株式会社デモニックヒーローズ

とーふ(代理カナタ)

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第49話『もう一度ここから始める』

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俺は母さんが息を整えるのを見ながら、正面に座った。

いつも綺麗に身なりを整えていた母さんが、泥の様な黒い何かに汚れながら床に倒れている姿は何とも情けない姿であるが、逆にそれが親しみを感じさせてもいた。

前にも親しみは感じていたが、前とは違う。

無理矢理与えられる親しみではなく、間違いなく俺の心から浮かび上がってくる想いだ。

「母さん。いや、それともヒナヤクさんって呼んだ方が良いのかな」

「……どうして」

ヒナヤクさんは俺の言葉に答える事はなく、おそらく意味のない言葉を呟いた。

その言葉は、何を疑問に思って漏れた言葉か分からないが、どういう意味だとしても多分それほど変わらない様に思う。

何故なら、既に過去は意味を無くしていて、これから話すのは未来の話だからだ。

「あぁ。じゃあ、とりあえずヒナヤクさんって呼ばせて貰うね」

「……」

「ヒナヤクさん。俺とヒナヤクさんの間にあった繋がりの様な物が消えているのはヒナヤクさんも感じてる?」

俺の言葉にヒナヤクさんは小さく頷き、俺は理由を尋ねる様にアーサーへと視線を向けた。

「理由は……アーサーが知ってるのかな?」

「理由は分からないが、この世界の英雄が縁を切ったと言っていたよ」

「あー。なるほど」

「タツヤは分かるのかい?」

「あぁ、まぁな。何となくだけど。分かるよ。つまり、俺とヒナヤクさんはかつての様な親子じゃ無くなったという事かな」

「え」

ヒナヤクさんは酷くショックを受けた様な顔で俺を見つめる。

そんなヒナヤクさんに俺は、少し親しみを感じつつ話を続けた。

「でも、多分これが普通なんだと思う。普通の親子っていうのは、親子って言う関係の繋がりしか無い物なんだよ」

「そんなの! 私たちには関係ない……」

「あるよ。だってそうでなければ俺はヒナヤクさんから離れる事しか出来ないんだから」

「なんで」

「思い出があるからさ。狙ってやったのか。違ったのかは分からないけど、それでも俺には確かに始まりの思い出があるんだ。微かだけどね」

「え……? 始まりって」

「酷く冷たい日だった。凍えそうなくらいに寒くて、このまま終わってしまうのだと思ったその時に、貴女が現れたんだ。俺はあぁ、これで終われるのだと思った。この辛いだけの世界が全て終わるんだ。ようやく死ねるんだって」

「なんで、消したハズなのに」

「どうしてだろうね。俺も分からない。でも、ヒナヤクさんが俺と出会った時の事を大事に覚えていてくれたから、俺も覚えてる事が出来たのかもしれない」

かつて、莉子の話から思い出した話をヒナヤクさんに語りに行った時の事を思い出して笑う。

あの時だって俺の記憶を消すとか何とか言ってたくせに、結局俺は覚えている。

中途半端だし、いい加減だ。

そう考えると、スポンサーも俺やアーサーと変わらない人間なんだと思える。

「だからさ。俺はもう一度始めたいんだ。ヒナヤクさんと、もう一度」

「もう一度?」

「そう。親子なのか。同僚なのか。もしくはまた違った関係なのか。それは分からないけど、それでも、このまま終わりにはしたくない。まぁ、勿論アーサー達が良いのならっていう話でもあるんだけど」

俺は話しながら、アーサー達へと視線を送ると、アーサーは静かに頷いた。

チャーリーもハリーも同じ様に無言のまま頷く。

メリア様だけはボロボロと涙を流しながら、激しく首を縦に振っていたが……。まぁ、本当に良い方なんだよな。

「という訳で、どうかな。ヒナヤクさん」

「私は、出来ない……だって、タツヤは私の、思った通りに、考えた通りに、私の為に生きてはくれないんでしょう?」

「あぁ、まぁ。そうだね。全部が全部ヒナヤクさんの考えた通りにはならないよ」

「……っ」

「でもさ。人間っていうのは本来そうやって付き合っていくものなんだよ。親子も、友人も、恋人も。みんな同じだ。相手の事を思い通りには出来ないし。何を考えているのかも分からない。でも、だからこそ、愛されたいと願うし、愛したいとも思うんだ」

