神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第6章 転校生と黄昏時の悪魔【過去編】

第45話 転校生と黄昏時の悪魔 13

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「もし、アイツに隙ができたら……お前だけでも、

「──え?」

 小さく耳打ちされたその言葉に、隆臣は一瞬何を言われているのか分からなくなった。

俺……だけ?

「ばっ!……そんなこと──」

 できるわけねーだろッ──そう叫びかけて、慌てて口を噤む。

 逃げる算段を企てているなんて知れたら、この目の前の男は、何をしてくるかわからない。

 隆臣は、飛鳥が差し出してきた腕になんとか捕まると、痛む体身を抑えながら立ち上がる。大人の力で容赦なく弾き飛ばされたからか、背中や腹はやたらズキズキと傷んだ。

「さて、どうしようか?」
「……っ」

 薄暗いトイレの奥。身を寄せ合う飛鳥と隆臣を交互に見ながら、男は顎に手を当て考え込む。

 そのほんの数秒の時間ですら、チクチクと針で全身を刺されているような息苦しさを感じた。

 そして、男の視線が飛鳥から隆臣に移った瞬間。

「やはり、は邪魔だな」

 ──と酷く冷徹な声が聞こえて、隆臣はゴクリと息を飲んだ。

 それは、隆臣に狙いを定めたという明確な言葉だった。

 コツ……と靴の音を響かせて、ゆっくりと男が近づいてくる。

 ジリジリと歩み寄る男に、隆臣は無意識に、後ろへと後ずさると、背中には冷たいタイルの壁がぶつかった。

(っ……俺、殺されるのか?)

 あまりの恐怖に全身から汗が吹き出し、手や足は、小刻みに震え始めた。

 だが、その時

「ねぇ──」

 その沈黙を破るように、飛鳥が急に声を発した。

 隆臣は、自分とは全く違い冷静に男を見据えるその姿をみつめ、ただただ瞠目する。

「……俺がおじさんに、大人しくついて行ったら、コイツ見逃してくれる?」

「!?」

 その言葉に、隆臣は目を見開いた。

(っ…何……言ってんだ?)

大人しくついて行く?それって──

「ははは、それはできないなぁ、なにせこの子には、顔を見られてしまったからね、ここで始末しておかないと」

「……」

 何がおかしいのか?高らかに笑って見せたその男が飛鳥の提案を飲むはずもなく、隆臣はその笑い声に、また再び身を竦めた。

 この男は、子供を殺すことなんてなんとも思ってない。


 それどころか──


「でも、この子の親、だよ」

──え?

だが、続けざまに放った、その言葉に隆臣は驚いた。

(なんで神木、俺の親が……警察官だって知ってるんだ?)

そんなこと、話した記憶なんて──

「だから、ほら───もう、外にたくさんいるよ。!」

「!?」
「え?」

 その言葉に反応したのは、隆臣もその男と同時だった!

 男が、咄嗟にトイレの外へと顔を向けると、その一瞬のスキをついて、飛鳥はそばに放り出されていたデッキブラシをとり、男の足に狙いを定める。

カタン──!!

「──ぐわッッ!!?」

 瞬間、男が大きく声をあげた!

 ブラシの柄を足に絡ませ、男はその体勢を勢いよく崩すと、驚くような声をあげて無様に床に転がった。


「橘!! 急げ!!」
「!?」

 叫ぶ飛鳥の声を聞こえて、隆臣はハッと我に返ると、トイレの中から飛鳥と共に慌てて外へと走り出す。

だが──


「ひっ、ぁ──!?」

 出口まであと少しというところで、ズルリと飛鳥が体勢を崩した。

 床に倒れ込み、飛鳥がその衝撃に顔を歪め、自分の足元を見ると、その足には、男の手がガッシリと絡み付いていた。

「──ッ」

 痛いくらいに足首を掴んで離さない男に、飛鳥が今までにないくらいの焦りの表情を浮かべた。

 日頃冷静な飛鳥のその表情が恐怖に揺れる姿を見て、隆臣はただ一人トイレの出口で立ち尽くす。

「あ……神──」

 声が震えた。どうすればいいか分からず、隆臣はただただ、その光景を見つめることしかできなかった。

 すると…

「逃げろ…ッ」

「ぇ?」

「ッ──いいから、走れェ!!!!」

「!!!?」

 瞬間、隆臣を見上げ、飛鳥が大きく声を発した。その声が、脳内に駆け巡った瞬間、隆臣の身体は言わられるまま、その場から走り出した。

 恐怖が先行して、出入口にあったバケツを蹴飛ばしながら、トイレから無我夢中で飛び出す。

 外にでれば、そこはもう紫と黒が入まじる不気味な空が広がっていて、ひどい震えと同時に、吐き気が襲ってきた。


「っ…は、…くッ」

 ──俺、なんで逃げてんのッ?

 飛鳥を一人残し、逃げている自分の体が、自分のものでないように感じた。

とまれ!!止まって…ッ!戻らないと──ッ

 頭の中では必死に叫ぶのに、ひどい恐怖感からか「とにかく逃げろ!」まるで脳から発せられた信号がそれしかないように、震えた体は、足は、ただあの男から逃げるようにと語りかけてくる。

「っ、…ぅ……っ!」

 息が苦しい。目熱くなる。恐怖なのか、罪悪感なのかわからない涙がとめどなく溢れてくると、頬を伝い、顔がぐしゃぐしゃになった。

 逃げたくないのに、戻らなきゃいけないに、身体は言うことを聞かない。


(なんで……俺……っ)

 飛鳥をたった一人置き去りにして、逃げている自分が酷く滑稽だった。

 情けない。悔しい。

 飛鳥は自分を助けるために、身を挺してたちむかっていったのに、どうして、は自分は逃げてるんだろう?

このまま逃げたら、アイツは


──どうなる?



《スキができたら、お前だけでも逃げろ──》

「……っ」

 先程の飛鳥の言葉が脳裏によぎって、隆臣の頬にまた涙が伝った。

 それは、まるで「巻き込んでしまって、ごめん」とでも言うかのようで、隆臣は走りながら、きつく奥歯を噛み締める。

だけど──




(……ダメ…だ…っ)


 涙を袖で拭いながら、隆臣は嗚咽混じりに涙をながす。

 もう、ダメだと思った。助けられないと思った。

 こんなに『弱い』自分には──



「…っ………だ、れか…ッ」


誰か、誰でもいい。


「うぅ……はぁ、…れ、か…っ!」

誰が助けて──

誰か、誰でもいいから…っ!



俺しか、助けられないんだ…


俺しか

知らないんだよ…っ







神木があそこにいること──…!!




「ぅ…っ……ッ」

 暗くなったせいか、今日に限って誰ともすれ違わなかった。

 頭の中では何度とさけぶのに、全く声ならなかった。

 息が切れた。足は未だ震えて、体は痛むし、喉も震えて、気持ち悪さにひどい吐き気が襲ってきた。

 本当なら、もうすでに、膝から崩れ落ちているころかもしれない。

 だけど、そんなの正直どうでもよくなるくらい、隆臣は無我夢中で走り続けた。


「…っ ……だ……かぁ…っ」


 無我夢中で、飛鳥の無事を願い


「だれ…か──ッ誰かぁ、たすけてぇぇぇぇーッ!!!」


 叫び続けた───!




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