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閑話

とある従者たちの報告会

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 つい最近まで親子が賑やかに過ごしたであろう子供部屋。
 部屋の中央にあるベッドでは、この家の主となった少年─ユーリが手当てされた状態で眠っていた。その側には従者服を着た青年が立っており、静かに寝顔を見守っていた。

「…さぃ。………め…んなさぃ」
 辛い夢でも見ているのか、時折、ユーリは泣きながら何かを呟いていた。
「…ユーリ様、大丈夫ですよ。
これからは私がずっとおそばにいます。もう絶対にあんな怖い思いはさせません。大丈夫…」
 青年─アルバートはユーリの目元を親指でそっと撫でながら、起こさない程度の声量で優しく囁く。
 それを何度か繰り返していると、次第にユーリの目から涙が止まり、辛そうな表情もとれて、穏やかな寝顔になった。
 その子供らしい無防備な寝顔を見て、アルバートはホッと息を吐いた。
(大きな怪我もなく、無事でよかった)
 包帯が巻かれた部分に触れないように、ユーリの柔らかい黒髪を撫で、そのまま頬、首、肩と布団の上から手を滑らせる。
(…五歳にしては体が小さすぎる。それに…)
 アルバートは今日の男爵家での出来事を思い出し、無意識にぐっと眉を寄せながら、手に持っていた本の表紙を撫でる。

「セレナ様はこうなることが分かって…」
 
 そっと呟き、ユーリが悪夢にうなされてないかをもう一度確認してから子供部屋を出ていった。

 廊下にでたアルバートは、顎に手をあて、さて…と今後の方針を考えていた。
(立候補したとはいえ、まさか使用人として働き始めて三ヶ月の未成年をたった一人で五歳の世話役に任命するなんて。
…普通、まだ幼い貴族の嫡男となれば、色々な危険から守るために、もっとたくさんの使用人をつけるはず。そうしない理由は…)
 男爵家の現状、ユーリと男爵との関係性─
その全てを考え、アルバートはある一つの結論にたどり着く。
(…だとすると、一刻も早くユーリ様の生活を安定させ、隙を与えないようにするのが最優先か)
 やるべきことが決まったアルバートは足早にリビングへと向かった。

 リビングのドアを開けると、アルバートより少し年上に見える二人の青年が待っていた。
 一人はふわふわのブラウンの髪に、ミルクティー色の大きく丸い目をもつ、子犬のような雰囲気の小柄な青年。
 もう一人は、短く切られたグレーの髪に青い瞳を持つ、快活そうな雰囲気の青年だった。
「二人とも、待たせてしまってすまない」
 短い髪の青年がアルバートに気付くと「よう!」と片手をあげて軽く挨拶をした。
 それに続けて、ふわふわの髪を持つ青年も「シ…アルバート様!待ちくたびれましたよ~」と両手をブンブンと振って挨拶をした。
 アルバートはその二人の反応にふっと笑みを浮かべると、「シン、ウィル。すぐに来てくれて助かった」と歓迎した。
「全く、うちのご主人様は人使いが荒すぎるぜ。音声魔法で『早急にリーヴェ男爵家の別邸まで来い』だもんなー。呼び出しを受けてからここに着くまで、身体強化を使ってずっと走ってきたんだぜ」
 シンと呼ばれた短い髪の青年が肩をすくめ、わざとらしいリアクションをしながら文句を言った。
「いや、悪かった。
シンとウィルなら応えてくれるかと思って無茶振りをしてみたんだ。
それに、日頃の兄様たちの訓練に比べれば、身体強化を使っての走り込みなんて大したことないだろう?」
 アルバートが意地悪くふっと笑いながら問うと、「お、バレたか?まぁ、あのお二人の訓練に比べれば、ここまでのダッシュは準備運動みたいなもんだからなー」とシンもニヤリと笑いながら返した。
 そんな二人のやり取りに痺れを切らしたのか、ふわふわの髪の青年─ウィルが「はいは~い」と手を上げた。
「アルバート様、いつまでもじゃれあってないで、席について話を始めませんか~?僕はそこの筋肉バカと違って、めちゃくちゃ疲れたんですよ~」
「おい、ウィル!てめぇ、俺に喧嘩売ってんのか!!」
「うぇぇ~!?そんな…ケンカなんて売ってませんよ~。僕はそんなに筋肉がないから羨ましいってことですよ~」
「本当かよ?褒めてる風には聞こえなかったけどな…?まぁ、褒められてるならいっか」
「(ボソッ)ぷぷっ!シン、ちょろ過ぎ~」
「お前、やっぱり俺のことバカにしてんだろ!」
 止まらない口喧嘩にアルバートはため息をつくと、リビングにあるテーブルをトントンと叩き、「シン、ウィル。そろそろ、話を始めたいんだけど…早く座ってくれるかな?」とニッコリ笑った。
「「…す、すいません」」
 二人がすごい勢いでリビングにある椅子に座ったのを確認すると、アルバートも座り、懐から数枚の紙を出して目の前のテーブルに広げた。
「では最初に、僕からリーヴェ家について調べたことを報告しよう」
 そして、手に持っていた本をゆっくりと開いた。

