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第3章 誕生日の夜
第19話 父と息子
しおりを挟む『ごめんな、飛鳥──…』
祈るような気持ちで伸ばした手は、いとも簡単に振りほどかれた。
あの時、父がどんな顔をしていたかは、もう、思い出せないけど
『う…っ、…ぉ、とぅ──さ…』
声にならない声で、必死に訴えた、あの幼い頃の記憶は
今でも鮮明に覚えてる──
どうか、お願い……
俺を
置いてかないで──…っ
◇◇◇
ピンポーン──…
「……んっ」
遠くの方で、インターホンの音が聞こえたような気がして、飛鳥はゆっくりと目を覚ました。
ベッド上で横になったまま、ふと視線をそらせば、自室の窓からは、カーテンごしにユラユラと明るい光が差し込んでいて、今がまだ昼間だと言うことを知らせてくる。
そういえば、部屋で本を読んでいたのだと思いだして、再び視線を戻せば、側には読みかけの文庫本がページをそのままに転がっていた。
(…ぁ…俺……いつのまにか、寝てたんだ──)
本を読みながら、眠ってしまったのだと気づくと、飛鳥はそのまどろむような瞼を再び閉じる。
なんだかとても嫌な夢を、見ていたような気がする。
内容は、覚えてないけど──
ピンポーン──…
何度目かのチャイムがなって、飛鳥は再度覚醒すると「今は何時だろうか」と、部屋にかけられた時計を確認した。
すると、インターホンを鳴らす人物が誰だか納得して、慌ててベッドから起き上がると、自室をでて玄関に向かった。
念のため、除き穴から外を確認し、玄関の扉を開けると、そこには、40代ぐらいの男が両手を広げて立っていた。
「ただいまー飛鳥!」
「…………」
玄関前で、にこやかに笑う男を確認すると、飛鳥はそれとは対象的な冷めた視線を送り目の前の男を凝視する。
スーツケースを傍らに置き、見慣れたスーツ姿に黒のコートを羽織った黒髪の男。
「さぁ、今すぐお父さんの胸に飛び込んできなさい!!」
明るく声を上げた、この男の名は『神木 侑斗』
正真正銘、飛鳥たちの『父親』だ。
3人の子持ちとは思えない若々しくスレンダーな体格をしたその男は、年のわりに陽気で明るい性格をしている。
華や蓮と同じ髪質をした茶色がかった黒髪に、鼻筋の通った甘く整った顔立ち。
その上、社交性が高く、誰とでも気兼ねなく話が出来るタイプのようで、遠く離れた海外での仕事も順調にこなしているようだった。
「……俺のこと、いくつだと思ってんの? ボケたの? それとも、ギャグなの?」
相変わらずのテンションを放つ父をみて、飛鳥が呆れたように呟く。すると侑斗は、広げた腕を下ろし、残念そうに、だが、心なしか嬉しそうに笑うと
「連れないなー。昔はみんなして飛び付いてきてくれてたのに、大きくなちゃって、まぁ…」
「飛びついてきたって、いつの話だよ」
「いやいや、久しぶりにパパが帰ってきたんだから、こんな時くらい、感動のご対面~があってもいいでしょうに!」
「じゃ、10年くらい前にタイムスリップしてくれば?」
「わーん、助けてド〇えも~ん! 飛鳥クンがいじめるぅ~」
「とにかく上がれば? そこ邪魔だから」
「な!? なんかお前、塩対応増してない!?」
久しぶりにあった息子の冷たい対応に、侑斗は信じられないといった顔で、声を上げた。
だが、玄関先で立ち話をいていれば、確かに近所迷惑にもなるだろう。
侑斗は渋々中に入ると、スーツケースを玄関に置き、履いていた革靴を脱ぐと、久しぶりに帰ってきた我が家に足を踏み入れる。
「ねぇ、なにコレ?」
すると、父が手にしていた袋を見て、飛鳥は首をかしげた。スーツケースの他に、スーパーのものと思われるビニール袋が二つ。その中には、肉や魚のほかに、小麦粉や生クリームまで入っていた。
「何って、食材だよ、食材。ついでに買い出ししてきたから、今日は父さんが料理つくるからな」
「別に無理しなくていいのに。父さん、長旅で疲れてるんでしょ?」
そう言って父の荷物を受け取ると、飛鳥はそのままリビングへと歩き出した。
父に背を向けスタスタと歩いていく息子の姿。侑斗がその背を見つめながら、ニコニコ笑いその後に続く。
「疲れてない、疲れてない。飛鳥の顔みたら元気100倍ー」
「ア○パンマンか」
「あれ? そういえば、お前今日大学は?」
だが、今日が平日だということを思い出して、侑斗がはたと問いかける。
「……」
すると、飛鳥は一瞬だけ間を開けた後
「たいした講義ないから、休んだ」
「へーら珍しいな。誕生日やバレンタインだからって、いつもは休んだりしないのに?」
「そう。別に休めるなら休んでたよ、たまたまでしょ?」
そういって、振り返りもせず、無愛想に歩いていく飛鳥。すると侑斗は
「飛鳥~!!」