ヒナヤクさんはただ首を振る。

理解出来ないという事だろうか。

なら、しょうがない。教えよう。

「はぁ」

「っ!」

「しょうがないな。怖がりのヒナヤクさんに一つ良いことを教えようか」

「いいこと……?」

「そう。良い事さ。今こうして自由の身となった状態だとさ。過去の事が結構よく分かるんだよ。例えば、昔ヒナヤクさんと話したり、ヒナヤクさんに何かしたりしたのはヒナヤクさんが俺にやらせた事か、それとも俺が自分で考えた事か」

「……聞きたくない!」

「まず、バレンタインデーとか母の日とか誕生日の記念日系な。これは全部ヒナヤクさんの仕込みだった。まぁ、この辺は分かりやすいよな。まぁ、自分で自分を祝わせるっていうのはどうなんだって思うけどな」

「ぅ」

「それから会社に入ってからヒナヤクさんに御馳走したりとか、店に通ったりとかも全部ヒナヤクさんの仕込みだ」

俺は指を折りながら、一つまた一つとヒナヤクさんに告げてゆく。

「小学校、中学校、高校と学校に入る度にお礼をしていたのもヒナヤクさんの仕込み」

「学校とかで良い事があると、全部報告してたのもヒナヤクさんの仕込みだ」

「子供の頃にやってた肩たたきとか、耳かきとかも同じだね」

「それに背中を流したりとかもそうかな」

俺はゆっくりと一つ、また一つ語ってゆく。

しかし、あるところでヒナヤクさんは限界だったのか、涙を滲ませながら首を横に振る。

「もう聞きたくない!」

「後は」

「いや!」

「ヒナヤクさんが慣れない仕事で疲れて帰ってきた時、夕ご飯を作ったのは、俺が望んだ事だった」

「……え?」

「でも、最初は上手く出来なくてな。全然美味しくなかったのに、ヒナヤクさんは美味しいって笑ってくれたよな」

呆然と涙を流しながら俺を見るヒナヤクさんに俺は笑いかけた。

「あの言葉が嬉しくて、それで酷く悔しかったんだ。だから次はもっとちゃんとした物を作ろうと思って、料理を勉強して、作って、ヒナヤクさんに食べてもらう度に俺は生きていて良かったと思えたよ。まぁ、料理教室やら調理部やらは女の子がいっぱい居るからって禁止されて、独学で学ぶのはキツかったけどな」

「なんで」

「なんでも何も。言っただろ? それが人間なんだよ。愛情を向けられて、それが嬉しければ何かを返したいって思うんだ。だから理由はどうであれ。チョコレートを貰って喜んでいた貴女を、俺は喜ばせたかったんだ」

「……」

「あの静かな終わっていく世界で、俺の中に貴女の笑顔が焼き付いたんだ。ただ、貴女をまた喜ばせたいと思ったんだ。俺の手で、な」

「あぁ……ぁぁ」

「だから。ヒナヤクさん。もう一度やり直したいんだ。このまま消えてしまうなんて悲しすぎるから。だから、どうか手を取ってくれないか?」

俺はヒナヤクさんに手を伸ばしながら、願った。

どうか、もう一度と。

そして、ヒナヤクさんはおずおずと俺に手を伸ばし、俺の手に触れてからビクッと震えて逃げようとした。

しかしその手を俺は握って床に座っているヒナヤクさんを起き上がらせて抱きしめた。

「今日で、母さんとはお別れだ」

「っ」

「だから、はじめましてから始めよう。ヒナヤクさん」

「……うん」

こうして、俺の始まりの物語は終わったのだった。
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