□□□□□

 リーヴェ男爵家はこのエルスティア王国の南東に領地を持つ貴族だ。
 しかし貴族といっても、周りを魔獣が住む森に囲まれているせいで、他の領地との交流も少なく、作物が育ちやすい土地でもなかったため、王都周辺の貴族たちからはしばしば存在を忘れられることもあった。
所謂いわゆる、田舎貴族である。
 そんな男爵家の現当主は、ユーリの父親でもあるヴィンス・リーヴェだった。
 元々、ヴィンスはリモス伯爵家の三女であったマリアーヌと学園生時代からの恋仲であったが、前男爵である父が決めた令嬢と卒業間近に婚約を結ばされた。その婚約者こそ、ユーリの母であるセレナ・バルト子爵令嬢であった。
 ヴィンスはもとより、この婚約に納得しておらず、父を説得して何とか婚約を解消しようとしたが、結局叶わず、卒業してすぐにセレナと結婚した。
 その後、前男爵であった父が亡くなり、男爵を継いだヴィンスは、セレナの妊娠が分かった途端に、貴族の男として、子供をつくるという役目は終わったとばかりに、セレナを別邸に移し、男爵家でマリアーヌとの逢瀬を重ねた。
 一方、別邸に移されたセレナは、妊娠が分かってから数ヶ月後に、男爵家から来た数人の侍女に手伝ってもらいながら、無事にユーリを出産した。
 それから数日かけて、少しずつ出産後の体調が回復したセレナは、ユーリの父であるヴィンスに『無事に生まれてきてくれた息子に会ってほしい』と手紙を送った。
 しかし、ヴィンスから届いた手紙には、『お前と子供に会う気は一切ない。だが、マリアーヌとの間に子供ができるまでは、その子供が跡継ぎ候補となるから、仕方なく、死なない程度に食事などの生活の保証はしてやる』という内容が書かれていた。
 セレナはこの手紙を読んで、半分血の繋がった息子さえも愛してもらえないのかと深く悲しみもしたが、父親が愛さない分、自分がたくさん愛して、絶対にユーリを幸せにしてみせると心に決めた。
 その後、セレナの出産を手伝った侍女たちは、ユーリが無事に生まれ、セレナの体調が戻ったのを確認すると、男爵家の屋敷に戻って行った。

 二人だけの生活が始まってから、セレナはユーリが寂しさを感じないように、できる限りそばにいて愛情を注いだ。そのおかげか、ユーリは優しく元気いっぱいな子供に育っていった。
 しかし、ユーリが生まれて四年が経った頃、セレナは自分の体の違和感を感じていた。
 最初は気のせいかと思っていた違和感が、日に日に大きくなっていくのに嫌な予感がし、ユーリが寝た後にお医者さんに往診に来てもらった。
 そして告げられたのは「もって一年だろう」という余命宣告だった。
 それを聞いたセレナは、自分が
死んでしまうということよりも、自分が死んだ後のことに恐ろしさを感じていた。
─このまま自分が死んでしまうと、ユーリを愛し、育ててくれる人が現れず、一人ぼっちになってしまう…
 何故セレナが、そこまでユーリが一人になることを危惧しているのか…。
 それは、セレナとユーリの容姿に理由があった。