「わっ!!?」
後ろから飛鳥の前に腕を回すと、ガバッと抱きついた。
「ちょ、なに…っ」
侑斗と飛鳥の身長差は約10センチほど。その上飛鳥は小柄だからか、胸の前に腕を回し抱きこめば、その身体はすっぽりと侑斗の腕の中に収まった。
だが、それをされた息子の方は、たまったものではない。
「っ、いきなり、なに!?」
「いやー落ち着くー。飛鳥ってホントいい匂いするよねー」
「うわっ! 何それ!? マジでキモイ!!?」
冗談なのか本気なのか、父の言葉に飛鳥は鳥肌を立たせた。だが、侑斗はその後も飛鳥を離すことなくギューッと後から抱きしめると、なにか思うところがあったのか、愛しい我が子を見つめ、優しく声をかける。
「ありがとな、飛鳥……お前、俺を出迎えるために、大学休んだんだろ?」
「……」
その言葉に、否定も肯定もせず黙り込んだ飛鳥を見て、侑斗は小さく微笑む。
忙しい中、誕生日にわざわざ帰ってくる父を、誰もいない家に一人帰省させるのを躊躇ったのだろう。
口では憎まれ口を叩いても、この子は昔から、とても思いやりのある子だった。
「あー、飛鳥が男の子でよかった~女の子だったら絶対嫁にやりたくない!」
「……」
だが、その後も猫のようにすり寄る父を背に、飛鳥はただただされるがまま。
そう、侑斗のスキンシップはちょっと激しい。特に子供達に対する愛情表現は多少なりとも過激であり、思春期を迎えた双子達からは、おもむろに嫌がられる始末である。
「ねぇ……それ、程ほどにしないと、いつか嫌われるよ?」
「あはは。わかってるよ。さすがにもう出来なくなるかもと思うと、感極まって、抱きしめたくなったんだよ。だから、そんな目で見ないで、お願いだから!!」
呆れたような視線を向けられ、侑斗は飛鳥から手を離すと、子供の機嫌を直すように、ポンポンと頭を撫でる。
「まぁ、いくら成人したとはいえ、お前が父さんの息子であることは変わらないんだ。いつもは、あの子達の親代わりなんだから、俺がいる時くらいは、素直に甘えてなさい」
「……」
子供扱いする父の仕草に、飛鳥はどこか懐かしい感覚をおぼえた。
久しぶりに父と再会したせいか、飛鳥は、嫌がりもせずそれを素直に受けるれると、侑斗はより一層柔らかな声で語りかける。
「飛鳥、誕生日おめでとう」
そういった父の顔は、いつもと変わらない優しげな笑顔を携えていた。
もう何度と聞いてきた祝いの言葉。
だが、面と向かって言われると、はやりどこか……恥ずかしい。
「……ありがと…っ」
飛鳥は、微かに頬を染め父から視線をそらすと、小さく小さく、そう呟いたのだった。
◇◇◇
「華、蓮~お帰り~!」
そして、その日の夕方──
双子が我が家に帰宅すると、満面の笑みを浮かべた父が、エプロン姿で玄関に顔をだした。
「なんの罰ゲーム!!? 今それどころじゃないんだよ。俺たち!!」
だが、抱き締めようとばかりに、大手を広げて出迎えた父をみて、蓮が一蹴する。
見れば、二人は玄関の鍵を閉めるや否や、膝からガクンと崩れ落ちると、なにやら肩を揺らしながらゼーゼーと荒い息をしていた。
「おかえり、早かったね?」
可愛い可愛い妹弟の帰宅を目にして、飛鳥がニッコリと微笑みかける。
「早かったじゃねーよ!!? 兄貴が大学いかなかったから、学校終わったら既に十数人に包囲されてたんだよ! マジでなにあれ、怖ぇぇ!!?」
「なんか…っ、なんかすっごい早い人いたよっ!!!? 自転車並みのスピードの人いたんどけど!!? 誰アレ! なんなのアレ!!?」
下校時、華と蓮は念の為、裏門から出たのだが、そこにはもう既に数名の女子が待ち構えていて、その中には、なにやらプロ並みに足が早い人がいたらしい。
「あぁ。それ多分、陸上部の早坂さんだよ。確かメダル目指してるんだよね?」
「メダル、ってなんの!!!? オリンピック!!?」
「うん。『夢は金メダルとることです』って言ってたから、とりあえず『頑張ってね?』って返したら、なんかスイッチ入っちゃったみたいで」
「なんのスイッチいれてんだよ?! 明らかに違う『やる気スイッチ』オンになってんじゃん!!!? 兄貴、その笑顔の殺傷力少しは自覚して、お願いだから!!!?」
「てか飛鳥兄ぃ! いつもあんな人達相手に逃げてるの? てか、逃げられるの!!? アレ!!!?」
「逃げられるわけないだろ。いつも、つかまってるんだよ」
なにやら、玄関先で醜い言い争いをしている子供たち。侑斗はその話を聞いて
(あれ? もしかして飛鳥、本当に大学行きたくなかっただけなんじゃね?)
侑斗は、さっきの息子の優しさは、もしかしたら『自分の勘違い』ではないかと、少しだけ恥ずかしくなったのだった。
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