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第6章 転校生と黄昏時の悪魔【過去編】
第35話 転校生と黄昏時の悪魔 3
しおりを挟む「神木 飛鳥」という人間は、今でこそ、よく笑っているが、当時はいつも無表情で、あまり人と話すことのない人間だった。
友人を作ることもなく、休み時間には、いつも決まって、一人で本を読んでいるような、そんな大人しい奴──
だが、その孤立する姿さえも、どこか納得してしまうほど、”浮世離れした存在感”を放っていて、周囲からは一線を画す存在でもあった。
だが、だからと言って、いじめの対象になることはなかった。でもそれも、今思えばそれなりに上手く立ち回っていたからなのだろう。
時折その容姿のせいで、嫌がらせをされているのを、何度か見かけたことがあった。
◇◇◇
「おい神木! お前、スカート履いてみろよ!」
それは、学校の休み時間、隆臣が教室に戻ってきたタイミングだった。
教室の入口に立った隆臣の耳に突如飛び込んできたのは、相手をなじるような不愉快な言葉。
(なにやってんだ、アレ…)
馬鹿にするような抑揚のある声。隆臣がその声の主に視線を向けると、机に座り本を読んでいる飛鳥に、どこから持ち出したのか、スカートを持って命令する男子生徒二人の姿があった。
「神木、お前さ。マジで女みたいな顔してるんだし、絶対コレ似合うって!」
目の前で、赤いプリーツスカートを平つかせる、クラスメイトの山田と、その横でクスクスと笑う斎藤。
それは、明らかな「いじめ」の現場だった。そして、その教室中の響き渡るような二人の声量に、ほかのクラスメイトたちも一斉にそちらに視線を向ける。
だが、目撃する人間は何人もいたが、みんなして口を噤むので、きっと今、嫌がらせをしている男子達は、どちらかと言えば、厄介な奴らなのだろう。心配そうに飛鳥を見つめるその視線が、物言わずとも、隆臣にそれを教えてくれた気がした。
「なぁ、神木。スカート穿いてみろって、そしたら今度からお前のこと"飛鳥ちゃん"って読んでやるからさー!」
「てか山田、お前スカートとか、どっからもってきたんだよ!」
「妹の借りてきたんだよ。ミニだぜ、ミニ!」
「はは、お前バカだな~」
飛鳥をとり囲むようにして、ケラケラと笑う男子たち。それを見て、隆臣は焦燥し、ぐっと奥歯を噛み締めた。
確かに見た目は女の子のようだが、それでもアイツは男の子だ。それなのに、わざわざ、嫌がらせのために妹のスカート拝借してくるなんて、質の悪いにも程がある。
(あれ、やめさせた方がいいよな。でも俺、転校してきたばかりだし、あまり目立つのも……)
心の中に微かに宿る正義感。だが、先日、転校してきたばかりの隆臣。あまり目立つ行動は控えたい思うあまり、なかなか言葉に出せなかった。
漫画なら、ここできっと救世主が現れるのかもしれないが、現実はそんなに甘くない。
隆臣が未だ教室の入口から動けずにいると、席に座わり、ずっと黙ったままだった飛鳥が、読んでいた本はそのままに、ゆっくりと視線をあげた。
「……いいよ」
「!?」
か細い声ではなった飛鳥のその言葉に、教室内が一気にどよめく。
”いいよ”ということは、スカートを履くとことを、承諾したということだろう。
(──なんで……っ)
隆臣は、そんな飛鳥の返答にゴクリと息を飲む。
そこには、まさに『弱肉強食』といっていいくらいの世界が広がっていて、その弱い対象が、見事に強者に虐げられた姿に、胸の奥がズキリとなった。
だが──
「じゃぁ。一人千円ね?」
(……え?)
再び、飛鳥から放ったれた言葉に隆臣は耳を疑った。
教室の端、いつもの窓際の席で、平然と放つその声は、全く「弱者」を思わせる声ではなく……
「俺にスカート穿けって言うなら、一人千円──払ってね?」
そう言うと、飛鳥はまるで挑発でもするかのように、クスリと綺麗な笑みを浮かべた。
そして、それと同時に隆臣は瞬きひとつできず瞠目する。
せ……千円??
「はぁ!?」
するとその瞬間、山田が弾かれたような声を発した。
「ふざけんな! 金とるとかありえねーし!!」
「なんで? 俺にスカート穿いてほしいんでしょ? なら、それなりの『対価』払うべきじゃないの?」
さっきまでの「弱肉強食の世界」はどこへいったのか、一瞬にして場の空気は変わり、ほかのクラスメイトたちも戸惑っているのか、ポカンと口を開けたまま、飛鳥と山田の姿を見つめていた。
「つーか、お前、スカート履いて金とるとか、恥ずかしくねーの!?」
山田かひどい剣幕で捲し立てる。だが、肝心の飛鳥は、特段怯む様子もなく相手を見据えると
「じゃぁ、逆にきくけど……お前らこそ、男にスカート履かせて楽しむとか、恥ずかしくないの?」
と、机に体を預けたまま、山田が手にしたスカートを流し見て、冷ややかにそう吐き捨てた。
(あれ? なんか、神木って……)
──見かけによらず、強い?
そして、それを見た隆臣は、その見た目とのギャップにたじろく。
線が細く華奢なため、触れたら折れてしまいそうな、そんな儚さや脆さを垣間見せているにも関わらず、どうやら、その中身は一切、儚くも脆くもなかった。
これは、ライオンを前にした小動物では、まずない。明らかに、ライオンと同等、もしくはそれよりも知性の高い猛獣の、何か──
だが、隆臣がそんな二人から目をそらせずにいると、全く怯まない飛鳥にむけて、山田が再び怒号を発した。
「っ、誰も楽しもうなんて!! 嫌がらせに決まってんだろ!!?」
「そう。なら俺も、その嫌がらせに答える気はないよ。わかったら、あっち行って。すごい迷惑」
「はぁ? お前、状況わかってんの!?」
言葉を荒らげる山田を無視し、再び机の上の本に視線を戻すと、飛鳥は読みかけの本をパラリと捲り、また読書を再開する。
「……くっ」
涼し気な表情で本を読み始めた飛鳥。
それをみて、山田は苦虫を噛み潰したような顔をすると、ある意味、意地になり始めていたのだろう。
バン!──と、勢いよく飛鳥の机を叩きつけると、山田は叫ぶ。
「あぁ、分かったよ!! じゃぁ、払えばいいんだな!」
「……は?」
山田のその言葉に、今度は飛鳥が短く反応する。
「だから、千円払えば、スカート穿くんだろ!!」
「……」
山田は更に詰め寄りそういうと、手にしたスカートを、飛鳥の眼前に、ずいっと突きつけてきたのだった!
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