 セレナの髪は深めのブラウンとごくありふれた色だったが、その目は、ルビーのように真っ赤な色をしていた。
 赤い目というのは、バルト子爵家の血をひく者だけにごく稀にあらわれる珍しいもので、この目があることがバルト子爵家の血をひく証拠でもあった。
 しかし、この国の一部の人たちからは、『人に害をなす魔物と同じ赤い目を持つ者が生まれる』として、バルト子爵家は気味悪がられることもあった。
 セレナ自身も幼少の頃から、目の色を理由にイジメられたり、根も葉もない噂を広められたりと、辛い思いをたくさんしてきた。
 だが、ユーリの場合は、ただでさえ気味悪がられる赤い目に加え、災いの象徴とされる黒い髪を持っていた。
─黒い髪に赤い目。
そこから、魔物を操り、世界を滅ぼそうとした『魔王』を彷彿とさせるには十分だった。

 セレナはどうにかユーリを一人ぼっちにしないように、自分の病気のことは隠しつつ、男爵に『ユーリのそばにいてくれる人を紹介してほしい』と手紙をだしたが、返事が来ることはなかった。
 ならばと、セレナは町に行ってユーリと町の住人たちを繋げようとしたが、体が壊れていくほうが早く、外に出かけることが出来なくなってしまった。
─自分にはもう時間がない。
 そう確信したセレナは、ある場所へ手紙を送り、残りの時間を幼いユーリと共に過ごすことにした。

 その頃、男爵家でマリアーヌとの生活を満喫していたヴィンスは、ある使用人からの報告でセレナの病気のことを知り、ほくそ笑んでいた。
─あの女が死んだらマリアーヌを正妻にできる。
 そう考えたヴィンスは、マリアーヌに「もうすぐ君を正妻にできるぞ」と伝え、セレナたちが住む別邸に医者を派遣した。
 だが、この派遣された医者の役目は、セレナの病を治すことではなく、セレナがあとどれくらいもつかをヴィンスに伝えるための、スパイのようなものだった。
 その後、診察のみで治療が行われなかったセレナはどんどん衰弱していき、この世を去った。
 セレナの死を医者から聞いたヴィンスは、使用人にセレナのお葬式の手配などをすべて任せ、自分はマリアーヌとの結婚に必要な書類の準備を進めていた。
 その時ふと、別邸にいる子供の存在を思い出した。
(マリアーヌとの間に子供が生まれれば…あの女の子供は用済みか。まぁ、見目が整っていればどこかの貴族の養子にできるか…?)
 ヴィンスは貴族への養子に出せるかを確認するために、最後にユーリに会うことにした。

 一方、ユーリの来訪が知らされた男爵家の使用人たちの間では、ある噂が広まっていた。

『別邸から来るお坊ちゃまは、
目を合わせた人をのろうことができる赤い目を持っているらしい』
『別邸から来る坊っちゃまは、
黒い髪に赤い目を持つ、まるでバケモノのように醜い容姿らしい』
『坊っちゃまのお母様、セレナ様が若くして亡くなったのは、黒い髪に赤い目を持つ坊っちゃまがのろいの力を使ったせいらしい』

 全てが根も葉もない噂だったが、まだ見ぬ『坊っちゃま』に使用人たちが恐怖を抱くには十分過ぎる内容だった。
 その後、男爵家に向かうユーリを待っていたのは、家族の感動の再会などではなく、父親からの暴言、義母と使用人たちによる暴力だった。

