願いの物語シリーズ【ヒナちゃんねる】

とーふ(代理カナタ)

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第2話『焼きそば戦争始まったな』

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私は新商品の箱を持ちながら、指定された場所へと向かい、そこでお二人の登場を待つ。

どれくらい待たされるのか分からず、緊張したまま部下と待機していた私だったが、それほど待つことはなく二人が部屋に入ってきたのだった。

「お待たせしました」

私はすぐに立ち上がり、扉を開けて部屋に入ってきた二人に頭を下げる。

そして、そんな私に反応して、陽菜ちゃんも勢いよく頭を下げるが、杖のバランスを崩してしまい倒れそうになってしまった。

「あ」

「陽菜。大丈夫かい?」

「う、うん。ありがとう。お兄ちゃん」

しかし、倒れそうになった陽菜ちゃんをすぐ横に立っていた兄さんこと、立花光佑さんが支え、すぐさま抱きかかえると私たちの正面にあるソファーまで運び、そこに座らせる。

口を挟む事も手を出す事も出来ぬ早業。流石は陽菜ちゃんの王子様である。

それにしても、画面越しじゃなくて、近くで見ても、うーん。顔がいい!!

これで、芸能人じゃないって言うんだから、驚きなんだけど!?

「先輩、先輩!」

「あ。ごめん」

「しっかりしてください」

「うん。あー。本日はお招きありがとうございます! 月中食品の河本です」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。夢咲陽菜です」

「よろしくお願いいたします!」

頭を下げながら挨拶をしつつ名刺を渡す。

陽菜ちゃんは珍しくもないだろうに、名刺を見ながらキラキラと嬉しそうな顔で笑っていた。うん。可愛い。

え? 何? 天使?

「え、えっとですね。いきなり本題となるのですが、以前弊社よりご依頼させていただきました新商品についてですね」

「はい。私たちで紹介すればいいんですよね?」

「はい! お願いいたします!! こちらがその新商品となります」

「塩焼きそばだって。お兄ちゃん」

「あぁ。前に貰った奴と同じだね。ほら、先週の水曜日に食べただろう? 覚えているかい?」

「あー。あれかー。覚えてる覚えてる。美味しかった奴だね! そっか。なら簡単だね。だって、すっごく美味しかったもん。ねー。お兄ちゃん」

「そうだね。うん。助かる。俺はあんまり嘘言えないから」

私がテーブルの上に置いた商品を手に取って微笑みあい、楽しそうに会話をする二人を見て、私はまるで天国に居る様な心地で安らいでいた。

これはあれだ。クッソ疲れる仕事が終わった後の温泉くらいの癒しだ。

一生ここに居たいと思わせる奴だ。

「でも、どうやって紹介しようか」

「そこは月中食品さんにも聞かないと。そうですよね。河本さん」

天国に片足を突っ込んでいた私は、推しの声に一瞬で自分を取り戻し、嫌味上司に呼び出された時以上の思考の回転を以て、お兄さんに視線を向けた。

ニヤケ面なんて一切出さず、大人の女の余裕を全面に出しながら、推しに悪印象を与えない様に微笑む。

いや、私程度の顔面力が微笑んだ所で田んぼのカエルが笑ってるよ。面白いねくらいの効果しか無いが、それでも良い。

今出来る全身全霊で出来る私を演出するのだ!

