのもアレか。

他に急用も出来たことだし。

「じゃ。ちょっと俺は別の所にも挨拶に行かないといけないので」

「あ、そうですよね」

「はい。ではまたタイミングが合えば話しましょう」

俺はそのまま四人の所を離れて、視界の中に入ってしまった不良娘たちの所へと向かうのだった。

「じゃあ、見てなさい! 私がお手本を見せてあげるわ!」

「おー良いぞ良いぞ! いけいけ!」

「チャーリー。後でタツヤに怒られますよ?」

「なに。何事も挑戦だろ」

「フフン。じゃあ」

「止めんか」

俺はコップに酒を入れながら、椅子の上に立って飲もうとしている不良娘からコップを奪い取るのだった。

そして、その酒を一気に飲み干す。

……そこまでアルコールは強くないが、ちゃんと酒である。

「あぁ! 何するのよ!」

「子供はジュース!」

俺は近くにあったジュースをコップに入れると、エリスちゃんの前にドンと置くのだった。

「うー!!!!」

「はいはい怒らない」

俺は椅子の上で地団太を踏むエリスちゃんを抱きかかえたまま座り、危険行動を取らない様にするのだった。

「ほら暴れるな」

「……フン。まぁ、しょうがないわね」

「あー! エリスちゃんばっかりズルいです! 私も! 私もお酒下さい!」

「真似するんじゃない」

「じゃあ一緒に座っても良いでしょう?」

「……まぁ、それくらいは良いだろ」

「「わーい」」

俺はエリスちゃんを抱えたまま近くのレジャーシートへと移り、三人と一緒に座って酒を飲むのだった。

「やぁ。タツヤ」

「お。アーサー。ここに居たのか」

「はいはい! 私も居ますよ!!」

「あぁ、ラナ様。お久しぶりです。お元気でしたか」

「え? あ、はい。エリスちゃんとミティアちゃんとアンちゃんが居ますから。毎日楽しいですよ」

「それは良かった」

「もー!! 何で無視するんですか!!」

「まぁ、メリア様だし」

俺はメリア様に適当な返事をしながらコップに口を付けたのだが。

「えぇー!? そんな扱い!! 私の事好きだって告白してくれたのに!!」

「……え?」

不意に投げられた衝撃的な言葉により、完全に止まってしまった。

いや、俺だけじゃない。この空間に居るあらゆる人が止まっている。

何? 突然どうしたのこの女神様。怖い。

「メリア。君はまたそういう」

「嘘じゃ無いですよ! 証拠だってあるんですから!」

「タツヤ!」

「俺は知らん!」

俺が否定した瞬間、メリア様は多くの人に囲まれてしまった為、この隙に俺は宴会会場から外れた場所へと移動するのだった。

そして、一人でポツンと飲んでいるヒナヤクさんの隣に座る。

「あら。こちらに来て良かったの?」

「まぁ、騒動の原因はメリア様だし。大丈夫でしょ」

囲まれながらも必死に何かを訴えているメリア様を見ながら、俺は酒を一口飲んで、ふとすぐ隣で小さな皿を持って何かを迷っているヒナヤクさんを見た。

「どうしたの?」

「いや、その……これ! 食べる?」

最後には消え入りそうな声でそう聞いてくるヒナヤクさんに俺はその黒く焦げて何か分からない物を食べた。

ふむ。多分肉。

何かの……いや、鶏肉かな?

「どう?」

「うん。美味しいよ」

「……嘘でしょ?」

「まぁ、そうだね。でも、嬉しかったから」

「え?」

「ヒナヤクさんがさ。何かの装置で作った完璧な料理じゃなくて、その手で作ってくれた料理だから。嬉しいし。美味しいんだよ」

「……そう」

泣きそうな顔で俯くヒナヤクさんから皿を貰い、一つずつ食べながら酒を飲んだ。

向こうではメリア様を中心とした鬼ごっこが始まっている。

実に楽しそうだ。

「タツヤは、この会社に入って……良かった?」

「うん。最高だよ。欲しい物も手に入ったし」

「そう」

「だからさ。ありがとう。ヒナヤクさん」

俺は嬉しさをそのまま顔に出して、ヒナヤクさんに礼を言った。

おそらくはこの会社に入れてくれた俺の人生の始まりの人へ。



そして、これからも続いていくであろう俺の生活にコップを空に掲げ、感謝を告げた。

「無限に続く未来に……乾杯」
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