 傷だらけのユーリが馬車で気絶している頃、リーヴェ男爵家では、執事長が大部屋に使用人たちを集めて話をしていた。
 話の内容は、別邸に住むユーリの世話役兼従者の選任についてだった。
 執事長の「希望する人は挙手を」という声に、真っ先に手を上げたのはアルバートただ一人で、それ以外はみな目線すらあげようとしなかった。シーンとした部屋の中、執事長はパンッと手を叩くと、「…希望者が一人ならば仕方ない。別邸に行くのは、アルバートのみとする」と決定した。
 そして、アルバートの方を見ると、荷物をまとめるように言い、他の使用人たちには通常通りの仕事を戻るように伝えた。
 執事長の解散の号令と共に、アルバートの元にたくさんの人が駆けよって来た。
「アルバート!何で立候補なんかしちゃうのよ!あの別邸に行ったら、アルバートも殺されちゃうかもしれないのよ?」
「お前、あの噂知らないのか!?今のうちに執事長のところに行って、別邸行きを取り消してもらった方がいいんじゃないか?」
心配を口にする者。
「いやー良かった良かった!アルバートなら年齢も近いし、安心だな!」
「しっかりしているお前にだったら、大切な坊っちゃまのお世話を任せられるよ。頑張れよ!」
「従者ってことは、大出世じゃないか!おめでとう!」
別邸に行くことにならずに安心したのか、心にも思っていないことを言ってくる者。
 アルバートは、そんな周りからの言葉に対し「お世話になりました」と笑って流すとすぐにその場を離れた。

 そして今、荷物を整えたアルバートは、馬車の扉を開き、息をのんでいた。馬車の中では、顔中にアザをつくり、傷だらけの小さい体をぎゅっと床の上で丸めたユーリが眠っていた。
 アルバートが満身創痍のユーリの姿に驚く中、侍従が乗り込んだことを確認した馬車は別邸へと出発した。