「弊社としましては、特に演出で口を挟むつもりはありません。お二人にそのまま紹介していただけましたら、それが最も高い宣伝効果になると考えております」

「なるほど! 分かりました! じゃあ、ヒナちゃん、頑張ります! お兄ちゃん。頑張ろう!」

「そうだね。うん。頑張ろうか」

二人は拳を作ってそれを軽くぶつけ合い気合を入れていた。

私はそんな二人を微笑んだまま見つめていた。まぁ、もうこれ以上、表情を変えられないだけだが……。

しかし、そんな私を置き去りにして、撮影の準備が進んでいく。

今回はスタジオを借りて配信をするらしく、多くの人が二人の配信準備の為に動き回っていた。

無論私たちは依頼主であるが、素人なので端の方で座って配信を見ているだけの仕事だ。

流石に弊社のイメージを下げる様な発言をされた時は止めないといけない。という建前だが、実際はただ配信を生で見たいだけである。

一応目の前にもモニターはあるが、少し離れていようと、陽菜ちゃんとお兄さんへと視線を向ける。やはり生がいい。

「先輩、いよいよ始まりますね」

「そうね。待ちに待った日が来たわ」

「私、生きてて良かったです」

「あのハゲデブ無能役立たず上司に頭を下げ続けた甲斐があったわ」

「お疲れ様です。今度、奢らせてください」

「ありがたいわ。今度二人で語りに行きましょう」

「えぇ。楽しそうですね……っと、始まりますよ」

部下の言葉に私は口を急いで閉じながら、モニターとリアルの陽菜ちゃんに視線を向ける。

そんな私の視線を感じたのか。陽菜ちゃんが私の方を見ながら笑顔で手を振ってくれた。

「ッッッッッッッ」

危うく魂が体から天へと旅立ちそうになったが、それを気合で捕まえて自分の体に叩き込みながら、大人の余裕を装って、陽菜ちゃんに手を振り返した。

無論子供の様に手を大きく振る様な真似はせず、小さく陽菜ちゃんにだけ気づくように、だ。

推しの世界に迷惑はかけない。オタクの常識である。

と思っていたら、そんな私と陽菜ちゃんのやり取りを見ていたであろうお兄さんが頭を下げていた。

申し訳なさそうに、しかし、どこか嬉しそうに。

あぁ、駄目だ。私はもう。これはもう、助からない。

しかし!! 意識を失う事など出来ない。唇を噛み締めて、意識を強く保ち、配信へと意識を向けるのだった。

『はーい。こんばんはー! 『ヒナちゃんねる』の時間だよ』

『いい子のみんな。今日は金曜日だけど、今週はどうだったかな?』

【家で飲みながら配信見てるよ!】

【飯食って、のんびり中やね】

【まだ仕事中ー】

『あらー。仕事中の人もいるんだね。まだ仕事が終わらない人も、これから夜勤の人も無理しないでね』

『あ。明日仕事の人もいるのか。明日早い人は無理しないで、早く寝る事。いいね?』

【はーい】

【今すぐ布団入ります】

『じゃあ、そろそろヒナちゃんの週末ラジオ始めて行こうかなって思うんだけど……』

【兄さんが居ませんわね】

【病気か?】

【マジ? 世界一の名医探さなきゃ】

『ち、違う違う。大丈夫だよ。お兄ちゃんは元気だから。ね。お兄ちゃん。お兄ちゃーん!』

『あぁ。そう。俺は元気だよ』

【何か食ってんな?】

【なるほどね】

【これは茶番が始まる予感】

『あ。お兄ちゃん。食べながら配信なんて、行儀悪いよ』

『あー。いやー。違う。これは、そのな。あまりにも美味しくて、手が止まらないんだ』

【これは酷い】

【棒読みにもほどがあるだろ。で? 兄さんの使った箸はいくらで売ってますか】

【急に狂気を出すな】

『こ、これは、あの月中食品さんの新作焼きそば! 絶品塩焼きそばじゃない! 一人で食べてズルいよ!』

『いやー。旨すぎて手が止まらないんだ。陽菜を誘う余裕が無かったよ』

【手が止まらなかった(手を止めながら)】

【なんだ。月中食品の案件か】

【実際どうなんだ? 旨いんか?】

【兄さんが旨いって言ってるんだから嘘な訳ないだろ。潰すぞ】

【ひぇ】

【過激派は少し落ち着いてくれ】

『ちょ、ちょっと。みんな違うよ。案件とかじゃないから。本当に美味しくて……そう! 食べてるんだよ!』

『あぁ。俺は嘘は言わないよ。これは本当に美味しい。まず塩のバランスだけど、これは本当に絶妙だ。およそお湯で作ったとは思えない出来栄えではある』

『歯ごたえもあり。それでいて、いくら食べても疲れない。絶妙な加減だ』

『実際に手で同じくらいの味を作ろうと思えば、相当な手間が掛かるだろう。しかしこれはお湯を入れるだけだ。容易さが違う』

『これだけ手軽で、これだけの味が出せるというのは、この食品に対する月中食品さんの努力が素晴らしかったからだし、俺もそれを紹介出来る場を貰えて嬉しく思う』

『それに、一番凄いなと感じるのは一口で満足出来ないという点だと思う。口に入れ、飲み込んだ後、少々の寂しさが残り、また食べたくなるのだ。それは何よりも旨いという証だろう』

『なんか聞いてたら、私も食べたくなっちゃった。ねぇ、お兄ちゃん。私にもちょうだい?』

『あぁ。口開けて。陽菜』

『うん。あーーん。んー。美味しい!』

は?

ちょ、ウチの商品使って推し同士がイチャイチャしてるんだけど?

