神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第6章 転校生と黄昏時の悪魔【過去編】

第48話 転校生と黄昏時の悪魔 16

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「隆臣、おはよう~」
「おはよう…」

 あの事件から三日後の朝──

 隆臣が少し遅めの朝を迎えると、キッチンのダイニングテーブルの上に、無造作に新聞が置かれているのが目に付いた。

 キッチンで作業をする母を横目で流しみたあと、隆臣はテーブルついてその新聞をパラリと捲る。

 するとそこには、あの日のことが「誘拐未遂事件」として、その新聞の片隅に小さく小さく載っていて、隆臣の心中を微かにざわつかせた。

 世間からしたら、新聞の片隅に載るくらいの小さな事件だったかもしれない。

 だが、飛鳥と隆臣にとってその事件は、人生を左右しかねない大きな出来事として、その心に深く深く刻みこまれた。



(神木……もう大丈夫かな?)

 新聞を見つめながら、あの日のことを思いだし、隆臣は眉を顰めた。

 あの後、公園付近は一時騒然となった。

 飛鳥は一時的とはいえ、酸欠状態にさせられたと言うことで、後遺症や精神面などを考慮して、暫く入院することになった。

 一方隆臣は、多少の打撲やかすり傷程度ですんだので、少しの検査と手当てをしたら次の日には家に帰宅できたが

 学校には、未だ行っていない。



(学校……明日には、行かないとな…)

 深く息をつき、そう決心をすると、その新聞の記事をみながら、ふと父の昌樹が話していたことを思い出した。

 驚くべきは、飛鳥を誘拐しようとした、あの男。

 新聞には、詳しくは載っていないが、男の自宅や別荘には、絵画や美術品などの何千何百もの“コレクション"がところ狭しと並んでいて、その中には盗品も多数、発見されたらしい。

 しかも、その罪状は窃盗だけにはとどまらず、恐喝や詐欺、不正取引に至るまで、次々と明らかになったそうだ。

 文字通り“欲しいものはどんな手を使っても手に入れる"といった、異常すぎる収集癖をもつ男。

事情聴取で

『なぜ、子供を誘拐しようとしたんだ?』

そう、刑事に問われた男は、取調室の中で、目を見開きながら、こうのたまったらしい。


『子供?私にとってあの子はただの子供じゃない!!!あれは、神が私に与えてくれた【】だ!!!』


 どうかしてると思う──

 誰もが顔をしかめるその異常性から、男は精神鑑定をされることになったらしいが、それには父も酷く頭を悩ませていた。

 そう──今回の事件は、ただの誘拐事件などではなく、極端に異常な収集癖をもつその男が、次のとして、目をつけたのが

人間 】だったと言う、他に類をみない醜悪な事件だったのだ。




ピンポーン!

「!」

 新聞を閉じた瞬間、インターフォンがなった。

 母の美里がいそいそと玄関に出ると、そこにはあの事件の日、飛鳥の側に付き添っていった親子の姿があった。

「あら、神木さん!」

「あの、この度は色々とご迷惑をおかけしました」

 美里が玄関で声をかけると、目の前に立った、その父親が、深々と頭を下げた。

「そんな…謝らないでください!」

「……いえ、きっと飛鳥と一緒にいたから、隆臣くんは巻き込まれてしまったのでしょうし……隆臣くんの怪我は、もう大丈夫ですか?」

「はい。うちの子は、かすり傷程度ですんだので。飛鳥くんは今日退院ですか?」

「はい。今から迎えに行くところです」

 そう言って、少し切なそうに笑ったその姿や雰囲気が、どことなく飛鳥に似ていて…


(あぁ……全然、違うや)


 今になって、まともに直視した飛鳥の『父親』

 だがそれは、先日父と名乗って飛鳥を誘拐しようとした『あの男』とは正に雲泥の差で、隆臣は自分の愚かさに呆れ返った。

 笑い方も見た目も雰囲気も──全く違う。

 それに、やっぱりあの綺麗な息子の父親だけあり、なかなか男前な品のある顔立ちをしていた。

(……知ってたら、絶対あんな悩まかったのに…っ)

「隆臣、こっち来なさい!」

 一人、先日のことで悶々としていると、隆臣に気づいたのか、美里がにっこり笑って声をかけてきた。

 すこしバツが悪そうにしながらも、隆臣は言われるまま玄関にでる。

 すると、さっきまで父親の後に隠れていた双子たちが、ひょっこりと顔を出したかと思えば、パタパタと隆臣の前に駆け寄ってきた。

「ぁ、あの!」

「?」

 双子の姉弟が、隆臣の服をぎゅっと掴む。すると──

「「お兄ちゃんのこと、助けてくれてありがとう!!」」

 声を合わせて言われた、その言葉に、隆臣はとたんにその顔を赤くする。

「あ……ぃ、いや、俺は何も…っ」

「隆臣くん」

 すると、少し前屈みになり、隆臣に視線を合わせると、飛鳥の父である侑斗が、隆臣をみつめ、双子の言葉に続くように優しく声をかけてきた。

「……もしあの時、君と昌樹さんがいなかったら、きっともう、飛鳥に会うことはできなかったよ。本当に本当に、ありがとう──」

「……」

 目を細め、慈愛深く放たれたその「ありがとう」の言葉を聞いて、隆臣は不意に、あの日の父の言葉を思い出した。

『隆臣、よく頑張ったな』

 そう言って、頭を撫でてくれた父の手は、とても大きくて、そして温かかった。

 正直、あの時ほど、父が警察官でよかったと思ったことはなかった。

 事件がある度、家族をほったらかしていた薄情な父。

 でも、もしもその数だけ、こうした《誰か》のために動いていたのだとしたら…

 父を嫌っていた自分が、とてもとても恥ずかしくなった。


(っ……そうか…俺の親父は──)


 こういう家族の笑顔を守るために、毎日、仕事をしているんだ…っ



 そう理解した瞬間、じわりと胸が熱くなる。目には涙が滲んで、隆臣は唇をぎゅっと噛み締める。


──嬉しかった。

父に褒められたこと
飛鳥の家族に感謝されたこと

そして、なにより飛鳥を救えたこと


その全てが、嬉しくて


そして、誇らしかった──



「……あの──っ」

 隆臣は視線を落としながらも、その後小さく呟くと、はっきりとした口調で、侑斗にかたりかける。

「あの……っ、俺も神木に…助けられたんです──だから」

その日、隆臣のその言葉を聞いて、侑斗はにっこりと微笑んだ。








隆臣と飛鳥の最初の出会いは

決して良いものではなかった──



どちらかといえば

仲の【悪い】クラスメイト。


お互いに、一切干渉する事も無く

お互いに、興味を抱くこともなく


ただ、なんの接点もなく過ごしてきた。



だけど




出会いも、きっかけも最悪だったけど



それでも二人は



少しずつ少しずつ




前へと歩き出す──


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