□□□□□

「…正直、最初にユーリ様を馬車の中で見たときは死んでいるんじゃないかと思ったよ…。それぐらいヒドい怪我だった」
 ひと通り話が終わると、シン「はぁ」と肩を落とし、下を向いて頭を抱えた。
かと思いきや、バッと勢いよく顔をあげた。
「何なんだよ、そのクソ家族にクソ使用人共は!
大人のくせして、言っちゃいけねーこともわかんねぇのかよ!
…ってかなにかぁ!?
ユーリの周りで愛情を持って接してくれたのは亡くなった母親だけってことじゃねぇか!
んだコレッ!すっげームカつく!」
「シン、ユーリ様が起きてしまうよ。もう少し静かに」
アルバートは「うがぁーー!」と叫ぶシンを苦笑しながら嗜めた。
シンのクールダウンを待っている間にウィルの方を確認すると─「うぇぇぇん」と赤ちゃん並みに号泣していた。
「ユーリくんっ…!なっ…ん…ぬうぇ…、うぅ、うわぁぁぁぁぁん!」
「ウィル、落ち着いて。何を言ってるか分からないよ。まずは鼻をかんで」
ウィルの涙が止まるのを待っている間に、シンのクールダウンが完了したようで、一旦落ち着きを取り戻したシンは「あれ?」と首をかしげていた。
「なぁ、質問なんだけど。そもそも、何でリーヴェ前男爵は、伯爵家の娘であるマリアーヌじゃなくて、セレナ様とヴィンスを結婚させたんだ?伯爵家の方が階級も上だし、政略結婚としてはよくねぇか?」
 アルバートはその質問を聞いて、「ああ、それは…」と懐から男爵領内の地図を取り出し机の上に広げた。そして万年筆で地図にある男爵領内の一部の地域をぐるりと囲んだ。
「これが男爵領の地図になるんだけど…。この川を境に、こっち側がリーヴェ男爵領。そして、この別邸を含む丸で囲んだ土地がバルト子爵領なんだ」
「…ん、どういうことだ?何でバルト領がリーヴェ領の一部になってんだ?」
「まぁ、一部になっているというか、実際は預かっているという表現が正しいんだけどね」
 そう言うと、アルバートは机の上に開いてあった本のあるページを指した。
「これはバルト子爵家の簡単な家系図なんだけど…。このセレス・バルトという方がセレナ様の兄上でバルト子爵だったんだ。
だけど、セレナ様が学園在学中に、子爵だったセレス夫婦が事故で亡くなり、バルト子爵家にはセレナ様以外に子爵の血を引く家族…跡継ぎがいなくなった。そしてそこに目をつけたのがリーヴェ前男爵だったんだ」
「でも貴族的には、婿養子を貰うのが普通じゃないのか?」
「そうだね。セレナ様も婚約の話がきた時は婿養子にはいってくれるものだと思ってたみたいなんだ。
でも、いざ契約書を交わそうとしたら、『子供が生まれて成人するまでは、バルト子爵領の代理領主はリーヴェ男爵家がつとめる』と記載があった。セレナ様はすぐにこの話を断ろうとしたが、跡継ぎの話を出されたら、断りきれなかったようだね」
「あーなるほど。前男爵の目的はバルト子爵領の代理領主となり、新たな土地を手に入れること…。すぐに後ろだてが見つけることが難しいセレナ様を脅して子爵領を乗っ取ったってことか」
「そういうことになるね」
 すると、今まで静かだったウィルが「あれ~?」と不思議そうな声をあげた。
「シ…アルバート様~。ユーリくんが持っていたっていう権利書の内容をチラッと見ちゃったんですけど…。何かこの別邸だけじゃなく、『子爵領の権利をユーリくんに渡す』みたいなことが書かれてましたけど…?今の男爵って前男爵の思惑と全く逆のことしてませんか?」
 ウィルが手を上げて質問すると、アルバートはとてもいい笑顔で「そうだね」と呟き、
「ヴィンスは、新たな土地を利用して、リーヴェ領を発展させるという前男爵の思惑を全く理解していなかったみたいだよ。今だって、リーヴェ領を栄えさせることで精一杯のようだしね」
アルバートは「それに…」と一旦言葉を区切ると、地図にある川を指さした。
「バルト領からリーヴェ領に行くためには、この川を通らないといけないんだけど。唯一、かかってる橋には検問所があって、庶民が払うには負担が大きすぎる通行料を納めなければならない。そのせいで、裕福な者だけが栄えてるリーヴェ男爵領に移り住めて、バルト領には通行料の払えない者たちや親のいない子供だけが残ってしまったようだね…」
 アルバートは椅子から立ち上がり、窓に近寄った。そこから見えるバルト領の街並みはスラム街と化していた。
「ヴィンスとしてはスラム街となった何の利益も生まない邪魔な土地をユーリ様に押し付けた気でいるんだろうね」
 アルバートはそこまで言うと、シンたちの方を振り返り、「自分の益しか考えていない愚か者は本当に不愉快極まりないな」とニッコリ笑って毒をはいた。
 シンとウィルはその呟きにブルッと悪寒を感じ、「そ、それで!俺たちは何をすればいいんだ?」と話を軌道修正させた。
「ああ、それは……」
 そこまで言いかけたところで、アルバートはふと魔法の気配を感じ、外を見る。
 すると、一羽の白い鳥がこちらに向かって飛んできて、そのまま閉めきった窓をすり抜けて家の中に入ってきた。そして、アルバートが差し出した手のひらにとまると、ぽんっ!と音をたてて、手紙に変わった。
 アルバートは「随分と早いな…」と呟くと、手紙を読み始め、シンとウィルは訳が分からずお互いに目を合わせてコテンと首をかしげていた。
 手紙を読み終えたアルバートはふふ、と苦笑すると、「どうやら、準備が整ったみたいだ」とシンたちの方を振り返り、女神のごとく優雅に微笑んだ。

─シンたちは知っていた。アルバートがニッコリと笑う時は怒っている時。そしてこの優雅に微笑む時は…何かを企んでいる時だと。
 その微笑みは見る人を魅了し、惹きつけるかのように美しかったが、シンたちにとっては悪魔の微笑みとも言えるものだった。

 冷や汗をたらし、固まる二人を気にも止めず、アルバートは手を口元にあて、微笑んだままシンとウィルの顔をじっくりと見た。
「二人には、これから使用人としてこの家で働いて、私の手助けをしてほしいんだ」
「あぁー。でも、俺たちにも家の仕事とかがあるし…ちょっと時間的に無理じゃないかなーと」
 シンは腕を組み、「なあ?」と同意を求めるようにウィルを見た。
「そ、そうですね~。僕たちも何かと忙し─」
「それなら大丈夫。私の家族や二人の家族には連絡して了承を得ているよ」
「…いやぁ~。でも─」
「働いてくれるよね?」
「「………はい」」
 最初から俺(僕)たちに拒否権はないじゃねーか!という言葉を飲み込み、シンとウィルは全てを諦めたような顔で返事をした。
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