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第4章 二月の出会い
第26話 飛鳥と迷子
しおりを挟む「……なんか、今日は散々だった」
その後、喫茶店で時間を潰した飛鳥は、夕方になり、やっと自宅への帰路についていた。
国道沿いの大きな道路。ガードレールが続くその歩道をまっすぐに歩きながら、飛鳥は今日の事を振り返り、深くため息をつく。
今日は華たちに追い出され、隆臣にはからかわれ、散々な一日だった。だからといって、イライラしてばかりではいけないのだが、どうも、ここ最近の自分はあまりついていないような気もする。
「はぁ…」
飛鳥は、再びため息をつくと、イラつく気持ちを抑えつつ、いつもの道をすすむ。
チリン──…
すると、その途中、近くから鈴の鳴るような音が聞こえた。
夕方になり、側を通る車道は、車の量が増えてきて少し騒がしい。だが、その音は、その車の音にかきけされることなく、飛鳥の耳にスッと入り込んでいた。
(あれ?)
音の出所を探して、ふと視線を前に移す。すると、高校生くらいの女が一人、辺りを見回しながら歩いていて、その後方には財布のようなものが落ちていた。
(今の音……あれか)
財布にはお守りのような鈴がついていたことから、さっきの音の出所は、あの鈴かと気づいて、飛鳥は前を歩く女の様子を伺う。
だが、よく響く音だったというのに、女が落とし物には気づくことなく、飛鳥は数歩前に落ちていた財布をそっと拾い上げると、前を歩く女に声をかける。
「ねぇ──」
「…………??」
すると女は、少しだけタイミングをずらした後、こちらに振り向いた。栗色の髪をした優しそうな雰囲気の女だった。
二月の冷たい風がサラリと吹き抜ければ、女の長い髪がふわりと揺れる。アイボリーのコートに赤いマフラーをした細身の女。だが、その身体はコートの上からでもわかるほど、実に女性らしい柔らかなフォルムをしていた。
大人しそうな、だがどこか品のある顔立ちに、腰元あたりまで伸びた髪はサイドで編み込みハーフアップにしており、特段、目立つ見た目ではないが、振り向きざまに目が合ったその姿は、まるで春の木漏れ日のような優し気な雰囲気をまとって……なんだかとても”懐かしい”気持ちになった。
「……」
「……」
だが、ふりむいたその女と一瞬の沈黙を経たあと、小さく首をかしげた女は、飛鳥の声に答えることなく、また前をむいて歩きだしてしまった。平然と去っていく女の後ろ姿。それを見つめ、飛鳥は困惑する。
(え? もしかして、無視された!?)
容姿に関しては人一倍優れている飛鳥。そのため、女性から無視された経験など、ほとんどない。それなのに、しかも、振り向き目が合ったにもかかわらず、こんな”美青年”を無視するという女の不可解な行動に、飛鳥は困惑する。
(あ、財布……っ)
だが、財布を手にしたまま、このままというわけにもいかず、飛鳥はすっと息を吸うと、先ほどよりも少し大きめの音声で再度呼びかけた。
「あのさ! コレ君の財布じゃないの!!」
「!?」
その大声に反応した女が、肩をビクッと弾ませた。二度目の呼び掛けに恐る恐る振り向いた女は、今度は無視することなく飛鳥を見つめると
「…え?……あ、やっぱり…あの、その……ごめんなさい…っ」
「……」
――やっぱり? 気のせいだとでも思ったのだろうか?
飛鳥は、腑に落ちないながらも、その後慌てて駆け寄ってきた女に、手にした財布を差し出すと、女はそれを両手で受け取り、ペコリと頭を下げた。
「あの、ありがとうございました……!」
頭を上げ、その後また視線を合わせると、女は目を細めふわりと笑った。柔らかく口角を上げて微笑むその姿は、全く邪気を感じず、どう見ても人をあからさまに無視するような子には見えなかった。
(悪い子では、なさそうなんだけど──…)
飛鳥は、あまりのギャップに、女をマジマジと見つめる。すると、財布を鞄の中にしまい、再び飛鳥を見上げた女と、また目があった。
「あの…」
「え?」
「大変申し訳ないのですが ”桜聖福祉大学”って、どこにあるかご存じないでしょうか?」
“桜聖福祉大学”――その名の聞いて一瞬思考が止まる。なぜならその大学は、今、飛鳥が通っている大学だったからだ。
「……桜聖大に、用があるの?」
「ん、と……はい。私、来月そこを受験するんです。それで、受験前に予約したホテルから大学までどのくらいかかるのか、下調べのつもりできたんですけど、スマホの電源切れて迷ったあげく、こんな時間になってしまって…」
「へー」
飛鳥は再び笑顔を作り、なるほどと納得する。先ほど周りを見回しながら歩いていたのは、迷子になっていたからなのか……
(この人、うちの大学受験するんだ……じゃぁ、受かったら、俺の後輩になるのかな?)
