神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第6章 転校生と黄昏時の悪魔【過去編】

第36話 転校生と黄昏時の悪魔 4

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 山田が手にしたスカートを、飛鳥の眼前にずいっと突きつけながらそういうと、飛鳥は目を細めた。

「……本気で払う気? お前キモすぎ」

「ッ、お前…ちょ、さっきと言ってること違くね?!」
 
「バカなの? 金払われても、元から穿く気なんてないよ。本当してんの?」

「……」

 その言葉を聞いて、山田は絶句する。

 どうやら、先ほどの「いいよ」を含めた「千円払えば」のくだりは、全てハッタリだったらしい。

 そして隆臣は、誰に助けを求めることもなく、あっさりと山田を言い負かす飛鳥を見て酷く困惑した表情をみせた。

 あれ? どういう状況なんだ?…


「ぷ…っ!」

すると、さっきまでのはりつめた空気が一気に和らぎ、教室のそこここから、クスクスと小さな笑い声が聞こえはじめる。

「……ねぇ、いくらなんでも、お金まで払う?」
「よっぽど、穿かせたかったんだね」
「神木くん、可愛いしね…」

「──ッ///」

 その笑い声を聞いて、山田が一気に顔を赤くした、

 これでは、もう、どちらがイジメられているのか、わからなかった。しかも『お金を払ってまで、男にスカートを穿かせたい変態』だとでも言うような言い回し。逆に、山田が可哀想になくらいだ。

「っ、おい、神木!!」

 だが、このまま引いてしまえば、確実に敗者。そうはなりたくなかったのだろう。山田は更に声を荒らげると、飛鳥が読んでいた本を強引に奪いとる。

「お前マジでいい加減にしろよ!」

「!?」

 本を奪われ、まっさらになった机上を見て、飛鳥が眉を顰めると、再び山田に視線をむける。

「しつこいな、そんなにはかせたいの?」

「うるせー! このまま引けるかよ!」

「そう……」

 飛鳥が諦めたように呟くと、窓の外を一度流し見たあと、また山田に視線をおくる。

「じゃぁ……君が穿いたら俺も穿いてあげるよ」

 「は?」

 再び放たれた『提案』に山田は目を丸くする。

スカートそれ穿いて、今すぐ校庭3周してきて。できたら、スカートでもなんでも、お好きにどうぞ?」

「……」

「まぁ、俺は似合うだろうけど……、どうだろうね?」

 吸い込まれるそうなほど、青く綺麗な瞳を細め、鈴のなるような声でクスリと微笑み飛鳥はそう言った。

 そして、その雰囲気は、見惚れてしまう程美しく、それでいて威圧的で、その場にいた生徒全員が、一瞬にして目を奪われる。




「っ…!?」
 
「おい山田、もーやめとけって!」

 すると、さすがにいたたまれなくなったのか、ずっと側で傍観していた斎藤が、山田の肩を掴み静止の声をかけた。

 クラスの雰囲気と全く折れることもない飛鳥をみて、さすがに根をあげたのだろう。その後二人は、飛鳥から奪い取った本を渋々手渡すと、隆臣の横を通りすぎ、教室から静かに去っていった。


 その後、いじめっ子が去った後の教室はシンと静まり返った。

 飛鳥がやっと解放されたとばかりに、深くため息をつくと、それをきっかけに、一連の出来事を目撃していたクラスメイト達が一斉に飛鳥の周りに集まり、声をかけ始めた。

 そんな中、隆臣だけは、ただただ飛鳥を見つめ、一人教室の入り口で立ち尽くしていた。

(あ、アイツ……めちゃくちゃ性格悪い……)

 儚そう──なんて、一瞬でも思った自分を殴りたい。あれは確実に敵に回したらヤバイなタイプだ!

 隆臣は、そんなことを思いながら、顔を引き攣らせる。




 そう──「神木 飛鳥」という人間は、この頃から既に、人にあまり「弱み」を見せない人間でもあった。

 冷静でヒヤリと漂う空気感は、子供らしさなんて微塵も感じさせない。

 たが、そんな飛鳥も「家族」と一緒にいる時だけは、違っていた。





◇◇◇


「お兄ちゃん!見てみて~」
 
それは隆臣が、たまたま通りかかった公園で、飛鳥を見かけた時のことだった。

「これね、お兄ちゃん!」

「へー。華、大分上手く描けるようになったね?」
 
「ほんと~」
 
「うん。とても上手だよ♪」


  夕方五時前。幼稚園生くらいの子供を二人連れて、砂場で砂遊びをしていた飛鳥をみつけた隆臣は、その瞬間、目が飛び出るほどの衝撃を受けた。

 木の枝をくるくる動かし、砂に絵を描いているらしい女の子と、その傍らにいる男の子に、優しく笑いかける飛鳥の姿。

(嘘だろ!? 誰あれ、似合わねー!?)

 隆臣は思わず吹き出しそうになった。

 いつも、教室で本ばかり読んでいるあの"神木"が、子供と砂遊びなんてイメージが違いすぎる。


「ねーお兄ちゃん!お城つくってー」
 
「え、今から? さすがにお城は作る時間はないよ。もうすぐ帰る時間だし」
 
「じゃ、ニャンニャンジャーやろうよ!」
 
「私、メロ○パンナちゃんやりたい~お兄ちゃんは、アンパン○ンね~!」

「あはは。なにそのカオスなごっこ遊び、どっちかにして?」


 だが、学校ではほぼ無表情な飛鳥。笑うことがあっても、微笑程度で、そんな飛鳥が、家族の前では、まるで咲き誇るような満面の笑みで笑っていたものだから
 
(……あいつ、あんな風に笑うことあるんだ──)

 日頃、目にしない意外な一面を見たからか、なんで学校では笑わないのか?と、隆臣は少しだけ気になった。

 あんなに、楽しそうに笑えるのだ。

 素直に学校でも笑えば、きっと今のように一人孤立することもないかもしれないのに……

 なんて暫く考えたが、答えが出るはずがなかった。




 そしてそれが、夏休みがもうすぐ終わろうとする、8月の夕暮れ時のこと。

 結局、第一印象が悪かったこともあってか、転校してきてから今まで、ほとんど話をすることがなかった隆臣と飛鳥は


 お互いを、全くよく知らないまま、季節は、秋に差しかかろうとしていた──



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