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第6章 転校生と黄昏時の悪魔【過去編】
第42話 転校生と黄昏時の悪魔 10
しおりを挟むその頃、夕飯の準備を終えた侑斗が居間で遊ぶ華と蓮の元に顔を出すと、二人は窓の外を眺めながら、ずっと兄の帰りを待っていた。
華が忘れたウサギのぬいぐるみを、公園まで取りに向かった飛鳥。だが、あれからもう1時間近く経つのに、一向に兄が戻ってくる気配がない。
「ねぇ、お兄ちゃん、まだ帰ってこないの?」
窓の外を眺めながら、華が小さく呟く。すると侑斗は、そんな華の側に歩み寄り、一緒に窓の外を見渡した。
空を見上げれば、先程まで綺麗だった夕焼けは、鮮やかなオレンジから次第に紫に変わり始めていて、日暮れが迫っているのを刻々と知らせてくる。
「確かに、遅いな…」
壁にかけられた時計をみれば、もうすぐ、5時半になろうとしていた。飛鳥の事だ。見つからないなら見つからないで、適当な頃合には、諦めて帰ってきそうなものだが……
「華、蓮。日が暮れる前に、飛鳥を探しにいくぞ」
侑斗は、その心に一抹の不安を宿すと、エプロンをとり外を眺める双子に声をかけた。キッチンのガスやポットのスイッチなど諸々確認すると、簡単な荷物だけ持ち、出かける準備をはじめる。
「お兄ちゃん、なにかあったの?」
すると、少しだけ焦りの表情を浮かべた父を見て、蓮が心配そうに訪ねてきた。
「いや、そうとは限らないけど、これ以上遅くなるとさすがに不味いからな。みんなでお兄ちゃん迎えにいこう…」
双子の頭を撫でながら、侑斗はその不安を和らげるように笑う。
だが、息子の帰りが遅いことで不安を抱いているのは、侑斗だって同じだった。
なぜか『すぐ、戻ってくるから…』そういって、笑顔で出ていった飛鳥の顔が離れない。
(飛鳥、なんで帰ってこない……本当に、大丈夫……なのか?)
なんだか嫌な予感がする。
侑斗は、そんな不安を取り除くように、目を閉じると、自分自身に言い聞かせるように何度と心の中で呟く。
どうか飛鳥が、危険な目に合っていませんように──と。
◇◇◇
「行ったか?」
「……わかんない」
それから暫くして、男からなんとか逃れてきた飛鳥と隆臣は、そこから少し離れた公園のトイレに身を潜めていた。
飛鳥が、トイレの入口からそっと辺りを見回すと、先程まで近くをうろついていた男の姿は、もう見えなくなっていた。
「なぁ、これからどうする?」
「……」
外を流しみる飛鳥を見つめ、隆臣がその傍らで問いかける。
今の時刻は、もう6時すぎ。
辺りが暗くなり始めたせいか、光センサー式の街灯がちらほらと疎らにつきはじめたかと思えば、トイレ入口の電灯ももそれに続くように、チカチカと鈍く反応し始めた。
「ここから出るか?」
「いや、まだ近くにいるかもしれないし、もう少し様子を見た方が…」
隆臣の問に飛鳥が眉を顰めながら、返事を返すと、二人は、もう暫く様子を見ようと、その後、トイレの奥に隠れるように移動する。
「……てか、何なんだよ、さっきの人!!」
すると、こじんまりとした公園のトイレ内。その個室の前を陣取ると、隆臣が先程の男の行動や言動を思い出して焦燥する。
「メチャクチャ、怖かったんだけど!」
「知らないよ。て言うか、お前さ、なんでこんな所に隠れるの!? もっと他にあるだろ! 民家に逃げ込むとか、人が多いところに逃げるとか!!」
「っ……助けてもらっといて、その態度なんだ!? 大体、隠れるっていったら、トイレって相場は決まってんだろ! それに俺、あんなにしつこく追いかけられたことねーから、逃げるのに必死だったんだよ! てか、それ気づいてたんなら言えよ!!」
「だってお前、足早いんだもん」
「それは、お前がいつも教室で本ばっか読んでるからだろ!?」
あの後、隆臣に腕を引かれたまま、必死になって男から逃げてきた。だが、元々運動はそこまで得意ではないからか、飛鳥は隆臣についていくのがやっとだったようで、二人は薄暗くなったトイレの中でただただ言葉の衝突を繰り返す。
「それより、どうするんだ。ずっとここにいる訳にもいかないだろ?」
トイレの壁にもたれかかり、トイレ内の小さな窓から外を見上げながら、隆臣がため息をつく。
「そうだけど……とりあえず、ここで誰か大人が通りかかるのを待とう。暗くなってきたし、もしかしたら俺の親も探しに来るかもしれないし…」
「そういえば、あの人なんで、神木のこと連れていこうとしてたんだよ。父親とか、あんな嘘までついて」
「……」
その言葉に、飛鳥は瞬間眉を顰めると、先程男に掴まれた腕を押さえ、小さく身を震わせた。
さっき逃げたあとも、男は必要に追いかけてきた。
道を聞かれた時も含めたら、男は二度飛鳥に逃げられたことになる。普通なら、もう諦めてもいいはずなのだが……
「それは、わからないけど……どのみち狙われてるのは『俺』だよ……っ」
「……」
不安げに呟いた飛鳥のその表情は、いつもの冷静なそれとは違っているようにみえた。
きっと、飛鳥だって不安なのだ。
隆臣は、その心中を察すると同時に男への恐怖心を更に高める。
「誘拐犯に狙われるとか、何? お前の家、金持ちなの?」
すると、子供を誘拐する理由が、それしか思い浮かばなかったのだろう。隆臣が不意にそう問いかけると、さっきとは一変、飛鳥が呆れたような声を発した。
「──んなわけないだろ。うち父子家庭だし。それにお金目当ての誘拐にしたら犯行が杜撰すぎるよ。どっちかといえば、突発的というか、衝動的というか……」
「……」
腕を組み、冷静に男の行動を分析する飛鳥。
隆臣は、そんな飛鳥の横目で見つめながら『よくこの状況で、そこまで分析できるな』と、少し感心していた。
自分は先程の追いかけられた恐怖で、まだ少し、手が震えていると言うのに……
「なぁ、お前もしかして……」
「?」
「こんなこと、よくあるのか?」
「……」
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