開発部。いい仕事したよ。本当に、ありがとう。

私は営業になって良かったと心から思ってる。ありがとう。月中食品人事部。

【なんか気になってきたな】

【ちょっとコンビニ行ってくるわ】

【焼きそばになりてぇ】

【今コンビニに居るが、なんか焼きそば買い占めようとしてる奴居るんだが……焼きそば戦争始まったな】

【動き早すぎだろ!! せめて放送終わるまで待てよ!】

【え? 陽菜ちゃんや兄さんと同じ物食べられるんですか? しかもそれが安価でコンビニに売ってる?】

【行くわ】

【〇してでも奪い取る】

『ちょっと。みんな! 喧嘩は駄目だよ。仲良くね』

【はーい。だってよ。遠慮しろ。俺の分も寄こせ】

【喧嘩は駄目って言っただろ? 買えなかった弱者は諦めろ】

【テメェ!!】

『もう。喧嘩は駄目だって』

【でもさ。もう現実として商品がねぇのよ。俺は明日から何を食べて生きれば良いんだ】

【そうそう。俺らは食べる物が無いんだ】

『あ、そうなの? それは困っちゃうね。うーん。なら、ちょっと聞いてみるね』

ん?

聞いてみる?

『河本さーん!』

は?

何か推しが私の名前を呼んでいる様な……!? は、はぁ!?

よ、呼ばれている! 私の名前が!!

私は椅子から立ちあがり、いつの間にか近くにいたスタッフさんから手渡されたマイクを持ちながら推しと会話する。

「は、はい!!」

『あの、ですね。すっごく申し訳ないんですけど、なんかみんな焼きそばが食べられなくて、それで、もっと売る事って出来ますか?』

「は、はい! そ、そうですね。商品がそれだけ売れているという状況であれば、すぐに増産出来るよう上の者に相談させていただきます! 事前に増産準備はしておりましたので、遅くとも明日か明後日にはまた店舗に並ぶかと」

『わぁ。ありがとうございます。だって、みんな。河本さんに感謝してね』

【サンキューカワモト】

【これで戦争は終わる。恐らくな】

【まー。供給量次第だろうが、とりあえず今日の戦争は終わりだな】

【しかしカワモト氏。緊張でガチガチじゃないか】

【突然数万人が見ているところに呼ばれたら誰だってそうなるだろ。これは陽菜ちゃんが悪い】

『あ。そうだよね。酷い事しちゃった。あとで謝ろう』

【謝罪は大事】

【しかし、即座に振られた割にはちゃんと返してるし、かなり優秀な人物と見た。カワモト氏! ウチの役立たず上司と変わってくれねぇかな】

『役立たず。なんて言っちゃだめだよ』

反省します。

今度からはハゲデブだけにします。

『でも、河本さんは凄い人っていうのは私もね。思ったんだ。ね。お兄ちゃんもそうでしょ?』

『あぁ、格好いい人だったね。一緒に居た根本さんも、まだまだ未熟な俺たちにも気を遣って丁寧に話してくれるし。凄い人たちだ』

『憧れちゃう。私もいつかあんな格好いい大人になれるかな』

『うーん。陽菜はどうかな?』

『えぇー。そこはなれるよって言う所でしょー』

【いや、格好いい大人はどうだろうか】

【正直成人してるって言われても疑うくらいには、まぁ、なんだ。若いからな】

【はっきり言えよ! 幼いってさ!】

【この名探偵の推理によれば、おそらくは童顔だからだろう】

【これは迷探偵】

『はいはい。言ってれば良いよ。そうやってさ。十年後にはきっとビックリしちゃうから』

【まぁ、ビックリはするだろうな】

【え。これで三十歳なんですか? 的な】

【今と殆ど変化無さそう】

『はい。この話は終わりー! 終わりー終わりー!』

『次の話をするよ!』

【えー。やだやだー】

【まだ遊びたいよー】

『もう! 終わりって言ったでしょ。ね。お兄ちゃんからも何とか言ってよ』

『あぁ。そうだね。みんな、実はまだ他に話したい事があるんだ。そろそろ次の話に移りたいんだけど、良いかな』

【えぇ、もちろんです】

【待機してます】

【陽菜ちゃん? 遊んでないで、早く準備して】

【光佑せんせー。陽菜ちゃんがまだ遊んでまーす】

『そうなのか? 陽菜』

『ちがっ、違うよ! 信じないでよ! 私は早く次の話にしよってずっと言ってたもん!』

『あぁ、分かってるよ。悪かったね。少しからかった』

『いいけどね! ま、私は大人だから全然気にしてないし』

『じゃあ大人の陽菜さん。次の話を頼めるかな?』

『いいよ。じゃあ、次の話はねー』

私は、いつまでも終わらない天国のような時間を過ごしながら、何とか最後まで意識を保ち続けるのだった。

その日、私が家に着くころにはもはや、摂取しすぎた推しの成分で限界寸前であったが、その顔には確かな喜びが刻まれていた。

あぁ、今日の放送は永久保存版にしよう。そう心に誓うのだった。
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