そんなことを漠然と考えながら、飛鳥は一度腕時計で時刻を確認すると、再び女に問いかける。
「なにか、紙ある?」
「……」
だが、その問いかけに、女は無表情のまま沈黙すると、その後、一歩前に踏み出す。
「え?……はい…あの、なにがですか?」
「は?? え? いや、あの、だから紙もってない?」
「あ…! はい。紙ですね、あります……!」
「……」
女が一歩踏みだしたことで距離が縮まり、飛鳥は顔に出さないながらにも困惑する。
(なんだ、この子……めちゃくちゃ調子狂う…)
この、わかっているのか、分かっていないのわからない、独特のテンポは、一体、なんなのだろうか??
「あの、手帳でも……いいでしょうか?」
「え? あーなんでもいいよ♪」
女がバッグから手帳を取り出すと、飛鳥は微かにイラ立ちはじめたその思考を気取らぬようにと、再びにこり笑い女からペンと手帳を受け取った。
淡いラベンダーカラーの手帳に、飛鳥はスラスラとペンを走らせると、簡単な行き先を記す地図を書き、その道筋を説明する。
「桜聖大は、この先を右にいって郵便局前の──」
夕方になり、車が増えてきたからか騒音が少しだけ耳についたため、わずかに声のボリュームを上げて大学までの道のりを案内する。だがその途中、ふと甘い香りがして、飛鳥は手帳に向けていたその視線を、そっと横にいる女へと移す。
(なんか、この子……)
妙に近い……ような??
多分、自分の声を聞き逃さないためなのだとは思う。だが、それにしても彼女の距離は、普通の人よりも相手との距離が近い気がした。
もちろん、体に触れることはないのだが、真剣に手帳を覗きこむ女の髪からは、北風に混じってシャンプーの優しい香りがほのかに香ってくる。これは、明らかにパーソナルスペースを侵食してる。自分ならともかく、”普通の男”なら好意があるのかもと、勘違いさせてしまうような距離だ。
「君……ちょっと変わってるね?」
「え?……あーそうですか? よく言われます。ごめんなさい、なんか…」
「別に、謝らなくてもいいけど……」
女が申し訳なさそうにそういうと、飛鳥は手帳とペンを返しまたにっこりと微笑む。まー彼女の距離が近かろうがなんだろうが、自分には関係のない話だ。
「はい。あと、君が泊まるホテルから大学までは、ざっと20分くらいだよ? タクシーでいってもいいとは思うけど、朝はこの辺よく渋滞するから、歩けるなら歩いた方が確実かも?」
「そうなんですね。ありがとうございます。当日遅れたらシャレにならないので、助かります」
「いや。でも、もっと近いホテルもあるから、そっち予約すればよかったのに、忘れてたの?」
「……え?……あー、私進路決めるのギリギリで、少し出遅れてしまって、これでもホテルの空きがあっただけ、良かった方なんですよ?」
「そうなんだ」
ニコニコと笑いながら会話を弾ませる。桜聖大はそこそこ人気もあるため、他所から受験しにくる人は、前日からホテルに泊まりこらしい。飛鳥は、自宅から近かったため、特段そんな必要はなかったが……
「…あの」
「ん? なに?」
すると、女がまた声をかけてきた。飛鳥はまたにっこり笑って女に笑いかける……が──
「もしかして、少しイライラしてますか?」
「…………」
その問いかけに、飛鳥は笑ったまま硬直する。
あれ? 俺今、笑ってるよね??
「え? どこ見てイラついてると思ったの? どうしたの、急に? てか、今のでちょっとイラついたかも!」
「え!!?」
その飛鳥の返答に、女は顔を蒼白させる。失礼なことを言ってしまったとおもったのだろう。女は、その後慌てふためき、声を上げた。
「あ、あの、ごめんなさい!……私っ」
「別に、気にしなくていいよ。それより、もう時期暗くなるから気を付けてね? あっちの道、街灯すくないから、夜になると危ないよ」
「ぁ……はい。あの、ご親切にありがとうございました。助かりました!」
そういって、女はまたふわりと優し気な笑顔を浮かべると、軽く会釈をして飛鳥が案内した道の方へと歩いて行った。
「……」
“少しイライラしてますか?”
一瞬、心を見透かされたような気がして、ドキリとした。鈍いのか鋭いのか、本当によくわからない女だった。
「…………本当、散々だな、今日は」
双子に追い出され、隆臣にからかわれ、挙句の果てに女に振り回されるとは……飛鳥は、本日何度目かのため息をつくと、再び自宅へと歩き出すのだった。
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